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自衛隊がファンタジー世界に召喚されました【避難板】その2
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0010†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/18(月) 23:03:58.120153ID:vAAV/YZMK
シュヴァルノヴナ海

水産庁の漁業調査船『開洋丸』は、高麗を襲撃した海棲亜人の本拠地を探る為に、高麗国から逃走したイカ人の軍勢の追跡を続けていた。
途中、何度も足止めの為に少数のイカ人の部隊が攻撃を仕掛けてきた。
だがその度に護衛艦『あさぎり』のインターセプトを食らった。

「左舷9度、敵対海棲生物群認む、砲雷撃戦用意!!」
「『開洋丸』からのデータ入力・・・、完了!!」

開洋丸の魚群探知機はこういった場合には大変有効であった。
人間大の生き物が、数十、数百と向こうから探知の範囲に入ってきてくれるのだ。
接近するイカ人の軍勢に向けて、『あさぎり』の主砲、62口径76mm単装速射砲が火を吹き、指定された海面を正確に激しく叩く。
衝撃で多数のイカ人の将兵が、死んだり、気を失い水面に浮き上がってくる。
衝撃波から逃れた比較的外側にいた集団にも『あさぎり』の68式3連装短魚雷発射管HOS-301から発射された12式短魚雷2本が、イカ人の群れの真ん中で爆発して同様の運命を辿らせた。
生き残ったイカ人達は、散り散りになりつつも果敢に『あさぎり』に向かってくるが、艦艇用銃架に設置された12.7ミリ機関銃の銃弾で海面近くまで浮上したイカ人を貫き海域を血で染めていく。
単身、『あさぎり』まで辿り着いたイカ人の兵士も、海面から『あさぎり』の甲板まで登ることが出来ずに、立ち入り検査隊の隊員に射殺されていく。
一部のイカ人達は、『あさぎり』を無視して『開洋丸』に向かい、甲板によじ登ろうと触手を伸ばす。
最初は船底を銛で突いていたのだが、木造船と違って穴を開けることが出来ないので、戦法を変えてきたのだ。

「とにかく船に乗り込め!!
我らの勝機はそこにしかない!!」

イカ人の指揮官が叫ぶが、船上の人間達にはもちろん理解できていない。
しかし、相手のしようとしていることは理解できる。
同船に乗り込んだ漁業監督官達が拳銃や猟銃で、吸盤で船縁に張り付いたイカ人達を容赦なく射殺していく。
漁業監督官達は、転移前は銃火器による武装は認められていなかった。
だが転移後の海洋モンスターや海賊による襲撃で、漁船に少なからずの被害が発生するとそうも言ってられなくなってきた。
法改正により、銃火器の所有並びに使用が認められると、水産庁は漁業監督官の大幅な増員を実施した。
大量採用された彼等は、海上自衛隊特別警備隊から訓練を施されて、漁場の安全を守るために活躍し今に至っている。
新たな装備品は、同様に武装化を進めていた法務省矯正局の刑務隊や国土交通省の国境保安局国境保安隊等と一緒に調達された。

「しかし、我々はともかく、水産庁の連中が調査任務で発砲は法的にどうなんだろうな?」

やたらと派手に射ちまくっている『開洋丸』の漁業監督官達の様子に、『あさぎり』の乗員達は疑問を抱く。

「海洋モンスター襲撃による正統防衛が適用されるのだろう。
あとは、危険生物の駆除とかかな?」
「まあ、法的解釈は水産庁が考えることだよな。
だが、これで五度目の襲撃か・・・、いい加減うんざりしてくるな。」

部下たちの声を聞きながら、護衛艦『あさぎり』の艦長白戸輝明二佐も娘の結婚式までにこの任務を終わらせたいと、うんざりしていた。
乗員達はそんな上官に迂闊に目を合わせないように距離をとっていが、報告の義務のある乗員が貧乏クジをひいていた。

「艦長、『開洋丸』が追跡中の敵本隊をロストした模様です。
ですが、ロストした地点で海中に不審な反応を得たと、調査を申し出ています。」

「あの敵の本隊を追跡していたら、敵の拠点を発見出来るんじゃなかったのか?
まったく・・・、シエラ1も見失ったのか?」
「はい、戦闘に参加させた隙を突かれました。」

シエラ1は、護衛艦『あさぎり』搭載の対潜哨戒ヘリコプターSH−60Jのことだ。
爆発の衝撃波で気を失って浮上したイカ人の掃討を命令していたことが裏目に出てしまった。
追跡の失敗を本国に報告すれば、帰還できるが、任務の失敗を許容出来るほど白戸二佐は若くはなかった。
実際、三度も追跡を振りきられていたが、その度に敵の本隊の再発見を成功させている。

「調査は許可するが、敵の本隊の探知を最優先させることを徹底しろと伝えろ。」


シュヴァルノヴナ海
海都ゲルトルーダ
海底宮殿

日本に派遣した軍勢三万は壊滅し、生き残ったのは700に満たない。
海底宮殿に集ったイカ人の重鎮達は対策を協議していた。
洋上に人間達の船が浮かんでいるのは、イカ人達も把握している。
しかし、地上に住む人間達は海中には手出しが出来ないと、高を括っていたので放置することになっていた。

「些か目障りだがやむおえん。
決して、兵士達に手を出させるな。
尊い犠牲を払って追跡を振り切ったのだ。
このゲルトルーダの存在を知られるわけにはいかない。
どうせ人間達には深海を探るすべは無いのだから、上手くやりすごすのだ。」

軍の重鎮であるウキドブレ提督の言葉に逆らう者はいない。
提督にはこの海で使用出来る最後一匹の巨大赤エイに座乗する立場にあるからでもある。

「聞けばあの船は2ヶ月も追跡を続けていたという。
食料も多くは残っておるまい。
あと少し、ゲルトルーダを知られなければ退くことだろう。」

彼等は冷蔵庫や缶詰めの存在を知らない。
さらに『開洋丸』には漁船としての機能も備わっている。
多少の長期航海など、苦にも思っていない。

「で、フセヴォロドヴナ海の動きはどうか?」

フセヴォロドヴナ海の海蛇人にも日本の北方を攻めさせたが、全滅の憂き目に合わされた。
そちらの外交を任せていたイカ人が答える。

「はい、フセヴォロドヴナ海は保有する戦力のほとんどを日本侵攻に割り振っていました。
まさかの一兵も帰らぬ事態に内紛が始まったとのことです。」

ウキドブレ提督はこの作戦に参加を要請したことに、些かの責任は感じたが今は自分たちの足元まで火の粉が来ている為に静観を決め込む。

「そして未確認情報ですが、どうやらアガフィア海の海亀人達も日本に仕掛けて戦力の大半を失ったとのことです。」
「なんと、あの海亀共もか!?」

海の民最大戦力を保有する海亀人が破れたのはウキドブレ提督をはじめとする重鎮達にも衝撃を与えていた。

「うむ、しかし、この事態。
殿下には『島』に行っててもらってよかった。」
「さよう、殿下はこのシュヴァルノヴナ海で唯一の海皇の継承候補者、我等の希望だ。
何かあっては事だからな。
伝令を出して『島』に留まるようご注進申し上げろ。」

言葉が出ないウキドブレ提督にかわり、重鎮達が対策の指示を出していく。
このシュヴァルノヴナ海の長たる『深海の魔物』の異名をもつハーヴグーヴァなら、日本の軍艦に対抗出来るかもしれない。
だが現状、その身に危険が及ぶ行為は避けてもらうしかない。
現在は海中では生産できない品を生産する『島』に滞在していた。
その『島』では、西方大陸アガリアレプトから購入した人間の奴隷を使って、鉱物資源の採掘や必要な道具を生産させている。
しかし、近年西方大陸アガリアレプトの奴隷商人が次々と命を断たれて調達が難しくなっていた。
アメリカと日本の仕業であるが、イカ人達は日本の単独と考えいた。
故に日本を襲撃させた理由の1つではある。
レムリア連合皇国の主導権争いも大事だが、奴隷の不足による経済的停滞も深刻になってきたからだ。
だが、自分達の選択肢はドラゴンの尾を踏んだとウキドブレ提督も重鎮達も自覚せざるを得なかった。



水産庁所属調査船
『開洋丸』

許可を得た『開洋丸』は、これっぽっちも自重しなかった。
学者が多数同行してたのもよくなかったのかもしれない。
様々な観測機器を動員して、周辺海域の探査を開始する。
多要素観測装置(CTD用オクトパス)。
航走中の船舶から海中にプローブを投下して探知するXCTD。
通常の魚群探知機に、魚探反応を定量化された数値に変換して出力する機能を計量魚探。
超音波のドップラー効果を利用した多層流向流速計。
数々の観測機器が僅かな時間であったが、海底の状況が明らかしていく。

「当たりだな、これは・・・」

観測結果が入力されて、コンピューターが海底に都市の姿を3Dモデルを作り出していく。
海底に岩盤をくり貫いて造られたと思われる建造物や加工した建築資材を積み上げて造られたと思われる家屋の姿が確認できる。
そして、それらに蠢く人間大の大きさの複数の生物の反応。
何より追跡対象だった巨大赤エイが海底の巣と思われる場所で、停泊している姿が海中に投下した水中カメラで撮られている

「水深は100メートル程度。
太陽の光は届いてないか?」
「範囲がどんどん拡がっていくぞ・・・」
「この1隻だけで、やってたら何年掛かるか・・・、本国打電!!
『もっと船寄越せ!!』」

千島列島新知島

千島列島中千島にある新知島は、徳之島よりやや大きい程度の島で、複数の火山で構成された火山島である。
日本と北サハリンの共同統治地域であり、民間人はほとんどいない。
北東部には2.5kmの幅の半分海没したカルデラ湖・武魯頓湾があり、天然の良港となっていた。
新香港を出港した094型原子力潜水艦『長征07号』は、北サハリン海軍のオホーツク型航洋曳船『アレクサンデル・ピスクノフ』に曳航され、潜水艦用ドックに入港した。
この島は冷戦時代にはソ連海軍の潜水艦艦隊の秘密基地が存在していた。
ソ連崩壊後の1994年に放棄されたが、転移後の千島列島返還後に日本・北サハリンの共同基地として再建された。
まだ秋とはいえ、さすがに千島列島は肌寒い。
温暖な気候に慣れていた『長征07号』御一行は、大湊で補給品として自衛隊より提供された防寒具に身をやつしていた。
日本の主に郊外を中心に多数の店舗を持つ衣料品チェーンストアで購入した品物である。

「日本としても国内では反発の強い原子力関連の開発や研究を、住民がいないこの島でやろうと思い立ったのですよ。
返還時にこの島に上陸した第五旅団の隊員もこの島の施設に驚いてましたがね。」

新知基地内を島内に駐屯する第509沿岸監視隊の石本一等空尉が、『長征07号』御一行を引率しながら案内する。
千島列島防衛は陸上自衛隊第五師団の管轄である。
千島列島返還時に第五旅団は増強して師団に格上げになったが、得撫島、択捉島、国後島以外に主力部隊を置く余裕が今のところなかった。
北千島や中千島の島には沿岸監視部隊か、分屯地をおく程度となっていた。

「それはいいが、今回の改修に日本が加わるとは聞いていない。」

『長征07号』艦長代理である呉定発武警大尉が苦情を伸べるが、石本一尉は意に介していない。

「命令書は今日中に駐日新香港大使館を通じて届きますよ。
大使自らこちらに来てくれるそうですからご安心を。
実際、修理の為の部品は日本製で代用するしかないですからね。
我々の協力無しには無理ですよ。
工員や技術者も沢山連れてきましたから安心して下さい。
急ぐ必要も出てきましたしね。」

日本としてはこの整備に人員を派遣することにより、ロシア系原子力潜水艦の技術の一端に触れる好機であった。

「急ぐ必要?」

呉武警大尉の疑問に、石本一尉は湾内を指差す。
湾内の桟橋やドックには、北サハリンが保有するオスカー級原子力潜水艦4隻が停泊している。
また、アウストラリス大陸の北サハリン領ヴェルフネウディンスク市に配備されているはずのキロ型潜水艦3隻が寄港している。

「アガリアレプト大陸のアクラ級五隻もじきに合流します。
1隻は現在も追跡任務中で現地から離れられませんが・・・
別の場所では、デルタ型原子力潜水艦も集まってます。
『長征07号』には修理が完了次第、多国籍潜水艦隊に参加してもらいますよ。
新香港政府も了承しています。」
「だから命令書を先に・・・、防衛機密とかに絡んで話せないのは理解するが、今からそんな話をされても困る。」
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0011†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/18(月) 23:06:04.867465ID:TPzICPUUK
何が起こっているのか事態が見えてこない。
ようするに大規模な潜水艦を使用する国際的な作戦が発動された、ということしかわからなかった。

「まあ、一言言えるのは・・・敵の根拠地が2つ見つかったということですよ。」



新京特別行政区
海上自衛隊新京基地
新京地方隊庁舎

大陸東部を管轄とする新京地方隊に所属する護衛艦や補助艦の艦長達が会議室に集まっていた。
おやしお型潜水艦『みちしお』艦長佐々木二佐は、地方隊総監猪狩聡史海将が両手を口の前で組まれながら命令を下されていた。
部屋の中でもサングラスを外さない偉そうな態度の猪狩海将は、大陸における海上自衛隊の実働部隊の長である。

「本国に戻ってドック入りしろと?
来年の話では無かったのですか?」
「サミットの件で魚雷の予備も少なくてな。
本国での整備、補給後は多国籍潜水艦隊の指揮下に入ってもらう。」
「多国籍潜水艦隊?
自衛艦隊司令部では無くてですか?」

佐々木二佐は記憶を辿るが、そんな艦隊がいつ新設されたのか記憶に無い。

「海上自衛隊の潜水艦は、全艦を稼働可能な状態に仕上げて作戦行動に入る。
その為に潜水隊群を三個潜水艦隊として実働部隊として編成する。
『みちしお』はこちらの大陸にいる関係上、ただ1隻あぶれることになる。
よって、多国籍潜水艦隊に合流させることになった。
本国でのドック入りはその為の準備だと思え。」

海上自衛隊潜水艦隊28隻が動員される作戦に佐々木は身震いを覚えた。
だが1隻だけ別行動なのは釈然としない。

「取り敢えず来週には、新香港とルソンから西方大陸アガリアレプトに向かう王国が集めた援軍の船団の第一陣が出る。
『みちしお』は護衛として船団に付き添い本国に向え。
その際に高麗国の潜水艦『鄭地』と行動をともにせよ。」

なかなか気の重い任務になりそうだった。
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0012†Mango Mangüé(ワッチョイ 2eda-3TZr)
2018/06/19(火) 16:17:08.029423ID:kyFu/wpH0
自称配信業の福岡県樋井川の迷惑行為詐欺師
飲酒運転の情報は匿名で簡単に通報できます。

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https://goo.gl/5FGpBS

福岡県警察への相談、苦情、要望・意見等メールフォーム(匿名でも受け付けております。)
https://goo.gl/8Kk5Qj

荒鷲が婦女暴行!「女生主に強引に襲いかかる!」
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0013†Mango Mangüé(ワッチョイ 6e1c-aVRq)
2018/06/19(火) 17:37:41.892599ID:v3DXXQtF0
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マウス RZ01-02010100-R3A1 ドスパラ通販特価:7,020円(+税)
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えっ、キャンペーンで当たるPCグッズって3個だけ。
当たる訳ないじゃん。
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0014†Mango Mangüé(ワッチョイW 2ec1-cNsU)
2018/06/19(火) 17:51:17.632949ID:PZlcmDIz0
PV4の最後の女性がつけてたネックレスの装飾に刻まれてた暗号をメロディーに変換したら、PV1とPV2の曲を手がけたLow Roar っていうアーティストの曲の一つ Give me an answer のメロディーと一致したんだってよ
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0016†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/19(火) 19:03:02.096640ID:RoHgBIgwK
王都ソフィア

夜更け過ぎ、人通りの少ない通りを、品の良い紫のローブとフードを被った女性が歩いていた。
人目を憚るよう周囲を警戒しながら一軒の家に入ると、フードを脱いで顔を露にする。
まだ、三十路には届かない美女だが既に未亡人の身の上である。

「いらっしゃいませ、マルロー奥様。」
「手に入りましたわ、ネッセル司祭様!!」

挨拶もそこそこにローブの中から包みを取り出す。
紫の司祭服を着たネッセル司祭が包みを受け取り中身を確認する。

「これが・・・」
「縁戚の娘が王都にある日系のホテルにメイドとして勤めているのですが、秋月総督が宿泊した際に部屋の掃除を任せられたそうです。
これは、その時にベッドや浴室に落ちていた毛髪だそうです。
これだけあれば・・・」

毛髪の数は19本ばかり。
二十日にも満たない程度の儀式では、秋月総督に致命的な呪いは掛けられそうになかった。
それでも信徒が懸命に集めてくれた供物だ。
マルローは多額の寄進も行ってくれた貴族の後援者でもある。
ネッセル司祭は落胆した顔を隠して笑顔でマルローを労う。

「はい、あいにく今日は偶然にも別の大物を呪う儀式があるので、後日になってしまいますが・・・数日のうちに準備を整えます。
今日はマルロー様も儀式に参加して頂けませんか?」
「喜んで司祭様・・・」

巧妙に隠された地下の祭壇では、複数の男女が全裸で体に奇妙な紋様を施し、呪いの言葉を祭壇の人形に唱えている。
マルローもローブを脱ぎ、一糸纏わぬ肢体に信徒達が紋様を描かいてく。

「おおっ、我らが尊き嵐と復讐の神よ。
憎むべき……アオキカズヤ、思い知るがいい。
痛みは消えず永遠に苦しみとともに生きるがいい。
私の苦しみはそのまま……アオキカズヤに帰るのみ。
アオキカズヤ……に」

ネッセル司祭は『力ある言葉』を三回繰り返し、信徒達は唱和する。
唱和しながらところ構わずの淫靡な宴を始める。
信徒達から発生した狂気の魔力がネッセル司祭の体内に流れ込む。
アオキカズヤの人形に入れられた本人の髪の毛を通じて、遠く彼方で執務するアオキカズヤの元に意識が導かれていく。
ネッセル司祭が瞼を開くと、目の前にはアオキカズヤ本人がそこにいた。



同時刻
新京特別行政区域
陸上自衛隊
新京駐屯地
第16師団司令部庁舎

陸上自衛隊第16師団師団長青木和也陸将は、この大陸最強の兵団を率いる指揮官である。
この夜は書類仕事に追われながら電話を掛けていた。

「ああ、新たに接収する管理区域に人員を派遣する。
現地の調査は君達で進めてくれ。
ふん、私はお前と違って簡単に出歩くわけにはいかないのだ。
今も散々に振り回してくれる奴等の後始末の最中だからな。」

机の上に転がっている眠気を吹き飛ばしてくれるカフェイン飲料の空瓶の数が、青木の激務の証である。
そして、副官室から吉田香織一尉が書類の山を運んできて青木の机を狭くする。
ため息を吐く状況だが、突然電話が雑音で聞こえなくなり困惑する。

『死ネ・・・』

青木の片手の自由が利かなくなり、勝手に机の引き出しを開けて拳銃を取り出す。
安全装置を外し、こめかみに当てて引き金を曳こうとする。

「陸将!?」

咄嗟に吉田一尉が青木の拳銃を前に引っ張り、発砲された銃弾が青木の頭部に当たるのを防ぐ。
拳銃はそのまま床に落ちた。
銃声に庁舎内にいた隊員達が集まってくる。

「何があった!!」
「り、陸将が突然、銃を!!」

隊員達が青木陸将を取り抑えようとして、足を止めて驚愕する。
青木陸将の手首が見えない何かに掴まれてるような跡がくっきり見えるのだ。

「離れて!!」

吉田一尉が転がっていた拳銃で、『何か』がいると思われる空間に向けて発砲するが、空を貫き壁に穴を開けただけだった。
隊員の一人が無謀にも『何かに』体当たりしようと突っ込んでいくが、見えない壁に弾き飛ばされたように吹っ飛ばされて昏倒する。
だが見えない『何か』は急に苦しむような悲鳴を上げて、掴んでいた青木陸将の腕を離して消え去っていた。
警戒する隊員の横では、吉田一尉の衛生科を呼ぶ叫び声が木霊していた。


同時刻
王都ソフィア
地下祭壇

「ぐがぁぁぁ!!」

絶叫とともにネッセル司祭が床に倒れこんだ。

「司祭様!?」
「ネッセル様が、いったい・・・」

儀式に参加していたマルローをはじめとする信徒達が、これまでに観たことが無い事態に困惑し、恐れおののいている。
幾人もの信徒達が駆け寄って、ネッセルを取り囲んで来る。
薄れゆく意識の中で、ネッセルも困惑していた。
確かにネッセルは、嵐と復讐の神の力を借りて意識体を敵将アオキカズヤのもとに放っていた。
出来ることはたかが知れていた。
例えるなら針で一刺程度の痛みを与えれらるのが関の山だ。
これを毎日続ければ次第に対象は衰弱して死んでいく。
死ぬまで続ける。
これが大きな神々の御加護があるはずの一国の高官であるアオキカズヤに出来る細やかな呪いの筈だった。
しかし、結果は予想以上のものだった。
対象に声を聞かせ腕を掴んだ。
ネッセルの意識体の腕は、アオキカズヤの腕に溶け込み自由に動かした。
アオキカズヤの体を抑え込もうとした護衛を弾き飛ばし、精神を侵食した。
これほどの行為が可能だとはネッセルにも予想外だった。
あれではまるで、一般庶民の幼児並みの抵抗力だった。
急に意識を肉体に戻されたのは、ネッセル自身の魔力が尽きたからだ。
本来は30を数える間に戻るつもりが、対象の抵抗力の無さから意識体が暴走して長く留まってしまったのが原因だ。

「だ、誰かに伝えねば・・・」


混濁したネッセルはまわりの信徒の存在を認識出来ていない。

「な、何をですか?
誰にですか司祭様?」

マルローが声を掛けるが、ネッセルには聞こえていない。

「ロムロ司祭長様に・・・地球の民は・・・魔法に・・・」

聞き取りづらい口調で、王都に居住する嵐と復讐の教団の上司の名と地球人についての何かを口にし、ネッセル司祭は気を失い、三日三晩意識を取り戻さなかった。



新京特別行政区

早朝、大陸総督府会議室では昨晩の事件の報告が行われていた。
会議室には自衛隊、警察、公安、海保といった治安関係の幹部が参集していた。

「青木陸将の容体は?」
「外傷はさほどでもありません。
ただ、妙に身心に衰弱の傾向が見受けられて入院となりました。
また、警固の隊員も一名が軽度の打ち身を負いましたが、こちらも体重が10キロも減るという衰弱状態で入院しました。
頭痛と吐き気に襲われていますが、命に別状は無いとのことです。」

秋山補佐官からの報告に秋月総督は眉をしかめる。

「それで、相手はいったい何だったんだ?
監視カメラにも警備システムにも引っ掛からない等と、幽霊でも相手にしたのか!!」

最初に考えられたのは、青木陸将の執務室で何らかの不祥事が発生したことによる隠蔽だった。
その疑いは事件当時青木陸将が通話していた相手が、異常を察知したことにより、通話をレコーダーモードにして、一部始終を記録していたことにより解消された。
秋山補佐官は事態の深刻さを伝える。

「警察や自衛隊には、基本的には幽霊と対処する能力はありません。
これまで相手取ったアンデットは実体のある存在でしたが、今回は違います。」
「幽霊なら、青木陸将個人に対する怨みの線じゃないのかな?
大陸で血を流しすぎたからな、実戦部隊の長は色々怨まれているだろう。
しかし、これは仮にも国の機関が話し合う内容なのか?」
「まあ、現行法でも存在や対処が認められた存在ですし。」

転移前の彼等がこんな事を公的な会議で真面目に話し合っていたら、マスコミに非難のネタを提供していただろう。
転移後の現在は幽霊は公式にモンスターの一種として認められた存在となった。
ワイトが本国内で大量発生した青木ヶ原の事件では、幾体かの幽霊が確認されて映像にまで記録されている。
余談ながら転移前に死亡した人物の幽霊は確認されていない。
また、確認された幽霊はすべからく悪霊の類いであった。
秋月総督も頭では理解しているが、実物を見たことがあるわけでは無いので話についていけない。

「青木ヶ原の事件ではどう対処したんだ?」

秋月総督の問いに、事件を担当した第34普通科連隊連隊長神崎雅樹一等陸佐が、天を仰いで額に皺を寄せて答える。
神崎一佐は当時、第34普通科連隊の大隊長の一人として事件に関わっていた。

「尻尾を巻いて逃げ出しましたね。
その後は発生場所を隔離し、遠巻きに牽制して、政府が組織した国内の宗教家や霊能者で編成された部隊を投入しました。」

秋月は当時から大陸で活動しており、詳細までは知らなかった。


「結果は?」
「役立たずは半月で全員失業しました。」

当初はワイト等の実体のあるアンデットを相手にするだけの筈だった。
だが場所柄なのか、十数体の霊体系のアンデットと遭遇する事態となった。
政府は宗教を問わずに高名な聖職者やテレビで名声を得ていた霊能者を無理矢理徴用し、青木ヶ原に放り込んだ。
投入された彼等の『術』や『祈り』、『徐霊』は、青木ヶ原の幽霊達が相手に足止めにもならなかった。
例外は協力者だった大月市にある円法寺の住職で、仏との扉を開いたとされる円楽氏のお経くらいだった。
他の者達は自衛隊隊員の援護のもとに幽霊と対時したが、恐怖で逃げ出したり、取り憑かれたりで散々な有り様だった。
名声を失った彼等は『業界』に復帰することはなかった。
彼等を推薦した宗教会の権威は地に落ちていった。

「まあ、成果が全く無かったわけではありません。
お経や浄められた水や塩、そしてショットガンが、足止めや牽制で使えることがわかりましたから。
当時の経験のある隊員達を交代で駐屯地と陸将の病室に派遣しましょう。」

神崎一佐の提案の他に新京や竜別宮に居住する神殿の司祭達や冒険者に相談することも実施されることとなった。

この時の彼等は根本的に自分達の相手の正体を理解しておらず、検討外れの会議のもと対策が立てられていった。
門外漢しかいなかったから仕方が無い話ではあった。
会議室を出た神崎一佐は、34普連の前任の連隊長だった市川一佐の言葉を思い出す。

「この世界で発生する現象は日本も例外じゃない、か・・・」

神崎一佐が派遣した隊員達は、10日ほどは何事も無く過ごすことなった。



新京特別区
自衛隊病院

草木も眠る丑三つ時。
陸上自衛隊第16師団団長の青木陸将が入院している病室には、静かな時間は流れていた。
些か過剰に盛られた盛り塩や注連縄が、病室の空間を狭苦しくしていた。
青木陸将や医者の抗議を無視して飾り立てれた病室の隣室では、イズマッシュ・サイガ12Kを用意した第34普通科連隊から派遣された今俊博二等陸尉率いる隊員五名が待機していた。

「しかし、用意したのはいいが効くのかこれ?」

今一尉が机に並べたのは岩塩で造った弾丸だ。
ベテランの阿部一等陸曹は青木ヶ原事件にも参加した経験を持つ。

「一応神社でお清めもして貰ってますからな。
青木ヶ原では効果がありましたよ?」

青木ヶ原の浮遊霊などには清めた岩塩の散弾で、霊体を散らしたり追い払うことには成功している。
他にも漫画をヒントに円楽和尚に書いてもらった梵字が刻まれた弾丸も使用したが、今は手持ちが無い。
隊員達は雑談に興じつつも青木陸将が嫌がるのを無視して設置した監視カメラが映し出す映像をモニターを眺めている。

「お客さんが来たみたいです。
見舞い客には見えません。」

モニターを監視していた山本一等陸士が、今一尉と阿部一曹に伝えてくる。
実際に見舞い客には見えなかった。
姿が見えないからだ。
それでもモニターには、床に撒かれた塩が踏み締められて、足跡が付いていくのが映し出されている。
注連縄にも見えない何かが触れたのか揺れ動いていた。
隊員達は直ぐに散弾銃を構えて、隣室に突入する。
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0017†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/19(火) 19:05:58.496158ID:5YvT11xKK
「動くなあ!!」

今一尉が誰何するが、相手が見えないから動いて無いのかは確認できない。
阿部一曹は足跡が改めて付いたのを確認し発疱する。
殺傷能力の無い岩塩弾の為、他の隊員も遠慮無く室内で発砲している。
岩塩弾は発砲と同時に砕け散り、見えない何かに岩塩が浴びせられる。
岩塩が人の形状に宙に浮いているので、人型の何かがそこにいるのが判明したが、用意した装備が何一つ退治に役立っていないことも理解できた。

「うわっ、放せ!?」

隊員の一人が腕を掴まれると、絶叫を上げながら気を失い倒れる。
二人目の隊員も弾かれたように壁に叩き付けられる。
病室の中は飛び散った塩が舞い上がり、見えない何かの動き認識できる。
掴み掛かった三人目の隊員はそのまま白眼を剥いて倒れ込む。
ベッドの上で塩まみれにされた青木陸将が騒ぎに起き上がり、枕元の拳銃を塩まみれになった何かに発砲するが、銃弾が何かの体を突き抜けて当てることが出来ない。
神具の類いも何一つ効果を及ばさないことで、確実な事実が想定された。

「こいつ、アンデットじゃない?」

青木陸将のベッドに飛びかかって来たところで、見えない何かは姿を消した。




同時刻
王都ソフィア
嵐と復讐の教団
地下神殿

「はあ、はあ、はあ、はあ・・・」

意識を肉体に取り戻したネッセル司祭は全身を汗だくにして倒れ込んだ。
憔悴仕切っているが今度は気を失っていない。
同教団の司祭長ロムロが自らの魔力をネッセル司祭に送り込んでいたからだ。

「も、申し訳ありません。
せっかくのご助力がありながら・・・」
「良い。
お主の戦いぶりは意識を繋げていた私にも見えていた。
今回は敵が待ち受けていたにも関わらずに無敵の自衛隊を三人も退けた。
これは快挙である。」

信徒達も我が事の様に喜びあっている。

「やはりお主の掴んだ通り、地球人は魔力に対する耐性が全く無いようだな。
倒した自衛隊の兵士達もあの年代なら十や二十の教団の加護があってもおかしくない。
だが、彼らには精々2つか3つ程度の加護しかなかった。
自衛隊には従軍司祭とかはいないのか?」

精神体こと、『御遣い』は対象と接触すると相手の精力を吸収して糧とすることが出来る。
むしろ今回は過剰摂取で気持ち悪くなったことで肉体に引き戻されたくらいだ。
大陸の人間と比べ、地球の民からの吸収量は20倍程はあったとネッセルに思われた。

「彼らは心の中に神殿を造っていない。
信仰心とは無縁に生きてるらしいな。
しかし、塩とは考えたな。
『御遣い』は魔の物で無いから効かぬが、存在を示す道具にはなるか。
次は警戒がさらに強化され、今日のようにはいくまい。」
「はい。
ここで一度標的を変えようかと、更なる大物を狙います。」

ネッセルの横にはマロリーがアオキカズヤとは別の人形を持ってくる。

「次の狙いは大陸総督アキヅキハルタネ。
狙われてるのがアオキカズヤだけと考えててくれれば、あるいは・・・」
「いけるかも知れないな。」

信徒達の怨嗟にも似た神を讃える歌が、地下祭壇に響き渡っていた。



日本国
東京都府中市
府中刑務所

日本でも有数に知名度の高い府中刑務所には、囚人は一人もいなかった。
それでも武装した刑務官や公安調査庁の実働部隊が警備に当たっている。
物騒な雰囲気とは裏腹に場違いな子供達の声が響き渡っている。

「金剛!!」

僧侶姿の子供が岩を素手で砕き、巫女姿をした少女が鈴を鳴らして透明な壁を発生させて破片が飛び散るのを防いでいる。
刑務所の壁には『ベッセン先生の魔法教室』と書かれていた。

「なんだこれは!!
誰が許可したんだ?」

大陸総督府東京事務所所長の小野孝之は、刑務所内の光景に絶句している。
僧侶の格好をした少年少女が11人。
神主や巫女の格好をした少年少女が6人。
大陸風にローブを纏い、杖を持った少年少女が二人。
彼らは一様に魔法の練習に耽っていた。
全員が日本人だ。

「もちろん政府ですよ。
そうで無ければ壁の中とはいえ、ここまでのことが政府施設内で行えるわけがありません。」

答えたのは公安調査庁のベンゼンの担当福沢敦上級調査官だ。
小野所長の訪問の目的は、大陸で起きてる事件の助言を求めることだった。

「政府は日本人による魔法研究は諦めたんじゃなかったのか?」
「使える人間がいませんでしたからね。
でも見つけることが出来たので再開したのですよ。
この世界に転移して来た日本人には魔法を使う能力は皆無でした。
しかし、この世界で産まれた日本人はその限りではないのは盲点でした。」

転移から11年。
日本人に魔法が使えるかの検証計画時には、乳幼児や産まれてもない子供達は、検証の対象から外されていた。

「最年長の神職の少年でもまだ小学生高学年。
彼等は転移以降に産まれた子供達です。
僧侶の子供は6才以上は見つかってません。
青木ヶ原事件以降産まれた子供達です。
何れも市内の寺社のご子息、ご息女です。
檀家や氏子から才能が発掘された養子、養女を含んでますが。
幼い頃から宗教的教育を受けていたエリートと言ってよいでしょう。
魔法は子爵が日本風に開発、アレンジしたものです。」

転移により権威を喪失した宗教団体の希望の星と言える。

「あの大陸風の格好をした子達は?」
「それが今回の問題点です。」

渋い顔を見せた福沢は小野を少年少女達を指導するマディノ子爵ベッセンの魂が宿った水晶球の元に案内する。

『おや福沢調査官、お客さんですか?』

魂を他の物体に付与する魔法。
総督府が注目したのはこの魔法だった。
だが公安調査庁はもう一つの魔法に注目するよう見解を出した。

「この子爵様は魂だけを市内に徘徊させて、宗教団体とは関係無い魔法の才能のある子供達を見付けて来たんですよ。
来年は八王子にも足を伸ばすとか言ってますし、幽閉されてる意味が無くなるでしょう?
お偉方は怒ってましたが、成果を見せられて黙りました。」
「ほう、魂の徘徊ですか・・・、それは興味深い。」

福沢はベッセンに大陸の事情を話すと、小野に質問で返してきた。

「何故私に?
大陸にもまだこの程度は理解できる魔術師はいるはずだが?」
「当然問い合わせた。
しかし、日本の勢力範囲の東部地域や中央部は魔術師が少ない上に協力を軒並み断られた。」
「ああそうか。
君達は魔術師達に恨まれてるからね。
無理も無いか。」

小野は本国にいるので、そのへんの事情がわからない。

「恨まれてるのか?」
「当然だろ?
魔術師は一門や師弟関係などといった横の繋がりが強いんだ。
そんな彼等を君らは一網打尽に殲滅したじゃないか。」

小野は聞き覚えが無いといった反応を示すので、1から説明してやることにした。

「魔術師になる上で、才能以外の障害ってなんだと思う?」
「金・・・、ですか?」
「正解。
魔術師になるには金が掛かる。
高位次元との契約の為の儀式費用。
魔術学院への入学金に授業料。
自らの魔力を底上げする為の魔導具の購入費用。
門外不出の魔術書を閲覧させて頂く為の料金。
こういった諸費用を工面する為に一族単位や師弟で結社を組織したりする。
帝国は結社が魔術の世界を閉鎖的にするのを恐れた。
また、埋もれた才能を発掘して、お抱えにしたいという願望のもとに奨学金制度が造られ、各結社もそれに協賛した。
魔術師養成が結社の負担になっていたのは間違いないからね。」

