>>463

3.

「高校受けないの?」
「うん」
「もったいないし。こころの成績なら行きたいところに行けるのに」
「正直受験勉強結構きついけど、高校行ったら部活とかももっと盛り上がると思うし」
「制服も可愛いところとか…… 」

電車の中でうとうとしていた。中学生の頃のことを夢に見るなんて珍しい
小学生の頃からずっと仲の良かった子が出てきた。いわゆる、ちょっと何考えてるかわからないような
不思議な子だったけど、気が合ってよく一緒にいた。グループ内外の面倒ごとはよくあったけど、
この子とは常に仲が良かったのできっと相性が良かったのだろう。その関係も中学卒業とともに
終わってしまったのだが。わたしは苦労しつつもなんとかかんとか高校に進学した一方で彼女は
就職を目指したのだが、あの後転げ落ちるように悪化した景気の前にこれといった就職先は見つからず
結局フリーターとして不安定な職を転々としていた。わたし自身高校生活の方が忙しく、しだいに
連絡を取り合うこともなくなっていきよくあるパターンの自然消滅な関係の一つになった
高校生活は楽しいどころか意外と馴染むまでに時間がかかってしまい、楽しくなる頃にはもう
予備校がどうだ進路がどうだという段階になった。結局部活だなんだ言ってられるのはほとんど
最初の一年間だけだった。その後はもうそれこそ勉強と行事それに生徒会活動と周りから見れば
非常に充実した青春を送っていたのだろうが、実際は常に時間がなく睡眠すら十分に取れない
過酷な時間だった。青春とやらはあっという間に終わり、気がつけばもう何十社目かわからない
企業訪問へと向かっている。相変わらず時間はないし睡眠時間もない。起きてからあっという間に
辺りは真っ暗になる
「大学では主に…専攻しており…趣味で…また高校時代は生徒会活動を通し集団の中での…
 組織という枠組みの中において…私はこのような経験が御社で活かせると思い…」
もう何十回同じことを話したのか覚えていない。つまらない定型文ではない、他とは違う個性の立った
それでいて社会常識をわきまえている、社会に求められる、ニーズに、自分だけの魅力を云々…
わけのわからない資格や検定はもはや学校の帰り道に配られていた怪しいカルト教本と区別がつかない
面接が進めばそれなりに受け答える回数は増えるが基本は同じだ。言ってることとやってることが
全く噛み合っていないめちゃくちゃだなどと考えればたちまち頭がおかしくなってしまう
これなら自己アピール動画を送って見てもらうだけでいいのではないか?なんでこんな時間とお金をかけて
わたしは暑い夏に真っ黒なスーツを着込んでドンキホーテの棚みたいな圧縮列車に詰め込まれて
あちこちを流れ流され続けているのだろう。片道1時間半かけて行った企業の面接は15分で終わった
一人一回か二回の自己アピールしかしなかった
相変わらず景気は悪い。ただ面接を受けるだけでなくOB訪問やらインターンシップなどを行わなければ
就職には程遠いというのは常識であり、早い生徒はすでに一年生のうちから就職活動を行っていた
それなりに良い大学に入れたのでサークルOBのコネを得て就職するということも考えたものの、
そこは男子でさえまるで神に媚びへりくだるような異様な空間であり女子の行うそれはもはや
キャバクラ接待そのものであった。高校時代もいろいろなことがあったものの、あまりもの
ハードルの高さに私は耐えられず離脱してしまった。結果、そのツケがこの有様というわけだ
OB訪問とはデリヘルの隠語なのか?と思うようなことを散々経験したのち、おさわりOBの勧める
就職予備校なるものに行ってみることにした。のだがやはりこれは微妙だなという感想しかわかなかった
「自分を客観視することが大事!」ということで撮られた自己PR動画のDVD(3,000円)が
床に落ちているのを見つけて何気なく再生した。そこには知らない女が映っていた
実感とは裏腹に好調な景気拡大を謳う都会にはこれでもかというくらいギラついた大建築がそびえ立ち
今日もたくさんの人だかりが狭い大路を埋め尽くしている。一面ピカピカのガラスに反射する
すさまじい夏の光に照らされて、黒い人だかりが浮かび上がる。黒いスーツを着て、黒い髪をまとめ
黒い鞄を抱え、同じような化粧をし、同じように能面のような顔から汗を垂らしゆらゆらと揺れている
蜃気楼。こちらを見ている女がわたしなのだろうが、わたしはこんな女は知らない