みさきちが死んでいろいろなことがわかった
家に入れてもらえなかったこと、よくぶたれたこと、
お風呂に入れてもらえなかったこと、あまりご飯を食べられなかったこと
思い返せば制服がよれよれだったり、よごれていたり、きっと服もちゃんと
洗濯してもらえていなかったのだろう。いつだったか髪の毛がボサボサで
登校したことがあったが、それ以来そんなことはなく、ちゃんとお母さんが
髪を結ってくれているんだろうなんて思っていたわたしはバカだった
そんなことはなかった。みさきちが自分で結っていた。あのあと、公園のトイレで
みさきちは髪がいっぱい抜けるくらい何度も何度も自分の髪を結ってはほどき
結ってはほどいていたそうだ。ぽろぽろぽろぽろそんな話がどこからもそこからも
出てくる。みんな知っていたんだ。みんなみさきちがなんかおかしいなと
知っていたんだ。何で今更そんなことを言うんだろう。死んでから言ってどうなると
いうのか。わたしはとても暗い気持ちになった。みんな知ってたのに誰もそれを
口にせず、わたしだけが何も知らずばかみたいな振る舞いをしていたのだと
でも本当にそうだったのだろうか。わたしは本当に何も気づいていなかったのだろうか
本当にみんなはみさきちの本当のことを知っていて、それでいて口にしなかったのだろうか
わたしは本当はそのことに気づいていたのに見えないふりをして、それはクラスの他の
みんなや、いつも一緒に遊んでいたこころや未来と同じだったのではないのだろうか
本当は知っていたんだ。知っていたけど断片的で、不確かなことで、そしてそれが
とても恐ろしくて口をつぐんだ。みさきちは飢えと病気で死んだ
みさきちはお腹が空いてることも具合が悪いことも口に出さなかった。みさきちが
お腹をすかせてることも具合が悪いことも見て知っていながらみさきちのお母さんも
一緒に住んでいたおじさんも何も言わなかった。そしていつも一緒におしゃべりしたり
勉強したり遊んだりしているクラスのみんなも、未来もこころも、わたしも
みさきちがお腹をすかせてることにも具合が悪いことにも、服が汚れていることにも
何も言わなかった。みんな何も言わなかった。みんなしてみさきちを無視した
誰からも忘れられた時人は死ぬと誰かが言ってたのを思い出した。誰どころか最後には
自分自身にまで無視されてしまったからみさきちは消えてしまったのだろうか
噂とは薄っぺらいもので、休みを挟めばどこに行っただの誰と何して遊んだだの
1週間もしないうちにその話をする人はいなくなった。みんなもう忘れたのだろうか
それともまた無視を始めたのだろうか。そんな頃給食に嫌いなものが出た
何でも好き嫌いしないで食べないと大きくなれないというのは日頃よく聞いているし
わたし自身その通りだと思っているので嫌々ながら口に運び手早く飲み込んだ
息を止め咀嚼してるさなか、なぜか急にみさきちのことを思い出した。給食に出る
お世辞にも美味しくも大きくもない冷凍ハンバーグを美味しそうに食べる
みさきちの姿が急に浮かび上がってきた。こんな冷凍食品お母さんが作るハンバーグには
到底及ばないんじゃないかなどと自分の食卓を思い浮かべていたその時の自分の気持ちが
鮮明に蘇ってきて、わたしは涙が止まらなくなってしまった。ぽろぽろぽろぽろとどめなく
涙が溢れ体は震え嗚咽とともに盛大に吐いた。みんなわたしを見ていた。心配してくれた
わたしは何も言わなかった。落ち着いた頃に、先生も、みんなも嫌いなものは無理に食べなくて
いいよと言ってくれた。そうして背中をさすったり、吐き出した汚いものを片付けてくれた
みんなわたしが本当はどうして吐いたのか知っているのだろうか。知らないのだろうか
知っているけど言わないのだろうか。わからないけど、少なくともわたし自身は知っていながら
言わなかったのは確かだった。嘔吐するときはすごく苦しい。全部出きった後も残留感が残り
強烈な異臭が頭中に充満して非常に気持ちが悪い。何よりこれ以上ないほど情けなく
惨めな気分になるものはない。最後まで吐き出すことのなかったみさきちは一体
どんな気分だったのだろう。そんなことが頭の中に浮かんできたが、もしかしたら
みさきちの中にはもう吐き出すものなどなかったのかもしれない。少ない給食を一生懸命食べ、
よく勉強しみんなともよく遊んで、髪の毛が綺麗に結えるようになるまでいっぱい練習した
みさきちは精一杯生きたんだ。もうわたしの目から涙はこぼれなかった
わたしはまた無視をしたのかもしれない