魔術師の世界もせちがないと、小野はちょっとガッカリした。

「奨学金の返済は、帝国への奉仕活動でも可能だ。
大半は魔物討伐への従軍だったり、公共工事への協力がそれにあたる。
社会的な地位の向上や魔術師に経験を積ませたい結社も諸手を挙げて賛成した。」
「この世界の魔術師は引き篭りが許されないのですな。」

福沢の感想にベッセンは呆れ顔で答える。

「地球人のイメージでは魔術師は引き籠るものなのか?
まあ、いい。
そんな中、君達が転移してきた。
帝国は君達に対抗する為に常備の宮廷魔術師団の他に五つの魔術師連隊を編成し、優秀な若き魔術師達を召集した。
そして、各騎士団、神官戦士団、貴族の私兵団、傭兵隊と共に皇帝陛下の御観閲のパレードが帝都にて実施された。
一族や門弟の晴れ舞台を一目見ようと、約二万五千人に及ぶ魔術師団・連隊と、その関係者も一同に帝都に集合した。
彼等は庶民や他の関係者とともに、帝城まで続く中央の大通りから街道までを埋め尽くす大観衆の一人となった。
そこに・・・B−52が飛来して、阿鼻叫喚の地獄を作り出してしまった。」

各一門や結社の党首や重鎮、後継者、家族が軒並み失われ、多数の貴重な口伝も喪失した。

「留守居を預かっていた魔術師の実力はお世辞にも高いとは言い難い。
もしくは老齢で帝都に行けない者ばかりになってしまった。
帝国も崩壊し、後を引き継いだ王国は、日本への多額の賠償を支払う為に財政的に苦しくなった。
結果として、奨学金制度も停止となった。
その為に魔術師の実力は落ちる一方だ。
恨み骨髄の日本を避ける為に、その勢力範囲からは姿を消してしまった。
今、東部や中央にいる魔術師は、貴族が出資したお抱え魔術師か、冒険者、もしくは体制に反発的だった私塾の出身者ばかりさ。」

理由はわかったが、幽閉されて日本から出ていないベッセンがそこまで大陸事情に明るいのは気になるところだった。

「話が脱線したね。
神殿の方は問い合わせたかい?
彼等も魔術師と同様の目に合っているが、血縁とかの関わりは薄いからまだ話は聞いて貰えると思うけどね。
私見だけど、司祭達が使う『御使い』の奇跡だな。
神の眷属に成りきるわけだから、君達が施したアンデット対策は聖属性の『御使い』には意味がないよ?」
「術者の特定は可能か?」

小野は肝心な話を切り出した。

「術者は相当な高位の能力を持った司祭なのは間違い無いと思う。
私が使ってた術ならアンデットと同じ扱いで対処できた筈だからね。
術に必要な神具や人員などから、27ある神殿都市か、王都のどれかで間違いない。
神具の類いが他の都市に持ち出されるのはまずあり得ないからね。
術の使用中に探知の魔法を掛けた魔道具を司祭か魔術師に持たせておけば範囲が絞り込めると思うよ。」

範囲が広すぎて途方にくれそうだった。
ベッセンの忠告に従い、術の行使が可能な司祭のリストアップと、探知に協力してくれる魔術師の確保が最優先と大陸総督府への報告が行われた。



新京特別行政区
大泉寺
大泉寺は新京に造られた大陸最大の寺院である。
円楽は何故か宗派も違うこの寺に呼び出されていた。
本堂にはやはり宗派関係無く、大陸にいる各宗派の代表的僧侶が集まっていた。
居心地が悪そうにしていると、この寺の住職である宗人和尚が会話を進めてくる。

「我々の調べによると、この大陸には27の神殿都市と呼ばれる各教団の総本山がある都市がある。
まあ、都市と言っても人口が1万から30万とその勢力の規模によって様々なんだが・・・
我々も日本の仏教会の総意として、我々も28番目の神殿都市を創ろうという計画があるんだ。
十数年後の話になると思うけど、君の息子の剛君を開祖にどうかなと?」

突然の申し出に円楽は困惑する。
「ま、まだ先の話ですからね。
うちの剛はまだ小学生ですし」
「そうだね。
だが我々がこのような計画をしていることは覚えておいてくれ。
とりあえず、各神殿都市の視察なんてどうだい?
予算は我々が出すからさ。」

その予算の出所が気になるところである。

「総督府は今回の件ご承知なんですか?」
「ああ、協力体制の見返りにね。」
「協力体制?」

嫌な予感がするが聞かざるを得ない。

「自衛隊の方で妙な事件が起きてるらしい。
大陸の魔術師や司祭にも声を掛けてるそうだが、日本人からも術師の動員を要請されている。
そこで君達親子を総督府に派遣したいのだよ。
いいよね?」
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0018†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/19(火) 19:09:59.911027ID:FPRne+SVK
宗人和尚の背後に座る各宗派の代表達が無言の圧力を掛けてくる。

「はい・・・お引き受けします・・・」

坊主の世界も上には逆らえない縦社会なんだと改めて思い知らされていた。

公安調査庁
新京公安本部

大陸における日本の諜報機関の本部に総督府各部門の担当者が集まっていた。

「府中の子爵様のアドバイスにより術の使用できる司祭をリストアップしていますが、全教団の司祭が使用出来るわけでは無いようなのでだいぶ搾れてきました。
我々が最も注目しているのは、ここ数年最も信者を増やしてきた教団、嵐と復讐の神の教団です。」

竜別宮捕虜収容所襲撃事件でも活躍した平沼調査官が、説明しながら出席者に資料を配っている。
資料を流し読みした秋山補佐官が眉を潜めながら尋ねてくる。

「この団体を調査対象とした理由は?
それと信者の増加は、教団教義が彼等の琴線に触れる何かがあったのかな?」
「その2つの答えは同じです。
復讐の対象が日本だからです。
資金も先の戦争で死亡した遺族からの献金が莫大なものになっていました。」

出席者達は遺族の文句や苦情は、アメリカにお願いしたい気分だった。
戦端を開き、無差別攻撃を行って起きながら肝心の米国はこちらの大陸に関心が無い。
乗り込んで来ないので遺族達の怒りと悲しみの矛先が日本に集中している。
日本も戦争に参加したのは間違いないが、無差別攻撃を行う余裕は無かったのだ。

「また、帝国残党軍の捕虜にも多数の信者がおり、公安では内偵を行っていました。
現在、王都の教団幹部には監視を付けています。
司祭長ロムロの身辺を盗聴した結果、クロだと断定しました。
儀式が行われている場所の特定を進めています。」

提示される証拠から、秋山補佐官も納得し、自衛隊側に向き直る。

「神殿都市の方は、我々第34普通科連隊が引き受けましょう。
とりあえず包囲だけでよろしいですか?」

連隊長の神崎一佐は心中の不安を隠しきれてない。
それは秋山にしても同感だった。

「はい、現時点では一連の『御使い』によるテロが、教団の総意なのか、王都の幹部による独断なのか断定は出来ていません。
教団本部への圧力は必要でしょう。
ですが、直接の戦闘は避けたいところです。
宗教団体の本部の攻撃など、精神衛生上もよろしくない。」

多数の民間人のいる都市への攻撃。
ましてや凄惨になるであろう熱狂的信者によるゲリラ戦。
まさしく悪夢の光景なである。
そして、それを当たり前に出来る様になる日本。
そんな姿は見たくなかった。

「わかりました。
神殿領のダーナの街道を封鎖し、流通を停止させることに専念します。」



自衛隊病院襲撃から7日後

大陸北部
神殿領ダーナ

近年著しい信者とお布施の増大により、嵐と復讐の教団本部があるこの町は建設ラッシュの好景気に揺れていた。
ダーナは日本の県ほどの広さだが、信者が些か特殊な事情を抱えた人物が多く、領都であるダーナ以外に集落と呼べるものはなかった。
同じ様に傷を舐めあって生きている住民が多く、不思議な団結力を持っている。
しかし、、前述の通りに近年の人口増加で、隣の領地との街道は意外にも商人達の荷馬車で賑わっていた。
隣領の街道の入り口には関所が設けられている。
唯一の他領への公式的な街道である。
住民の事情から命を狙われている者も多く、教団の神官戦士達が荷を改めたり、訪問の理由を問い合わせている日常だった。

「今日はいつもより荷馬車が少ないな?」
「旅人もだ。
何かあったのだろうか?」

関所の門を護る神官戦士達が首を傾げている。
普段なら建築資材や食料品を積んだ馬車や竜車が列を作って、神官戦士達の検閲を受けている筈だが、朝から一台も訪れない。
徒歩の旅人も昨夜は野宿をした者は到着しているが、隣領の宿に宿泊した者はほとんどいない。
と、そこに土煙を上げながら、陸上自衛隊第34普通科連隊の小隊を乗せた装甲兵員輸送車BTR-80一両と73式大型トラック一両が門の前に乗り付ける。
さらには後続として、馬や竜に乗った複数の近隣領地の旗を持った騎士達が後に続いている。

「な、何だ貴様らは!?」
「よせ、日本軍だ!!」

完全武装の隊員達が降車して、門を護る神官戦士達に銃を突き付ける。
数名の隊員を残し、残る隊員達も関所内を制圧に掛かっていく。
如何に田舎といえども、神官戦士達も銃の恐ろしさは理解出来ている。
それが日本軍のならば尚更だ。
武器を構えようとする神官戦士が同僚に止められて、武器を降ろしている。
関守の神官が小神殿から出てくると、自衛隊側の小隊長細川直樹二等陸尉が通告を行う。

「現時点を持って当関所は、日本国大陸総督府の名をもって陸上自衛隊の管理下に入る。
関所関係者は、当部隊の指示に従うことを命令する。」
「馬鹿な!!
大神殿からは何も聞いていない。
こちらから大神殿に問い合わせるから暫くまって欲しい。」
「構わないが諸君らに仕事は無いぞ?
この街道そのものが封鎖されるのだからな。」

街道の方では大音量スピーカーを搭載したパジェロベースの73式小型トラックが、道行く人々に街道の無期限封鎖を告げる放送を流しながら下っていく。
関所にいた旅人や商人達は、そそくさと隣領方面に小走りで逃げていく。

「い、いったい我々が何をしたというんだ!!」

関守の責任者であるガロン司祭が細川二尉に詰め寄っていく。

「知らん。
大神殿とやらの答え次第じゃないのか?」

本当は任務の内容は理解しているが、返答は面倒なので誤魔化しただけだった。
関守の責任者は自衛隊の後に付いてきた騎士達に助けを求める視線を向けるが、一様に目を反らされる。
それでも最年長の騎士マーブルが竜の歩を進めて、事情を語ってくれる。

「ガロン司祭、今回の件は国王陛下も承認した上意である。
諦められよ・・・」
「そういうわけで、周辺の間道や獣道といったルートの場所を教えてくれないかな?」



既に近隣領地に通じる間道や他の関所にも、それそれの隣領の私兵達が固めて、第34普通科連隊の隊員が各々一個分隊が監視、制圧に当たっている。
この関所の制圧も含めて、二個中隊が動員されているのだ。
細川二尉がガロン司祭を問い詰めてると、建物のドアが弾けるように吹き飛び、隊員の一人も吹き飛びながら出てきた。

「我らに罪を犯す者に報いを与えることを赦したまえ。」

重装甲のプレートメイルに大盾を着た騎士が三人建物の中から現れる。
蠍をイメージしたらしい甲冑に隊員達はうんざりした顔をしている。
吹き飛ばされた隊員は昏倒しているだけで、生きてはいるようだ。

「神殿騎士です。」

と、マーブルは告げて下がろとする。

「マーブル卿、神官戦士との違いは?」
「神聖魔法を使ってきます。」
「使えないのか、神官戦士達・・・」

神官戦士達は戦う能力があれば就ける職業らしい。
司祭と神官の違いも同様らしい。
「聖地で血を流すなと命令されてるからな、制圧しろ。」

自衛隊側のAK-74に装填されているのは、訓練で用のゴム弾だ。
それでも当たれば皮膚が抉れて出血する威力はある。
だが、鎧甲冑に大盾を持った相手には遠慮する必要はない。
出血はするが、死ななければよいていどの話だ。
何より隊員に死者を出す気は毛頭なかった。
一個分隊の隊員が銃撃を開始する。
鎧や大盾はへこんだり、穴を開けながらも神殿騎士達は動きを止めて堪えながら祈りを捧げる。
弾着の衝撃も半端では無いはずだが、立っていられるだけ凄いと細川二尉も感嘆する。

「『護り』を!!」

薄い光の膜が彼等の身体を包み、その身を護り始める。
ゆっくりとだが前進出来る程度には耐えれるらしい。
自衛隊側に焦りは無い。
いざとなれば実弾や手榴弾、車両に搭載した重火器を使えばよいだけだからだ。
そして、防御系の魔法の弱点も把握済みだった。
威力も大事だが連続で攻撃し続けると魔力の消耗も早くなるのだ。
単発の銃弾、矢や魔法、刀剣による斬撃ならはさほど問題では無かった。
自衛隊の攻撃のように常に弾丸を受け続ける立場になっては、魔力が早く尽きる。
徐々に光の膜は輝きを失い消滅すると神殿騎士達は昏倒していった。

「よし、拘束しろ。」
「彼等は下級の神殿騎士だから魔力が低いおかげでもあるのですがね。」

マーブルは見も蓋もないことを言うが、わざと弱い武器で相手の消耗を引き出すのは使えると実証された。
関所が完全に制圧すると、軽装甲機動車4両、73式大型トラック2両、装甲兵員輸送車BTR-802両といった車両が関所を通過していく。
その中に見馴れない車両が混じっている。

「またゴツいのを持ち出してきたな。」

細川二尉も見るのは初めてである。
耐地雷装甲車ブッシュマスターである。
平成25年に4輌の耐地雷装甲車ブッシュマスターが陸自に配備された。
オーストラリア陸軍向けに開発された大型の4輪装甲車であり、戦闘重量14トン、耐地雷構造で路上最大速度は時速100キロである。
車内温度の低減の為に耐熱素材が貼られており、クーラーも完備している。
また飲料水タンクも搭載し、常に冷たい水が飲める。
本来は海外に取り残された邦人救出の為に購入されたのだが、現在は大陸で政府要人を輸送するのに使われている。
現在の乗客は大陸総督府外務局杉村局長と一等書記官1名と警備対策官3名である。

「シルベールの時のような失態は犯せない。
気を引き締めて掛かるぞ。」

ケンタウルスとの交渉は杉村局長には失態だったと考えられている。
気を引き締めて掛からねばならなかった。
護衛の陸上自衛隊2個小隊とブッシュマスターの五名が大神殿までの道を切り開いていく。
警備対策官達は元は在外公館の担当だった者達だ。
転移時も地球の他国に赴任中だった筈の者が、全員では無いが他職員や観光客同様にこの世界に転移してきていた。
在外公館警備対策官の多くは自衛官・警察官・海上保安官・入国警備官または公安調査官からの出向者で、在外公館の消失と同時に元の部署に戻っていった。
残った民間警備会社からの出向者達が、機能を停止していた会社に戻れず行き場を無くしていた。
外務省は彼等を専門の警備対策官として雇い入れて組織したのだ。
以上の陣容で、ダーナの町の中心にある大神殿の正門に車両で乗り付ける。
降車した一行に多数の神官戦士や神殿騎士が道を塞ぐように立ち塞がった。
睨み合いが続く中、教団側から初老のいかにも高位な格好の老司祭が出てきた。
杉村局長、予め用意した写真で確認してから話し掛ける。

「カバナス大司教殿とお見受けしますが?」
「如何にも、愚かな日本人達よ・・・
命が惜しくばこの地より去るがよい。」

ガバナス大司教が片手を振ると、嵐と復讐の教団の戦士達が使節団を囲むように動きだし・・・彼等を守り始めた。


教団領テーベ

37名の神殿騎士と200名程の神官戦士達が、自衛隊を含む使節一行を取り囲むように動き始める。
圧倒的火力を有する自衛官達は、車両を盾にしながらAK−74の銃口を教団軍に向けた。
だが教団軍より先に杉村局長をナイフで襲った者がいた。
自衛官達もその存在を認識しながら、発砲を躊躇ったのは相手が十代前半とおぼしき少女だったからだ。

「悪魔め、死ねぇ!!」

その刃は教団軍の壁をすり抜け、自衛官達の発砲を躊躇わせて杉村局長の腹部を刺す寸前だった。
咄嗟に護衛の警備担当官が少女の手首を掴み、地面に捻り伏せさせたことで事無きをえた。
警備担当官は転移前の仕事として、海外で現地採用の警備員を指導する役割を持っている。
その為に柔道や空手の有段者が多い。
杉村外務局長は胸を撫で下ろすが、周辺の家屋から農具や武器を持った住民が次々と姿を現す。

「ここは我らの聖地だ・・・」
「ここを追い出されたら行くところなんかないぞ。」
「奴等を追い出せ!!」

住民から発せられる空気が使節団を、自衛官達を圧倒する。
図らずも教団軍が使節団の盾になる形になっている。
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0019†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/19(火) 19:15:57.243375ID:pS9ZRCsOK
神殿からガバナス大司教が走ってこちらに向かっている。

「だから言ったろ!!
命が惜しくばこの地より去るがよいと!!
うちは教団より、信者の方がおっかないのだ。」

嵐と復讐の教団は復讐を肯定する。
その為の協力もするし、心の傷を癒すケアも施す。
しかし、復讐は復讐者の身の破滅させてまで遂行させるものとは教えにはない。
また、復讐の対象者以外が迷惑を被る行為は認めていないのだ。
心理的に追い詰められ、破滅に走りやすい信者達を隔離し管理する。
帝国が教団領を認めた理由の一つである。
逆に言えばこの地に住む民衆は故郷を追われ、他に行き場の無い者達が多数居住しているのだ。
自衛隊による進軍がこの地の住民の不安を煽った形になってしまった。
暴徒となった民衆を教団軍が抑えに掛かっている。
民衆の投石を神官戦士達が盾で防ぎ、神殿騎士達が心を平静化させる神聖魔法を掛けまくっている。

「早く退いてくれ。
今宵、関所で対話の場をもつ、急いでくれ・・・」

カバナス大司教の訴えにより、杉村外務局長は事態の成り行きに頷き自衛隊の指揮官に撤収の許可を出した。
警備担当官は少女を解放して、近くにいた神殿騎士に託す。
隊員達は用意してあった手榴弾、催涙球2型を投擲する。
非致死性の催涙ガスを散乱させ、迫り来る信者達を無力化して車両に乗り込み撤退した。



夜半過ぎ
関所

カバナス大司教は僅かな護衛と共に夜遅くに関所を訪れた。
出迎えた杉村外務局長と細川二尉と挨拶をかわす。

「討議は中で・・・」
「残念だが長居する余裕は無い。
信者達は一時的に抑えたが、いつ暴発するかはわからない。
今回の件でそなたらを庇ったことで、我等に対する不満を訴える者も少数ではない。」

確かに教団のNo.2にしてはみすぼらしい格好での来訪だった。
信徒達の暴走を懸念している為だ。

「ですが我々と本気で敵対するなら・・・
総督府は泥を被る決意があることをこちらも表明しておきましょう。」

横で杉村の言葉を聞いていた細川がギョッとする。
その泥を被る実行は自分達自衛隊にやらされるのではないかという懸念の為だ。

「状況は認識している。
なにしろ王都から報告書という形の檄文が届いたからな。
我等にも蜂起せよとな。」

カバナス大司教はかつての弟子がどれほど危険な尻尾を踏んだのかに気がつき、テーベの信徒達と秤に掛ける決断に迫られたのだ。

「勘違いしないでもらいたいが、教団主流派は日本と敵対する気はない。
たが王都にいる連中は別だ。
彼等の支持基盤は日本やアメリカとの戦争で家族を失った貴族や騎士階級の者達なのだ。
なれどテーベにいる信徒の大半が平民。
王都に居を構えて、教団に寄進出来る余裕のある信徒達とは根本的に異なる点だ。
テーベの民にとってのここは最後に残された安息の地なのだ。
ゆえに我等に総督府が発行しているテーベの本領安堵の朱印状を下賜されたい。
それでこのテーベの教団、信徒は抑えて見せる。」

日本としても住民の弾圧や虐殺など望むことではない。
だがタダではダメなのだ。

「働きが無ければ無理ですな。
朱印状は安くはありませんよ?」
「王都の主だった拠点と教団幹部の情報提供。
並びに主教猊下による日本への復讐の停止命令の聖意宣言でどうかな?」
「停止?
中止では無く?」
「それ以上は教義に反する。
我々は宗教団体だからな。
信徒達には『今はまだその時では無い』と通達する。
後は時間による解決を待ってくれ。」

妥協の限界のようだった。

「わかりました。
その線で手を打ちましょう。
関所は事態解決の確認後に返還します。
ところで、聖意に従わない者はどうする気ですか?」
「好きに扱ってくれ。
彼等も自らの教義を実践できて本望なことだろう。」

大神殿ではすでに聖意の書かれた書状が用意されている。
早くて来月には王都の神殿に聖意が伝わるはずだ。
しかし、杉村の背後にいた外務局書記官が書類を渡してくる。
一読した後にカバナス大司教に書類を渡す。

「総督府から発行された朱印状の写しです。
正式な物は明後日には届くでしょう。
契約の早期履行をお願いします。」

ファックスで送信された朱印状にカバナス大司教は仰天する。

「は、早すぎるだろう!!
関所に総督閣下でもいらっしゃるのか?」
「いえ、会談の最中に送って貰いました。
聖意とやらはいつまでに用意できますか?
準備ができ次第、王都に然るべき人間に送ってもらいます。」

カバナス大司教は密談を終えると早々に帰還した。
明日の朝には王都に迎える人間を用意すると言わされていた。

「自衛隊並びに近隣の騎士団にテーベの封鎖を解除するよう伝えて下さい。
それと、ヘリの準備をよろしくお願いいたします。」

杉村外務局長の指示に細川二尉は部下達に命令を下す。

「仮設のヘリポートを造る。
今晩は眠れると思うな!!」



テーベ大神殿

早朝早く、旅支度を整えて呼び出された神殿騎士団団長のジモンはカバナス大司教のに膝まづいた。

「お召しにより参上つか奉りました。」
「御苦労だった。
これより王都に赴き、主教猊下の聖意を信徒達に伝える任に就いてもらう。」
「畏まりました。
しかし、騎竜はおろか、馬も用意しなくよいとは?」
「日本が乗り物を用意してくれるようだ。
荷物も最低限でよいと」

ちょうどそこに大神殿の上空から轟音が聞こえてきた。
神官戦士達により封鎖された大神殿の中庭に陸上自衛隊のUH-60JA 多用途ヘリコプターが着陸してくる。
あまりの風圧に神官達が顔を手で多い、巫女達がローブや髪を抑えている。
ヘリの横扉が開き、同行を命じられた細川二尉が降りてくる。

「準備はいいですか?
これからイッキに王都まで飛びます。
トイレに行くなら今のうちに!!」

ローターの回転音があまりに轟音な為に細川二尉は大声を張り上げている。
陸上自衛隊は大陸で任務遂行に脆弱な街道は任務の妨げになると判断していた。
その為に鉄道を整備していたのだが小回りが利かないのが問題がある。
そこで転移により仕事を無くした民間人への公共事業を兼ねて、愛知県小牧市の工場を大幅に拡充した。
海自は全艦艇に哨戒ヘリコプターの搭載を目標とし、陸自も大陸の駐留部隊への充足を行っている。
機体だけあってもパイロットがいなくては話にならない。
国際線が来なくなった中部国際空港が、パイロット養成学校になっていた。

大神殿中庭のあまりの光景にジモン団長はちょっとビビっていた。
躊躇う足取りに背中から神官戦士達に背中を押されて、UH-60JAに乗せられる。
ジモン団長は不安そうな顔で座席に座らされシートベルトを細川二尉に装着してもらう。

「あの・・・これ乗らないと駄目なのかな?」

ジモンも飛行機械の存在は知っていたが、自分が乗る羽目になるとは考えてもみなかった。

「明日の朝には王都に到着するにはこれしか無いので我慢して下さい。
いいぞ、やってくれ。」

無慈悲な細川二尉の合図で、UH-60JAのローターは回り出す。
体が浮き上がる感覚にジモン団長の悲鳴を上げるが、ローターの回転音に掻き消された。


正午
大陸東部
マディノ
陸上自衛隊第9分屯地

分屯地司令の浅井治久一等陸尉は連絡のあった時間に分屯地に併設された空港のプレハブで造られたロビーにいた。
窓際では事態を見届けるべく新京から派遣された吉田香織一等陸尉がヘリの到着を待っている。

「来ました。」

双眼鏡から観ていた吉田一尉の言葉に浅井はロビーから外に出る。
この官民共用の空港は、プロペラ機用滑走路一本と二つのヘリパッドがあるだけの小規模な施設だ。
だが、航空機による機動力の充実や補給の充実化などの大きな役割を担っていた。

「来たか。」

テーベから飛来したUH-60JAがヘリパッドに着陸する。
ヘリから降りた細川二尉が、ふらつくジモン団長を引きずり降ろす。

「お世話になります。
34普連の細川二尉です!!」
「分屯地司令の浅井一尉だ。
連絡は受けている、あれに乗ってくれ。」

滑走路ではセスナ 208 キャラバン、単発ターボプロップ汎用輸送機がいつでも発進出来るように待機している。
元々は民間の所有機だったが、転移の混乱で維持できなくなったところを国で買い上げたのだ。
陸自用に改修され、胴体下に1箇所、主翼下6箇所のハードポイントが設置された。
ヘルファイア対戦車ミサイルの運用を可能としている。

「その前にトイレに・・・大丈夫ですか、ジモン団長・・・」

顔面蒼白で足元をふらつかせていたジモンは口元を手で抑えながら涙目で、細川二尉にトイレに連れて行ってもらう。
15分ほど掛かってトイレから出てきたジモンは、今度はセスナに乗せられると聞かされて卒倒仕掛けている。

「同行する第16師団司令部の吉田一尉です。
よろしくお願いします。」

卒倒仕掛けていたが、女性が同行すると聞いて気を持ち直す。
そして、膝まづいて祈りの言葉を唱え始めた。

「『神聖なる嵐と復讐の神よ。
我が願いを叶える為に平静な心を我に与えん。』」

突然の神聖魔法にジモンの体が紫に発光する。
心に平穏を与える魔法だが、ヘリコプター酔いには十数回使用された。
光が消えると、元気な顔をしたジモンが出てきた。

「いや、心配掛けた。
さあ、次はあの飛行機かね?
参ろうじゃないか」

浅井は魔法便利だなと思った。
細川はこの場に置いていきたい気分に駆られた。
吉田はエスコートすると差し出された腕の扱いに困っていた。

「いいから早く乗って下さいよ。
スケジュールが推してるんですから!!」

パイロットの奥村一曹の抗議の声に全員、慌てて動き始めた。
滑走路から飛び立ったセスナは一路、王都ソフィアに向けて飛び立った。



王都ソフィア
ソフィア駐屯地

テーベから送られた情報を元に駐屯地から第17普通科連隊の車両が次々と出ていく光景が見られた。

「和解だと?
やられっ放しでいられるか。
使者が聖意を持ってくるまではこちらのターンだ。」

第17普通科連隊隊長碓井一等陸佐は憤りを隠せない。
自分のお膝元で好き勝手にやられていたと思うと腹立たしくて仕方がなかった。
王国における自衛隊の顔である自分達の顔に泥を塗られた形だ。
幸いなことに第17普通科連隊は、傀儡国の首都に駐屯しているだけあって、かなりの武断的処理を行う権限を有している。
この機会に王都の反日勢力に対する見せしめを行うことにしたのだ。
総督府からは教団への包囲のみを命じられていたが、偶発的な戦闘に関しては問題はなかった。

「最前線の俺達は舐められたら終わりなんだ。
誰も彼も穏便に終わらそうなんて考えてると思ったら大間違いだと教えてやろう。」

そう呟く碓井一大佐の視線の先には、北サハリンから購入したMi-24、ハインドのローターが回り始めていた。



王都ソフィア

とある王国騎士の邸宅

王国騎士シエリは、ケイオン男爵家の次男として産まれた。
本来なら嫡男の控えとして、部屋住みの身分に甘んじ、飼い殺しの一生を送る筈だった。
転機は七年前の帝都大空襲。
皇帝陛下の御親征ともあり、父である当主や嫡男たる長兄が一族をあげてケイオン家の兵団を組織して参陣することとなった。
農家や町民も三男以降が褒美や出世を夢見て兵団の募集に応じている。
その結果、たかが一騎士家としてあり得ない四百にもおけるケイオン兵団が誕生した。
だが肝心の自分は留守居として、小規模な町がある領地の城に留め置かれた。
ケイオン兵団は勇壮に帝都に参陣し、誰も帰ってこなかった。
帝国が解体され、王国が誕生し、ケイオン男爵家の王国騎士家の降格が申し渡された。
シエリは一族男子の筆頭として、家督の継承と王国騎士としての出仕を命じられた。
それからは順風満帆な6年だった。
王国は騎士団の再編成を行ったが、経験ある先輩や上司は軒並み戦死しており、若輩者な自分が騎士隊長に任じられる始末である。
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0020†Mango Mangüé(ワッチョイ c277-oOTH)
2018/06/19(火) 20:48:36.747276ID:j9ZVPuNA0
  ★★★熱帯魚は何故、あんなに美しいのか★★★
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0021†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/19(火) 23:13:25.311175ID:8VjI9tlqK
>>19の続き

それからは順風満帆な6年だった。
王国は騎士団の再編成を行ったが、経験ある先輩や上司は軒並み戦死しており、若輩者な自分が騎士隊長に任じられる始末である。
部屋住み時代から当主や嫡男に代わって、ケイオン家の威光を示す為にモンスターや盗賊に討伐に散々駆り出されていた経験があったからだ。
また、部屋住み時代からは考えられないくらいに女性にモテるようになった。
同世代で同じくらいの身分に男子が激減したのも大きかったのだろう。
その中でも一段出世したシエリがモテない筈がなかった。
これまでの鬱憤を晴らすがごとく、一年ほど遊び尽くした結果、上司の娘を孕ませて結婚したのが四年前。
娘二人と息子一人と子宝にも恵まれて、この日も屋敷で領地の財政に関する書類を読んでいた。
部屋住みで暇だろうと、手紙の執筆から会計に駆り出されていた経験が生きている。

「今思うと、父上も兄上も俺を使い潰す気だったな?
まあ、次男とはそういうものだったかもな。」

父の弟だった叔父も自分が産まれたと同時に、部屋住みの役目が終わったと兵隊長にされていた。
兄に次男が産まれてれば自分も同じ運命だったろう。
感慨に耽っていると、下男のハンスがノックもせずに部屋に駆け込んでくる。
無礼を咎めようと思ったが、ハンスのただならない様子に壁に掛けてあった剣を腰に装着しながら問い質す。

「何があった?」
「お、御屋形様・・・屋敷の外に自衛隊の兵士達が!!」

急いで門の外に駆け出すと、屋敷に詰めている兵士が10名が大盾を構えて備えている。
妻や母も窓から様子を伺っている。
屋敷外では自衛隊の迷彩服を着た兵士達が、軽装甲機動車と呼ばれる車両から降車しているところだった。
降車した兵士は三名。
車両内の運転席に一名。
屋根を開き、銃座に座った一名がこちらに銃口を向けている。

「こんな夜分に何の用か?
御用向きを伺いたい。」

努めて冷静に問い質す。
降車していた兵士の一人、おそらく指揮官が返答してくる。

「ケイオン家には嵐と復讐の教団と結託したテロ容疑が掛かっている。
我々の調べが終わるまで、屋敷にて蟄居を命じる!!」

その言葉に首を傾げる。
心当たりが無いのだ。

「ああ・・・!!」

叫び声を母が上げて泣き崩れている。
どうやら容疑は本当だったらしい。
父上と兄や弟達が揃って死んだ事を恨み、憎んでいた。
妙に納得してしまった。
王国軍も自衛隊の兵器の情報は集めている。
抵抗は無意味で勝ち目はない。

「わかった従おう・・・」

秘かに母を逃がすしかない。
次男の自分を軽んじていた母だが母は母だ。
どうこの場を切り抜けるか、それが問題だった。

とある上級貴族の邸宅

王国貴族ラキスター伯爵邸にも自衛隊の部隊が姿を見せていた。
さすがに伯爵邸ともなると、城館といってよく、敷地内に堀まで存在する。

「閣下・・・」
「おのれ無礼な!!」

不安がる家臣達の前で精一杯の虚勢をラキスター伯爵は張っていた。
自衛隊側はBTR-80装甲兵員輸送車と軽装甲機動車2両が門の前に陣取っている。
降車してきた11名の隊員が銃口を向けている。
それぞれの車両には運転手と銃座に座っている。
さずがにこの人員では、城館の監視にも穴が多い。
一方のラキスター伯爵邸にも兵士が80名とお抱えの魔法使いが三名ほどしかいない。
ケイオン家同様に自衛隊の口上が伝えられる。
こちらは伯爵自身が教団の支援者だった。
一族朗党、領地から徴募した兵士達をまとめて爆撃された上に、伯爵家に降格された恨みは忘れてはいない。
あの空爆でラキスター侯爵軍は1500の人員を失って全滅したのだ。
死亡者にはラキスター伯爵の息子や娘婿や兄弟の名前が連ねている。
遺族達からの非難や補償の問題に悩む七年だった。
その上で城館にまで自衛隊がやってくるという挑発行為にラキスター伯爵は耐えられなかった。

「積年の恨み、ここで果たしてくれる!!
おい、あいつらに向けて、ありったけの銃や弓、魔法をぶっ放してやれ!!」

ラキスター伯爵は兵士や魔法使い達に命令するが、彼等は攻撃を躊躇い中々動こうとしない。
戦えば皆殺しにされるのは目に見えてるからだ。
激昂したラキスター伯爵は自ら壁に飾ってある短筒を取って、自衛隊に発砲しようとしたが嫡男のジェフリーに立ち塞がれる。

「どけジェフリー!!
せめて奴等に一矢報いねば気が収まらぬ!!」
「父上、お止め下さい。
このままでは当家は断絶。
屋敷の者は皆殺しにされます。」「この臆病者め、命が惜しいか!!
ラキスター家の面汚しが!!」

激昂するラキスター伯爵に処置無しと判断したジェフリーは決意する。

「ラキスター家、次期当主と命令する。
父上は心労でご病気になられた。
自室での安静が必要である。
なお、病状からその身が暴れだすことがあるが、治療の為に取り抑える必要を認める。」
「よせ、この無礼者、私を誰だと・・・」

ジェフリーの意を組んだ家臣達が、暴れるラキスター伯爵を拘束して猿轡を噛ます。
床に落とされた短筒を壁に掛け直しながらジェフリーは溜め息を吐く。
「落ち着いたら父上は隠居の身とし、私が家督を相続する手続きを取る。
宰相府に借りを作ることになるがやむを得ない。
問題は日本の兵士達に踏み込まれた時だな・・・
その時は、父上に自裁を行ってもらう。
準備だけはしておけ・・・」

出来れば穏便に済ませたい。
このまま自衛隊が動かないことを祈るしかなかった。

王都下町
とある高級娼館

日本との戦争により、御家断絶や降格により帝国騎士から平民に降格され領地を没収された帝国騎士上は相当数に登った。
領地を没収されて生活に困窮した彼等は妻や娘を売る借金のカタに売るはめになっていた。
元貴族の私邸を改修し、そんな彼女等を娼婦として働かせる娼館の一つに、自衛隊の73式中型トラックが停車して隊員達20名が降車していく。
監視の対象は娼婦達30名全員である。
夫や父を失い娼婦に身を堕とされた彼女達は教団に身銭を献金し、儀式の為に身を捧げるなどの活動を行っていた。
焦ったのは娼館の館長や従業員達である。
自衛隊に逆らうといい選択肢は彼等には無い。
しかし、娼婦などの身柄を自衛隊に引き渡せば親組織から殺されてしまう。
ただでさえ最近は石和黒駒一家という新興組織に推されて売り上げが落ちてるのだ。
上納金の支払いもギリギリの状態で娼婦達を酷使している有り様なのだ。

「自衛隊に渡す賄賂も捻出できん。
女を抱かそうにも全員が容疑者なのに応じるわけが無い・・・」

館長が頭を抱えている。

「親方!!」
「馬鹿野郎、館長と呼べ!!
で、どうした?」
「お、女達が!!」

娼館の内部では、娼婦達がナイフや奪った剣を振り回して従業員達を血祭りにあげている。
娼婦達も元は騎士階級の妻子だった者がほとんどで、人並み以上に武芸の嗜みがある者達がいてチンピラもどきの従業員では相手になら無い。
娼館の外の自衛官達にも内部の喧騒が伝わっている。

「おい、もう誰か仕掛けたのか?」
「挑発はともかく、こちらからは手を出すなと言われてたじゃないですか?」
「じゃあ中の騒ぎはなんなんだ?」

娼館の中から娼婦が出てくる。
状況からして、自衛隊に保護を求めに来たのかと隊員が二人駆け寄る。

「死ねぇ!!」

娼婦の振るう剣をAK−74で受け止めた隊員が転がる。
娼館から次々と出てくる娼婦達が剣や棒切れを構えて自衛隊部隊に駆け出してくる。
ここまで直接的に仕掛けて来るとは思ってなかった自衛隊部隊は動揺する。

「い、威嚇射撃、開始!!」

娼婦達の足元に隊員達の銃撃が炸裂し、怯んだ娼婦達は娼館に戻っていく。
斬り付けられた隊員も走って戻ってくる。

「わ、我々は日本軍には屈しない!!」

娼婦達に宣言された自衛隊側は対応に困ってしまった。
抵抗したら強制的に排除してよいと、司令部から言われているが相手が相手だけにやりにくい。

「とりあえず近寄ったら牽制の銃弾だけ撃て。
あとは・・・状況が動くまで静観する。」

問題の先送りは日本人の得意技だ。

とある商人の屋敷

自衛隊の一個分隊が軽装甲機動車二両で、教団に多額の寄進を行っている商人の屋敷に乗り付ける。

「ああ・・・
来ちゃいました?」

商人ワークスが揉み手をしながら隊員達にすり寄ってくる。
隊員達からの口上もうんうん頷きながら聞いている。

「まあ、ここはこれでお許しを・・・」

金貨の詰まった袋を分隊長に渡そうとしてくる。

「いや、我々はそういうの困るから!!」

分隊長はすぐに受け取りを拒否するが、ワークスは違う解釈をした。

「『我々は』?
なるほど、これは気がつきませんで・ ・・
おい、番頭さん。
自衛隊の隊員さんの数だけの金貨の入った袋を用意してくれ。」

このままでは賄賂を受け取らされてしまう空気だ。

「後退!!
屋敷から距離を取るんだ!!」

「お待ちください、なんでしたら袋はお一人につき二つを用意しますので!!」

ワークスの遠ざかる声から逃げるように自衛隊は戦線を後退させた。

王都某所
嵐と復讐の教団地下祭壇

突然の自衛隊の動きに嵐と復讐の教団の司祭ネッセルは自分達の行動が日本に露見したことを悟った。
次々と逃げ込んで来る信徒達の話からも明らかだった。
この場所も露見している可能性が高い。

「どうやら急がねばなりません。」
「司祭様・・・、空に自衛隊の飛行機械が・・・」

弱々しく信者達が伝えてくる。
地下祭壇から1階に戻り窓から身を潜めながら空を見ると、昆虫のような胴体を持った機体が地下祭壇の上空を浮遊している。
信者達はドアや窓にバリケードを作り始めているが、時間稼ぎにもならないだろう。
再び地下に戻ると、『力ある言葉』を唱え始める。

「おおっ、我らが尊き嵐と復讐の神よ。
憎むべき……アキヅキハルタネ、思い知るがいい。
痛みは消えず永遠に苦しみとともに生きるがいい。
私の苦しみはそのまま……アキヅキハルタネに帰るのみ。
アキヅキハルタネ……に」

3回繰り返し、信徒達は唱和する。
唱和しながら始まった淫靡な宴による狂気の魔力がネッセル司祭の体内に流れ込む。
この魔力の増幅があって、『御遣い』の奇跡を行えるのだ。
アキヅキハルタネの人形に入れられた本人の髪の毛を通じ、遠く彼方で寝ているアキヅキハルタネの元に意識が導かれてた。
ネッセル司祭が瞼を開くと、目の前にはアキヅキハルタネがベッドの上でイビキをかいて寝ていた。

同時刻
新京特別行政区
陸上自衛隊新京駐屯地内
自衛隊病院

こんな時間まで起こされていた剛少年は眠気を圧し殺して、初老の男性の体に経文を書いていた。
自衛隊の青木一也陸将は自衛隊や事務方、数人の僧侶が見守る中、全裸に経文を書かれているという屈辱を圧し殺していた。
だが剛少年はバツの悪そうな顔で筆を止める。

「どうした剛?」

父親の円楽が筆を止めた理由を問う。

「こっちじゃないや・・・、変な気配はお城に現れたよ、父さん。」

剛少年が指差す窓の向こうには、日本国アウストラリス大陸総督府が見えていた。




大陸総督府官邸

大陸総督府は日本風の城の形で建築されている。
日本本国から遠く離れ、大陸に移民した日本人達の情緒や精神安定を図るのが目的と計画書には書かれている。
本当は計画担当者の趣味だったのは最高機密に指定されている。
総督府は通称新京城と呼ばれ、天守閣を中心に北、東、西の小天守閣を連結させた5層5階地下1階の本丸天守閣は、外観に反して鉄筋コンクリート製の総督府のオフィスビルという残念な仕様である。
天守閣から見て南側に本丸御殿が造られていて、総督官邸として使用されている。
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This is Original

0022†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/19(火) 23:23:16.980338ID:BQxNp3MwK
匠の力で木造平屋建ての書院造りの表書院は総督一家の居住区となっており、内装は総督夫人の趣味により洋風になっている。
この日の総督夫人は新浜市に市役所ビル落成のパーティーに出席の為に留守であり、秋月総督は一人で大きめなダブルベッドで大の字になってイビキをかいて寝ていた。
秋月総督の体毛を仕込んだ人形に導かれ、ネッセル司祭は本丸御殿に『御遣い』として顕現して秋月総督の寝室に現れた。

「御覚悟を・・・、総督閣下・・・」

秋月総督の精気を奪うべく手を伸ばすが、御殿内に響き渡る警報が鳴り響いた。
機械による警報では無い。
魔力を検知する魔導器がベッドの脇の机に置かれていた。
さすがに青木陸将が最初に襲われて二十日は経っている。
総督府要人や自衛隊幹部も各々で身を守る対策を講じる時間は十分にあった。
日本の宗教勢力との協力に加えて、王国貴族から献上或いは没収された魔導器を研究所や倉庫から引っ張り出されて分配された。
その中の一つが魔力を検知して警報を鳴らす魔導器である。
警報で起き上がった秋月総督はベッドの下に転がり落ちて、ネッセル司祭の手を逃れる。

「よ、夜這いか!!」

今までにも総督と懇意になろうと王国貴族から差し向けられた令嬢や高級娼婦、或いは貴族夫人本人という前例が脳裏を掠める。
だが目の前にいるのは大柄な男だ。
夜這いと勘違いされたネッセル司祭は不本意そうな顔をしている。
ネッセル司祭の何かを言いたそうな顔に、秋月総督はここ何週間か新京を騒がせていた事件を思い至る。

「曲者か、であえ〜であえ〜!!」

襖が開いて黒服のSP達が何人も出てくる。
全員が拳銃や警棒を構えるが、相手の正体を悟り近寄るのを止める。
優先は秋月総督の保護で、ネッセル司祭との間に数人が立ちはだかる。
完全武装の自衛官すら退けたネッセル司祭はSPなどものの数では無いと最初の一人に掴みかかり、精気を奪って倒すが、二人目に斬りつけられた。
ネッセル司祭は精神体の自分が斬り付けられた事に驚いていた。
SPが持っていた得物はやはり献上品の魔力が付与された剣だった。

「小癪な・・・」

所詮は魔力の付与されただけの武器で、所持しているのは一人だけだ。
斬られた感触ではたいしたダメージは食らっていない。
あれでは百太刀斬られても問題は無さそうだった。
だが新たに入ってきた白い頭巾で顔を隠し、黒い着物を纏った男達が入室して来てネッセル司祭を囲んだ。
「何者だ貴様ら・・・?」

それには答えず、ネッセル司祭に各々が持っ武器を振るってくる。

「六根清浄!!」
「悪霊退散!!」

日本仏教会から派遣された寺を実家に育ち、寺を継げない次男以降で武道の心得を持つもので組織された僧兵達だった。
彼等を率いるのは円楽で薙刀を構えていた。
他の僧兵達の鉄の熊手、大槌、大鋸、刺又、突棒、袖搦にも魔力が籠められていた。
円楽と僧兵達の武器には円楽の長男剛が『加持』を施している。
『加持』とは、仏の作用や功徳などの力を付与する法力である。

「やれやれ間に合ったか・・・、さあて、退いてはくれないのだろうな。」

薙刀を構える円楽はネッセル司祭と対時する。
さすがにこれだけの数を相手にしては苦戦は免れない。
しかし、ネッセル司祭に戦闘どころでは無い事態が襲いかかる。

「ぐっ!?」

ネッセル司祭は突然に苦悶の声をあげて、床に膝をつく。
その『御遣い』の精神体に次々と穴が開き、欠損していくのだ。

「おのれ本体を狙ったな?」



同時刻
王都ソフィア上空

セスナ 208 キャラバン、単発ターボプロップ汎用輸送機を陸自が改修したAC-208J コンバットキャラバンが王都ソフィアに到達していた。

「吉田一尉、細川二尉、あれを見てください!!」

パイロットの奥村一曹が指差す方角に二人は目をやる。
王都とはいえ、ソフィアの町は繁華街や貴族街を除けばろくに灯りも無い街並みである。
油が高価な為に太陽が落ちれば庶民は寝てしまう為だ。
しかし、二人が観た光景は下町の民家が攻撃ヘリの攻撃を受けて爆発炎上しているというものだった。
暗い街並みに爆発炎上する民家は大変目立っていた。

「あれは・・・地下祭壇のある場所だ・・・」

同乗していたジダン団長の言葉に二人は絶句する。

「あれはハインドの陸自仕様です。」

奥村一曹が機体の所属を特定するが、こちらはソフィア駐屯地に向かうしかない。

「おい、あの飛行機械が進路を変えたぞ!!
王都の大神殿の方角だ!!」

ジダン団長の悲鳴に似た訴えにより、吉田一尉は命令する。

「奥村一曹、あの機体を追って!!」
「り、了解!!
しかし、追ってどうするんです?」
「まずは交信で呼び掛けるわ。
それでも駄目なら奥村一曹・・・
あの機体が射程距離に入ったら・・・ロックオンしなさい。」



ソフィア上空
攻撃ヘリMi-24機内

機長の桜井一尉はご機嫌だった。
自衛隊に恥をかかせた邪教徒のアジトを12.7mm 4銃身ガトリング機銃で蜂の巣にしてやった上に、粉々になったバリケードや床板に向けて、ロケットランチャーを連射出来たのだ。
あれで生き残っている者など、いるはずがない。
地下祭壇の掃討は地上の普通科部隊に任せることになっていたが、老若男女関係無く肉塊に変わっており後始末以外にすることはないだろう。
続いて受けた命令が御機嫌だった。
邪教徒の本拠地である王都大神殿に残った火力を全て叩き付けろというものだった。

「うちの連隊長はわかってるよな。
王都の連中や残党軍の連中に見せつけるように派手にやらないとな。」

東部の第16師団は地元と融和政策を行っているが、この中央部や南部では残党軍によるテロや王国貴族との小競り合いなど日常である。
再び日本の力を王国に見せ付ける必要があるとの主張が、最前線にいる第17普通科連隊では高まっていた。
新参の第34普通科連隊はまだまだ脇が甘い。
第17普通科連隊は王都に花火を打ち上げる機会を伺っていたのだ。

「機長、通信が。
後方を飛んでるAC-208Jからです。」

副操縦士の阿部三尉が悦に入っいた桜井に伝えてくる。

「何て言ってる?」
「攻撃を中止せよと、第16師団の師団長付き副官吉田香織一尉からです。」

桜井はマイクを握って、AC-208Jに返信する。

「管轄違いだ、引っ込んでろ。」

返信と同時にロックオンの警報が機内に鳴り響く。
AC-208JにはAGM-114 ヘルファイアIIが搭載されている。
ミリ波レーダーによるアクティブレーダー誘導がハインドのレーダー警戒装置が反応したのだ。
もちろん実際には発射されていないし、空対空ミサイルでも無いからそうそうあたるものでもない。
それでもベテランの桜井は的確に回避行動を取ってしまった。

「あのアマ、やる気か!!」

ほとんど無意識な回避行動たが、減速した瞬間にAC-208Jがハインドを追い抜いていく。
もともとスピードはAC-208Jの方が速い。
そして、着陸には300メートルほどの着陸距離があればいい。
大神殿の正面は大勢の民衆に説教をする為に石畳の広大な広場になっている。
多少の悪路もセスナなら問題はない。
前方を取られたと桜井一尉は悪態を付くが、さすがに友軍機は攻撃出来ない。

「司令部に指示を仰ぐ。
まったく面倒なことを!!」




大神殿正面広場

昼間は大勢の参拝客が賑わうこの場所も深夜になると閉鎖されて無人になる。
その広場にAC-208Jが着陸して走行する。
さすがに警備にあたっていた神官戦士達は接近してくるAC-208Jの勢いに散開して逃げ出して距離を取る。
AC-208Jの動きが止まると再び包囲するように集まってくるが、中からジモン団長が出てくると、膝をついて礼をつくす。

「あとは任せたまえ。
大主教猊下の聖意は信徒ならば絶対だ。
これで手打ちだよ。」
「私も行きます。
総督府による本領安堵の朱印状を公式に伝えないと。」

吉田一尉はジモン団長にエスコートされて、大神殿に入っていく。

「終わったな。」

細川は二人を見送り、事態を関係者に伝えるべくAC-208Jの機内に戻る。
隣にハインドも着陸して来て、桜井達が降りてくる。

「今度は総督府から正式な命令が届いた。
攻撃は中止する。
だがよくもロックオンなんかしやがったな?
てめえかパイロットは?
さっきのアマはどこに行きやがった?」

外でタバコを吸っていた奥村一曹が首根っ子を掴まれて揺らされている。

阿倍三尉が必死で止めているが、細川二尉は暫く機内に隠れてることにした。



同時刻
新京特別区
総督府官邸

ネッセル司祭の精神体はすでに『御遣い』の力を無くしていた。
本体の欠損に合わせて、精神体も欠損している。
たがまだ死んでいない。
肉体は死んでいるが、精神体としてネッセル司祭はまだ意識を保っていた。
その哀れな姿に円楽は手を合わせて念仏を唱えてから薙刀で斬りつける。

「もはやただの悪霊の類いですな。」

隙あらば魔力や法力を付与された武器を持つSPや僧兵達が斬り付け、叩き付けて精神体を削ぎ落としていく。
聖なる守護は無くなり、駆けつけてきた自衛官達のショットガンによる塩弾の攻撃も効果が出ている。
肉体が無いので、細切れにされてもまだ生きている。
足を切り落とされて這ってでも秋月総督に向かってくる。
腕が落とされて、胴が砕かれ、首だけが転がりながら向かってくる。
携帯で通話していた秋月総督は首だけの精神体に語りかける。

「嵐と復讐の教団、総大主教からの言葉を伝える。
『今はまだその時ではない。』だ、そうだ。」

その言葉が本当に総大主教から発せられたかはネッセル司祭に確かめるすべはない。
それでも何か納得したような顔を浮かべ四散して消えていった。


翌朝の総督府はようやく警戒令の解除が発布された。

「テーベの町には公安と自衛隊による監視を兼ねた連絡所を開設します。
信徒達の代替わりまでは警戒にあたります。
表向きは周辺の資源調査の事務所ということになります。」

朝になってから出勤してきた秋山補佐官が寝不足の秋月総督に事後処理の草案を説明している。

「ソフィアの町の信徒達はどうするのかな?
宰相府からも抗議が来るんだろうな。」

考えただけで憂鬱になる。

「抗議に付いては山のように来ています。
後でお目を通してといて下さい。
今回の事件に関与した信徒達は、王国軍が拘束する模様です。
おそらく大半が大陸を追放になるだろうと。
その家族についてはお咎め無しの王命が下されました。」

王国の対応が早かったのは教団を支援していた最大の貴族ラキスター伯爵家公子が、伯爵の急病により事態の推移を宰相府に説明していたおかげらしい。
さすがに王都で暴れまわったのは陳謝が必要であろうことは、秋月総督も考えていた。

「問題は身内だな。
第17普通科連隊の動きには行き過ぎの傾向が見られたとか。」
「裁量権の範囲でもあります。
そういう性格の部隊として育てたのも事実ですが、今後もう少し首に鈴をつける必要があると思います。」

年明けには岩国で編成中の第51普通科連隊が大陸に到着する。
彼等を中央部に配備して、第17普通科連隊の管轄区域を狭めるのが当面の対策だった。

「僧兵達の件はどうする?
協力に報いないと祟られそうだな。」
「フィノーラに寺院を建てたいと要望が出ています。
このあたりが妥協線かと。」

フィノーラはリチウムやカリウムの鉱山がある東部の街で、現在は第16普通科連隊から派遣された第二分遣隊が管理している。
日本人による技術指導で鉱山は運営されており、将来的に日本が割譲を計画している地でもある。

「しかし、寺院の武装化か。
大陸限定であるが、他の団体も真似しないといいが・・・」

大陸では民間人の武装も許可されている。
僧兵達の装備も冒険者レベルだから認めないわけにはいかなかった。
秋月総督は書類を見ながら欠伸をする。
昨日の今日では具体的なことは決めることは出来ない。
今後の課題は幾つも残された感じだ。
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Rock54ed.

0023†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/19(火) 23:29:02.555678ID:EbV4lk4bK
おまけに荒らされた寝室の後片付けで、寝不足気味だ。
荒らしていった自衛官、僧兵、SP達は、誰も片付けを手伝ってくれなかった。



事件の後遺症も意外な形で残っていた。
夜に寝室から出てきた秋月総督は廊下で警戒にあたっていたSPに懇願する。

「なあ、一人で寝るの怖いから寝付けるまで部屋の中で見守っててくれないかな?」
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0025†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/19(火) 23:34:53.566777ID:B1Kp6oCzK
フセヴォロドヴナ海
海都ドミトリエヴナ

冬のフセヴォロドヴナ海。
海蛇人の都ドミトリエヴナは現在内戦の憂き目にあっていた。
長年支配下に置いていた鮫の魚人の一派シュモク族が反旗を翻したのだ。
数多の海蛇の脱け殻を乾燥させ、長い年月を掛けて重ね合わせたドーム上の都市であるドミトリエヴナの各所では、銛を持ったシュモク族と海蛇人とが切り結んでいた。
鮫系の魚人族は海皇都が健在時には最大最強の兵団を駐屯させていた。
海皇都の転移と同時にこの兵団を失い、鮫系の漁人族は各海で他種族に支配される側に転落していった。
だが日本をはじめとする地球系国家に各種族が敗北し、戦力の大半を失ったことにより反抗に転じたのだ。

「海蛇人の大半を南側に追い込んだな?
よし、外の人間共に合図を出せ。」

大半の海蛇人は冬眠しており、抵抗している海蛇人も動きが鈍いのは幸いだった。
シュモク族の将軍ザズュー・ジグはすでにアメリカとの同盟関係を結んでいた。
人間の最大の勢力日本はこの話を聞かされておらず憤慨している。
最大勢力日本がアメリカに遠慮している関係は奇妙な関係とザジュー将軍は思っていた。
しかし、この好機を逃すわけにはいなかった。
海蛇人は戦力の大半を北サハリンで失っている。
シュモク族は三千の兵をもって、海蛇人60万の民の半数が居住するドミトリエヴナを襲撃したのだ。
シュモク族はドミトリエヴナ北部を制圧し、避難民をドミトリエヴナ南部に追い立てている。
海蛇人の残った戦力はドミトリエヴナを二分する中央皮壁に集まり抵抗を続けている。
戦力の再編が終われば寡兵のシュモク族など一蹴出来ると、海蛇側は時間を稼ぐ為の防戦に努めていた。
それはシュモク族も認識しており、戦いを次の段階に進めることで打開を図った。

多国籍軍潜水艦隊
アメリカ海軍
第15潜水隊
ロサンゼルス級原子力潜水艦『シカゴ』

この場にアメリカの潜水艦が展開しているのは、半年前に起こった百済サミット並びに高麗本国襲撃事件の報復の為である。
十分な準備期間を持って、全面攻撃に行うはずだった。
高麗議会や報復を叫ぶ世論に推されて、攻撃を早めることとなったのだ。
アメリカ海軍の原子力潜水艦『シカゴ』は、僚艦のロサンゼルス級原子力潜水艦『キー・ウェスト』、『オクラホマシティ』ともに通常の航行では有り得ない密集隊形を取っていた。
海中を自在に泳ぎ回る巨大海洋生物に魚雷で弾幕を張るための陣形だ。
せっかくの陣形だが巨大海洋生物が出てくる気配は無い。

「各艦の距離は500を保て!!」
艦長のパーソン大佐の注意に乗員達は緊張した面持ちで応えていた。
艦隊は逆デルタの形でドミトリエヴナから南方約20キロの位置に展開している。

「『そうりゅう』が沈降して来ます。」
「こちらの位置を知らせろ。」

海上に浮上していた海上自衛隊の潜水艦『そうりゅう』は、逆デルタの陣形を菱形に代える位置で停止する。
海上と連絡を取るための通信ブイはそのまま伸ばしている。
アメリカ海軍潜水艦隊のお目付け役である『そうりゅう』が定位置に着いたことは、現在のドミトリエヴナで戦っている同盟種族からの攻撃の合図を受け取ったことを示していた。

「野郎ども攻撃開始だ、魚雷発射管を全門開け!!」

『シカゴ』の4門のMk 67 533mm水圧式魚雷発射管が開く。
同様に『キー・ウェスト』、『オクラホマシティ』も魚雷発射管を開いた。
『そうりゅう』もこれらに同調し、HU-606 533mm魚雷発射管6門を開く。

「全門発射!!」
「自衛隊の第一潜水艦隊からも魚雷の発射を確認。」

各艦からMk 48 魚雷が12発、89式魚雷6発がドミトリエヴナを目指す。
また、ドミトリエヴナからみて南東の方向に展開する海上自衛隊第一潜水艦隊の8隻からも48発の89式魚雷が発射される。
ドーム都市であるドミトリエヴナの各所で爆発が起こり、大量の海水が流入する。
流入した海水は、瀑布となって海蛇人の民に叩きつけられた。
破壊された建物や流れ出した漂流物が民や兵士を押し潰していく。
冬眠の為に家屋で寝ていた海蛇人達は逃げることも出来ずに死んでいく。
都市が拡充する度に社会問題となって放置されていた内部の旧外壁が海水を受け止めるが、ドミトリエヴナの1割が水没した。

海上自衛隊
潜水艦『そうりゅう』

転移後に建造されたそうりゅう型潜水艦『せいりゅう』を旗艦とする新造艦で固められた第一潜水艦隊。
そこからただ1隻、そうりゅう型最古参の『そうりゅう』は米第15潜水隊のお目付け役として派遣されていた。
艦長の内海二等海佐は今回の作戦に些か消極的に参加していた。
まさか海上自衛隊の潜水艦で都市攻撃の任務に携わるとは思っても見なかった。

「都市から複数の中型海洋生物が出現!!
こちらに向かっています。」

想定された事態だ。
シュモク族からの情報提供により、海蛇人が保有するシーサペントは七匹。
出現したのは五匹。
進路上には幾つもの定置網と接続した機雷が敷設してある。
定置網には幾つもの肉片がぶら下げられており、その臭いに釣られて食い付いたシーサペントの二匹が機雷の爆発に巻き込まれてバラバラに粉砕される。

「『シカゴ』が・・・
そのデコイ・・・
いえ、ゴミを放出しました・・・」

ソナーからの報告を副長の酒井三佐が内海艦長に伝えると、眉を潜められた。
『シカゴ』が放出したのは、艦内の生ゴミや排泄物を詰めたタンクだ。
この臭いにも惹かれたのか、自由な動きでこちらに向かっていたシーサペントが真っ直ぐ向かってきてくれる。
潜水艦の観測機器では高速で泳ぐ海洋生物を捉えにくい。
ならば餌を撒いて向かうからこちらの攻撃範囲に入ってもらったのだ。

「海洋汚染だよなあ・・・
まあ、文句を言うエコロジストなんかいないしな。」

サミットから半年。
日米を含む多国籍軍は海棲亜人の都市攻撃の準備を整えた。
海上プラットフォームを移動させて中継基地を造り上げた。
都市周辺に定置網を設置して封鎖の実施。
周辺海域の調査や同盟を持ち掛けてきた種族との交渉や魚雷の増産など多岐にわたる。

「魚雷、全門発射!!」

各艦から発射された18発の魚雷が殺到したシーサペントに次々と炸裂してその巨体を引き裂く。
また、それとは関係無く第一潜水艦隊から発射された48発の魚雷がドミトリエヴナに直撃する。

「一匹突破!!」

酒井三佐が叫びながら報告する。
シーサペントが魚雷の撃てない潜水艦の側面に回り込んだ。

「背後に回り込まれました。」
「構うな。
全門魚雷装填、第3射用意。」
「艦長?」

シーサペントが『オクラハマ・シティ』に巻き付いて締め上げるがまるで効果がない。
『オクラハマ・シティ』はシーサペントの攻撃など気にする様子もみせず、魚雷発射管を開ける。

「魚雷第3派、発射!!」

魚雷第3派合計66発はドミトリエヴナのさらに奥で爆発した。
都市南部の三割がさらに水没し、多くの命が失われた。
シーサペントの牙や締め上げてくる攻撃が潜水艦に効果が無いことはわかっていた。
二年前の『長征07号事件』で、大陸に現れたシーサペントは中華人民共和国の原子力潜水艦『長征07』号を破壊することが出来なかった。
そして、遺されたシーサペントの死体の破片を解剖した結果、その筋力の度合いも分析されていた。
潜水艦にとってシーサペント恐るに足らず、それが多国籍軍司令部が出した結論だった。
潜水艦隊はわざと魚雷発射に時間を置いていた。
都市内部のシュモク族が制圧するのを待っているのだ。

「魚雷装填、第4派用意。」

これが『そうりゅう』を含む第一潜水艦隊にとって最後の攻撃だ。
ロサンゼルス級の3隻は後二回攻撃が可能だ。
内海艦長としては、魚雷を使いきる前に事を終わらせて欲しかった。
艦内の受話器を握っていた酒井三佐が報告する。

「艦長、海上の『ジョージ・ワシントン』から連絡。
海中都市ドミトリエヴナの要所の制圧を完了したとのことです。」
「そうか、攻撃を中止。
ドミトリエヴナに接近する。」

情報によればシーサペントの生け簀からドミトリエヴナ内部に停泊出来そうだった。

「艦長、『オクラハマ・シティ』がまだ・・・」
「海上の部隊が始末してくれるさ。
まだ、気を抜くなよ、まだ最初の一つなんだからな。」

都市内部の残党がまだ残っているので、掃討は続いている。
攻略すべき都市も後二ヶ所残っている。
そちらは他艦隊がうまくやることを祈るだけだった。
なお『オクラハマ・シティ』のシーサペントは、『オクラハマ・シティ』が浮上した際にアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦『カーティス・ウィルバー』に乗艦していた海兵隊に始末された。
残りの二匹は捕獲され、小樽水族館と新浜水族館の水槽で元気に泳ぐことになる。



大陸東部
大陸総督府

大陸総督府のある新京城西の丸は中央指揮所になっている。
秋月総督は自衛隊幹部から『オペレーション・ポセイドンアドベンチャー』の攻撃の結果を聞いていた。

「海中都市ドミトリエヴナの海蛇人の生存者は約10万。
現在はシュモク族の管理下にあります。
依然として周辺には30万に及ぶ海蛇人が生息していると推測されています。
残党の掃討はシュモク族に任せることになります。」

自衛隊の作戦に関することなので説明は方面総監部幕僚副長小野寺陸将補が行っている。

「今後はシュモク族の扱いはどうするのですか?
同盟の話も先ほど聞かされたばかりで驚いていたところです。」

秋月総督は唐突な出来事で驚かされてばかりだ。

「王国の慣習を参考に倣うことになりました。」
「と、言うと?」
「皇居でシュモク族の長に臣下の礼を取ってもらいます。
その上でドミトリエヴナと周辺海域の領主と封じます。」
「皇居で?」
「はい。」
「いいのか?」

室内が誰も答えられない疑問に沈黙に包まれる。
誰もが微妙に考え込む顔をしている。

「まあ、本国のことは本国の連中が考えるでしょう。
で、次はイカか、亀か?」

副総督の北村大地の言葉に皆が安堵する。
あまり真剣に考えたくないことだったからだ。
北村副総督は就任以来大人しく大陸の勉強を続けている。
まずは教育の分野の執務を秋月から引き継ぐべく行動をしている。

「次は海亀人達の都市を攻撃します。
現在、アガフィア海において北サハリンの第1潜水艦隊が敵艦隊と対時。
別ルートから海上自衛隊第二潜水艦隊並びに連合潜水艦隊が都市に向かっています。」

北サハリンの第1潜水艦隊は、オスカー級原子力潜水艦艦4隻、アクラ級原子力潜水艦6隻で編成されている。
海自の第二潜水艦隊は、そうりゅう型潜水艦7隻、おやしお型潜水艦2隻で編成されている。
連合潜水艦隊は、高麗の孫元一級潜水艦3隻、北サハリンのキロ級潜水艦3隻、新香港の『長征07』、東南アジア系旧イスラム諸国六か国で作られた新都市アル・キヤーマ海軍のナガパサ級潜水艦2隻で編成されている。

「結構ですな。
次の作戦は明日でしたな。
では来客があるので失礼します。」
「結構ですな。
次の作戦は明日でしたな。
では来客があるので失礼します。」

西の丸から退出した北村は青塚補佐官と来客が待つ二ノ丸に向かう。

「何か本国で動きはあったか?」
「特になにも。
ああ、本国で人口に関するニュースがありましたよ。
本国の人口が11600万を割りそうだとか。」

大陸には360万人が移民している。
人口の低下は予てより頻繁にニュースで流れており、目新しいニュースでは無い。

「転移後に産まれた日本人がついに人口の1割を越えたようです。
年々出生数は増えてるのに総人口は減っている。
我々はあと何年生きてられるんですかね?
本国では不安が高まっているようですよ。」
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0026†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/19(火) 23:38:55.606439ID:Rpr6TVBsK
転移以来、様々な理由により死者が出ていた。
だが大陸から収奪した食糧や資源が、本国を潤すようになると問題は改善しつつあった。
それでも死者は減らない。
高齢者の老衰や衰弱死が増加しているのだ。
大陸に渡った日本人にはその傾向は見られない。
北村の目的は大陸そのものの内地化だった。


アガフィア海上空

アメリカ海兵隊に所属する第102戦闘攻撃飛行隊 (VFA-102) 「ダイアモンドバックス」 F/A-18F Block2戦闘攻撃機12機が、海上に浮かぶ都市エフドキヤに爆弾の照準を合わせた。

「本当に浮かんでいるんだな、あの都市・・・」 

ビル・クロスビー大尉が洋上に浮かぶエフドキヤに感嘆する。
海亀人達の都市は幾つもの巨大亀の遺骸から甲羅を加工して地面を造り上げている。
そういった甲羅の大地を連結させて巨大な都市としている。
甲羅の上に建築物を造り、内部にも住民達が居住する区画が存在する。
都市の直線距離は最大で四キロに及び、確認できる大型甲羅区画は20に及び、中小の甲羅区画は百に及ぶ。
住民は五十万に達する。

「大尉、『ロナルド・レーガン』から連絡。
攻撃へのGOサインです。」

複座に座るジャック・ベーコン少尉が伝えてくる。

「了解、全機投下用意・・・」

第102戦闘攻撃飛行隊の後方には2個の海兵戦闘攻撃飛行隊、第27戦闘攻撃飛行隊 (VFA-27) 「ロイヤル・メイセス」、第115戦闘攻撃飛行隊が後「イーグルス」に続いている。
F/A‐18が合計で36機。
原子力空母『ロナルド・レーガン』が発艦した飛行隊は、海亀人達の都市エフドキヤへのウェポンポッドから切り離されたMk 82 500lb爆弾6発、合計216発が投下される。
大型甲羅区画一つに付き12発以上の爆弾が炸裂し、そびえ立つ塔や建物を吹き飛ばす爆発を起こす。
海亀人達は建物の破片の落下に押し潰されていく。
甲羅に頭や手足を入れて、対応する者もいるが、甲羅ごと粉砕される。
或いは生き埋めになって、身動きが取れなくなる。
爆弾の投下された8区画は、浸水を起こし沈んでいく。



イージス巡洋艦『カウペンス』

「航空部隊の空爆、効果大!!」

航空隊の攻撃を確認していた『カウペンス』では、甲羅都市の被害を記録する為にドローンからの映像も受信していた。

「都市北部の甲羅から頭部とヒレが出ていきました。」
「都市、微速ながら移動を開始。」
「動くのかアレ?」

艦長のポール・ヒューリー大佐が呆れている。
映像では超大型海亀と数匹の大型海亀が牽引している様だ。
超大型海亀の300m級は百済でも確認しているが、200m級の大型海亀は初めて確認されたタイプだ。
半年も都市を観察して、地図まで造り上げたのが台無しになりそうだ。

「航空隊は全部投下した後か・・・
逃がす訳にはいかない、こちらも仕掛けるぞ。
トマホーク用意!!」

ヒューリー艦長の号令のもと、CICではトマホーク発射の準備が整えられる。

「トマホーク射程内に入ります。」
「超大型をエコー1に指定。
大型をエコー2からエコー9に指定完了。」
「VLS1番から10番を開放。
トマホーク攻撃はじめ!!」

艦が続けざまに発射されるトマホークの振動で揺れる。
同様にイージス駆逐艦『マッキャンベル』、『マスティン』からもトマホークが発射される。
これで都市の足が止めれればよかった。

「そろそろ海中も始まる頃だな。」



海上自衛隊
そうりゅう型潜水艦『うんりゅう』
海上での一方的な戦いが続いている頃、海中でもアガフィア亀甲艦隊と北サハリン第1潜水艦隊との戦いも始まろうとしていた。
海上自衛隊の潜水艦『うんりゅう』は、北サハリン第1潜水艦隊のお目付け役として、同艦隊に同行していた。
オスカー型原子力潜水艦『K-132イルクーツク』、『K-150トムスク』、『K-173クラスノヤルスク』、『K‐186オムスク』
アクラ型原子力潜水艦『K-263バルナウール』、『K-295サマーラ』、『K-322カシャロート』、『K-331マガダン』、『K-391ブラーツク』が深度400で扇状に展開している。

『うんりゅう』は、艦隊旗艦『イルクーツク』の後方300、深度500の位置で停止していた。
『うんりゅう』から距離1500の地点にはアガフィア亀甲艦隊が展開している。
向こうはこちらの位置が把握出来てないのか動きがバラバラだ。
この数ヵ月は接近と離脱を繰り返し、敵の戦力の把握と主力を徐々にエフドキヤから引き離すことに成功していた。
海上の戦いが始まったようたが、敵の戦力をここに釘付けにするのが北サハリン第1潜水艦隊の任務だ。

「敵艦隊に動き、浮上を開始しています。」
「艦長、『イルクーツク』から10キロヘルツ超音波、水中電話の更新。
全艦隊に向けての通信です。」
「増幅しろ。」

艦長の小川二等海佐の命令で、超音波による『イルクーツク』からの命令が全艦に発令される。

『全艦攻撃を開始せよ。』

「海上から連絡が届いたか
タンクブロー、浮上並びに機関全速進路0―0ー0、深度400。
一番から六番、魚雷発射用ー意。」

旗艦である『イルクーツク』の動きに合わせて、北サハリン艦と『うんりゅう』が一斉に動き出す。
一種の示威行動だ。
このままアガフィア亀甲艦隊がこちらに反応しなければ、北サハリン第1潜水艦隊の魚雷がエフドキヤを突く形になるのだ。
そして、その動きは海中各所で遊泳する重甲羅海兵の偵察隊に発見されてアガフィア亀甲艦隊の浮上が止まる。

「思ったより早かったな。
『イルク―ツク』の魚雷発射に合わせる。音響深度300にセット。」
「一番から六番、魚雷発射用意よし。」

やがて最初の魚雷発射音をソナーが捉える。

「一番、二番発射!!」

『うんりゅう』から533mm89式長魚雷が二本発射される。
北サハリン各艦からも533mm魚雷が2発ずつ発射される。
このうち、オスカー型原子力潜水艦と『ブラーツク』、『カッシャロート』、『マガダン』等のアクラ1型は650mm魚雷を発射することが出来る。
この7隻からも650mm魚雷が一発ずつ発射される。
北サハリンの虎の子の大型魚雷だ。
百済沖の戦いでは通常魚雷一発では倒しきれないと報告が上がっている。
13発の魚雷が12の目標を追跡するが、進路上に立ち塞がった重甲羅海兵が甲羅を連ねて壁になって魚雷の2発の進路を塞いで爆発させる。
また、十数匹の重甲羅海兵が決死の覚悟でハンマーや岩弾で殴り付けて魚雷4発を爆発させる。
何れも重甲羅海兵達を爆発に巻き込み多大な損害を出したが、貴重な大型魚雷を迎撃されたことに北サハリン第1潜水艦隊を驚愕させた。
重甲羅海兵達は待ち伏せる以外には、魚雷のスピードに着いていけず何も出来ない。
7発の魚雷が重甲羅海兵の防衛線を突破する。
アガフィア亀甲艦隊の中型海亀達は海底に着底して回避行動を取りながら接近してくる。
魚雷が追跡するが巻き上げられた泥に撹乱されて5発が海底や岩盤に当たって爆発する。
650mm魚雷で中型海亀が一匹絶命し、『うんりゅう』の89式魚雷で1匹が負傷して群れからはぐれていく。

「なおも10匹が無傷で前進!!」
「これは驚いた・・・、敵も我々を研究してたのだろうな。」

エフドキヤには百済で対潜水艦戦を経験した中型海亀が帰還している。
その経験がこの抵抗の強さだった。

「トリム下げ、タンク注水。
3番、4番発射!!」

『うんりゅう』の次弾発射に続いて、他の北サハリン艦も同様に魚雷を発射する。
すでに重甲羅海兵の防衛線は崩壊している。
海底の中型海亀の群れに13本の魚雷の雨が降り注ぐ。
再び回避行動で6本が外れ、2匹が絶命し、4匹が負傷して群れからはぐれる。

「4匹が突破!!」
「そちらは北サハリンに任せる。
後続の負傷した中型海亀を狙え。
五番、六番発射!!」

オスカー型の4隻が無傷の中型海亀を狙い撃ちにしている間に、『うんりゅう』が残りの中型亀を掃討していく。
無傷だった中型海亀達も北サハリン第一潜水艦隊の魚雷攻撃を防ぐ手段はもう無い。
後続に続いていた負傷した中型海亀も『うんりゅう』が掃討し、アガフィア亀甲艦隊は全滅の憂き目にあった。
だが戦闘態勢は解かれていない。
エフドキヤから4つの甲羅区画が潜行してきて、ヒレと頭を出してきたからだ。

「来ました。
大型海亀・・・200m級4匹!!」

百済で確認された超大型海亀ほどでは無いが、タイフーン型原子力潜水艦より巨大な潜水生物に全艦が、各々の位置から魚雷の発射用意を行う。
魚雷が発射されるが大型海亀達は、一匹を盾にするように一直線に並んでこちらに向かってくる。
先頭の一匹に魚雷が集中して命中し、肉片も無くすほどの爆発を海中に起こさせる。
その爆発の中を後続の大型海亀達が突破する。
さすが2匹目の大型海亀にも魚雷が命中しており、爆発の衝撃波を連続で浴びて海底に沈んでいく。
だが3匹目、4匹目の口から口から高圧水流を吐き出した。
木造船を一撃で粉砕する高圧水流が『トムスク』、『サマーラ』に直撃する。
9,100tのアクラ級、19,400tの巨体のオスカー級が押し寄せる海流に押し流されたのが、『うんりゅう』からも観測された。

「艦長、両艦から浸水音。」
「まさか!!」
「いや、大丈夫のようです。
両艦とも健在。
されど『イルクーツク』から浮上命令が出てます。」
『トムスク』は就役から31年、『サマーラ』は33年も経っている老朽艦だ。
半年も航行し続けて、不具合が出てもおかしくはなかった。
北サハリンにはたとえ老朽艦だろうと、再生産が不可能な虎の子を失うわけにはいかない。
無理させずに浮上させたのはその為だ。
また、両艦では強引に流された際に、艦内で負傷者が発生していた。
まだ戦力は十分にあるので、無理をさせる必要はまったくなかった。

「魚雷装填完了!!」
「注水開始!!」

『うんりゅう』は高圧水流を吐き出す頭部が向かない背後に艦を着けていた。

「一番、二番発射!!」

最後尾にいた大型海亀に二発の魚雷を命中させる。
まだ生きている。
背後の『うんりゅう』を狙う為に体を回頭させる動きを見せている。

「3番、4番撃て!!」

『うんりゅう』以外からも魚雷が放たれており、残存の2匹の大型海亀を殲滅した。
だが『クラスノヤルスク』も高圧水流の攻撃を受けて、浸水と負傷者を出して浮上命令が出されていた。
小破3隻、負傷者12名を出して、海中の戦いは終わった。

「残った魚雷をエフドキヤに叩き込むぞ。
艦回頭、180°。」

エフドキヤの動きは止まっていた。


海上都市エフドキヤ

推進力を失い、多数の甲羅区画が破壊、炎上という状況に晒されていた。
海亀人達は各甲羅内部に海水を注水し、半潜状態にしてミサイルや魚雷攻撃を緩和しつつ、炎上する都市を消火していた。

「まさかここまでやられとはな。
万年の栄光も深海に沈んだか。」

海亀人の長老達は最も大きな甲羅区画に集まっていた。
三代前の海皇アペシュが三千年前に亡くなった時に形見として、返還された甲羅だ。
仮に王亀と呼ばれている。

「ここと『叡智の甲羅』はまだ無傷のようですな。」
「残った戦力は?」
「亀甲艦隊は全滅。
重甲羅海兵隊も残存戦力をエフドキヤに集めてました。
外からの援軍も望めないでしょう。」
「明らかに攻撃は絞られてるな。
連中はここ都市の詳細を知っているということか。
ここが意図的に残されたということは・・・
乗り込んで来るぞ。」



海上自衛隊
輸送艦『くにさき』

護衛艦『しまかぜ』、『あまぎり』に護られて、『くにさき』は他の甲羅区画から切り離された巨大な甲羅区画に向かっていた。

「第二潜水艦隊と連合潜水艦隊はアドフィア海から離脱したよ。
シュヴァルノヴナ海の方が手薄だったからな。」

中川海将補はウェルドックの長沼一佐に話掛けていた。
ウェルドックには四両とAAVC7A1 RAM/RS(指揮車型)の1両、国産水陸両用車試作1号、2号が停泊していた。
それらの水陸両用車に特別警備隊員が乗り込んでいく。
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Rock54ed.

0027†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/19(火) 23:42:48.541603ID:64yNtEGHK
「我々の目標は『叡智の甲羅』だけでいいんですね?」
「『王亀』は『ボノム・リシャール』の海兵隊に任せればいいさ。」

『叡智の甲羅』には海亀人達が1万年収集した研究結果や資料が納められている。
海棲亜人の生息圏や種類などが網羅出来るらしい。
日本が欲しがっている転移の謎も納められているかは神のみぞ知るところだった。




シュヴァルノヴナ海海中

海都ゲルトルーダはゲルトルーダは、イカ人の民の四割である20万程が住んでいる都市だ。
浅瀬に造られていて、その周囲は珊瑚の分厚い壁に囲まれている。
壁の外側は水深100メートルほどであり、太陽の光は届かない。
水産庁の調査船『開洋丸』が発見したのはこの部分であった。
壁の高さは数メートル程度だが、内部は内海になっており、浅瀬に珊瑚や岩を加工して建築物が大半が沈んだまま建設されている。
中央の海底宮殿を中心に円状に街が造られている。
珊瑚の壁はこの世界で、一般的に運用されている木造船や中型生物程度なら、その幾重にも積み重ねられた突起物で退けることが可能な規模であった。
海上自衛隊第3潜水艦隊はその珊瑚の壁に穴を穿つ為の魚雷攻撃を続けていた。
第3潜水艦隊はおやしお型潜水艦9隻で構成されている。

「足りるか?
各艦の魚雷本数を把握しとけ。」

旗艦である『やえしお』艦長の有沢二等海佐は、好転しない戦況に冷汗を垂らしていた。
第一波の魚雷攻撃は各艦が各々が定めた目標に向かけて放ったが、破壊できた範囲が想定より小さく隊員達を落胆させていた。
たかが珊瑚の壁と侮っていたが、地球の珊瑚と違い、海棲亜人達が鉱物の代わりに鎧や武具を造る材料にする程の硬度を持っていた。
第2波の魚雷攻撃は攻撃箇所を限定し、集中攻撃を行ったが小さな回廊が出来た程度だ。

「難しいですね。
壁だけ破壊出来ても内部の都市への攻撃には足りません。
珊瑚ですし、時間掛けたら回復するのでは無いですか?」

副艦長の中井三佐の言う通りで、魚雷を使いすぎれば敵が打って出てきた時に対処も出来なくなる。

「護衛艦隊に来てもらえばよかったのだが・・・」

度重なる海棲亜人の襲撃で、本国政府は護衛艦隊の出撃を許可しなかった。
日本本土が襲われたわけでは無く、消極的と非難されたがその重い腰が動くことはなかった。
僅かばかりの支援艦と数隻の護衛艦で編成された任務部隊が、司令部となっている海上プラットフォーム要塞『エンタープライズU』に留まっている。
米国艦隊が動いたのは、アウストラリス大陸からの援軍の為の航路の安全を保つためである。

「艦長、北サハリンの艦隊からも同様の報告が・・・
艦隊を合流させて、魚雷を半分ずつ使って回廊を広げようと提案されています。」
「向こうも魚雷はギリギリのラインだよな。
・・・それしかないか。」

北サハリンの第2潜水艦隊は、キロ級『B-445シヴァティテル・ニコライ・チュドットヴォーレツ』、『B-345モゴーチャ』、『B-187コムソモリスク・ナ・アムーレ
』の3隻とデルタ型原子力潜水艦『K-223ポドルィスク』の僅か4隻で構成されている。
北サハリンの第二潜水艦隊は、海上自衛隊第三潜水艦隊とは反対側の北部から攻撃を行っていた。
他の都市を陥落させた海上自衛隊の第2潜水艦隊と連合潜水艦隊がこちらに向かっているが到着は来週になる。
敵の外郭さえ抜けない状況ではこれ以上の攻撃は無謀である。
敵の兵団や大型海獣はまだゲルトルーダから出てこないのか、確認出来ない。
魚雷を使い果たすことだけは避けなければならない。
両艦隊は合流を果たすが先に司令部からの命令が届く。

「艦長、『エンタープライズU』の総司令部から連絡です。
作戦を中断し、一旦撤退せよと。」

魚雷や燃料の補給の為にも戻る必要はありそうだった。
海上プラットフォームである『エンタープライズU』は完成したばかりの海上要塞だ。
各潜水艦隊の前線基地として、
シュヴァルノヴナ海とアドフィア海の中間に設置され、南方一万五千キロのステパニダ海に海上プラットフォーム要塞『エンタープライズ』が存在する。
そこから東に一万五千キロに日本が存在する。
高麗国巨済島の玉浦造船所では『エンタープライズV』の建造も始まっている。
有沢艦長は撤退を決断はしたが、せめて敵の中枢に一撃を与えることにした。

「このまま大人しく帰るのは癪だな。
ハープンをぶちかましてやる。
各艦にも伝えろ。」
「了解、ハープン用意!!」
「各艦から了解の連絡が来てます。」

おやしお型潜水艦の各艦はRGM-84艦対艦ミサイル、ハープンを耐圧発射機に収納して魚雷発射管から射出する。
北サハリン第2潜水艦隊のキロ級潜水艦には対空ミサイルしか搭載していないので攻撃には参加出来ない。
反転して一足先に『エンタープライズU』に撤退することとなった。
海上自衛隊が使用するハープンは対艦ミサイルだか、異世界転移後は使い道が無いために対地攻撃が出来るように調整されている。
自衛隊が保有しているブロックU型は、在日米軍が保有していたのを再生産したものだ。
元々は転移前に北朝鮮問題で、ブロックUのハープンの購入を日本は決めていた。
研究や訓練は行われていたのが幸いし、転移後に短期間でのリバースエンジニアリングを可能としていた。
可能とはなったが、木造船や生物を兵器として使用してくるこの世界では使い道があまり無かった。
少数生産に留まる貴重な兵器となった。
対地攻撃の誘導は半年掛けた偵察機によるチャートの作成によって問題は無い。
ハープンは珊瑚の壁を飛び越え、ゲルトルーダの各所の高い建築物に次々と着弾して爆発した。
珊瑚の壁に阻まれて戦果は確認出来ていない。

「回頭180度。
『エンタープライズU』に帰投するぞ。」




海都ゲルトルーダ
海底宮殿

ゲルトルーダにて防衛の指揮を取っていたウキドブレ提督は、最後に残った巨大赤エイをゲルトルーダの内海に温存し、珊瑚の壁に空いた穴を補強する指示を出していた。
短期間では珊瑚の成長しないので、破壊された珊瑚の残骸を集めて穴を埋めていくしかない。
一方で外壁から偵察隊を出すなどして、日本・北サハリンの潜水艦隊の動向を探らせている。

「どうやら退いてくれたようだな。
しかし、壁に穴をここまで開けるとは・・・」

地球人達の攻撃力を侮るつもりはなかった。
仮にも地上の大陸国家を滅ぼした敵なのだ。
しかし、深海まで移動可能な艦や攻撃出来る能力があるとまでは想定かされていなかった。
海棲亜人最大のアドバンテージである海中からの攻撃を、自分達が受けることになるとは考えてもいなかった。
地上の攻撃に失敗しても、敵は海中にいる自分を攻撃出来ない、甘い考えは魚雷攻撃によって粉砕された。


「あの時にわかっていれば、迂闊に仕掛けるんじゃなかったな。
次はもっと大規模に来るな。
防ぎきれんかもしれん・・・
民の避難を急がせろ。
それと、ハーヴグーヴァ殿下にはこの事態を知らせるな。
ここに来られても困る。」

種族の希望たる次期海皇候補をここで討ち取られるわけにはいかなかった。
『深海の魔物』ハーヴグーヴァは、ゲルトルーダから離れた島の離宮に隠れてもらっていた。

「やはり殿下にも参戦を願っては?」
「殿下ならば日本の船とも変わらない大きさ。
我らが勝利する為には殿下の御力が必要です!!」

軍の幹部達がハーヴグーヴァの参戦を主張するが、ウキドプレ提督が一喝する。

「いい加減にしろ。
殿下の安全、我等が民の未来を考えればそれこそが最優先だ。
殿下が・・・、万に一つでも殿下が戦死したり、捕虜にでもなろうものなら我らが部族の地位と威信は深海の底に沈む。
例え、ゲルトルーダの民が死に絶えようともハーヴグーヴァ殿下には生き延びてもらうしかないのだ。」

ウキドプレ提督の言葉に幹部達は頭を垂れて従う意を示す。
ウキドブレ提督の指示に従い、兵や文官達が動き出す。
難民となるゲルトルーダの民を周辺の集落に避難させる準備が最優先となった。
そこに血相を変えた兵士が飛び込んでくる。

「提督、空から何かがいく筋も!!」

伝え終わった瞬間に、都市の各所で爆発が起こる。
高くそびえ立つ、海上に先端を露出させた建物に命中して、崩壊させていく。
倒壊した建物が周囲の建物を押し潰し、被害を拡大させていく。
潜水艦隊を追跡させていた偵察部隊からの報告から、撤退した日本の潜水艦隊からの攻撃と判明した。
「あれだけ離れた距離から攻撃出来るのか・・・」
「提督、ここは危険です!?」

ウキドプレ提督の本陣がある海底宮殿もハープンが命中して、上部構造物は倒壊していった。
海中部分は無事だと、非難をせずにいたのだが、下部の妨害もはじまりウキドプレ提督を始めとする多くの軍幹部を飲み込んでいった。
軍の中枢を失ったイカ人達は、残った戦力をかき集めて、巨大赤エイ『黒き闇に咲く聖騎士』号に兵士達を詰め込み、海底を這うように泳ぎ進む。
独特な金属の匂いを追跡すれば、それが敵のいるところだった。

そして、ゲルトルーダから離れた孤島では、巨体を揺らしながらある生物が海中に身を投じていた。
暫くは漂っていたが、周辺にいる武装したイカ人達がその巨体に触手を絡ませると、もの凄いスピードで海中を泳ぎ始めた。
巨大赤エイ『黒き闇に咲く聖騎士』号と、海皇継承者ハーヴグーヴァは、『エンタープライズU』に向かっていった。




ハーヴグーヴァは怒っていた。
側近には止められたが、ここまで海都や民達を損ない、抑えることが出来なかった。
象徴的存在として、俗世に関与することが許されない身であったからこそ、ここまで事態が悪化し、無力感を味わったことを嫌悪していた。
大海に身を委ねて5日目の夜、ようやく海上に拠点を構えた敵の牙城を視界に納めるところまで到達した。

『行け!!』

小判鮫のごとく、ハーヴグーヴァの体に張り付いていた七百を越える兵士が牙城に向かう。
敵もどのような手段かわからぬが、こちらの出現を察知したようだ。
警戒を告げる音が鳴り響き、幾つもの光が海上に向かって伸びてきた。

『やらせん!!』

ハーヴグーヴァは、海上に口を出して粘性の高い黒褐色の液体を敵の牙城、『エンタープライズU』にぶっかけた。




海上プラットフォーム要塞『エンタープライズU』

この日の『エンタープライズU』は、ゲルトルーダを攻撃してきた潜水艦隊の整備に追われていた。
ドックは4つしか無いので、順番に艦齢の古い艦から収用され、整備が行われている。
他の艦も桟橋に停泊して、乗員の休養が行われていた。




『エンタープライズU』CICルーム

「N−35地点で異常発生!!
巨大な何かが接近中!!
金属反応無し!!」

警戒の為に『エンタープライズU』周辺に散布しているソノブイが異常を知らせ来た。

「こんな状況だ。
敵対種族の大型海洋生物かもしれん。
非戦闘員は施設内に退避。
戦闘態勢を取れ。
全砲門を開け。」

米軍司令官スティーヴ・ブローワー准将の命令により、『エンタープライズU』は戦闘態勢に入る。
『エンタープライズU』には、日本製62口径76mm単装速射砲が8門、Mk15ファランクスCIWSを16基を各所に配置している。
各砲座が巨大生物に照準を定めようとした直後、巨大生物から膨大な吐瀉物が噴射されて『エンタープライズU』に降り注ぐ。

「うわっ!?」
「なんだこれは?」
「助けてくれ!!」


『エンタープライズU』のデッキで、小銃を構えて対応しようとしていた海兵隊一個小隊が黒い液体に押し流されていく。
殆どが柵や柱に掴まり難を逃れたが、数人が海に落とされる。
海に落ちた海兵隊隊員は身に付けていた救命具であるフローティングベストの紐を引っ張り浮き輪代わりにするが、そこを海中から迫っていたイカ人の兵士に銛で突かれる、或いは海に引きずり込まれて命を落としていく。

「海兵隊から救援養成、海に落ちた隊員が襲われていると!!」
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[0.399289 sec.]
Rock54ed.

0028†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/19(火) 23:51:25.637516ID:moftfmPYK
「司令、内部各カメラが黒い液体を塗られて映像が撮れません!!」
「外部カメラもやられて敵を捉えられません!!
砲撃が出来ず!!」

粘着質な液体がカメラを汚し、CICからの状況把握を困難にしていった。

「投光器や照明も黒く塗り潰されて光量が低下!!
敵の確認が出来ません・・・」

次々と上がる報告にブローワー少将の苛立った命令が飛び交う。

「消火栓やスプリンクラーを作動させて、洗い流せ!!
動ける艦船に救助並びに敵兵の殲滅を命じろ。」
「七番桟橋から敵兵士上陸!!
海自の潜水艦乗員が発砲、交戦中!!」
「第3ウェルドックから敵兵侵入!!
交戦中です!!」
「海兵隊は何をやっている!!」


第七桟橋

海上自衛隊に割り当てられた第七桟橋では4隻の潜水艦が停泊していた。
『まきしお』、『いそしお』、『なるしお』、『せとしお』の4隻である。
各艦の上部艦橋から、拳銃や小銃を持った乗員が桟橋から上陸したイカ人の兵士達に発砲して逃げ遅れた乗員や『エンタープライズU』の基地要員が退避する時間を稼いでいる。
彼等の制服も吐瀉物を被って、黒く汚れている。
拳銃で応戦しているが、時々銛が飛んで来るので身を隠して避けなければならない。

「くそ、忌々しいな、なんだこの液体は!!」

粘着質な液体の為に動きずらくなっていて苛つかせる。

「航海長これは多分・・・」
「何だ?」
「イカスミです。」




海上プラットフォーム要塞『エンタープライズU』

『エンタープライズU』内部では、侵入してきたイカ人達との戦闘が続いていた。
要塞防衛を担当する海兵隊や退避出来なかったり、持ち場を死守する為に残った要員が応戦を継続している。
そこはアメリカ人だけあって、小銃や拳銃の配備ぶりは充実していて、奇襲による混乱はすでにおさまっている。
そこには要塞内で休息を取っていた海上自衛隊第3潜水艦隊や北サハリン第3潜水艦隊の乗員も含まれる。
桟橋に付けていたり、ドック入りした艦の乗員は要塞内で上陸していたのが仇となった。
ドック内はともかく、桟橋に停泊していた艦は乗員の半分が要塞に上陸したことにより、動かせなくなったからだ。

「近接戦は避けろ。
イカスミは予想以上に厄介だ。」
「手隙の要員を武装させて対応させろ。
第7桟橋に人手が足りない。」
「武器の無い隊員は消火栓を使って、イカスミの洗浄に専念しろ。」

CICルームから矢継ぎ早にオペレーター達が各所に指示を出す。
司令官ブローワー少将はようやく膠着状態に持ち込めたことに安堵する。
内部は落ち着いたが外部はそうはいかない。
外部カメラはほとんどイカスミを塗りたくられて機能していないのだ。
レーダーやブイによる観測情報、外部からの通信による報告を頼りにCIWSや62口径76mm単装速射砲で、敵大型生物に対応しているが命中打を与えられていない。
洗浄されて外部カメラの機能も徐々に回復しているが、すで近距離にまで接近されていると報告に上がっている。

「こ、攻撃を中止して下さい!!」
「今度はなんだ?」
「『シヴァティテル・ニコライ・チュドットヴォーレツ』と、『モゴーチャ』の2隻が敵大型生物の触腕に捕まりました!!
攻撃が両艦に当たります!!」

ドック入りの順番待ちをしていたキロ級潜水艦の2隻だ。
基地の周辺で待機させて並ばせていたのが仇となった。

「続いて、『うずしお』、『やえしお』も触手に捕まりました。」
「砲撃中止、様子をみる。」

4隻もの潜水艦が一匹の巨大生物に引き摺られて操艦を失っている。



おやしお型『やえしお』

二本の触手触腕に巻き付かれた『やえしお』は、機関を全開にして振り切ろうとしたが、正面に『シヴァティテル・ニコライ・チュドットヴォーレツ』がいて身動きが取れない。
『シヴァティテル・ニコライ・チュドットヴォーレツ』の正面にも『エンタープライズU』があって、動きが封じられた。

「くそ、考えてやがる。」
「艦長、さらに後方から別の大型海洋生物が来ます。」

巨大赤エイ『黒き闇に咲く聖騎士』号がその背中に岩で出来た城を乗せて『エンタープライズU』に激突する。
激突の衝撃と大量の海水が『エンタープライズU』を大きく揺らすが、その巨体を支えている海底に直接固定した鋼鉄の脚(レグ)は持ちこたえた。
だが巨大赤エイ『黒き闇に咲く聖騎士』号の背中の城から跳ね橋の橋桁が降ろされて、『エンタープライズU』のデッキにイカ人の兵士達が雪崩れ込んで来る。
このデッキから銃撃を行っていた海兵隊は、先程の衝突の震動で多くが転がったままだ。
対応に遅れ、幾人かの海兵隊隊員は銛で突き殺された。
先程の海水で外部カメラのイカスミの大半が洗い流されており、近距離に設置されていたCIWSの発砲が始まる。
橋桁を破壊され、城門に向けられた銃撃が、これ以上の侵入を防ぐべく発砲されたが、数十の敵兵の侵入を許してしまった。
器用にも触腕や触手をデッキの手摺に掴まらせて、他のデッキにラペリングの様に侵入してくるイカ人の兵士もいる。



CICルーム

「第3、第4デッキに敵侵入、交戦に入りました。」
「失態だ・・・、中央階段だけは死守しろ。
そこを奪われたら各デッキの将兵が分断されるぞ。」

ブローワー少将は肩を落とすが、『エンタープライズU』に接舷した『黒き闇に咲く聖騎士』号への砲撃を命じた。
8門の62口径76mm単装速射砲が次々と発砲され、城壁を砕き、城を崩壊させ、『黒き闇に咲く聖騎士』号の背中を爆発させて燃やしていく。
城内に残っていた兵士達は海中に飛び込もうとするが、大半がCIWSや各デッキの海兵隊による銃撃の的になって息絶えていく。
なんとか海中に逃れた兵士達は橋頭堡として確保されたウェルドックや第7桟橋の味方と合流する。

「後はウェルドックの化け物だけか。」
「司令・・・『やえしお』の有沢艦長から通信。 」
「繋げ。」

司令席に備え付けられた受話器から『やえしお』艦長有沢二等海佐の声が届けられる。
受話器から伝えられる有沢二佐からの作戦提案にブローワー少将も冷や汗を足らす。

「わかった、存分にやれ。」

受話器を置くと、命令を待っているオペレーター達に指示を出す。
「第9、第10デッキは放棄。
放棄が完了次第、全隔壁を閉鎖。
残っている者達に退避を命令しろ。」



潜水艦を盾にしたハーヴグーヴァは、海中からウェルドックに胴体にあたる外套腔を捩じ込んで砲撃を封じていた。
だがハーヴグーヴァは、この海上の巨大な建物を攻めあぐねていた。
残った触手を何度も壁や柱に叩きつけが、金属で出来ていて容易には破壊できない。
侵入した兵達も人間達の飛び道具に前進を阻まれている。
大量のイカスミで人間達を押し流して地道に攻めるしかない。
ようやく小賢しくも攻撃してくるCIWSを、触手一本犠牲にしてもぎ取ったところで触腕に多少の違和感を感じた。
触手に痛覚は無いが、獲物の動きを感じる感覚は存在する。
触腕は潜水艦『やえしお』に巻き付いていたが、『やえしお』の乗員達が艦内に装備品として置かれていた斧で触手を斬り始めたのだ。
さらに傷口に拳銃や小銃を浴びせて拡大させる。
触腕自体は数メートルの幅が有るので簡単には落ちないが、『やえしお』に掴む触手の圧力は弱まりつつある。
さらに奇妙な物体をその傷口に塗りはじめた。
準備が出来たところで有沢艦長が乗員を呼び戻す。

「艦内に戻れ!!
爆破用意・・・・・・



爆破!!」

触手の傷口に塗り込まれたプラスチック爆弾C4が爆発する。
潜水艦の任務は特殊部隊を送り届けることが多くなった為に用意されていた代物だ。
『やえしお』も艦体に多少の損壊を受けたが、浮上航行には問題は無い。
触手は爆発で消し飛び、艦は微速だが動き出す。
「取り舵45、正面の『シヴァティテル・ニコライ・チュドットヴォーレツ』にぶつけるなよ
微速前進、残った触手は気にするな。
魚雷一番、二番発射用意。」

海上都市での攻撃で最後に残された二本の魚雷を装填した発射管に海水が注水されていく。
浸水する艦内で有沢艦長が命令を下す。

「一番、二番発射!!」

二本の魚雷は『エンタープライズU』に胴体を埋めるハーヴグーヴァへと真っ直ぐ延びていく。
魚雷の威力を側近から聞かされていたハーヴグーヴァは、咄嗟に触手二本を盾の様に立たせて一本目の魚雷を受け止める。
その瞬間に爆発した魚雷は、二本の触手を吹き飛ばした。
その爆発の横をもう一本の魚雷がすり抜けて、ハーヴグーヴァの顔に向けて直撃した。
爆発の炎はハーヴグーヴァを包み、『エンタープライズU』自体にも破損と火災を発生させた。

「やったか・・・?」

『やえしお』の艦橋から先ほどまで斧を振るっていた副艦長の中井三佐が双眼鏡で確認を取ろうとする。
次の瞬間に彼の上半身は無くなっていた。

「副長?」
「か、艦内に戻れ!!」

ハーヴグーヴァは生きていた。
全身が焼けただれていても残った触手を伸ばして、『やえしお』に向けて振るったのだ。
ハーヴグーヴァに触手や触腕を巻き付かれていた他の潜水艦が一斉に動きだし、力が弱まったハーヴグーヴァの巨体を『エンタープライズU』から引き摺り離した。

「全砲門開け、目標、敵大型生物。
撃ち方始め!!」

ブローワー少将の号令で、『エンタープライズ』の攻撃可能な搭載砲や銃座の攻撃がハーヴグーヴァに降り注ぐ。
炎上する巨大な深海の悪魔が、完全に見えなくなるのに数分も掛からなかった。

「要塞内の残敵を掃討しろ。
ようやく終わりだ。」



第7桟橋
おやしお型潜水艦『せとしお』

第7桟橋に係留されていた『せとしお』では、銃弾が底を尽き艦橋のハッチまで敵兵に押し込まれていた。
ハッチを閉じようとはしたのだが、イカスミが固形化して上手く閉まらなかったのだ。
斧や銃剣で艦内での侵入を防いでいたが、負傷者が続出していた。

「銃声?」

限界を感じていた乗員の耳に銃声が聞こえる。
銃声は味方が近くまで来ている証だ。
気力を取り戻した乗員達の抵抗が激しくなる。
消火器にゴミ箱、分度器に三角定規まで使えるものは何でもつかった。
イカ人の侵入が止まり、艦内にいたイカ人を昏倒させると、ハッチから出て周囲を見渡す。
艦の外では海兵隊によってイカ人の兵士達が撃ち倒されていく光景が目にはいる。

「ああ、終わったんだな・・・」


海都ゲルトルーダ

海上自衛隊第2潜水艦隊と連合潜水艦隊の攻撃がゲルトルーダに行われていた。
先日の戦いで珊瑚の壁に空いていた穴の補修は終わっていない。
18隻の潜水艦による魚雷の集中攻撃が敢行され、都市内部に侵入した魚雷が各地で爆発を起こしていた。
空からもハープーンが飛び、高層の建物を破壊していく。
ゲルトルーダには指導者も兵も残っていない。
一方的に破壊された攻撃に曝されたゲルトルーダは抵抗も降伏もされず廃墟と化していった。



アウストラリス大陸東部
新京特別区大陸総督府

「海都ドミトリエヴナ、エフドキヤ、ゲルトルーダの攻略を持って、多国籍軍司令部は作戦の終了を宣言しました。現状の死傷者ですが、米軍32名が戦死、負傷者102名。
自衛隊は戦死三名、負傷者26名。
北サハリン軍、戦死7名、負傷者37名に及びました。
以後の三海域の平定はシュモク族に一任します。」

秋山補佐官の報告に、秋月総督は首を傾げる。

「予想以上の損害だな。
しかし、シュモク族かい?
彼等に任せて大丈夫なのかね。」
「すでに敵のまともな戦力は全滅しています。
三海域は『エンタープライズU』が修理と平行して監視を行い、
多国籍軍から援軍も出ますので問題は無いでしょう。
すでに降伏してきた集落もあり、そこから兵力を徴発することで、反抗勢力の弱体化を図る計画もあります。」

平定した海域はシュモク族による伯邦国の領海となる。
大陸のケンタウルス自治伯を参考したものだ。
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0029†Mango Mangüé(ガラプー KK85-/v34)
2018/06/19(火) 23:53:35.009695ID:JbvnN1KaK
色々議論はあったが、現在の日本ではシュモク族を同じ国民として扱うのは無理があり、独立勢力として扱うことに落着した。
シュモク伯邦国を衛星国とする間接支配の方が都合がよかったのだ。
まだ他の海棲種族も残っているので、シュモク伯邦国が日本の盾として維持できる程度の力さえあれば問題はないのだ。
一応、他の海棲種族には、シュモク族から使者を送り、外交的に対処する予定だ。
何れも日本から戦力を派遣できる位置には無いので、敵対しなければ干渉しない方針だ。
自衛隊にしても相当数の魚雷の消費で、暫くは潜水艦隊を動員出来ないのが現状なのだ。

「まあ、そちらは本国の連中に任せていればいい。
こちらの準備は出来ているのか?」
「はい、新香港と呂栄にクルーズ船50隻と4万人の援軍の集合が完了しました。
予定よりは規模が小さくなりましたが近日中に出港します。」



東京都三田
アウストラリス王国大使館

アウストラリス王国大使館は、ブリタニカとして統一された為に閉鎖された旧オーストラリア大使館を購入して使われている。
大使として赴任しているレーゲン子爵が部下から今朝のニュースを伝えられる。

「新設の大使館?」
「はい、詳細は不明ですが我々と同じように閉鎖されていたブルネイという国が使っていた大使館を使うとか。」

旧ブルネイ大使館はここから3キロ程の距離にある。

「おそらく人種の国では無いのだろうな。
我々以外に人種の国など残ってはなかったのだからな。」

数日後、旧ブルネイ大使館と同じく閉鎖されていたアクアパーク品川という水族館がシュモク大使館としての活動を開始した。
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0031†Mango Mangüé(ガラプー KK63-XliH)
2018/06/21(木) 21:43:12.717321ID:QWUxS219K
岩国市

陸上自衛隊岩国駐屯地

旧在日米軍基地の跡地を利用した岩国駐屯地では、陸自の新設部隊の訓練と創設が行われていた。
今日は第51普通科連隊の出陣式が行われていた。
防衛大臣乃村利正は、スピーチの後に連隊幹部達と昼食会に参加していた。
南樺太を選挙区とする政治家だが、豊原産まれの亡き父に影響されて転移後の南樺太返還交渉で辣腕を奮った。
その功績で政治家としての知名度も上がり、議員三期目にして防衛大臣のポストを手に入れた。
右翼寄りと言われるが、日本国民戦線とは一線を画する立場を取っている。
昼食会のメニューは隊員達が耕した畑の農作物や駐屯地に併設された海自の隊員が漁船を仕立てて漁獲した瀬戸内海の海産物。
駐屯地内の畜舎や牧場で育てた牛や豚などが、机の上に調理されて上がっている。
自衛隊駐屯地・基地の地産地消も十年以上の歳月で拍車が掛かってきたのに乃村は苦笑してしまう。

「普段の私よりもよほど良いものを食ってるよ。」

大臣のコメントに食堂で笑いが起こるが、大袈裟な話では無かった。
この国の大半の国民が、未だに配給制なのだからだ。
最もメニューに気合いが入っているのは、昼食会に参加している乃村の女性秘書達に隊員達が鼻の下を伸ばしているのも無関係ではなさそうだった。
婚活では常勝不敗と言われる自衛隊隊員達でも、駐屯地内で見る一般女性は貴重なのかもしれないと不謹慎な分析を乃村はしていた。
ここで現実に引き戻してみる。


「さて、君達が大陸に渡った後この駐屯地では新設の第17特科連隊が訓練に入る。
ロシア系の82mm迫撃砲2B14、152mmカノン砲2A36「ギアツィント-B」、122mm榴弾砲D-30の再現が完了したからな。
北サハリンの需要分を満たし、余剰分が入手出来たので、ようやく目処がたった。」

乃村は得意そうに語るが、連隊幹部達は微妙な顔をしている。
ロシア系統の兵器を使用しているのは51普連も同様だからであるが、乃村が述べた兵器は何れも一世代前のものだからだ。
最新型のロシア製兵器は北サハリンが温存して入手が出来ていない。
現状のこの世界では在庫としと残っていたロシア系統の兵器でも充分な性能なので、財務省も防衛省も諸手をあげて歓迎している。
だが現場の隊員達は、微妙な気分に支配される。
最新鋭の米軍装備が支給される第16師団との差がひどかった。
連隊長の百田一佐は恐る恐る訪ねてくる。

「大臣、我々はいつになったら国産兵器を・・・」
「あと数年は待ってくれ。
来年の調達予算も第9師団分と決まっているしな。」

アウストラリス帝国崩壊後、賠償金代わりの鉱物資源の接収により、新規の国産兵器が生産されるようになった。
国産兵器の生産は公共事業の一環となり、生産数は大幅に増加させた。
しかしながらアガリアレプト大陸派遣部隊への補給も優先されている事情もあり、国内部隊は未だに更新を完了出来ていない。
それでも第1から第8師団にまでに優先配備、調達された。
各師団で余剰となった兵器は第12から第15師団にまわされている。
第9から第11師団は転移前から使ってきた装備品と調達数でしのいでいるのが現状だ。
耐用年数が限界に達しても、修理不可能、壊れるまで使えという財務省の基本方針に逆らえない。
自衛隊も隊員数が増加している今、装備品の調達が追い付かないのは問題となっていた。
乃村は現実に引き戻しすぎたと少し後悔する。
消沈する隊員を見て話題を変えるべくメモ帳で話せる内容のものをピックアップする。

「数日後に君達の第1陣が呉から旅立つが、残った部隊には少し任務にあたってもらう。」
「国内で任務ですか?」
「ああ、正式な命令書は明後日に届くと思うが、要人の移動に使用される新幹線の警備だ。
私も彼等に同行するが、線路の周辺をパトロールしてくれればいい。」
「新幹線が動くのですか?」
「ああ、一年ぶりだな。
佐世保の遠征艦隊の凱旋式典の後になるな。
当日の線路周辺は見物客が多数現れるだろうからよろしく頼む。」

新幹線が動くことに隊員達が色めきたっている。
転移後、国民の転居に制限を掛ける為、一時的に鉄道を無期限で停止させた。
これは食料を生産出来る地域への移住を防ぐためだ。
各自治体は住民数の定数化に踏み切り、新住民は在地住民の推薦が必要になった。
当然、親族が優先されて不満が高まる。
国民の大多数が勿論これらの法案に反発し、都民が大量に流出した千葉県や埼玉県で在地住民と東京流民が各地で流血を招く争乱にまで発展する。
特に千葉県市原市で起きた『市原暴動』では、自警団、警察、流民に数十人の死者を出すまでに至った。
この時、警官隊は転移後初めて国民に向けて発砲した。
この事件以後、法案の反対運動はなりをひそめることになる。
銃弾は全ての言論に勝り、事態を終息させた、という批判は今でも聞こえてくる。
しかし、実際のところ配給の都合上、住民の転居が望ましくは無いことも確かだったのだ。
食料を得る賭けに出て転居するか?
少量だか確実に食料を入手出来る現住所に留まるか?
後者のメリットが周知されたことも大きい。
旅行中は配給も受けれないので、長距離の鉄道を仕様する者は激減した。
これらの規制は帝国との戦争に勝利したことにより、食料が賠償金として送られて来ることになり緩和しつつある。
それでも需要を完全に満たしきれず、規制の完全解除についての法案を政府は否決し続けている。
このような現状では、新幹線は余程のことが無い限り動くことが無い。
ただし、いつでも動かせるように整備だけは付近住民の協力のもとに行われていた。

「博多から東京まで現地の各部隊や警察が警備する。
山口県の担当は君達だ。」
「わかりました。
関係各所と話を詰めたいと思います。」

新幹線が動くのを特等席から見られると、隊員達が盛り上がっている。

「他に何か気になることはあるかな?」

百田一佐は少し考えて、後任の特科の砲声が畜産に与える騒音ストレスの影響について語りだして乃村を困らせることになる。



百田一佐の長話から解放された乃村は秘書やSPを引き連れて、駐屯地に併設された航空自衛隊の基地に向かう。
この駐屯地には日本が保有する唯一のF−35戦闘機が保管されている。
日本の小牧市にあるFACO(最終組み立て検査施設)で製造された最初のF-35Aである。
転移の時期については2015年の後半と認識されている。
この機体は2015年12月15日に、中央部胴体を完成させてからFACOに搬入されていた。
幸い2016年1月に在日米軍がF−35に配備する計画があり、事前に持ち込まれていた部品を日本が購入するなどして完成にこぎ着けた。
同機は航空自衛隊向けの5号機(AX-5)であり、転移二年目には航空自衛隊に納入されている。
問題はステルス戦闘機が、この世界で使い道が無かったことである。
レーダーを使ってこない敵しかいないので、その存在意義まで疑問視されていた。
地球系国家ならレーダーも使えるが、同盟国への配慮という外務省と予算をバカ食いする機体への苦慮を主張する財務省のタッグにより、予算は大幅に減額された。
さらには帝国との戦争や生産に必要な資材の確保、ブラックボックス等の解析に時間が掛かったこともあり、6号機(AX-6)の生産は転移六年目までずれ込むはめになった。
その後も技術の維持の為の生産は行われており、11号機(AX-11)までは航空自衛隊に納入されて岩国基地で訓練が行われている。
乃村は米軍すら保有していない唯一のステルス戦闘機として、その機体の優美なラインを自らもカメラで撮影しながら秘書達に語り出す。

「F−15やF−2で十分とかいう意見もある。
最もだと思うけどね。」
「生産の再開は大臣が骨を折られたと伺っていますが、その熱意はどこから来たのですか?」

自らも海上自衛隊の護衛艦『あさぎり』艦長を父にもつ秘書の白戸昭美が疑問を口にしてくる。
乃村は間もなく乃村家に嫁入りするこの秘書を大変気に入っていた。
次男の利伸の同級生だったが、事務能力が抜群だと推薦して来た時は驚いてたものだった。

「決まっているじゃないか、そこにロマンがあるからだよ。」

必要性がまったく無い点については、他人には聞かせられない理由だった。

「えっと・・・、近日中に最もらしい理由を専門家に作ってもらいます。」
「ああ、楽しみにしているよ。」

生真面目な娘だと思いつつ、何故、あの放蕩次男に射止められたのかさっぱり理解できない。
次男の利伸とも最近は会話をしてなかったことを思い出す。

「そういやあいつ、今何をしてるんだ?」

大陸で大学時代の仲間と貿易会社を創って、それなりに財をなしたのは聞いている。
仕事の関係上、日本にもしょっちょう帰国しているが乃村の仕事の関係もあってほとんど顔を合わせていなかった。

「聞いていませんでしたか?
今は別府港に本社船を停泊させて滞在してますよ。
私も明日からの休暇中はそちらに参ります。」




府中市
府中刑務所

すっかり刑務所とは呼べなくなった府中刑務所ては、マディノ元子爵ベッセンが収穫の少なさに嘆いていた。

「もう少し八王子には期待していたんだがね。
府中の倍以上の人口なんだから、才能ある子がいっぱい発掘出来ると考えていたのだが・・・」

本人は水晶玉に魂を入れて嘆いているので表情がわからない。
こういう時、ベッセン担当の公安調査官の福沢は応対に困ってしまう。
新たに魔術教育を受ける日本人の子供達は僧職の子弟が八人。
大陸系も5人発掘出来たが、神職系は皆無だった。

「政令指定都市の発掘は許されないのかな?
さいたまとか、千葉とか。」

東京と横浜と言い出さないのは両都市とも人口が激減しているからだ。
横浜市も現在は人口が340万人程度にまで減っている。


「許可が出るわけが無いでしょう。
それとこれが外務省からの問い合わせです。」

ベッセンを担当する公安調査官の福沢は、外務省から渡された書類を渡してくる。

「海棲種族の大使館に関する問い合わせなんて専門外なんだけどなあ。」
「地球の海水による毒素からお客さんを守れる結界の構築。
それだけでいいんですよ。」

日本を守る地球の海水は年々範囲が狭まっているのが、海棲種族への尋問により判明した。
高麗本国3島や樺太島西部などは既に効果の範囲外に指定されている。
正確な範囲を絞り混む為にも海棲亜人の協力が必要だった。
その為にも窓口となるシュモク族に品川に大使館を開館させることにしたのだ。
また、国交正常化を果たした螺貝族も大使館を設置することとなった。
こちらは独立国扱いで、ガンダーラから旧ミャンマー大使館を買い取り、しながわ水族館を寮にすることなっている。

「去年捕虜にした女騎士さんに使者になってもらい、交渉が続いていました。
三大部族の崩壊という状況を見て国交の正常化に合意して来ました。
ですが両大使館と寮には大量の海水が必要となりました。
今は範囲外から海水をわざわざ運び込まないといけません。
タンカー1隻を割り当ててますが、正直経済的ではないと財務省がお怒りなのでして、早急にお願いしますね。」

いっそそのタンカーとやらを大使館にすればいいのにとベッセンは思ったが黙っていることにした。
せっかくの研究の機会を逃すような事は出来ないからだ。

「いいさ、予算と時間はちゃんとくれよ?」


大陸東部近海

日本国海上自衛隊
新京地方隊所属はつゆき型護衛艦『いそゆき』

大陸東部近海を航行する護衛艦『いそゆき』は、僚艦の護衛艦『しらね』とともに長期航海に同行する船団を待ち受けていた。

「そろそろの筈だな。」

艦長の石塚二佐は、腕時計を観ながら船団の到着を今や遅しと待ち構えていた。

「レーダーに感有り。
当艦の後方距離12000。
ルソン船団数42隻を確認。
クルーズ船30隻、貨物船10隻、巡視船2隻・・・
約15ノットで、航行中。」
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0032†Mango Mangüé(ガラプー KK63-XliH)
2018/06/21(木) 21:44:57.074687ID:j3Y5LZElK
「旗艦『マラブリコ』より通信。
当艦隊の護衛を感謝す、です。」

副艦長の神田三佐が通信を要約して伝えてくる。

「船団の前方を警戒しながら航行する。
針路0ー0ー2、舵固定。
速力14ノット。
合流の時間を向こうに伝えておけ。」

ルソン船団とはまだ距離があるので、速度を落とし前進しながら合流を果たすことにした。

連絡してきたルソン沿岸警備隊の巡視船『マラブリコ』は、日本がルソンに供与した40m型多目的即応巡視船の1隻である。
転移前の日本とフィリピンとの南シナ海への国際貢献として、供与が決まっていた十隻の巡視船の1隻である。
もう1隻の巡視船『トゥバタハ』が一番船、『マラブリコ』が二番船にあたる。
ルソン船団は米国より要請された西方大陸アガリアレプトへの援軍を運ぶために航海をしていた。
アウストラリス王国が用意した大陸東部、南部から集められた5万の兵団がこの船団に乗船している。
ルソン船団は日本、高麗、新香港に次ぐ大規模船団を保有している。
フィリピンの船籍をもつ船と国籍を持つ船員が、転移時に日本近海を多数航行していた為だ。
ルソンは海運としての産業を成り立たせている。

「しかし、えらく時間が掛かったものだな。」

百済サミットから8ヶ月。
いくら中世的なアウストラリス王国とはいえ、時間が掛かりすぎだと石塚艦長は肩を竦める。
兵員の輸送には日本が大陸に敷いた鉄道も使用されているのだからこんなに遅い筈がない。

「王国側の嫌がらせでしょう。
我々が渋っている間に快く快諾したふりをして援軍の出発を遅延させる。
その間は地球系同盟諸国は次の援軍の準備は行っていませんでした。」

その間も米軍の弾薬や燃料は消耗して損害も増える。
米軍の力が衰えれば自衛隊の負担も増えて、地球系同盟国・同盟都市への補給も減る。
かといって抗議をしようにも王国側は自らの未開を盾にとって、開き直っている。
むしろ努力を評価しろとまで言われて、ロバート・ラプス米国大使が苦虫を噛み潰して胃炎で入院したという。
神田副長の分析に石塚艦長はうんざりした顔を出す。

「気の長い話だな。
一世紀や二世紀後の話か?」

その間には王国の民も地球系諸国から学び尽くして対等以上の関係になっているかもしれない。

「我々が停滞したままならそうなるでしょうけどね。」
「さし当たってこの老朽艦では長期航海はきつくなってきたな。」
「本国で最後に護衛艦が最後に就役してから7年です。
財務省は沈むまで使わせる気らしいですが・・・」

潜水艦だけは毎年就役しているが、護衛艦の就役は予定が明かされていない。
この『いそゆき』や『しらね』も本来なら十年以上前に退役していた筈の艦だ。
この世界の軍やモンスターなら十分以上な戦力として使えるので、残されているにすぎない。
代わりに海上保安庁の巡視船は転移前の二倍の規模にまで増産されている。
この世界の暴力的な脅威にはその程度の戦力で十分だと判断されているのだ。
神田副長は話題を変えるべく最近聞いたニュースを話し出す。

「そういえば聞きましたか艦長?
我々が戦った螺貝族の連中が東京に大使館を開設するそうですよ?
同盟国として、あの巨大ヤドカリと共同作戦をするかも知れないと思うと頭が痛いですね。」
「私が退役してからにしてくれないかな?」

ブリッジの中は笑いに包まれていた。




新香港
小龍港

新香港武装警察沿岸警備隊が母港としている小龍港では、大陸系の兵士達が停泊しているクルーズ船に乗り込んでいた。
そこにまた到着したばかりのマイクロバスから兵士達が降りてくる。
港を警備する武装警察官の湯正宇大尉は、マイクロバスから降りてきた兵士達を誘導する任務に就いていた。

「諸君等が乗船する『中華泰山号(チャイニーズタイシャン)』は、七番桟橋に停泊している。
誘導に従って乗船せよ。」

どの船も客船ばかりなので白一色であり、目が痛くなってくる。
同じ様な船ばかりで困惑する兵士達は、ふらふらと他の船に乗り込もうとして、誘導の武装警察官に注意されている。
兵士達といっても武装している者は一人もいない。
武器も防具も貨物船に積み込まれて、西方大陸アガリアレプトに到着と共に兵士達に供与される。
にも関わらず、その人数は膨大であり、武装警察官達は銃器で武装し、警戒を怠らない。

「まあ無理もないか。
我々は王国軍じゃないからな。」

元帝国宮廷魔導師にして、帝国残党軍として捕虜となったマドィライは、必要以上に自分達を警戒する武装警察官達にうんざりしつつ呟いた。
今のマドィライは丸腰であり、魔法の発動体である杖も指輪も取り上げられている。
勿論、簡単な魔法なら使えるが、こんな場所では意味がない。
ことの起こりはマドゥライが不覚にも捕らえられたリューベック城でのことだった。
囚われの同志を救出するという崇高な作戦は、自らも囚われの見になるという不名誉な結果に終わった。
作戦に参加した同志達のほとんどが戦死するという惨憺たる結果だったが、魔力を出し尽くして気を失ったマドゥライは生き残ってしまったのだ。
小貴族の三男だったマドゥライは、捕虜となるが実家から身代金は支払われなかった。
そんな金は無いからだが、家族からの謝罪文に落胆しつつ、リューベック城の書物の翻訳という仕事を割り当てられて身代金の積立てを行うしかなかった。
幸い同期の首席マディノ元子爵ベッセンほどでは無いが、学科では遜色の無い成績を誇っている。
順調に翻訳を行っていたある日、傀儡の王国政府の使いが城に現れて、志願兵の募集を行った。
恩赦による釈放に釣られて、大半の捕虜が志願した。
マドゥライもその一人だ。
武器にならない手荷物をいれたカバン一つ持たされて、新香港に列車を使って送り出された。
問題はどこに連れていかれるか聞かされていなかったことだ。
新香港に集められた志願兵並びに徴用兵は約四万人。
捕虜達は元騎士や兵士達だったが、別の船に乗船する志願兵の顔ぶれをみるに違和感を感じる。

「ああ、気付いたか?
あんたらは捕虜からの志願兵なんだが、あいつらは大陸北部や東部の牢獄や鉱山から徴用された囚人達だ。
今回の派遣軍の八割くらいはああいった徴用兵だぞ。」

困惑した顔で立ち止まっていたマドゥライに、湯大尉が声を掛けて教えてやった。

「囚人?」
「まあ、当初は冒険者や傭兵を募るつもりだったが、どいつもこいつも既に契約や冒険に出掛けてて捕まらなかったそうだ。」

囚人と一緒にされるのは屈辱だが、弾除けと考えれば気が晴れるものだった。
徴用兵と志願兵は別の船に乗り分けられている。

「あんたの割り当ては・・・
ああ、『中華泰山号(チャイニーズタイシャン)』か。
昔、何度か乗ったことがあるが、悪い船じゃなかったな。」

乗船前で、たまたま船外にいた船長は、その言葉を聞き付けて抗議の声をあげる。

「湯大尉、あんたらまた、儲からない仕事を私達に押し付けた癖に、そんな上から目線で!!」
「マーマンの財宝を少しは横流ししてやったろ?
結構な儲けだったと聞いてるぞ。」

口論を続ける二人をほっといて、マドゥライは指定された船に乗り込む。
船は白亜の城と同じくらいに巨大な船だった。
実際に『中華泰山号(チャイニーズタイシャン)』は通常は千四百名程を乗船させて運航されていた。
最も今回は豪華客船のクルーズでは無く、兵員の輸送任務なので、食料や水を3ヶ月分と二千人ほどの兵員を乗せて、手狭になっている。
それでも見慣れぬ地球系の客船はマドゥライ達には豪華な仕様に見えた。
マドゥライが指定された客室には、広い部屋に木製ベッドが多数設置されている。
残念ながら個室では無く、急遽仮設されたものだとみてとれる。
本来は豪華な客室だったのだが、今回の航海に合わせて、家具やインテリア、アメニティは全て撤去されている。
壊されたり、盗まれても困るが、兵員を多数詰め込む為だ。

「リューベックとあまり代わらないな、これでは・・・」

船の外には出れないのも共通している。
書物や稼ぎ機会が無い分、環境的に劣悪かもしれない。
また、荒くれ者が多数乗り込むことから女性の船員も全て降ろされている。
代わりに武装警察官が各船に乗り込むことになる。
彼等は援軍では無く、西方大陸アガリアレプトで援軍を降ろしたあとはそのまま新香港に帰ってくる。
マドゥライは鬱陶しそうに彼等を見るが、1ヶ月ほどの航海の付き合いと割りきることにした。
もう一つのルソン船団にも同様にルソン軍警察の隊員が乗り込んでいる。
ルソンにしても新香港にしても多数の人員が割かれるのが痛手となっている。
また、稼ぎ手である船団がこの航海に拘束されるのには閉口していた。
日本を除けば、この規模の船団を用意できる同盟国、同盟都市はこの二都市以外には無い。
日本は膨大な人口の国民を食わすために大陸からの食料輸送を必要としていた。
その輸送に船団を使用しているので、余裕は無いと提供を断っていたのだ。
気落ちするマドゥライだが、暖房などの空調だけはリューベックより恵まれていることに安心していた。

「あんたがお隣さんか、よろしくな。」

隣のベッドを確保した男が話しかけてくる。

「ハイルセッドだ。
帝国軍時代はドーラン砦に赴任していた。
どうやらこの部屋の住民は魔術師ばかりのようだな。」

言われてみれば、着ている服装や感じる魔力が魔術師のものだ。

「マドゥライだ、よろしく頼む。
しかし、確かにこの部屋はご同輩ばかりのようだな。」

部屋で最も年長と思われる男がこちらの話に加わってくる。

「サーフィリスだ。
帝国近衛魔術師隊に所属していた。
私が聞かされた話だと、船ごとに軍団を、部屋ごとに部隊を編成するらしい。
誰が指揮を執る立場になるかは、我々で勝手に決めろとのことだ。」

あまりの放置ぶりに抗議の声を上げそうになる。
幸いなことに航海の間の中華料理だけは美味であった。



新香港船団の護衛には、海監型"3000トン級海警船『海警2307』『海警2308』の2隻が同行する。
また、沖合いで日本の海上自衛隊護衛艦『くらま』、『ふゆつき』と合流することになっていた。




しらね型護衛艦『くらま』

「暫くは護衛艦がこの大陸から離れるが、大丈夫なのか?」

艦長の佐野二佐は危惧するが、『くらま』自体、先年の紛争に参加しており、ドックでの点検を必要としていた。
新京地方隊に所属する護衛艦が3隻とも任地を離れるのだ。
心配にもなるものだ。
今回の任務に同行する『ふゆつき』は、本土から派遣されてきた援軍だ。
しかし、『ふゆつき』以外に派遣され、この大陸を守る護衛艦が派遣される目処はたっていない。

「代わりに『ヴァンデミエール』がこっちに来るみたいですよ。」

副艦長の言葉に佐野は意外そうで、納得した顔をする。

「なんだ、ヨーロッパの連中ついに決めたのか。」


日本本土
長崎県佐世保市

佐世保湾の海上自衛隊の基地は、旧在日米軍基地の返還ともに基地を繋げて運営されている。
新たに組織された第三潜水隊群の母港がその旧在日米軍基地に造られている。
ステパニダ海の戦いで勝利した第三潜水艦隊が凱旋してきた。
しかし、一連の戦いで海上自衛隊で最も損害を出した艦隊だ。
桟橋に停泊したおやしお型潜水艦『やえしお』、『せとしお』からは、外見からもわかる損傷が見てとれる。
また、『やえしお』副艦長中井三佐をはじめとする戦死者の遺体が棺に入って運ばれてくる。
防衛大臣乃村利正ら随員や乗員達の家族が沈痛な面持ちで黙祷を捧げる。
乗員達も甲板の上に整列して、敬礼を捧げている。
対称的に他の艦からは乗員の家族達による歓迎の声が聞こえてくる。

「横須賀や呉では凱旋のお祭り騒ぎなんだがな。
ここでは葬礼の場になってしまったな。」
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0033†Mango Mangüé(ガラプー KK63-XliH)
2018/06/21(木) 21:46:53.394060ID:rsKDlvUJK
「父から転移前ならデモ隊が殺到して大変だったと聞いています。
私は子供の頃には安保や自衛隊に対する風当たりが強かったとは今では信じられませんね。」

大臣秘書の白戸昭美が喪服姿では首を傾げる。

「戦死者が出ても遺族も社会もあたり前のように受け入れて悼んでいる。
時代というか、世界は変わったもんだ。」

一昔前、自衛隊の活動で死者を出そうものなら、基地の周辺をマスコミやデモ隊が取り囲み、鬼の首を取ったように騒ぎ立てたものだ。
今のマスコミや自称平和団体も活動が下火で、地方まで人を送り込む財源も人手も無い。
誰しも自分達が食べる食料の確保に奔走している状態なのだ。
それでも新幹線を動かすというのは、大きなニュースとなった。
仮にも国務大臣たる乃村が移動するだけで新幹線を稼働させるということは、下火になっていた彼等の活動に燃料を投下したの間違いない。
それでもさすがに現地まで来る資金と労力は割けなかったらしい。
おかげで基地の周囲は静かなものだった。

「で、お客さん達はうまく新幹線に乗れたか?」
「はい、福岡県警機動隊の護衛のもと、最後尾車両に乗り込む事に成功したとのことです。
一部マニアがホームに侵入したそうですが、先頭車両に注目が集まっていた為に上手く隠しとおすことに成功しました。」
「新幹線・・・
俺がこっちに来る為に動かしたことになってるんだよな。
おかげで非難の電話が事務所や防衛省に殺到しているらしい。」

乃村が佐世保を訪れることは当初の予定通りだが、自衛隊の連絡機を使う予定だった。
国賓の来日を国民から隠蔽する為の囮になるのは釈然としなかった。
この機会に九州方面への物資輸送も新幹線を利用して行われているが、非難の声が収まる様子はない。

「正式な政府発表の後ならば、これは公務の一環だと理解される筈です。
明日には静かになっていますよ。」
「我々が東京に戻るまで、事務所の連中には耐えてもらうしかないな。」





福岡県福岡市博多区
博多駅
新幹線のぞみ

国賓を乗せた新幹線のぞみは、2日ほどこの駅に停車している。
新幹線が動いたのは一年ぶりのことで、見物に来る住民は後を経たない。
しかし、新幹線に至る道や見物出来るビルなどは、福岡県警が封鎖して、市民の不満を買っていた。
現在の日本の鉄道はその運行を大幅に制限されている。
転移による節電や第一次産業の保護のために国民の転居の自由を制限した為だ。
旅行客も転移から十年くらいは大幅に落ち込んだものだ。
諸般の事情や採算の取れなくなった新幹線も無期限の停止状態となっている。
線路を走っているのは貨物列車ばかりだ。
だが今回は要人の輸送という目的で、東京から博多まで新幹線が運行されることになった。
博多駅の新幹線口は福岡県警第3機動隊が二百名体制で警備して封鎖されている。
福岡県警第3機動隊は転移後に新設された隊であり、福岡県の福岡市、北九州市を除く県内全域を管轄としている。
新幹線新幹線ホームには福岡県警SAT一個小隊が完全武装で展開している。
こちらも転移後に大幅に増員されている。
過剰な警備と疑問を呈されるが、福岡県警も政府も沈黙を守っていた。
これらの厳重な警備を掻い潜って侵入しようとするマニア達とのいざこざは多少はあったが、概ね順調に警備は遂行されていた。
だが守られ方が懐疑深く見ていたことは、彼等も知るよしがなかった。

「人族の兵士に守られてるとは不思議な気分だな。」

海亀人から派遣された領事が、窓から外の様子を眺めてため息を吐く。
座席には海蛇人とイカ人の領事達が同席している。
他にも最後尾車両には、これら三種族から派遣された『職員』達が座っている。
新幹線の臨時運行の理由は表向きは乃村国防大臣の移送だが、本当の目的は彼等海棲亜人により組織された外交官達の輸送だ。
深夜のうちに護衛艦に誘導されて博多港に到着した彼等は、カーテンを締められたバスに乗せられて博多駅に到着した。
彼等の姿が人目に付かないように、明け方に警察の大型車両を並べて、目隠しをしながら博多駅に入った。
駅内でも機動隊が盾を構えながら整列し、作られた道を足早に新幹線まで誘導されて乗車したのだった。


「我等は高麗という国に攻めこんだ。
この福岡は高麗本国から比較的近いことから、危険を避ける為にとは理解は出来るが・・・」

イカ人の領事も触腕を組んで考え込む。
高麗の民のしつこさは日本人から散々聞かされたが、他国でそのような活動を許す日本国の方針も意味が不明だった。

「シュモク族と螺貝族の連中は車両をそれぞれ一両割り当てられてるぞ。
扱いの格差の方が気が滅入るというものだ。」

海蛇人の領事も気落ちしている。
この三種族はシュモク伯邦国の傘下に収まるので、格が落ちるのは仕方がない。

「螺貝族の連中も日本と武力衝突があったと聞いている。」
「死人を出したか、出さなかったかの違いらしい。」

納得のいかないイカ人領事に海亀人領事が理由を説明する。

「その理由だと、我等は死人を出させて無いのだがな・・・」

シュモク族に制圧されて同じ立場となった海蛇人領事の気分はさらに落ち込んだ。
佐世保にいる防衛大臣が、博多駅のこの新幹線に乗り込めば新幹線は出発する。
あと半日は車両内で待機させられるのは些か辛かった。

「しかし、我々が一番衝撃だったのは、我等が攻めこんだ地は何れも日本では無かったことだな。」
「今となってはそれだけは幸運だったな。」

車両の外側で警備を行っていたSAT隊員達は、思わぬ潮臭さに辟易していたことは、彼等も知るよしもなかった。




アウストラリス大陸南部
アル・キヤーマ市

日本国大陸総督秋月春種は、南部の王国天領を接収して建設されたアル・キヤーマ市を訪れていた。
アル・キヤーマはこの大陸における12番目の地球系の都市だ。
市内は住民のための住居の建設ラッシュで活気にあふれている。
一際目を引くのは、都市中央部に建設されたモスクだ。
この都市は地球系初のイスラム系住民の町なのだ。
インドネシア国籍者約三万二千人、バングラデシュ国籍者約一万二千人、マレーシア国籍者約九千人、ブルネイ国籍者約百名、モルディブ国籍者約50名。
これに彼等を配偶者とした日本人を加えて六万人の人口を誇る。

「アル・キヤーマ、復活を意味する名称を持つこの都市の発展を心よりお祈りしてます。」
「秋月総督、今回の我等の都市の建設にご協力頂き、心より感謝しています。」

日本で貿易商を営んでいたラクサハマ市長は、秋月総督と固く握手をかわす。
会見は天領たるこの地域の政庁たる代官所で行われていた。
補佐としてサミットの時にも付き添った高橋伸彦二等陸将は、渡された資料でアル・キヤーマの戦力を確認している。
アル・キヤーマの地上戦力は、他の都市と同様に軽火器と軽装甲車両を保有している。
これらを運用する中隊規模の軍警察が組織されている。
航空戦力はロクに無い。
民間も保有していないのは将来的に問題になりそうだった。
対照的に海上戦力には期待できそうだった。
すでに沖合いには巡視船『ペカン』と『アラウ』が警備に当たっている。
巡視船『ペカン』はもとは、日本国海上保安庁で活躍していた巡視船『えりも』が老朽化に伴い、退役と共にアル・キヤーマに供与された船だ。
巡視船『アラウ』も同様で、巡視船『おき』だった船だ。
他にもようやく引き取り手が見つかったと、高麗国巨済島玉浦造船所で建造が停止していた哨戒艦の建造が再開した。
潜水艦も2隻保有しており、海棲亜人討伐作戦『ポセイドン・アドベンチャー』に参加していた。
作戦後、潜水艦『ナガパサ』、『トリシューラ』の2隻は生まれ故郷の玉浦造船所で、整備の時を過ごしている。
この2隻は潜水艦の乗員が揃えられず、乗員の半数以上が日本の海上自衛隊から派遣された人員で操艦されている。
他にも日本から巡視船の供与が協議されており、その充実ぶりが期待される。
哨戒艦や潜水艦は転移前にマレーシアやインドネシアが、韓国に発注していた艦だ。
そのほとんどが玉浦造船所で建造されており、そのまま転移してきた未完成艦ばかりだった。
作戦に必要となった潜水艦は先行して建造が再開されたが、哨戒艦はアル・キヤーマが建設されるのを待っていた。
高橋が資料に目を通している間にも秋月総督とラクサハマ市長の階段は続いている。

「暫くは日本からの食料援助に頼ることになりますが、幸いに我々の人材には農業や漁業に従事していた者も多く、すぐに自らの足で立てるよう努力する所存であります。」
「はっはは、お気になさらず。
取り敢えず援助も五ヵ年計画を建てています。
それは他の都市も同様なので発展ともに援助を卒業出来る時を待っていますよ。」

近郊で見つかったニッケル、コバルトの鉱山には日本企業も注目している。
ニッケルとコバルトの鉱脈の発見は転移後では初めてであり、サンプルを持ち帰った冒険者達のパーティーに、狂喜した総督府の担当者がキスをしようとして殴られる場面はあった。
資源調査隊が鉱脈を有望と判断したことが、アル・キヤーマの建設を後押しした。
問題は西方大陸に援軍を派遣したことにより、各鉱山で鉱夫として働かせていた囚人や帝国捕虜が大幅に不足してしまったことだ。

「そこは大幅に重機を投入してカバーすることになりました。
各都市で住民から職業鉱夫として働ける人材も増えてきました。
貴都市もこれらの課題が今後に辿る道となります。」
「我等は単純労働は慣れてますからな。
その課題は乗り越えれると、私は信じています。
今、人数を集めている欧州の連中には無理かもしれませんがな。」

そこはイスラム系国として対抗意識もあるのだろう。
侮蔑を含む言葉に眉を潜めるが、言いたいことは理解できる。
現在、フランス人が中心となり、欧州のキリスト教国で連合を組もうとしている。
欧州37ヵ国、約六万人に昇る見積もりだ。
参加を渋るのは、ヨーロッパ系イスラム国アルバニア、ボスニア、コソボの3か国。
第一次産業に従事していた人間など皆無に近い。
ブリタニカほどの纏まりも無い。
次点のパキスタンが集めている中東国家の連合の方が運営は上手くいきそうだ。

「決定は夏のルソンサミットで決まります。
ラクサハマ市長もデビューですから、挨拶分や各都市への支援養成をしっかり練って下さい。」

老婆心ながらの忠告にラクサハマ市長は感激しながら、秋月総督の手をいつまでも握りしめていた。

大陸東部
新京特別行政区から北東約50キロの海岸線

何もない土地だが新京特別行政区からヴェルフネウディンスク市への線路と小さな駅舎と幾つかの政府機関の建物だけは完成していた。
線路に沿い電柱も建てられ、電気が通じていることがわかる。
駅前には事前に来ていた陸上自衛隊の軽装甲車や高機動車の姿がみえる。
他にもこの駅を守る鉄道公安隊のパトカーが二両が鉄道公安隊派出所に停車していた。
そして、本日はこの新築の駅舎に初めて停車する蒸気機関車が到着し、最初の乗客達が降りていく。
初乗客達が到着したのにテープカットなどのセレモニーは用意されていない。
到着した蒸気機関車には客車の他に装甲列車が連結されており、道中は車両に固定された2A65「ムスタ-B」 152mm榴弾砲が睨みを聞かせていた。
貨物車両に積載されていた装輪装甲車であるBTR-60PBやBTR-70やマイクロバスやバイクが降ろされて視察団や自衛隊隊員達の足になる。

「次の帰りの上り列車は八時間後に到着する予定です。
視察団の皆さんは存分にこの地を御覧下さい。」

視察団を率いる秋山総督補佐官が拡声器を使って呼び掛けている。。
遠ざかる列車に残された者達は不安を覚えるも、いつまでも列車を駅に置いて線路を塞いでおくわけにはいかない。
まだ、小規模な駅舎とホームくらいしかないこの駅の今後の課題と言えた。
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0034†Mango Mangüé(ガラプー KK63-XliH)
2018/06/21(木) 23:08:11.829583ID:jxYpq4kgK
この視察地の各所に、本来は中央を管轄していた第34普通科連隊の隊員達が警備の為に徒歩で散り始めている。
彼等にも新たな駐屯地予定地を視察する目的があったりする。
まあ、自分達が駐屯地するわけじゃないのだが任務なので仕方がない。
彼等が時折、発砲する銃声を聞いて、視察団の面々は不安そうな顔をするが、自衛隊の隊員や秋山補佐官は意にも介した様子も見せていない。

「ホテルなどの宿泊施設があるとよかったんだけどね。」

などと呟いてる秋山補佐官に、乗客の一人で日本の本土から来たばかりの商社の部長という男が不安そうに訪ねてくる。

「あの、銃声が時折聞こえるのですが・・・
避難とかの必要は無いのですか?」

確かに列車を降りて既に20分ほど経っている。
秋山の耳にも幾つかの銃声が聞こえてきたが、あまり気にしてはいなかった。

「ああ、自衛隊が付近の危険生物の駆除を行っているのですよ。
開発が正式に開始される6月まで続くのでご安心下さい。
しかし、何度か演習を兼ねた掃討作戦を行ったのですが、根絶は難しいものですね。」

それは付近に危険生物がいることを認める発言だが、気にするなと言われて部長は困惑する。
だが視察団で、自分とは違う反応をしている人間達に気が付く。
補佐官の発言に安心し、視察を始めたのが既にこの大陸に移民してそれなりの年月を過ごした者達だ。
彼等はそれとなく周囲を警戒しながら地図を片手に目的地に向かい始めた。
数人は護身用の刀や槍、ボウガンを装備している。
警備会社から派遣された警護の者達もいるが、彼等とは毛色の違う背広姿のサラリーマン達も武装していることに驚かされる。

「彼等も民間人ですよね?」
「都市部の外にでますからね。
最低限の武器を用意していたのでしょう。」

そういう秋山補佐官の腰にも拳銃がホルスターに納められているのを見て絶句する。

「さすがに大物は根絶やしにしましたから安心して下さい。
町の建設に先だって、城壁の普請も行います。
より確実な安全が確保されるでしょう。」

一番の大物はグリフォンの群れであり、32体で構成される大規模なものだった。
鉄道公安隊は線路を敷設する際に過去の文献や冒険者ギルドなどで現地情報の収集を行っていた。
この時に現地の集落が全滅したとの記述を発見したのだ。
調査にあたった騎士団や冒険者が住民の遺体の一部や散乱していたグリフォンの大量の羽が発見して撤収した。
それ以後、この近辺は危険地域に指定され封鎖された。
グリフォンの群れを討伐するには、当時の帝国時代の現地戦力では割に合わないと判断されたのだ。
時代が代わり、帝国から王国になり、総督府の傀儡となると事情が変わってくる。
この地域に鉄道の線路を敷設する必要に迫られたのだ。
鉄道公安隊もパジェロを改造したパトカー五両で調査に赴き、グリフォンの襲撃を受ける羽目に陥った。
パジェロのパトカーは、改造され人間が何人も乗り込んだ状態であり、総重量が3トンに達していた。
しかし、その鋭い鈎爪で牛や馬をまとめて数頭掴めるグリフォンにには軽々と空中まで持ち上げられてしまった。
馬や牛と違い、銃を持った鉄道公安官達は発砲して抵抗する。
まだ地面から車体が離れたばかりのパトカーはよかったが、ある程度の高度まで持ち上げられていたパトカーは落下して車体が潰れて死傷者を出してしまった。
一両が巣まで運ばれて、嘴で啄まれて六名の鉄道公安官が食われたことが後日に判明する。。
事態を重く見た総督府は自衛隊に出動を命じた。
派遣されたのは第16普通科連隊第3大隊。
目立つように装甲車両を走らせ、グリフォンを誘き出す作戦が実施された。
誘い出されたグリフォンは装甲車両を鋭い鈎爪で貫こうとしたが、その爪先は14.5mm機銃弾に堪えるストライカー装甲車の装甲を貫けなかった。
さらに持ち上げようにも17トンもの重量を持ち上げることが出来なかった。
さらにストライカー装甲車は、取り付けられたカメラの映像を車内のモニターで見ながら重機関銃や擲弾発射器の操作が可能であり、射手を危険に晒すことなく、機関銃弾をグリフォンに叩き込みながら駆逐していった。
最終的に巣を擲弾で吹き飛ばして事態の終了を宣言した。
討伐にあたった自衛隊は成体は駆除して、幼体は捕獲した。
幼体は動物園や友好的な騎士団への売却が行われた。
王国が再建を進める『鷲獅子騎士団』は、グリフォンを騎乗する騎士で編成されており、幼体から騎士に育てさせて慣れさせることから需要があったのだ。
新京、新浜の両動物園では、『鷲獅子騎士団』との協力のもと、グリフォンの育成や調教等の研究が行われている。
その後も定期的に魔物の討伐は行われ、回を重ねるごとに魔物の体は小さくなっていった。
その様子を秋山に伝えられても安心感を得られなかった。
普段は日本本国に住んでいる者や大陸に移民して日が浅い者達は、足取りが重くなっている。
自衛隊隊員や武装した視察団員の後ろから追い掛けるように着いていく様子が見てとれる。

「貴方も行かなくてよろしいので?」
「そ、そうですな。
お〜い、待ってくれ!!」

駆け出す商社の部長に秋山は苦笑する。
同行するSPも似たような思いをえたようだ。

「大陸に来たばかりの頃を思い出しますね。
あの頃は毎日が怖かった。」
「まあ、私は護衛がたっぷり付いてたから恵まれてる方でしたけどね。
今回も頼りにしてますよ。」

敬礼で答えられ、秋山も総督府の支所予定地に向かう。
しかし、視察といっても風光明媚な海岸線とだだっ広い原野が広がってるだけだ。
道も無いから遠くに行くわけにもいかない。
気をとり直した視察団の参加者達は、未だに挨拶の終わっていない同行者に名刺を配ったりして親交を深めている。
その交換された名刺にはアンフォニー代官の肩書きを持つ斉藤光夫のものも混じっていた。

「これはこれは青塚さんじゃないですか?
副総督の補佐官に就任したとか、おめでとうございます。」
「斉藤さんお久しぶりです。
アンフォニーの発展、噂は聞いてますよ。
今度は病院を建てたとか。」
「炭鉱や鉱山で健康を害する患者を見越した先行投資ですよ。」

近隣の領地から若い女性を集めて、看護婦として教育し、雇い入れている。

「あなた方のケースを基に、我々も東部に大規模な大陸人の女性向けの学園都市を造ろうかと思いましてね。
民主化問題に熱心な武田葉子教授を口説いて候補地を選定中ですよ。」

武田の名前を聞いて、斉藤は眉を潜める。
新京大学の教授であり、転移前はテレビでコメンテーターを務める論客として有名であった。
転移後もその知名度を生かして、大陸の各地で混乱を引き起こすことで悪名高いNGO団体『大陸民主化促進支援委員会』の主催者でもある。
斉藤も在学時代は彼女の講義を受講したことがあるが、典型的な男女平等を主張するフェミニストの主義者だった人物だ。
根本的に斉藤達『サークル』の活動を軽蔑しており、折り合いが付かなかった。
最近は彼女の愛弟子だった女性がどういう経緯か自衛官と結婚して、エジンバラ自治領領主夫人となってしまい、ヒステリーが激しくなったと噂では聞いていた。

「また面倒な人物を・・・」

斉藤は呆れるが、青塚は首を横にふる。

「面倒な人物だからいいんです。
彼女は女性保護の活動には熱心ですからね。
保護した大陸の女性にも日本人と同様の権利や環境を与えようとするでしょう。」

学園都市にて衛生観念と教育を与えられた大陸の女性達は、小汚ない村や町に戻れるだろうか?
教養も無く、不潔な大陸の男達との婚姻に我慢出来るのだろうか?
すでに新京の教育機関に留学してきた貴族の子女にその傾向が見られる。

「どうです?
うってつけの人物でしょう武田教授は」

青塚のどや顔が微妙に斉藤はムカ付いたが、『サークル』の方針としては都合がいいのも事実だった。

「大陸人の少子化は、政府が百年単位で行うつもりだったんでしょう?」
「我々はそれを早めてやろうというだけですよ。
国家百年の大計も結構ですが、我々、或いは我々の子供達が享受出来ない利益に何の価値があるというのか。」

その為に多少の血生臭いことになろうとも甘受する気だった。
斉藤達の愛しき姫君達には聞かせられない話だった。

「それで、その候補地はここで?」
「いや、さすがに我々日本国民戦線だけでは資金力とか問題でしてね。
些か不本意ながら神殿都市の建設を狙ってる日本仏教連合と協賛になりそうなんですよ。」
「ああ、フィノーラですか。」

フィノーラは新京から中央線で2つ先にある都市だ。
吹能羅という日本名に代えて、巨大な寺院の建設計画が建てられている。
竜別宮とともに大陸人との共存の場ともなっている。
男女平等主義者と宗教勢力が相容れるのかは大変疑問だった。
それでも最大限の利益は勝ち取らないといけない。

「建設が本格化したら、アンフォニーも一枚噛ましてもらいますよ。」
「その前に『ここ』ですか・・・」

総督府が主催した視察団が訪れたこの地は、新京、新浜に続く第三の植民都市の建設予定地だった。
今年の6月末をもって、新浜への植民は停止する。
新しく建設するこの地には自衛隊やインフラ業者とその家族を先遣とした植民が7月から開始される。

「今度は何て名前になるんでしょうかね、この街。」
「横浜市民が移民の主力になる街ですからね。
浜の字はさすがに候補から外されるみたいですよ。
新浜市の時は、旧世田谷区民と横浜市民が移民のメインでしたからね。
総督府で命名を巡り殴りあいも辞さない緊迫した会議が続いたそうですよ。」

呑気な話だったが、新浜市の命名は世田谷派と横浜派の主導権争いでもあったのだ。
その決着も7月に行われる初の市長選挙の結果に反映される。
秋山達、総督府も自分達の息の掛かった候補者を支援している。
青塚達『日本国民戦線』や『大陸民主化促進支援委員会』、『サークル』も独自の候補者を立候補させるべく動いていた。
大陸の民達は日本内部の争いを公開しながら見せられるという珍妙な事態に戸惑いを見せることになる。
その騒音に住民からの苦情が殺到したのは・・・・・・
予想通りだった。


UA:N01G
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[5]
05/04 17:58
日本国
大阪府大阪市西成区釜ヶ崎

大阪市最大の貧民街と呼ばれる釜ヶ崎にある一件のボロアパートを大阪府警第3機動隊が包囲していた。
すでに住民の避難が実施されたが、数人の住民がこの数日行方不明となっていた。
近所の住民は、またいつもの暴動かと戸締まりや護身用のバットや木刀を持って身構えている。
やがて大阪府警SATと自衛隊地方協力本部の車が到着し、機動隊が封鎖された道を開ける。

車両から降りてきたSATの隊長と自衛隊の三等空佐が本部となっているテントに入る。

「状況は?」

SATの隊長はテントに入るなり、連絡役の所轄の警官に状況を報告させる。

「本日1315、住民の生存確認の巡回を行っていた巡査二名がアパート内で、腐臭を確認。
署に報告の上、各部屋を確認中にアンデットと化した住民を発見。
発砲しつつ部屋を封鎖。
1410、要請を受け現着した機動隊が同アパートを包囲。
住民の避難と点呼を行ったところ、問題の部屋に住んでいたと思われる男性住民5名の所在が確認出来ませんでした。」

自衛隊の三佐は警官の報告に首を傾げる。

「一室に男性が5名?
ルームシェアというやつですか?
にしてもアンデット化するまで死体を放置など何を考えていたのでしょう。」

この三佐はあくまで警察の手に負えなくなった時の為の連絡役に過ぎない。
また、このあいりん地区の特殊な事情も理解できないだろう。
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0035†Mango Mangüé(ガラプー KK63-XliH)
2018/06/21(木) 23:10:23.873343ID:jz1C1VaeK
「ここはスラムみたいなものですから、家賃を安くする為に一室に複数人で住んでたりします。


おそらく死亡した男性を生存していることにして食料の配給を多く着服する目的だったと思います。
最近、多い手口なんですよ。
それで家の中に遺体を隠したりして、それがアンデット化し、同居していた住民を襲ったと署で見ています。
なお、アンデットの分類は専門家の不足により困難。
推定グールとして対処しています。」

現在は活保護や年金、失業保険が打ち切られ配給に一本化されている。
この生命線を繋ぎ止めようと、都会はまだまだ必死な状況なのだ。

「転移前も年金を長くもらおうと親の死亡を偽る事件は何件かありましたが・・・」
「今はアンデット化の危険が伴うようになったと・・・、やれやれですな。
で、我々は必要ですか?」

三佐はSATの隊長に自衛隊の出動が必要かと問いている。

「我々だけで十分です。
今年に入って3件目ですし。」

全国でも大阪が最もこの手の事件多いことは恥ずべきものだった。
テントから出た隊長はSATの隊員10名と機動隊の銃器対策分隊10名を集めてアパートに入っていく。
既に現場の部屋のドアはバリケードで封鎖されて、アンデットと化した住民は出てくることが出来ない。
廊下には更に陣地化させたバリケードが構築されている。
すでにアパートの反対側のマンション屋上から狙撃班も睨みを効かせている。
必要なのは火力による制圧力だけだ。
廊下のバリケード越しにSATの隊員達が、豊和M1500を構えて命令を待つ。
銃器対策分隊も同じライフルを持ち、バックアップの為に後ろに並ぶ。
豊和M1500は転移前から警察が害獣処理用に採用していた大口径ライフルだ。

「もう迷い出てくるなよ・・・


撃て!!」

狙撃班の狙撃で、アパートのドアを封鎖していたバリケードの留め金が破壊されていく。
開放されたドアからアンデットと化した住民が忽ちSATの銃撃で蜂の巣にされていく。
銃声をアパートの外で聞いていた三佐は、『日本も物騒になったな』と肩を竦めていた。




北海道札幌市中央区大通公園


「移民、反対!!」
「反対!!」
「移民政策の見直しを!!」
「北海道の貢献を国は忘れるな!!」


数十万の人々がシュプレヒコールをあげながら道庁に向けて行進している。
正式に届け出が出されたデモであり、整然とした行進が実施されている。
警戒にあたる北海道警は交通誘導に専念するだけで事足りている。

『国の移民政策に反対するデモは、主催者発表により70万人が参加する大規模なものになっています。
この動きには道知事や道警すらも同調する動きを見せており、これまで対岸の火事と見ていた北海道各都市に拡がりつつあります。』

現地レポーターの現場中継が終わり、スタジオでは司会の男性がアシスタントの女子アナに今回の事態が起こった説明を促している。
この時事問題を扱うワイドショー的な番組は、驚くべきことに新京のテレビ局で制作、放送されている。
東京から地方への地縁を持たず、脱出が出来なかった放送業界の関係者は多い。
特に生産性に寄与しない彼等は真っ先に大陸への移民に組み込まれていった。
移民から年月がたち、ある程度生活に余裕が出てくるとかつての華やかだった頃に戻りたい者や忘れかけていた夢を再燃させる者達が現れていた。
そんな彼等が集まり、総督府の肝煎りで開設された新京放送に元業界人が殺到したのは言うまでも無い。
娯楽に飢えていた大陸移民達へのニーズにも合致し、日本本国への放送を逆輸入する盛り上がりを見せていた。
問題はアイドルやモデルに系統する人間が戻って来なかったことだ。
彼等、彼女等のほとんどが恵まれた容姿を生かして、日本本国の地方豪農や地主の一家と婚姻してしまったからだ。
十年近く仕事が無かった状態だから、責めるのはお門違いといえたが、一部のファン達が絶望して様々な事件を起こしたのは想像に難くない。
代わりに大陸で収入を大幅に減らした貴族令嬢のタレント化が最近の流行りとなっていた。
同様にアスリート達も転移とともに生涯を掛けていたスポーツの大会に出る目標と余裕を失わされていた。
日本本国ではプロ野球が復活していたが、東京、横浜の3球団が正式に解散し、1リーグ制に縮小されていた。
野球はまだ恵まれていた方で、格闘技系統のスポーツイベント以外は実質活動出来なくなった。
東京や横浜から移民したアスリート達は、自らの優秀なフィジカルな肉体を生かして冒険者になる道を選んだ者が多い。
転移前、ホームラン王だったプロ野球選手などは、剣豪として名を売っている有り様だ。
しかし、このスタジオにいる人間達にはそんな能力は無いし、年齢が高くなって無理な者が多かった。


『今回のデモは、国の移民調整庁が各自治体に移民対象者をリストアップする調査を命じていたことにあります。
すでに東京、横浜で実施されていた大陸への移民ですが、この2都市は第一次産業に従事しない人口が全国でも最大規模で、食料配給の割り当てが最も低いこともあり、大陸移民はスムーズに行われてきました。
これは続く大阪、名古屋でもほぼ同じと思われています。』
『では、この政策に札幌市が反旗を翻したのは何故なんですか?』

女子アナに呼吸をさせるべく、空気を読む司会が発言して時間を稼ぐ。
長年同じ番組でコンピを組んでたから出来る絶妙な掛け合いのテクニックだ。
司会がコンビでお笑い芸人をしていた経験から出来る芸当でもあるだろう。
それなりに人気もあったのだが、相方が地方で農家をやっていたこともあって、コンビが自然解散したことは世間でも残念に思われていた。

『札幌市は先の四大都市と違い、第一次産業従事者とその家族が人口の18パーセントに達していました。
このままだと国が定める移民対象人数が第一次産業従事者とその家族にまで及ぶ恐れが出てきました。
当然、第一次産業従事者だけでは市の運営が成り立ちません。
関連の製造、流通業者や文化伝統技能者、インフラや建築業者、自衛隊を含む市を運営する公務員等々、家族を含めれば最大で市の人口の六割は移民させるわけにはいかないと北海道庁並びに札幌市が国に上申したことが発端になっています。』

女子アナの説明が終わると、コメンテーター達が各々の感想や意見を発言しだす。

『国はこのことを考えてなかったのかしら?』
『東京と横浜だけで頭がいっぱいだっだろうな。』
『札幌に例外を認めては、他の自治体に示しがつかないだろう。』
『しかし、現実に札幌をはじめとする北海道は食料生産が他の都府県と比べて自給率の二倍以上と高い。
農家まで移民させては本国の食料生産が低下してしまい、本末転倒な話になります。』
『多少の配慮は必要なのかな?』

それぞれが好き勝手に発言している。
司会が発言を止めさせ、画面には今後の各自治体の移民スケジュールが映し出されている。

『横浜市場は今年の7月11日をもって新浜移民を停止し、翌日7月12日から移民先が現在開発中の第3都市に変更になります。
また、年が明けると同時に神奈川県の県庁所在地川崎市に変更となります。』

川崎市が横浜市の人口の三倍になる見通しなので、県内の反対は少なかった。
むしろ川崎市も移民対象都市として優先度が高いので、最初から相模原市にすべきとの意見も根強い。

『では、札幌で移民が開始されるのはいつ頃になるのかな?』
『早くても三年後になるので無いかとの見通しです。』

テレビを消すと、道知事がソファーに座り込んでため息を吐き出す。

「国も我々の声を聞かずにはいられないだろう。
最低六割の人口維持を守りきるぞ。」

同じく隣のソファーに座っていた札幌市長が同意して頷く。

「日本国民戦線がこの活動を支持してくれるそうです。
ただ、ある程度は覚悟しておくようにと。」

彼等も政治家である。
どちらか一方の主張が一方的に通るのがありえないとは理解している。
市民の六割維持が理想で、四割維持を勝ち取れば上出来と考えていた。

「流血沙汰だけは避けるよう、関係各所には申し送ろう。」
「それがいいでしょう。
流血は武力介入の口実にもなりますからな。」
「北海道は配給制度の指定地域からも外れてるからな。
そこらへんが落としどころになるかもしれん。」

中央政府が地方の行政府に武力行使するという転移前なら考えられなかった選択肢の可能性を彼等は否定しない。
転移後の腹を括った政府ならやりかねないように思えるのだ。
しかし、北海道の繁栄をここで邪魔されるわけにはいかなかった。
食料の一大生産地ということもあって、東京等に出ていった若者達が家族を連れて北海道に帰ってきている。
衰退の一途を辿っていた試される大地は各地で活気に溢れ、かつて無い好景気に沸いているのだ。
ここで移民政策等に水を差されるわけにはいかないのだ。

「今日も横浜や名古屋、大阪では餓死死体が発見されるニュースが報道されていたが、一緒にされては困ることを訴えねばな。」

知事の決意を口にしていると、市長は扱いに困っていた書簡を思い出していた。

「そういえば知事。
実は新香港から書簡による要請が来てまして・・・」
「外務省を遠さずか?」
「いえ、さすがに外務省も承知している内容ですが、連中我々に在日中国人を引き取りたいと言ってきましたよ。」

もともと新香港は日本の爆買いブームで、過剰に増えていた中国人観光客の受け皿として創られた街だ。
日本に居を構えていた在日中国人達は生活の基盤を整えていたので対象外となっていた。
なにしろ人数が膨大だ。
転移前に日本に居住していた在日中国人は67万人に及ぶ。

「連中は一体何を考えといる?」
「我々と変わりませんよ。
中国人による第二の植民都市の建設です。
新京や新浜に移民させられた在日中国人による入植はすでに始まっているらしいですよ。
すでに名前も決まっているとか、『陽城』だそうです。」
『陽城』、それは中国の史書に記された中国最古の王朝の都の名前だった。
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0037†Mango Mangüé(ガラプー KK63-XliH)
2018/06/21(木) 23:11:59.549903ID:K8YL6kmNK
大陸東部
新浜市

ある元官僚の邸宅の離れにプレハプを改造した畳張りの建物が建っていた。
建物の看板には『佐々木剣道教室』と書かれている。
道場では無く教室なのは、教える人間が拘った結果だ。
今は体育館並みに教室はでかくなったので、このプレハブは応接室として改装することになっている。
この日も子供を教室に預けようとしていた母親に、このカルチャー教室の教師兼オーナーが応対にあたっている。

「この教室はあくまで基礎を学び鍛練する場所だとお考え下さい。
その為、小学校を卒業と同時にこの教室を卒業になります。
中高生からは学校に専門の部活があるからそちらの方が良いでしょう。」

元公安調査官佐々木洋介は、退官後にこの大陸に移り住み、1年と4ヶ月経過しようとしていた。
退職金と年金代わりに広大な土地と家を割り当てて貰ったので、家庭菜園の延長で始めた野菜畑は、佐々木と息子二人の一家11人の食卓を彩るのに十分な規模に拡大した。
家族が一丸となり、頑張った成果だと誇らしくなってくる。
特にカボチャ畑の収穫は売りに出せるレベルと密かな自慢であった。
しかし、素人が始めた家庭菜園の延長線の野菜畑だけでは、些か土地の広さを持て余していた。

「土地はタダみたいなものといっても限度があるよな。」

提供された家は三家族11人が、一人一人個室を貰って尚部屋余らす純和風オール電化なお屋敷だった。
江東区に建てていたマイホームを泣く泣く手離して沈んでいた女房が、手の平を返したごとく元気になったのは救いだった。
問題は四方の隣家まで徒歩十分は掛かることだ。
道路は整備されてるので、自転車があれば特に支障はない。
佐々木も野菜畑の片手間に孫たちに剣道を教えていると、いつの間にか近所の子供達が集まっていた。
5月頃には建築士や大工をしていた御近所に好意で剣道教室が造られてしまった。

「いや、俺三段止まりだよ?
人に教えて商売にしていいのか?」

転移後は公安調査庁に所属していたが、転移前は警視庁公安部の警官だった。
剣道や柔術は人並み以上に経験はある。
実際の犯罪者相手に奮ってたので実践的だとは思う。
しかしながら指導者となると話は違ってくる。

「難しく考えなくていいのよ。
ご近所さんからは保育園とか児童会館の代わりぐらいにしか思われてないし。」

軽く言ってくれる女房には今でも苦言を呈するべきだと考えている。
なかなか実行は出来ないが・・・だが女房の言うことも確かで、どの家も正職の他に与えられた土地で畑を耕す兼業農家となっていた。
中高生も学校から帰宅後は、農作業を手伝うなど微笑ましい光景がみてとれる。
しかし、小学生以下の子供の扱いには困っている。
ここが平和な日本本国なら塾や友達と遊びに行くという選択肢があるが、モンスターが跋扈するこの大陸では親が安全の為に子供の行動範囲を狭めているのだ。

「で、まとめて俺に預けておけと・・・」
「それもあるけど、最近の習い事は武器を使った武道が流行りなの。
モンスターだけじゃなく、盗賊とか帝国残党とかもいるんでしょ?
子供たちにも対処出来るよう育ってほしいのよ。」

学校でも体育の授業に剣道と弓道が加わると聞かされ、佐々木が考えてたよりも新浜は物騒なのかと思い知らされる。
資格の問題も役所は2つ返事だった。
自力で収入を得られる人材はまだまだ少数であり、貴重な人材への優遇は最優先で行われたのだ。
佐々木自身が社会的に保証された立場にあった人物だったことも関係していただろう。
色々と葛藤はあるが、剣道教室の先生を引き受けることにした。
最初は小学生だけのつもりだったが、フィットネス感覚や近所に適当な道場が無いと理由で入門する大人枠の生徒も増えてきた。
中には現役の日本人冒険者も鍛練の場として利用する者もいる。
引き受けてからわかった事だが、同じ様に考えている人間は存外に多く、新浜や新京の町では様々な武道の道場や教室が誕生していた。
それらは佐々木と同じく資金や土地に余裕がある者が運営している。
その反対に心得はあるが、生活に余裕が無い者が職を求めて門を叩くことになる。
それは『佐々木剣術教室』も同様で、いつの間にか野菜畑の農作業を手伝う先生兼小作人が三人、五人と増えていった。
ちなみに事務は長男と次男の嫁二人が担当してくれた。
その為に7月頃に事務所となるプレハプが増設されることになる。

「なあ母さん。
なんだかおかしな方向に向かってないかな?」
「もうお父さんたら考えすぎですって。」

色々と疑問に思いつつ、日々を過ごしてたある8月の中頃、知人から馬がつがいで4頭送り届けられた。

「あの野郎・・・」
「あらやだお父さん、お裾分けですって、どうしましょう。」

戦犯として処刑されたことになってる元マディノ子爵ベッセンからだった。

「昨年、マディノであった騒動は御存知で?」

馬を送り届けてくれた男は明らかにカタギじゃない。

「ああ、聞いている。」
「その際の戦利品なのですが少々持て余してまして・・・
ほとんど売っぱらたんですが、お世話になってる方からこちらにお届けするようにと連絡がありまして・・・」

男は石和黒駒一家の者で、石田祐司と名乗っていた。
転移当時は刑務所にいたので、日本の統治区域を出入り出来る立場だった。
服役中に第2更正師団に徴用され、西方大陸での戦いに参加。
部隊が爆弾を括りつけた矢の雨に晒されて負傷した。
石田は負傷したために後送され、本土で入院、治療に専念していた。
そんな中、前線にいた第二更正師団が壊滅したとのニュースが本土で駆け巡った。
帰る場所を無くした石田は、従軍と入院中に刑期を終えたことにより、釈放と除隊となった。
昔の知己を頼りに、この大陸に来たらしい。
佐々木はベッセンがどうやって石田と連絡を取ったのか聞いた。
府中刑務所に軟禁されていて、そんな自由は無いはずだ。

「入院してたら深夜に枕元に現れまして・・・
自分、思わず念仏唱えちゃいました。」
「あ〜、それは怖いな。」
「で、大陸に渡ってマディノに行けと。
大陸に渡る資金は後日、現金書留で送られてきました。」

退院し、マディノに到着すると自分に馬を渡して佐々木家に届けるようにと言われた人間が待っていたらしい。

「近くの村の村長さんで、マルローさんとかいう人でした。」

石田は詳しいことは詮索しなかったらしい。
その後、石田は昔の仲間を訪ねてみると馬を置いて汽車に乗って旅立っていった。

佐々木は残された馬の処遇に困ったが、送り主は公式には死亡したことになってるので返品は不可となっていた。

「どうするんだよ、これ?
馬なんて飼ったこと無いぞ?」

途方に暮れる佐々木だが、長男の嫁葉子が意外なことを言い出した。

「あのお義父様、多分私飼えます。」

葉子は外務官僚の娘でお嬢様育ちだった。
子供の頃から乗馬を嗜み、大学時代には乗馬部の厩舎で馬を飼育する作業に携わっていたらしい。
その後は話がトントン拍子に進み、九月には厩舎が完成し、葉子を先生にする乗馬教室が10月に開校した。
さすがに土地が足りないので隣家も持て余していた土地を借り上げている。
そのまま隣家の住民が葉子の抜けた穴の事務員として雇用された。
今の世の中、民間人にはガソリンなど滅多に手に入らない。
舗装された道なら自転車でも問題は無いが、市街に出るのには支障がある。
馬の需要が増えており、駅馬車が運営されている始末だ。
馬が二頭あるならと馬車も造られて買い出しも楽になった。
そうなると近所から注文を取り付け、まとめて購入輸送する事業まで立ち上がっていた。
佐々木は『うちの家族は逞しいな』くらいにしか考えてなかったが、休日の朝に自宅の前の空き地が騒がしいことに気がついた。

「家の前が市場みたいになってるな。」
「うちが収穫物や馬車で仕入れた品を売ってたら、ご近所の人達も収穫物や売りたいものを持ち込んでこうなったのよ。
でもみんな喜んでくれて嬉しいわ。」

ちょっと心配になった佐々木が市場を役所に届け出ると、市場長に任命された。

「ちょっと何が起きたのかわからない。」

次の日朝起きたら、佐々木家前市場とデカイ看板が設置されていた。
佐々木自身は剣道の先生に専念していたら、いつの間にか町の名士になっていたようだ。
年が明けて、住民が増えてくると市内の武道系の道場や教室が加速度的に増えていった。
ある日、お役所に道場主や教室の経営者達が集められて、市内の武道、武術の団体を統括する財団法人の設立を通達された。
その上で佐々木に理事になって欲しいと申し出があった。

「いや、カルチャースクールに毛が生えた程度だよ?
うちより大きいとこいっぱい有るでしょ?」
「いえ、佐々木先生が住んでる地区には無いのですよ。
今、門下の生徒が120名でしょう?
市内でも屈指の規模ですよ。」

知らない間に市内屈指の剣道教室になっていたらしい。

「それに推薦も多くて・・・
ご存知のように武道関係者は元警察官やその関係者も多いのですが、その中でも佐々木先生は総督府にも顔が利くと聞いております。」

マディノ元子爵ベッセン関係で、府中と総督府との連絡役だった関係で、顔が利くというのは本当だった。
周囲の期待に負けて、困惑しつつも承諾して家に帰ると

「まあ、貴方ったら。
天下りは世間で評判良くないんですからほどほどにして下さいね。」
「俺にどうしろというんだ。」

台所で夕食を造っていた女房の苦言に途方に暮れつつも2月になって、新浜武道連盟の理事に就任した。
そんな愚痴を遊びに来た僧侶円楽に聞いてもらっていた。
急激な環境の変化に付いていくのもやっとなのだ。

「私もフィノーラで寺院を建立することになったのですが、中僧正という僧階を押し付けられましたよ。
本来あれはどれくらい修行したかの自己申告制の筈なんですけどね。 」
「僧階ってなんだい?」
「僧侶の階級ですよ。
まあ、あんまり意味は無いのですが、着られる袈裟の色とか有名な大寺院の住職になるのに必要になります。
ほとんどが世襲で寺を継ぐ僧侶には必要無いですし、今は僧階なんて気にせずに紫の袈裟とか来てますからね。
一番気にしてるのは大卒の僧侶かも知れません。」
「僧侶の世界も学歴なの?」
「仏教の大学卒業と同時にある程度の僧階貰えますからね。
親より息子の僧階が上なんて寺は結構ありますよ。
むしろ転移してから法力が使えるようになった孫世代達が悩みの種になってますよ。
修行の成果が目に見える形になるわけですから、僧階の低さとかに不満を持つかもしれないとね。」

俗世的な悩みで、僧侶の世界も所詮は人間の集まりと佐々木はため息を吐く。
ついでに円楽の息子の剛少年が、佐々木の孫娘の美登理にデレデレしてるのが気になっていた。
二人は一緒のテーブルでカボチャのスイーツを一緒に食べている。

「君の息子は仏教会の星だろ?
世俗的なことに惑わされてていいのかね?」
「本当は息子には宗教に縛られずに自由に生きて欲しいのですよ。
成長すれば立場的には難しくなってきますからね。」

日本仏教連合の大物と語らっているのが、近所でも評判となるのはすぐであった。
そうなると、佐々木を訪ねて来るものが現れだした。

「この度の新浜市の市長選で御協力頂ければ佐々木先生にもそれなりの椅子をご用意させて頂きます。」

連日、このような人物が入れ替わり立ち替わり現れて佐々木の平穏な生活を掻き乱していくことになる。


大陸東部
吹能等町

日本の第二管理区だったフィノーラの町は吹能等と名前を変えて内地化されていた。。
東に約100キロに新京、50キロに竜別宮町、1600キロ西に、王都ソフィアが存在する。
人口は約12万人。
住民の1割が日本仏教連合に所属する僧侶とその関係者、門前町で市を成す日本人である。
最近は、教職にあった日本人の移住が盛んだ。
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0038†Mango Mangüé(ガラプー KK63-XliH)
2018/06/21(木) 23:16:54.552756ID:1vUblqrpK
竜別宮町と同様に大陸人が住民として共存しているが、最近は建築の為に呼び寄せられた人夫が多かった。
それでも人口はそれなりだが、日本人の人口が市の定義である三万人に達していないので町扱いとなっている。

「デカイ寺院が建ったと思ったら今度は大陸人向けの学園か。
なんだかチクバクな印象だな。」

女性向けの学園と聞いて、些か楽しみにしている自分が笑えてくる。
建築現場を自転車で巡回していた警官の若月巡査は、建築ラッシュで騒がしくなっている街並みを見て呟いていた。
若月の自転車は本国や植民都市で使用されている実用車と呼ばれる白い警ら用自転車ではない。
植民都市と違い、ロクに道がアスファルト等で舗装されてない竜別宮や吹能等での使用を想定された警ら用マウンテンバイクだ。
警ら用なので、警ら用実用車同様に合図灯ホルダーや『弁当箱』が備え付けられている。
正直、バランスが悪いと不評である。
城郭都市であったフィノーラは、吹能等町に代わるにあたり、正方形に造られた城郭の外郭北部に寺院を中心とする門前町が造られていった。
他の地球系都市と違い住民を退去させなかったからだ。
各寺院の土壁が繋げられて、新たな半円状の外壁が形成されていった。
寺院が中心となるこの外郭は北郭と呼ばれた。
南側に自衛隊の駐屯地や官公庁と住居が集まられており、やはり外壁が建設されて南郭と呼ばれている。
駅と線路はこの南郭を通過している。
現在は学園を中心とする西郭が建設中だ。
いずれは東側にも何かを造るらしいが、いまだに何を作るか検討の域を出ていない。
若月巡査は西郭の外壁真下に設置された西郭駐在所に到着して自転車を停める。
駐在所の中には同僚の岩下巡査しかいなかった。

「あれ、一人か?
班長達は?」
「上で講習中だ。」

同期の岩下巡査が指を天井に向ける。
城壁の上の道のことだ。
いずれの外郭の城壁にも帝国時代から使われている固定砲が設置されている。
多少は技術供与も行われ、吹能等の町には、アームストロング砲を現地で大陸人も生産できる反射炉などの設備も造られた。
日本製の現代兵器は高価で大量生産に向かない為の処置だ。
自衛官や警察官達も含め、武官達や警備会社や自警団も一通り習熟出来る講習が行われている。
肝心の大砲は大陸人に扱わせるわけにはいかない。

「ああ、俺も来週が当番だな。」

ホワイトボードに貼られたスケジュール表で自分の講習日を確認する。
砲弾は無駄に重いので憂鬱になる。
そこに本署からの通信がスピーカーで響き渡る。
それは吹能等周辺で活動する日本人冒険者による救助要請に対応せよ、との命令だった。
要請はモンスターとの遭遇による生命の危機に瀕している内容だった。
駐在所に設置されたファックスからは、各局に送られてきた救助地点の地図が吐き出される。

「うちが一番近いな?
班長達を呼ぶ。」

岩下巡査が立ち上がり、携帯電話で事情を話始める。
若月も銃器保管庫から駐在所の警官人数分のライフルや予備の拳銃、弾丸を取り出す。
駐在所に配備されているトヨタ・ハイラックスを改造したパトカー二両の後部座席に自転車と銃器を詰め込んでいく。
城壁から降りてくる班長の河村巡査部長達は

「細かい話は車内で聞く。
装備は?」
「規定通り詰め込みました。」
「じゃあ、現場に向かおう。」

と、納得しパトカーに乗り込んでいく。
さすがに全員が出動するわけにはいかない。
駐在所には現在五人の班員がいるが、講習に来ていた他の警官にも出動を要請し、八名で出動することになった。
問題の救助要請は、大陸の在住する日本人に配布した安否確認サービスのサイトから発信されていた。
南郭の電話局がその信号を受信し、関係機関に通報してきたのだ。
都市の外には危険が溢れている。
都市を出る日本人には数時間ごとに自分達の居場所をホームページの掲示板に明記するよう指示を出している。
しかし、個人情報やプライベートの問題から明記しない者も多かった。
吹能等から出たパトカーは、最後に現在地が明記された場所に向かう。
車内には救助要請を受信できる機械が装備されている。
さすがに冒険者パーティーだけあって、セーブポイントをマメに明記している様だった。
街道はアスファルトで舗装されていないが、ハイラックスなら多少の悪路も問題は無い。
街道の近くには線路も通っている。
岩下巡査は車内で、本署から送られてくる情報を読み上げる。

「ギルドに提出した申請書によると、吹能等から約60キロの地点にある古代遺跡に冒険に出た模様。
日本人二名、藤吉達也、水島祐司、共に35歳。
大陸人の冒険者四名とともにパーティーを組んでいます。」

すでに救助要請から30分が経っている。
回転灯を回し、サイレンを鳴り響かせてスピードをあげる。
残念な話だが、大陸の住民に回転灯の意味が理解されてるとは言い難い。
民間の自動車は40km/h以上の速度を出すことが禁止されている。
緊急車両にはその制限は無い。
それでも奇怪な光と音を鳴り響かせて街道を走るパトカーを見て、数人の農民達が逃げ惑い、旅人が護身用の武器を構えて威嚇してくる光景に気が滅入る思いだ。

「そろそろ慣れてくれないかな・・・」

運転する若月は申し訳無く思ってしまう。
問題の古代遺跡はダンジョンとなっており、モンスターの存在が確認されている。
街道から外れた山中にあり、車では途中までしかいけない。

「パーティーは、ダンジョンの外で、衣類メーカーの依頼で扶桑の葉っぱの分布調査を行ってたそうです。
本署から彼らの携帯に掛けてみたそうですが、反応は無いそうです。」
「町の外は電波が弱いからな。」

扶桑の葉は新香港の学者が発見した大陸固有種で、桐に似て、生え始めはタケノコのようで、食用に適している。
実は梨のようで赤く、その皮を績いで布にして衣類や綿にしたり屋根を葺いたりする。
また、扶桑の皮で紙を生産出来る便利な植物だ。
大陸の学者達は特に命名しておらず、各地で特に名前をつけられてないことから、中国の歴史書にある植物と特徴が似てることから、『扶桑』と名付けられた。
若月は要救助者の名前を見て首を傾げる。

「しかし、要救助対象者の二人・・・
どこかで聞いたことのある名前じゃないですか?」

若月が疑問を呈すると、河村巡査部長が思い出したように語りだす。

「転移前に活躍してたプロ野球選手だな。
若手ホームラン王の藤吉、ノーヒットノーラン達成の水島。
昔はスポーツ紙の一面を飾りまくった二人だよ。
この町にいたとは知らなかったな。」

河村が懐かしそうに転移前の二人の話を語りだす。
転移前は小学生だった若月と岩下はピンと来ないが、一緒に乗車している遠野巡査はウンウンと頷いている。

「しかし、解散した東京、横浜の球団も地方に選手の親族がいれば地元か、近い球団に移籍出来てた筈だ。
今、ここにいるということは・・・
まあ、そういうことなんだろうな。」

通報から約二時間。
現場周辺の街道で冒険者らしき三人が何かと争っている光景が視界に入ってきた。
一人は体に白い何かをまとわりつかされて動きにくそうだ。

「あれは・・・、アラクネ?」

若月は森から出てきた全長三メートルはある巨大グモを見て叫んでいた。
アラクネ、ギリシャ神話由来の名前を持つ巨大なクモのモンスターだ。
なぜ、異世界でギリシャ神話由来のモンスターの名前があるのかというと、扶桑同様に地球系の学者が勝手に命名して学会で発表してしまったからだ。
大陸の住民はモンスターの名前をいちいち名付けたりしていない。アラクネに関しても単に巨大グモと呼んでただけだ。
さすがに知識人たる貴族や魔術師、神官などはそうでも無いが、知識層の間で、知識の共有化が出来ていなかった。
その為に職業や地域によって呼び方がバラバラな例が散見し、業を煮やした地球側の学者達が地球の神話から似た生物を命名しだしたのだ。
もちろん、大陸人の呼び方もなるべく参考にして尊重はしている。
しかし、大陸の生物は多種多様であり、途中でネタに詰まって、ゲームやマンガに出てくるモンスター名まで使用してしまったのは余談である。
地球側から見ての『新種発見』の報告は1日に数件単位で行われている。
多くの学者達の好奇心と名誉欲を刺激し、冒険者を副業にさせる要因ともなっていた。
さて、アラクネに襲われている冒険者達に当たらないようにサンルーフから身を乗り出した遠野巡査が、豊和M1500ライフルで射撃して牽制する。
怯んだアラクネと冒険者の間にハイラックスのパトカーで割り込み、もう一両から降車してきた岩下巡査や河村巡査部長達が手にしていたミロクMSS20散弾銃で銃撃を行う。
最初のパトカーには遠野巡査の他に、講習に参加していて協力を要請した警官が三名乗っていた。
彼等は拳銃しか持ち合わせていなかったので、降車して冒険者達の保護に当たる。
サンルーフからは遠野巡査も射撃を続ける。
身体中を穴だらけにされて、体液を噴き出すアラクネはあっさりと息絶えていた。

「河村巡査部長、冒険者の中に藤吉、水島両氏がいません!!」
「なんだと?」

若月は救援要請の位置を再確認をするが、彼等からの者に間違いなさそうだった。

「あの・・・
ユージが私達にこれを持っていけと・・・
タツヤがもう一個持っているからと・・・」

魔術師の格好をした女性が携帯を差し出してくる。

「日本語、話せるのか?」
「私だけです。
後ろの二人は無理です。
私とトーマスは、魔力が尽きて、ルーベンは毒にやられて・・・」

女性が魔術師、トーマスは神官、クモの糸に絡め取られているのがレンジャーのルーベンというらしい。
毒に関してはここでは応急処置しか出来ない。
ルーベンはパトカーに乗せて、町まで運ぶことになる。
もう1つの携帯とやらの反応は無い。

「残りの二人は?」
「森の奥からたくさん現れたアラクネを引き付けて、森の奥に・・・
でも一匹だけが私達を追ってきて・・・」
「森の奥か・・・」

これ以上はパトカーでは奥に行けない。
だが救助を諦める訳にはいかない。

「若月巡査、岩下巡査、行けるか!!」
「行けます!!」
「問題ありません!!」

二人は命令に答えながらハイラックスの後部からマウンテンバイクを取り出している。
他の警官が徒歩で行ける範囲で警戒に当たっている。

「遠野巡査、本署に事態の説明と増援の要請。
しかし、モンスターの大量発生・・・、スタンピードか。」

大陸各地でここ一年流行っている問題は、東部ではあまり顕在化していなかった。
そうなると警察の手に負えない可能性がある。
吹能等警察署は総動員でも60名しかいない小規模警察署に過ぎない。
ただし、自衛隊の吹能等駐屯地には陸上自衛隊第16普通科連隊第3大隊が駐屯している。
モンスターの駆除には彼等の力が必要だ。
何にしても、もう少し情報が必要だった。
スリングベルトを目一杯締めて、小銃を背負う。
若月と岩下はマウンテンバイクで森の中を駆け出していった。

「無理はするなよ!!」

河村巡査部長が見回る中、二人の姿は見えなくなっていった。


吹能等駅

吹能等町に駐屯する第16普通科連隊第3大隊に、生物災害に対応する為に出動の命令が下された。
先遣隊が輸送ヘリコプターのUH-60JAを飛ばして現場に向う。
後続隊の第五中隊が本格的な駆除の装備を整え、車両に積み込んでいる。
作業を監督していた中隊長の伊東一尉は、大隊長の草壁三佐に呼び出されて大隊司令部庁舎を訪れていた。

「忙しいところ悪いな。
出動にはどれくらいかかる?」
「あと20分後には出動が可能です。」

伊東一尉の言葉に草壁三佐は申し訳なさそうに語り出す。

「今回の駆除作業だが、師団司令部が新型列車砲を参加させたいと要請してきた。」
「新型ですか?」
「今、本国ではFH70(えふえっちななまる)がお役御免になりつつあるだろ?
余剰となったFH70を組み込んだ新型列車砲だ。」
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0039†Mango Mangüé(ガラプー KK63-XliH)
2018/06/21(木) 23:21:01.972431ID:NSaaAP6TK
草壁が差し出してきた資料は技本からのものだった。
これまでに自衛隊は装甲列車を新京を本部とする三線六本を稼働させている。
新京から王都ソフィアへの東部線。
新京から南部の百済への南東線。
新京からヴェルフネウディンスク市に向けた北東線である。
これらを統括するのが、陸上自衛隊第一鉄道大隊であり、上下線を巡回させることによって、大陸各地の諸勢力に睨みを効かせていた。
装甲列車の最大の武器は列車砲であるが、予備が無いのは問題となっていた。
それも今回の新型列車砲の導入で解決される見込みだ。
また、これまでの列車砲に採用されていた2A65「ムスタ-B」 152mm榴弾砲は射程距離は24,700m程度だった。
今後は155mmりゅう弾砲FH70を搭載となれば射程距離は同程度だが威力はあがる。
すでに本国では第1師団から第8師団では装備が更新されて、使用されていないFH70の在庫が余り出たのは大きい。
転移前なら退役だったろうが、この世界の財務省の方針は『使えなくなるまで使え』である。

「余ったのならうちの16特に回して欲しかったですね。」
「そっちは来年に期待だ。」

大陸最大最強の砲兵部隊第16特科連隊は、在日米軍が沖縄に保管していたM198 155mm榴弾砲を採用している。
だがFH70と比べれば自走能力が皆無で連射速度も低い。
射程距離も大きく劣っており特科の隊員達が不満を漏らしていたのを伊東は覚えている。
何より、この世界では再生産が利かない兵器であり、代替の部品の調達も困難だ。
一部では共食い整備も始まっているという。
来年になれば本国の第8、9師団が使っていた装備が正式に第16師団に配備される。

「まあ、この新型列車砲の実績と運用のデータが欲しいという鉄道大隊と技本からの要請なわけだ。
よろしく頼む。」
「わかりました。
こちらも無駄に損失しないよう面倒を見ましょう。」

吹能等駐屯地と吹能等駅から自衛隊が出発したのはそれから30分後となった。



吹能等より約60キロ地点の街道から外れた大森林奥深く。
二人の日本人が十数匹のアラクネから逃げ回っていた。
人間の足では、森の中を八本もの足を持つ巨大グモから逃げ回るのは容易ではない。
なにしろ巨大グモ達は、樹々に歩脚の爪を刺して、立体的に追ってくるのだ。
それでもその日本人は何時間も巨大グモの群れから逃走を続けていた。
彼等の逃走を支えていたのは、日本でも屈指のアスリートだった肉体だ。
そして、その特徴を生かした武器だった。
東京のプロ野球球団に所属していた藤吉達也は、三年連続でホームランを50本以上叩き出した打者として活躍していた。
大蜘蛛の歩脚の先端には爪がある。
藤吉に追い付いたアラクネは張り付いていた木から飛び掛かり、その爪で補食しようと歩脚を伸ばした。
振り返った藤吉はその両手に持ったハルバートを豪腕で奮う。
一日に何千本も素振りをして鍛え上げたフルスイングだ。
対人戦の訓練では相手の技に翻弄されたが、藤吉のフルスイングを受けた相手は軒並み弾き飛ばされていた。
宙を跳んでいるなら、モンスターとて例外ではない。
アラクネの2本の脚が、ハルバートの刃に切り落とされて頑丈な体にも刺さり、そのまま振り抜かれる。
地面に沈むアラクネの体を乗り越えて、もう一体が藤吉に襲いかかる。
しかし、140キロのスピードで飛んできた投石がその体の皮膚を貫き体液を撒き散らしながら後ろに弾き飛ばされる。
横浜のプロ野球球団で活躍していた水島祐司は、ノーヒットノーランを若くして達成した豪速球投手だ。

「ナイスフォロー!!」
「今ので最後だ、石がもう無い。」

森林の中では攻撃に使える適当な石はなかなかみつからない。
水島は剣を構えるが、こちらは余り得意では無い。
すでに藤吉のハルバートも刃先がボロボロだ。
日本の鍛冶職人に造らせた特注品だが、すでにアラクネを四匹も倒した逸品だった。
救援に必要な藤吉の携帯は、大陸人冒険者仲間のローラに渡した。
うまくいけば救援を呼んでくれてるはずだ。
もう一本の水島の携帯はすでに電池が切れていた。

「化け物の餌だけは勘弁願いたいな。」
「同感だな。
ああ、野球やりたいな。」

人生でやり残したことがあるとすれば、やはり野球のことだろう。
転移からこの12年、公式試合には一度も参加出来ていない。
東京と横浜の3球団は解散したが、本国に残った球団は1リーグに統合してプロ野球は復活した。
二人はその波に乗ることも出来ず、悔しい思いを味わらされた。
東京や横浜から転居することも許されず、大陸に移民として渡らされたのだ。

「ああ、野球がしたいな・!
なあ祐司、お前家族がいるだろう?
先に逃げろ。」

女遊びが派手だった藤吉には、家族なんて親以外は縁がなかった。
高校で甲子園を共にした水島は、当時のマネージャーと結婚しても特に羨ましいと思なかった。
野球への道が断たれ、新京の酒場で酒浸りだった自分を冒険者として、立ち直らせてくれた水島だけは妻子の元に帰してやりたかった。
藤吉はハルバートを構えて、押し寄せるアラクネを尖端で何度も突き刺す。

「お前ふざけるな。
一緒に帰るんだ・・・」

だが今の水島ではアラクネ相手に牽制に剣を振るだけで精一杯だ。
今は怒りで叩き付けてるので、アラクネも怯んでるが、すぐにもう一匹が放出した糸に巻き付かれて地面に転がった。
アラクネの歩脚に突き刺されそうになるが、藤吉がハルバートを投げてアラクネを刺し殺した。
武器の回収は出来ないので水島の剣を拾う。

「ここまでか・・・」
「すまん・・・」

諦めかけた二人にアラクネが殺到する。
しかし、先頭にいたアラクネが轟音と共に体を四散させた。

「要救助者発見、 救出に向かう!!
繰り返す、要救助者を発見、救出に向かう。」

マウンテンバイクで獣道を走破していた二人の警官が、自転車のサドルやハンドルでミロクMSS20散弾銃を固定して銃撃を続けていた。
岩下巡査はマウンテンバイクに固定した無線機で、現在位置を仲間に知らせる。
水島を引き摺りながら後退する藤島は、警官達の射撃の邪魔にならないように移動する。

「頑張れ、自衛隊もこっちにむかっている。」

若月巡査は藤吉達に呼び掛けながら、弁当箱から信号弾を空に向けて撃ち放つ。
警官達の前にもアラクネ達が殺到するが、たちまち四匹が蜂の巣にされて息絶える。

「やばい・・・数が多い・・・」

岩下巡査は仲間の死体を盾にしながら迫ってくるアラクネに焦りを覚える。
藤吉達は自分達の後ろに下がったので、マウンテンバイクを捨てて後退する。
少しでも開けた場所へ

しかし、人間の足では虫には勝てない。
噴き出される蜘蛛の糸に四人は動きを封じられていく。
それでも四人は絶望しなかった。
先程から聞こえる頼もしいローター音がどんどん大きくなってきているからだ。
UH-60JAが上空から姿を現す。
キャビンドアが開き、12.7mm重機関銃M2の銃弾がアラクネ達に降り注ぐ。
反対側のキャビンドアも開き、ラペリング降下で自衛隊の隊員達が降りてくる。
降下した隊員達もアラクネの姿が見えるなり、M16小銃で蹴散らしていく。
若月巡査達の元に辿り着いた隊員は、ナイフで糸に巻かれた四人を救助する。

「助かったあ!!」

藤吉が叫んだ頃には、周囲のアラクネは駆逐されていた。

「なんだってこんなに化け物グモが発生したんだ?」

スタンピードの一環なのは理解しているが、この地域にはこれまで兆候は見受けられなかった。

「扶桑の茎を抜いた時に、地中の巣穴を刺激したらしい。
地面からわらわらと出てきてびっくりしたよ。」

水島の証言の元に自衛隊が問題の場所を探ると、多数の巣穴が発見された。
藤吉達のパーティーが刺激するまでは、巣は地面に埋没してたらしくこれまでは大人しくしてただけのようだった。
現地に到着した伊東一大尉は、この巣穴が密集した区域に対し、列車砲による砲撃を命じた。

「地面の下ですよ、効果があるんですか?」
「ある程度は抉れるさ。
それに衝撃で地面の下から出てくるかもしれん。
現場を包囲し、可能な限り駆除せよ。」

背後で列車砲が旋回し、仰角を整えている。
砲撃音にやられないように隊員達は耳栓やヘッドフォンを着用する。

「砲撃を開始せよ。」

伊東の命令の元、街道に轟音が鳴り響いた。




新京特別区
大陸総督府総督執務室

「現在も駆除作業は続行されていますが、スタンピードは概ね防げたというのが現場からの報告です。
総督府からも二次調査の為の専門家を派遣する方向で準備を進めています。」

秋山補佐官からの報告に秋月総督が承認の判子を書類に捺印する。

「しかし、藤吉に水島か・・・
随分懐かしい名前だな。」
「自分達が中学生の頃はヒーローでした。
本国からのスポーツニュースでは見られなくなったと認識してましたが、大陸にいたとは驚きです。
・・・ですが、北村副総督が企画した大陸球団設立に役立ちそうです。
さっそくスカウトに現地に向かったそうですよ。」
「これほどのスター選手が確保できればいい宣伝材料になるますからね。」

転移12年の歳月は残酷で、40才以下の元プロ野球選手の確保には苦労していた。
30才以下のプロ野球選手が存在していなかったのも大きい。
現実的に学生野球は健在なので、そこから人材を発掘するしかないようだった。

「それはそうと、いよいよ決まりのようだな第三植民都市名。」
「はい、『六浦市』です。
決まり手は最初の移民者達が、横浜市金沢区の住民になるという点でしょう。」

六浦は神奈川県横浜市金沢区にある地名である。
また、現在の横浜市内にあった唯一の江戸時代の藩があった場所でもある。
故郷であった横浜に思いを残しつつ、新しい都市を造っていく為にかつての藩の名前を付ける。

「気概があるのか、懐古的なのかわからん名前だな。」

秋月総督は苦笑するが、反対する理由もなかった。
市の名前は幾つかの例外はあるが、基本的に被らないのが条件の一つだ。
由来のある名前ならそれに越したことはなかった。

「新浜市は些か居住を優先し過ぎました。
市を代表するランドマークもありません。」
「それで、六浦球場か。
しかし、相手チームがいなければ盛り上がりに欠けるんじゃないか?」

大陸の他の同盟都市にも打診して合同チームを創ろうとしているが、まだチームを編成出来るほど数が揃わないらしい。

「そうだ、肝心なことを聞いてなかった。
新球団のチーム名は何だ?」
「六浦グリフォンズです。」

六浦市移民開始は7月1日に決まった。


大陸西部
ホラティウス侯爵領

ホラティウス侯爵領は大陸有数の小麦の生産地であった。
農民達が耕す農地の他に、侯爵家が大規模な資本を投資し、大規模な農園を運営していた。
貴族による豪農や大地主の真似事である。
畑を耕すのは農奴達であり、僅かな食料を供与するだけで、その収益は侯爵家が丸々儲けることになる。
農園で収穫される作物の多くは商品作物であり、侯爵領はこれを出荷することで多大な利益をあげていた。
数年前に設立した奴隷特区が隣接し、農奴の調達が容易だったことも利点として大きかった。
この政策は新京に人質兼留学した侯爵家の次男、次女達が日本人の学友達と練り上げたものだ。
所謂、『サークル』と呼ばれる日本人内政研究会の息が掛かった領地である。
この領地に火の手が上がったのは深夜のことだった。
領地の境を守る関所に黒づくめ集団が現れた。
関所の兵士達は暗闇の中、次々と射殺されていった。

「て、敵し、ぐわ!?」
「城まで増援を、ガハ!?」

敵の姿を見ることなく、関所の兵士達が倒れていく。
それでも二人の兵士が馬に乗って関所を脱出していく。
間一髪、関所の番所が爆発して周辺の建物に炎が燃え移ったのだ。
伝令の兵士の一人は後ろから狙撃されて命を落とすが、もう一人は生き延びて城に事態を伝える。
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0040†Mango Mangüé(ガラプー KK63-XliH)
2018/06/21(木) 23:35:18.423746ID:8P5wvUJRK
城からは、城に詰めていた騎竜を駆る騎士を筆頭に、50を越える騎士や200を越える兵士達が後に続く。
即応性は練度の高さ、装備の良さはこの領地の経済力の高さを示している。
夜明け前には関所がある森に到達する。
森を抜ける街道に入ると、プレートアーマーに身を包んだ大男が二人立ちはだかる。
みるからに装甲を追加した鎧で、普通なら歩くどころか立つこともままならない代物と見てとれた。

「隊長!!」

部下がこの隊を率いる指揮官に判断を仰ぐ。
指揮官の騎士は、不審な男達の背後に燃え盛る関所の炎を見て判断下す。

「問答無用、撃て!!」

相手がこちらとやりあう気が満々なのは、疑う余地も無い。
銃士達が命令に従い前装式小銃を発砲する。
その硬い鎧は幾つも弾丸を弾くが、何発かは鎧を貫き肉体に到達した。
しかし、二人の大男達は倒れるどころか痛がる素振りも見せない。
それどころかこちらへの歩みを止めない。

「だ、第2射!!」

銃士達が発砲するより早く、大男達のM60機関銃2丁から毎分550発の弾丸が発射されて薙ぎ倒されていく。
騎士達も盾を貫かれ、鎧を粉砕されて命を落としていく。

「くっ、退け!!
森の外に陣地を造り対抗する、急げ!!」

隊長が命令するが森林に潜んだ伏兵が街道の両端から侯爵軍の兵士や騎士達が射ち殺されていく。
森を抜け、隊長が振り向いた時には続く者は誰もいなかった。
街道からは鎧を着た大男達が、森林からは草木に偽装したギリスーツを着た兵士達が姿を現す。
伏兵達が持っていた銃は、侯爵軍のものと大差が無い王国軍制式小銃だった。

「貴様らは何者だ、地球の軍か?」

隊長が呼び掛けるが誰も答えない。
やがて、街道からフォード・Fシリーズの荷台に機関銃据え付けた、即製戦闘車両のテクニカルが姿を見せる。
その荷台にいた男は、ようやく言葉を口にした。

「我々は『解放軍』。
地球や大陸の垣根を越えた救世の軍である。
今回の我々の目的は一つ、『奴隷解放』である。
不当な搾取で暴利を貪るホラティウス侯爵を討伐する。」
「ふざけたことを、貴様等だけで城は簡単には墜ちないぞ!!」

伏兵として現れた兵士も含めて、『解放軍』とやらは20人足らずしか姿を見せていない。
これで攻城戦など話にならない。

「人手が足りないのは確かだが、そちらに提供して貰って問題は解決した。」

森の中から死んだ筈の侯爵軍の騎士や軍馬、兵士達が現れる。
彼等は一様に黄色い光を放っていた。

「紹介しよう死霊騎士団だ。」
「ワイトだと?
そうか、そいつらはアンデットナイトか・・・」

鎧を着た大男達の正体は理解できた。
アンデットナイトに殺された者はワイトとなる。
知識では知っていたが、隊長も見るのは初めてだ。
彼等を祓う神官の力が必要だった。
ワイト化した騎士や兵士達が、隊長に襲い掛かる。
騎竜の脚力で逃げようとするが、ギリスーツの兵士達の銃撃で地面を転がる羽目になる。
地面に這いつくばる隊長に、ワイト達が襲い掛かり斬り刻んでいった。
ギリスーツに身を包んだ兵士が、テクニカルの荷台に乗った男に話掛ける。

「ホワイト中佐、道が開けました。」

視線の先には隊長の死体が転がってる。
やがてその死体も起き上がり、ワイトの群れに加わっていく。

「では進軍を開始しましよう。
奴隷達が解放を待っている。」

元アメリカ空軍中佐チャールズ・L ・ホワイトは、トレス砦陥落後に各地で、封建領主達に搾取される農奴達や売られていく少女達の惨状を目に焼き付けていた。
この大陸全土に拡がる恐慌の原因は、王国が地球系多国籍同盟に支払う多額の賠償のせいと確信していた。
さらに邪悪な彼等は、西部に奴隷商人達の特区まで造り大陸人の奴隷化を促進していた。
協力関係にあった帝国残党や志ある者達を集め、米国式に訓練を施しようやく形になったところだ。
現在も北部の廃砦をキャンプ地として練兵を行っている。
2体のアンデットナイト、『ハイデッカー軍曹』と『モーデル少尉』は、アミティ島からの刺客で、いずれも海兵隊の隊員だった男達だ。
原形を留め、モノになったのは、トレス砦で失った脱走兵ノートン軍曹を含めて三体しかいなかった。
大陸人のアンデットナイト化は上手くいかず、ワイトばかり生み出している。
そのワイトは基本的に腐敗しないので、長期行軍も可能だが人目に付きやすい。
今回は同行させていないが、このホラティウス侯爵領で大量に遺体を調達は出来た。
ワイトに旗を持たせて、凱旋を偽装させて城に接近させた。
城には留守を預かる部隊と、討伐隊が出撃したことにより、非番だった兵士や騎士達が召集されて詰めていた。

櫓で警戒に当たっていた兵士が、旗を翻しながら帰還の行軍をしてくる一団を発見した。
その姿を確認した兵士は、城門に詰めている兵士に怒鳴るように呼び掛ける。

「討伐隊が戻ったぞ、城門を開け!!」
「何で全員徒歩なんだ?」

まだ、夜が明けたばかりであり、些か明るくなった影響もあったのだろう。
討伐隊の兵士や騎士だった者達の死者として顔やワイト特有の黄色い光を確認出来なかったのは致命的だった。
城内に雪崩れ込んだ死霊騎士団は、そのまま城内の人々を虐殺しはじめた。
彼等は生前の能力もそのままに武器を使うことが出来た。
騎士も兵士も使用人も侍女も抵抗虚しく殺されていく。
増産される死体は次々と死霊騎士団に加わり、数を増やしていった。
不思議と城外の人間には手を出さない。
ホワイト中佐の命令が城内にいる人間の殲滅だったからだ。
しかし、城外に出た人間は解放軍の兵士に射殺された。
城内ではさすがにホラティウス侯爵やその妻子が籠る城館の守りは固かった。
嫡男がここにいないのはすでに館の外で死霊の列に加わっているからだ。
侯爵家お抱えの魔術師や司祭達もこの館に立て籠り、抵抗を続けていた。。
彼等の魔術や奇跡はワイトにも有効で、死霊騎士団も攻めあぐねていた。
しかし、陥落は時間の問題だった。

「閣下、申し訳ありません。
力及ばず、城館に侵入されるのは時間の問題であります。」

護衛の騎士にそう報告されたホラティウス侯爵は、妻と長女の体を抱き締める。

「馬車で突破するのは?」
「今となっては・・・、援軍も領内の各詰め所にすら伝令を送られていません。」
「町の人間には手出しはしていないのか、意外だな。」

ホラティウス城に早々に侵入されたのが、結果的に功を奏していた。
堀に囲まれていることと堅牢な城壁が、町への死霊共の侵入を阻んでいる。
そこに駆け込んできた兵士が、警告を発する。

「閣下、窓から離れて下さい!!
奴等は大砲を持ち込んできました。」

侯爵達は警告を無視して、窓から外を見渡すと、ワイト達が大砲を引き摺っている光景が見えた。
帝国残党軍が開発し、ホワイト中佐が改良したピョートル砲だ。
ワイト達には装填といった細かい作業は無理だが、予め砲弾を装填しておけば、運び、撃つ事は可能だった。
放たれた砲弾は一発だけだが、封鎖された城館の玄関と、ここを守っていた兵士達を吹き飛ばすのに十分だった。
館内で最後の抵抗が始まる。
ホラティウス侯爵も先祖伝来の魔法の剣でかつては家臣だったワイト達を斬り伏せていく。
味方の護衛の騎士や兵士達、お抱えの魔術師に司祭、神官達が魔剣を振るう度に数を減らしていく。ホラティウス侯爵もその胸を衝撃とともに赤く染まっていった。
拳銃を撃ったホワイト中佐は、ワイトに襲われることなく、館の中を闊歩していた。
倒れ付した侯爵は、尚も中佐に剣を向ける。

「き、貴様らこんなことをしてただで済むと思うな・・・」
「侯爵、私もこんな派手なことはしたくなかったが、他にやり方を思い付かなくてね。
独裁者を倒すためには」
「独裁だと・・・、ふざけるな ・・・」
「独裁だよ、奴隷達を酷使して、不当な利益をあげてたろ?」

侯爵は何を言われているか理解できなかった。
『サークル』の忠告に従い、反乱の防止と長く使用する為に農奴への待遇は好遇していた。

「日本や王国が黙っていないぞ・・・」
「王国はともかく、日本は西部には無関心ですよ。
それどころか弱体化を狙っている。
当分は手出ししてきませんよ。」
西部を縄張りとする新香港は、大陸の四方を拠点とする地球系独立都市としては最も脆弱だ。
事を秘密裏に処理したい米軍も城の中までは刺客を送り込めない。

「貴方の全てを頂戴させてもらいます。」

二発目の銃弾で侯爵の息の根を止めた。
館の奥では、侯爵の夫人や侍女達がワイトに群がられて死んでいた。
さらに奥の部屋では、唯一の生き残りである侯爵家長女のエルナが怯えて蹲っていた。

「これは姫君。
ご無事で何よりでした。
ワイト達は融通が利かないから貴女まで殺したのではとヒヤヒヤしておりました。」
「わ、私をどうする気なの?」

怯える姫に嗜虐心をそそられるが、今は抑えないといけない。

「エルナ姫には私と結婚して頂きます。」

その言葉にエルナは卒倒して倒れた。



町の者達は城内や関所で何らかの騒動が起きたのは知っていたが、解放軍の兵士が扮する城の兵士達が、帝国軍残党と説明してまわった。
城の人間が丸々入れ代わったことの辻褄合わせには苦労することとなった。
城の中で流行り病が発生し、遺体を焼却して荼毘に付したとの苦肉の発表まで行われた。
それでも納得しない、特に城に勤めていた人間達の家族は密かに口を封じられていった。
農奴達には自分達の耕していた農園や家畜を育てていた牧場が分配された。
身分も侯爵家の私財を投じられて平民になっていた。
全ては病床のホラティウス侯爵に代わり、執務を取り始めた令嬢の婚約者アレプレヒトが政務官として発布した結果だった。
順調にホラティウス侯爵領が変わっていった。

「いや、変わりすぎだろ。」

この領内は『サークル』の息が掛かっていた領地である。
当然、連絡役のメンバーが領内に居住していた。
侯爵家直営で運営されていた里谷実験農場の主里谷孝則は、ホラティウス城に探りを入れるとともに総督府への通報を行った。


ホラティウス侯爵領
里谷実験農場

里谷実験農場の主里谷孝則は、ホラティウス侯爵領をはじめとする近隣の『サークル』の息が掛かった領地な依頼に合わせて、適した農作物の研究並びに改良を行っていた。
里谷自身も侯爵領の顧問として、内政に口出しできる地位を得ていた。
しかし、この数日、ホラティウス城との連絡が断たれている。
城下町の住民の話によると、城内で砲撃や銃声、悲鳴が聞こえたと言う。
城門は固く閉ざされ、内部は伺うことが出来ない。
城壁に姿を見せる兵士達はこちらの問いに答えず、沈黙を守っている。

「里谷殿、お気持ちは嬉しいが・・・
やはりまずいのではなかろうか?」

巡回に出て、城にいなかった騎士の一人、エドガーが不安そうに声を掛けてくる。
彼と数十人の騎士や兵士達は何れも領内の警備やモンスター退治で、城にいなかった者達である。
彼等の問い掛けに数度、城門が開いたが、城内に入った彼等とも瞬く間に連絡が取れなくなった。
裕福なホラティウス侯爵領は約八百人の騎士や兵士を私兵として養っている。
その内の四割近くが既に行方不明、或いは死体で発見されていたのだ。
領の境を守る砦に残存の私兵軍が集結し、エドガー率いる巡回隊は里谷実験農場を頼って身を寄せていたのだ。

「総督府にも通報したが、未だに連絡は無い。
我々が事態の打開をはかる必要がある。」
「いや、余計なことしてゴブリンの巣を突つく行為にならないかな・・・」

日本風に言うと、藪蛇をつつくと言う意味らしい。

「領の境を越えようとした伝令は全て始末されていた。
遠方に連絡を取れる道具を持つそなた達だけが頼りなのだから、何かあったら困るのだ。」

エドガーの任務は里谷を護ることにある。
城内の異常を探る為、怪しまれないよう馬車で接近し、兵士達に虎の子のドローンを運ばせた。
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0041†Mango Mangüé(ガラプー KK63-XliH)
2018/06/21(木) 23:36:57.254968ID:HrguFPj3K
里谷が用意したのは、民間用の空中撮影を可能とするドローンだった。
里谷自身が操縦するドローンは、4つのプロペラを回しながら、城壁を越えて、ホラティウス城に侵入する。
ローター音に気がついた城壁の兵士達がドローンを指差し、騒ぎ始める。
幾人かの兵が、ドローンに向けて銃口を向けて発砲し、ドローンを撃墜した。

「あわわ、やばい、逃げるぞ!!」
「だからマズイと言ったのに!?」

馬車を走らせ、郊外にある里谷実験農場に彼等は逃げ込む。

「お早いお帰りで」

少し嫌みを含んだ挨拶で出迎えたのは、武装警備員の新城だった。
里谷並びに実験農場の警備で、業界二位の警備会社の社員である新城達三名がこのホラティウス侯爵領に派遣されていた。

「城から敵対行動を取られた!!
砦に連絡をしてくれ。」

武装警備員の一人が無線機を持って砦に詰めている。
新城は直ぐに連絡を取ろうとするが繋がらない。

「花村、応答しろ・・・、花村・・・応答しろ・・・」

無線機は雑音しか出さない。

「新城さん、『括り』が次々と反応を。
囲まれてます。」

もう一人の武装警備員三村の報告に新城は舌打ちする。
実験農場では様々な農作物を育てている。
それを狙い、モンスターから鹿や猿のような動物までが、収穫物を漁りに来る有り様だった。
その為に害獣を狩るトラップにセンサーを付けた物を農場の周囲に多数設置していた。
転移前から日本では、ハンターの高齢化と後継者の不足は深刻な問題となっていた。
狩る者が少なくなり、害獣が田畑を荒らす事件が相次いだ。
減少するハンターに代わり、関東の警備会社は捕獲事業に乗りだした。
警備業務で培った遠隔地からの監視や緊急出動のノウハウを生かして、農作物被害に悩む地方自治体や集落から業務を請け負ったのだ。
そのノウハウは、転移後も植民都市の農場を護るのに生かされている。
先程、三村が口にした『くくり罠』とは、踏み込み部に獲物が脚を踏み入れるとワイヤーが閉まる原理の罠だ。
当然侵入者にも有効で、これにセンサーが反応して、警報が発報したのだ。

「4基が反応してます。
監視カメラにも・・・、連中もう包囲を隠す気は無いみたいです。」

他にも内部に米ぬかを仕込んだ箱罠も多数用意していたが、さすがに人間は掛からなかったようだ。
モニターには迷彩服を着た兵士達が、括り罠に足を取られて、苦闘している姿が映し出されている。

「何だ、こいつら?」

里谷がモニターを眺めている間に、エドガーの巡回隊の兵士達と交戦が始まっていた。
一方的な銃撃でやられていく兵士達を見て、新城が驚愕する。

「地球人?
バカな・・・、大陸の兵士の戦い方じゃないぞ?」

大陸人を訓練して、迷彩ぽい格好なだけたなのだが、新城と三村には区別がつかない。
全員が大陸製の小銃を持っている。
里谷実験農場では、武装警備員の二人が豊和の散弾銃、里谷が拳銃を持っている。
エドガー達も小銃で応戦しているが、まるで戦いになっていない。
幸い、里谷実験農場は高い塀に囲まれているので、櫓台からは武装警備員の二人が牽制の銃弾を発砲する。
しかし、接近する兵士達は地面に伏せたり、木の陰に隠れながら進んでくる。
一発、或いは数発撃ったらすぐに場所を移動する。
まるで地球の軍隊の様な戦いかただが、使っている武器は王国軍の制式小銃の前装式弾込め銃だ。
自衛官でも警察官でも無い武装警備員達は、銃撃戦におけるスキルが不足している。
また、弾薬の量にも差があった。敵の人数も30人以上確認出来る。


「あいつら戦争をしに来やがった・・・」
「ぐあっ!?」
「三村!!」

銃弾が三村の肩に当たったようだが、防弾チョッキを来ていたから出血は見られない。
それでも衝撃で気を失ったのか、ピクリとも動かず、エドガーの兵士達に引きずられて後送されていく。

「新城さん、もちそうですか!?」

里谷がヘルメットを被って匍匐しながら聞いてくる。

「ダメだ、時間の問題だ。」

状況は絶望的かと思われたが、遠方から聞こえてくるローター音に二人は口笛を吹いた。
農場の空を2機のヘリが飛来する。
1機のMi-24Vハインドが、12.7mm4銃身ガトリング機銃を森林に向けるが、ローター音が聞こえたと同時に敵が森の奥に引き下がっていく。

「おいおい、訓練が行き届いてるな・・・」

もう1機のハインドは、農場の敷地に着陸して自衛官達が完全武装で降りてくる。
あまりの引き際のよさに指揮官の水谷一尉は呆れてしまう。

「陸上自衛隊エジンバラ分遣隊の水谷一尉です。
総督府からの命令を伝えます。
里谷実験農場は現時点を持って、放棄、破壊します。
農場の人員はヘリに乗って退避して頂きます。」

エジンバラ自治領は、この西部で唯一日本の拠点がある領地である。
自治領主も日本人が就任しており、自衛隊の分遣隊も派遣されている。
だが里谷は水谷から伝えられた総督府よりの命令に抗議の声を上げる。

「おい、ここは民間施設だぞ、命令とは何だ!!」
「この施設の放置は、技術流出規制法に抵触すると判断されました。
御理解のほどをお願いします。」

絶句する里谷に代わって、新城が疑問を口にする。

「ここを放棄するということは、この侯爵領を見捨てるのか?」
「ここは王国領です。
奪還は当然王国軍が行うべき、というのが総督府並びに本国政府の見解です。」

西部は王国貴族の影響力が強い地域であり、東部の開発に手一杯の日本としては構ってられないのだ。
あわよくば、帝国残党とぶつかりあって弱体化を望んでいた。
この時点で総督府も日本政府もホラティウス侯爵領が攻略された経緯を正しく把握してない。
元アメリカ空軍中佐チャールズ・L ・ホワイトがこの件に絡んでいたことを掴んでいれば、対応も違ったものになっていただろう。


「部下がまだ砦にいるのだが、救出はどうなっている?」
「残念ですが、我々が到着した頃には砦は焼け落ちていました。
生存者はいない模様です。」
「そんな・・・」

里谷実験農場の各所に隊員達が爆弾を仕掛けてまわっている。
必要な者を持ち出す為に里谷と新城も荷物を積めていた。
エドガー達も人夫代わりにこき使わている。

「エドガー様、我々はどうしたら・・・」

兵士達が不安そうにエドガーを頼ってくる。

「新京屋敷の若様や姫様に事態を報せてお仕えするしかあるまい。
我々も乗せて行ってもらおう。」

領主一族は王都ソフィアや新京に構えている屋敷に留守居として派遣されている。
彼等の判断を仰ぐしかなかった。
やがて必要な物や人員を搭載したヘリが飛び立つ。

「点火。」

水谷一尉がマイクを握って呟くと、里谷実験農場は大爆発と共に炎に包まれた。
念の為にハインドからも対戦車ミサイル9M17P ファラーンガ-Mや57mmS-5ロケット弾用 UB-32A-24も投下される。

「さすがにそこまでする必要も無いと思うけど。」

あまりの爆発ぶりに里谷は呆れる。

「取り敢えず、エジンバラ自治領に向かいます。
そこから各々判断を仰いで下さい。」

水谷の言葉に今後のことを考えて、里谷もエドガーもうんざりしていた。




大陸西部
新香港統治地域
第3植民都市窮石市

中国人第三の植民都市窮石市は、横浜からの同胞移民の受け入れて建設されていた。
既に東京から移民した中国人達は、第二の植民都市陽城市で生活を始めている。
すでに新香港の人口が50万人を越えたことから認められた処置だ。
新たな植民都市は人口を12万人としたことから、早々に窮石市の建設が始まったのだ。
新香港から東に約100キロの位置に存在する。
日本に居住していた中国人達だけあって、飲食関係の仕事に従事していた人間が大多数なのが悩みの種である。
飲食店街が無数に建ち並び、他同盟都市との観光を主産業と考えられている。
町の住民のバランスを調整すべく新香港からも人材を派遣し、約5万人がすでに生活を始めていた。
市建設の陣頭指揮を執っていた林主席は、新京の大陸総督府から押し付けられた難題に頭痛を覚えていた。

「自衛隊の監視部隊の受け入れは許可すると伝えろ。
しかし、我々に討伐の戦力などあるのか?」

新香港、陽城、窮石の防衛に、西方大陸に派遣した部隊と手持ちの戦力に余裕は無い。

「日本も余裕が無いのでしょう。
新浜の市長選挙と開港、六浦の設立、猫の手も借りたいのでしょう。
せめて海上に面していれば、艦隊を送れたのですが・・・」

常峰輝武警少将は申し訳なさそうに答える。
ホラティウス侯爵領は西部の内陸部に存在する。
鉄道の線路も通っておらず、行軍するだけで一苦労するのが目に見えている。

「日本は忙しいというより、関わり合いになりたくないだけじゃないかな?」
「間違いないでしょう。
しかし、我々も傀儡とはいえ、王国内での事件です。
彼等の面子も立てる必要がありますから、王国軍に任せてはいかがでしょう?」

その提案に我が意を得たりと、林主席は指を指す。

「それがスジというものだしな。
まあ、こちらの面子も守る為に最低限の支援部隊を自衛隊の監視部隊に同行させよう。
こっちも忙しいんだから手を煩わせないで欲しいな、まったく・・・」

新香港は第三植民都市の完成とともに『建国』を予定している。
日本、北サハリン、高麗に続く四番目の地球系国家となるのが目標だ。
その為にも日本との関係を拗らせる気は毛頭無かった。

「新国家華西共和国。
早く宣言が出来る日が待ち遠しい。」
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2018/06/24(日) 01:49:54.004067ID:TjlQ6uzNK
大陸東部
新浜市

「海だあ!!」

むさ苦しい海パン姿の男達が砂浜に繰り出している。
7月になり、新浜の砂浜でも海開きが行われた。
海開きは月初に就任した初代市長がテープカットに参加する盛大なものだった。
男達はこの地に駐屯する陸上自衛隊第16師団、第33普通科連隊の若き隊員達だ。
この海開きに合わせて休暇を取り、水着美女との心と体の交流を謀るべく、有志による部隊をビーチに展開したところだ。
何故か市や海の家から大量の割引券等が、寄贈されたことも部隊が動員された動機にもなっている。
彼等の誤算は、水着姿の人間はむさ苦しい彼等くらいしかいなかったことだろう。

「な、何故だ・・・」
「俺達はこの日の為に厳しい訓練を・・・」

砂浜には潮干狩りに興じる家族連れしか見当たらない。
あるいは砂浜で釣糸を垂らしている釣り人か。
家族連れの妙齢の女性達もいるにはいるが、誰も海に入らずに波打ち際で遊んでる程度だ。
大陸での早婚率が高いのも一因となっている。
そもそも家族連れなどナンパとしては対象外もいいところだ。
新浜市の人口は今月50万人に達したことが、朝のニュースで報じられていた。

「単純な試算として、人口の半分が女性。
平均寿命が70代として、最低でも三万人のうら若き妙齢の女性が新浜にはいる筈じゃないか・・・」

隊員の一人の屁理屈っぽい愚痴を後ろで聞いていた制服姿の海上保安官の猿渡二等海上保安士が、彼等の希望を打ち砕く言葉を口にした。

「去年は海洋モンスターや海棲亜人の襲撃が各地で続いたからね。
誰も怖がって海に入ろうとしないんだよ。」
「そんな!?
あんなに頑張って、自衛隊や多国籍軍が駆逐したり、降伏させたりしたんじゃないか・・・」
「イメージはなかなか拭えないのですよ。
この海岸だって、我々や海自が定期的に掃討したのだが、この有り様だよ。」

海岸で潮干狩りや釣りに来ている客も単純に遊びに来ているわけではない。
少しでも食卓を豊かにしようと真剣な眼差しで作業に当たっていた。

「遊びに来たのって、あんたらだけじゃないのかな?
まあ、それより海で泳がないのかい?」
「それを聞かされて泳げるか!!」
「やだなあ、割引券とか大量に貰ったり、休暇の調整が妙にやりやすかったろ?
市は君達に期待しているんだよ。
誰も海で泳いでくれなかったら外聞が悪いからね。」
「え?
なぜ、それを知っている・・・」

猿渡の言葉は若き隊員達の心を抉っていた。
悲痛な叫びをあげている隊員達が、笑顔をひきつらせながら海で游ぎ始める。
海で泳ぐ隊員達の姿を見て、波打ち際に留まっていた市民達も少しずつ海水浴を楽しみ始めた。
賑わい始めた砂浜を尻目に、猿渡は冷房の効く海保パトカーに戻っていった。
海保パトカーには同僚の鵜島二等海上保安士がアイスティーを魔法瓶から紙コップに注いで渡してくれる。

「お疲れ〜
どうだったあの連中は?」
「さすがは市民に愛される自衛隊員ですね。
自分達の役割を理解して、率先して海に飛び込んでくれましたよ。
彼等の努力次第で、若いリピドーを発散させる対象が増えてくれることを祈りましょう。」
「わかった、本部には異常無しと報告しておく。
しっかし、どうしてこんなとこで海開きなんかしてるのかな?
湾内なら安全も確保されているのに。
去年までは向こうが海水浴場だったろ?」

新浜市の港は周囲を陸地に囲まれた湾に沿って造られている。
大型船も寄港出来るように桟橋や岸壁が建設された。
防波堤も設置され、移民管理局や海上保安署、税関や検疫所が設けらた。
現在も埋め立てや陸地の掘り込み、浚渫などの拡張工事が行われている。
湾の入り口には堤防が造られ、監視カメラやセンサーがモンスターの侵入を監視し阻んでいる。

「開港して船舶の出入りが激しくなるからだそうですよ。
ほら、今日も来てる。」

猿渡の指差す方向、水平線の向こうから巡視船に護衛された巨大な客船が新浜に向かって航行しているのが視界に入る。
新浜港の開港により、移民管理局新浜市が新設された。
新浜市は一日に250名の移民を受け入れが可能となったことを意味する。
もちろん移民先は、新浜市ではなく、第三植民都市である六浦市だ。
一家総出、家財道具一式を持ち込んで来ている者がほとんどだ。
移民たちの荷物は想定より多くない。
移民対象者は第二・三次産業従事者だった者達が大半だ。
転移後はその大半が無職となった者達だ。
配給だけでは足りない食料を得る為に家財道具を第1次産業従事者に売り付けた為に引っ越し荷物が大幅に減ったのだ。
この後はそのまま列車で六浦市に運ばれていく。
今の新浜市は新生児による住民増加で、定数を満たしている状態だ。
パトカーで港湾に戻ると、客船と巡視船が停泊していた。
客船から移民達が船体の側面に装備しているスロープから、持ち込んだ車両を降ろしている。
この港では毎日のように見られる光景となったが、隣に停泊している巡視船に猿渡は怪訝な顔をする。

「あれ?
うちの巡視船じゃないのか?」

猿渡が困惑した様に、巡視船の船体は白いが赤いラインが入っている。
ルソン沿岸警備隊の証だ。

「噂に聞く、ルソンに供与される巡視船だな。
完成してたんだな。」

鵜島が端末から情報を引き出していた。
巡視船『マラパスクア』は、日本がルソンに供与した40m型多目的即応巡視船の三番船である。
処女航海ついでに日本からの移民船を護衛してきたのだ。

「海保の巡視船も充足したとはいえ、数が足りないからな。
同盟都市の海洋戦力の充実してきたから駆り出したのだろう。」
「巡視船の供与は転移前からの約束でしたからね。
向こうにも受け入れの余裕が出来たからですが、パラオやジプチの巡視艇は埃を被ったままですよ。」

転移前の対中国、対海賊を見越した海賊を念頭に置いた巡視船供与を東南アジア各国と取り決めていた。
転移後もその取り決め通りに後継組織たる同盟都市に供与された。だがいまだに同盟都市を建設する為の人口に達しておらず、他国との連合が合意に達していないジプチやパラオの巡視艇は横浜のドックで保管されている。

「王国も欲しがってるらしいぞ。」
「まあ、今無償で無ければ支払い能力があるのは王国だけでしょうしね。
売らないでしょうがね。」

巡視船の売却など技術流出防止法に抵触しまくりで話にならない。二人はそのまま移民船から降りてくる日本人達の整理に駆り出されて奔走することになる。



客船から家族と荷物を降ろした新島晴三は移民先の大陸の大地を踏みしめていた。
元々は父親が横浜の商社の重役だったが、海外との取引先が転移により消滅して収入が途絶した。
それまでの蓄えや配給で食い繋ぎ、小学生だった徹也も家庭菜園や近所の畑へのバイトに奔走して、家計を支える毎日だった。
兄の新島晴久が陸上自衛隊に入隊して、大陸の六浦市に赴任することになって、移民の優先権を手に入れたのだ。
幸い、転移前に購入していたワゴン車が残っていたことから、他の移民達よりも大量の家財道具を持ち込むことが出来た。
大陸上陸した初日は移民局が用意した宿泊所に泊まり、簡単な書類の申請や検疫を済ますことになっている。
風土病に対する予防接種も行われる。
主要な健康診断や書類の作成は、航海中に行われているので、上陸後のものは最終確認程度のものだった。

「本国を離れる時もあれだけやったのに・・・」
「まあ、タダで健康診断をやって貰えてると思えばいいじゃないか。」

夕方には大食堂で移民局から無償で提供された。

「親父見たか?
鍋の中身はカレーだぜ・・・」
「ああ、たっぷりと野菜や肉が入っていたな。
あんな豪華なカレーは何年ぶりにみるか・・・」

転移で輸入先が消滅したことにより、牛肉を初めとする肉は全く手に入らないものになってしまっていた。
本国内の畜産農家も生産の拡大に努めてはいたが、飼料の不足から僅かな成果しか上がっていなかった。
近年では大陸から安価な飼料を献上させることで、それなりに効果は出てきたらしいが、それでも国産肉の高騰化に歯止めが掛からない状態であった。

「大陸にくれば餓死の心配は無いって本当なんだな。」

晴三は豊富な具材が入ったカレーを食べながら、横浜で自警団に参加していた時のことを思い出す。
転移前はエリート商社マンだった一家が餓死していた事件だった。
遺体の放置によりグール化する事件が相次いだことから、自警団は各家の住民の安否を確かめる巡回を行っていた。
遺体で発見された一家を空き地に移送し、警察官の立ち合いのもと荼毘に伏したのは苦い思い出であった。
十分な食事と睡眠を取り、翌朝には六浦市に向けての出発の準備に取りかかる。
移民達も車両を持ち込んでいない者は、汽車に乗って現地に向かうことになる。
7両編成の汽車だが客車は二両だけで、二両は貨物車だ。

「機関車と炭水車はわかるけど、最後尾の車両は何だろう。」

晴三の疑問に野戦服を来た自衛官がその言葉を聞いて、答えてくれる。

「あれは装甲列車だよ、俺達自衛官や公安鉄道官が乗り込むんだよ。
ほら、屋根にも銃座とか付けられてるだろ?
まだまだ、帝国残党やモンスター、山賊なんかが出るからな。
だいぶ掃討したんだが、どこから沸いて出てくるやら・・・」

呆れ顔の自衛官がそのまま装甲列車に戻っていった。
晴三も護身道具として持ってきた金属バットだけでは心細く感じている。
叔父もせいぜいスパナ程度らしい。
列車に伴走する民間の警備車両の武装警備員達もライフルを持っていることから、銃器購入の必要性を感じた。

「なあ親父、俺達民間人もこっちの大陸でも銃とか持てるのかな?」
「新京の方にメーカーが工場造って直販してるらしい。
途中で立ち寄るから買ってみるか?」

六浦でも割り当てられた農地を貰うことになっているので、害獣、害虫対策に必要になることもあるらしい。

「害虫対策って、どんだけデカイ虫が出るんだ?」
「城壁を崩すくらいのが出るらしい。
怪獣だよなそれは・・・」

汽車には300名の乗客が乗れるが、乗用車を持ち込んだ移民達は乗り込む訳にはいかない。
可能な限りの家財を積み込み、警備車両や他の移民の車両と一団を形成し、幹線道路で六浦に向かうことになる。
新浜市から六浦市までは、途中の新京特別行政区を挟み約百キロの幹線道路が通っている。
安全運転で三時間もあれば着くはずだった。

「じゃあ晴三、家族を頼むぞ。」
「ああ、ここから百キロも先だから運転気をつけてくれよ親父。」

父と祖父は一足先にワゴン車で六浦市に向かうことになっていた。
六浦市では、兄の晴久一家が割り当てられた住宅の掃除をしながら待ってくれているらしい。

駅のホームでは新浜市のボランティアによる炊き出しが行われていた。

「現地に着くまでのおにぎりを持って行って下さい。
一人三個までです。」

初老の男性からおにぎりを貰い、晴三は頭を下げる。

「ありがとうございます。」
「我々も新浜を造る時はそれなりに苦労したが何とかなった。
君達にも出来るさ。」

一から全てを造り上げねばならなかった新京の連中から比べれば恵まれていると言えよう。
移民達を乗せて発車する汽車や車両群をボランティア団体を率いていた新浜武道連盟の理事長の佐々木は感慨深く見送っていた。


大陸東部
京浜道

新島一家は長男の晴三が汽車に乗り、女子供達と六浦市に向かっていた。
その間に晴三の祖父利光、父晴利、晴光の弟晴史の免許のある男手3人は、大陸に持ち込んだ車で中継地点である新京特別行政区を目指すことになった。
移民達の車両は31両に及び、98名が一団となって京浜道を進む。
制限速度は時速30キロ。
約80分程で、新京特別行政区に入ることが出来る。
新京特別行政区でもこちらに寄港した移民船から降ろされた車両が合流する手筈になっている。
そこからほぼ同じ速度、距離を走行し六浦市街地に入る予定だ。
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0044†Mango Mangüé(ガラプー KK63-XliH)
2018/06/24(日) 01:53:12.496249ID:NuRUCo+cK
途中休憩を挟み、約5時間ばかりの行程だ。
また、先導する車両は自衛隊の軽装甲機動車であり、最後尾には高機動車二両と73式中型トラックが張り付いている。
これらの車両は移民達の車両を伴走警備する為のものだ。
動員された自衛隊の規模は普通科1個小隊。
彼等にとっては定期的な日帰りパトロール任務の一環である

「東部地域ではあまり活動が見られませんが、帝国残党軍によるテロを警戒しています。
他にも日本人を狙った山賊や盗賊とか・・・
一度に大量の人間が動くことを嗅ぎ付けたモンスターとか・・・
結構、掃討したのですがたまに現れるんですよ。」
「帝国軍が壊滅して王国軍の規模の演習では駆逐出来ないらしく、各領地で行われていた領主による狩猟も小規模化して、モンスターが増えちゃったんですよね。」

説明してくれる自衛官達は気軽に言ってくれるが、大陸に到着してまだ1日程度の移民達には壮絶な光景が頭に過っている。
実際のところスタンピード現象における各地の被害は軽視できるものでは無い。
王国軍や貴族の私兵、自衛隊をはじめとする地球系同盟都市の各治安部隊まで駆り出されて駆除にあたっている有り様であった。
特に大陸の農村部の民達に被害が出ると、賠償金代わりの年貢に響くのだ。
とにかく自衛隊の護衛は有難いのだが、自衛隊の警備に便乗する形で、都市間市営バスや荷物を積載したトレーラー、新京、新浜市民の乗用車も後に続く。
これらの民間人が72名。
総勢200名からなる一団は、予定から少し遅れて出発する。

「線路と幹線道路が並行になっているのは助かるな。」

運転している晴利が感慨深そうに呟いている。
線路は道路より外側の海に面して張られている。
道路沿いの防音壁は、大森林からの野性動物の侵入を防いでいた。
そのせいなのか、ところどころに破壊されている場所や補修箇所が見受けられる。
幹線道路も安全では無いことを示していた。
新島家の男達にはコンクリートの外壁を破壊できるモンスターとはどんなのなのか想像が出来ない。

「見ろ、交通誘導の警備員だ。」「工事でもしてるのかな?」

サンルーフから周囲を警戒していた晴史が双眼鏡で捉えた方向を指差している。
確かに道路の片側車線を塞ぐように制服を着た警備員が旗を振っている。
先頭を走る自衛隊の軽装甲機動車が停車し、警備員から事情を聞いているようだ。
もう一人の自衛官が拡声器で注意を促している。

『この先で、モンスターによると思われる防音壁の破壊が確認されました。
現在、道路公団による補修工事が行われております。
各車両は誘導に従い徐行で通過をお願いします。』

この間にドライバーの腕や自動車の性能、荷物の過多により伸びていた車列も修正されていく。
交通誘導員の誘導に従い、工事現場が行われている車線の横の反対車線を車列が通過していく。
その後方には道路公団の黄色い車両の姿が見受けられる。
本国にいるノリで交通誘導員を軽視して、悪態を吐く若者もいた。
しかし、交通誘導員達が一様に刀や拳銃で武装していることに驚き、それらを手を掛けながら若者に指示に従う様に詰め寄っている。
激昂した若者が唾を吐くと、一斉に刀や拳銃を突き付けて威嚇する。
よく見てみれば警戒に為に槍まで持たされている交通誘導員までいる。
交通誘導員が武器を持って、民間人に詰め寄っているのに、それを自衛官達は止めようとはしない。

「お、おい、何みてるだけなんだ!!
助けろよ、コラッ!!」

悲鳴を上げた若者に助けを求められ、ようやく一人の自衛官が彼等の間に割って入る。
ほっとした顔の若者の期待を裏切り、自衛官は一言だけ若者に言った。

「後がつかえてます、誘導に従って下さい。」

ここは本土とは違うことを再び実感させられる。

「あれ・・・、大丈夫なのか?」

晴利が付近で交通整理を手伝っていた自衛官に聞いてみる。

「ああ、実際に発砲したり、斬り付けなければ威嚇の範囲で始末書にもならないでしょうね。」
「いや、本国なら鉄砲向けただけでも始末書じゃ済まないでしょう?
威嚇だけでも新聞沙汰だぜ。」

自衛官は不思議そうに首を傾げ、急に何かを思い出したように柏手を打つ。

「ああ、本国ではそうでしたね。
帰国した際には我々もうっかりやらないように気を付けないと。」

自衛官達もやっているらしい言葉に、晴利はドン引きしつつ誘導に従い車を前進させる。
暫くして京浜道の中間地点に設置している京浜監視所が姿を見せる。
それは一見すると、要塞化されたサービスエリアであった。
普通のサービスエリアと違うのは、強固な外壁とタワー状の監視塔の存在である。
自衛隊の車両や大砲、ヘリコプターが置かれている。
警察や各治安機関の連絡所もあるらしく、広い駐車場には様々なパトカーも駐車している。
道路公団も事務所を置いており、黄色い車両や工事用の重機の姿も見える。

「給油や車両修理の施設もあるらしい。」
「レストランやお土産コーナーまで完備か・・・、足湯にマッサージコーナー?」
「異世界の大陸に来てまで土産物が饅頭に煎餅か・・・、武器屋?」

新島家の男達は案内の看板を見ながら苦笑を禁じ得ない。
まだ、土産を買う余裕や食事をする空腹感は無いが、トイレタイムで予定通りに一行は立ち寄ったのだ。
先を急ぐ便乗組の車両は立ち寄らずに先に進む。
3人はせっかくだからと足湯に浸かっている。
湯に浸かりながら晴史がカタログに目を通している。

「さっき武器屋を覗いてみたんだが、刀剣に槍、弓矢に拳銃、手裏剣とバラエティーに富んでいたよ。
でも気軽に手に入る値段じゃないな。」
「街中ならともかく、こんなところで買いに来る人達がいるのか?」

利光が疑問を口にしていると、駐車場に3台の軽トラックが入ってきた。
移民団とは別口の車両だ。
公団のクレーン車が軽トラの荷台から何かを吊り下げて宙吊りにしている。
利光がその光景に感嘆の声を挙げる。

「でかいイノシシだなあ!!」
「いや、でかすぎだろ・・・」

晴利は呆れた声をあげている。
全長四メートルを越えるイノシシなどは見たこともない。
それが三匹。

「あいつが外壁を破壊した奴らしい。」
「ワイルドボアか、でかいな。
600キロは有りそうだ。」

見学に来た自衛官達の声が聞こえる。
本国でもイノシシの被害は転移前から報告されていたが、大陸のは桁が違うようだ。
ワイルドボアとは日本語だとイノシシのことだが、大陸ではイノシシのモンスターの名前として定着しつつある。
大陸の人々は単に『でっかいイノシシ』としか呼ばない。
ワイルドボアの名称は、日本人学者が勝手に命名したのが登録されたものだった。

「あの怪獣みたいの自衛隊が倒したんですか?」

晴史が彼等に声を掛けている。

「いやあ、あれは俺達じゃなくて・・・」

自衛官達は手首を振って否定して指を指す。
獲物の側で写真撮影をしている一団がいる晴利達の目からはコスプレイヤーの撮影会にしか見えない。

「この付近で活躍している冒険者のパーティーだよ。」
「全員日本人?
いや、大陸の人もいるのか。」

パーティーに白人がいるので、逆に安心した気分になる。

「いや、あれロシア人のアンドレセンさん。
転移前は格闘家で確かに強かったけど・・・
仕留めたのはリーダーのあの弓と薙刀持ったおばさんの市川さん。」

袴姿の恰幅のよい女性がピースでカメラに応えている。

「あのおばさんが・・・」
「日本人冒険者では有数の実力者だ。
新浜の剣豪佐々木会長とどちらが強いか話題になっている。」
「佐々木会長って?」
「出発時に炊き出ししているお爺さんがいたでしょう、あの人。」「あの爺さんそんなに凄い人なんだ!!」

とんだ買い被りである。
盛り上っている中、吊り下げられたワイルドボアの血抜きが行われている。
その濃厚な臭いに、先ほど交通誘導員に悪態を付いていた男が口を抑えてトイレに駆け込んでいく。

「ああ、移民さん達にはキツかったかな?
ごめんね。」

市川女史が困ったように謝罪を振り撒いている。
他にも10人ほど移民達が血や肉の臭いに具合を悪くしたので、暫くこの監視所で休憩することになった。
暫くして移民達が落ち着きを取り戻すと、市川女史のパーティーからお詫びと称してワイルドボアの肉が切り分けられ、移民達に御裾分けが行われていた。
軽トラでも無いと運べない獲物だったので、通常は討伐対象の確認部位や一部の肉を食料、素材に使える部位を切り取るだけで投棄するだけだった。
今回は運良く防音壁工事の軽トラックが空荷で近くを通ったから乗せて運ぶことが出来たらしい
勿論、監視所にいた自衛隊の衛生科の隊員や保健所職員による検査済みの肉だ。
新島家もクーラーボックスにビニール袋に包んだ生肉を入れて保存する。

「母さん達、イノシシの肉なんて調理できるかな?」
「や、焼けばいいんじゃないかな?
焼肉とかステーキみたいに。」

新島家の兄弟達は額に汗を浮かべる。

「そもそもイノシシの肉と同じ様に考えていいのか?」
「いや、でかいだけでイノシシなんでしょ?」

利光も首を傾げる。
貴重な食料は無駄には出来ない。
携帯電話で先行している列車組に遅延と土産の肉を手に入れたことを連絡して出発する。
京浜監視所から新京までは何事もなく順調に進み、新京港から上陸した移民達の車両が合流してくる。
すでに先発隊は出発しているらしく、合流組は第三陣にあたる。
規模は新浜市上陸組と同規模だが、全体的には四倍の数になる。
新京特別行政区から六浦市への幹線道路は、京六線と命名されている。
移民団はすでに大都会化している新京の光景に驚きを隠せない。
ところどころに大陸風の御屋敷が見受けられる。

「あれが大陸貴族の屋敷らしいな。
ちょっとした観光名所になっているらしい。」

利光が監視所の売店で購入したガイドブックを見ながら解説してくれる。


外壁や路面も工事中の場所も多い。
六浦市の新しい市民達にはこの工事の為の労働力としても求められている。
晴利や晴史もそういった仕事に従事することになっている。
京六線の監視所たる京六監視所と休憩後、六浦市の光が見えてくる。
六浦市も新京や新浜と同様、城塞都市の形が取られている。
重装備の警官が警備するゲートを検問の後に通過し、割り当てられた住居に向かうことになる。

「おっ、いたいた。」

晴史が携帯電話で連絡を取り、ゲートまで迎えに来ていた晴三を車に乗せて案内してもらう。
案内された家は屋敷のようにでかい住宅だった。
自衛官をしている長男一家のお陰で、優遇された結果だった。
最も新島家と長男の細君一家合わせて13人で住めばすぐに手狭になるかもしれない。

「今日は疲れたでしょう。
荷物は明日からでいいから先にお風呂にでも入っちゃいなさいよ。」

妻の明美に言われて、晴利は『大浴場か?』とツッコミたくなる風呂に浸かる。
そのうち、ややクセのある匂い肉を焼いた匂いが漂ってくる。
例のイノシシの肉なのを察して、ため息をはく。
風呂から揚がると明美に御近所迷惑にならないか聞いてみる。

「私も気になったけど、御近所さんの大半が同じメニューみたい。」

と、言われて深く考えることをやめた。
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2018/06/24(日) 01:55:28.110854ID:vh/ZI/NPK
大陸南部
呂栄市

人口24万人を誇る旧フィリピン人による地球系都市で開かれた地球系国家首脳会議は無事閉幕した。
ニーナ・タカヤマ市長の肝煎りで、昨年の百済襲撃のような愚を犯さないように徹底した警備が行われていた。
現在も完全武装の軍警察一個連隊が市内や郊外を巡回し、警戒を怠っていない。
港湾から沿岸までは、40m級多目的対応巡視船『トゥバタハ』、『マラブリコ』、『マラパスクア』、『カポネス』、『スルアン』、『シンダンガン』が海上警備を担当し、同盟国・都市の海上部隊と守りを固めていた。

「本国も呂栄沿岸警備隊の充足に力を入れてるなあ。」
「転移前からの約束ですからね。
あと4隻が予定されていますが、供与が早すぎて呂栄側が船員を揃えるのに苦労してるみたいですよ。」
「十年遅れですが・・・」

総督府一行が宿泊する日系ホテルのテラスから港湾を眺め、秋月総督と秋山補佐官はサミットの間に山のように溜まっていた書類を些か現実逃避ぎみに処理していた。
わざわざ呂栄まで持ち込んだ書類だけあって呂栄絡みの物が多い。
呂栄沿岸警備隊の整備事業の書類を見て意見を交わしあっているところだ。

「あ、これがエウローパから提出された旧構成国別のリストです。
分類がなってないな。」

秋山補佐官からの愚痴混じりの言葉を聞き流しながら、リストを受け取る。
エウローパは、ヨーロッパ39ヵ国の国籍保有者と彼等の配偶者となった日本人約6万人で建設された新たな地球系同盟都市である。名称はヨーロッパの語源となった女神のラテン語読みから名前から取られている。
その構成は

フランス13000名、ドイツ6200名、イタリア4000名、ベルギー3600名、ウクライナ3100名、スペイン、ルーマニア各3000名、スウェーデン2700名、ポーランド2000名、スイス1600名、オランダ1300名、ポルトガル1200名、オーストリア1100名、ブルガリア、デンマーク各1000名、フィンランド、ノルウェー、リトアニア各800名、ルクセンブルク750名、エストニア700名、ハンガリー、セルビア、スロバキア各600名、チェコ400名、ギリシャ、クロアチア各300名、ラトビア、モルドバ各200名、スロベニア、アイスランド各100名、グルジア、アルメニア各50名、マルタ20名、リヒテンシュタイン10名
他少数サンマリノ、バチカン、アンドラ、キプロス、モンテネグロ

「細かいな。
しかし、よくまとまったものだな。」
「ヨーロッパ系キリスト教国で固まりました。
ボスニア、アルバニア、コソボといったヨーロッパ系イスラム国家は態度を保留しつつ、外務省の仲介で教徒同士の住民交換も行われました。」

宗教、文化は均一な方が争いは少ないと、外務省が仲介に奮闘した結果である。

「次はどこが有力なんだ?」
「単体の人数ではモンゴルですが、ボリビアが南米、中南米系をまとめ始めました。
年内には決まると思います。」

在日外国人の処遇も大半が片付き、目処が見えてきた感がある。
最終的には全部まとめて押し込む気だ。
地域的に孤立したモンゴルやヨーロッパ系イスラム三か国はその対象となっている。

「そうそう北部デルモンドに派遣している第10分遣隊より、現地の鉱物資源の調査結果が出ています。
ウラン、クロム、鉄鉱石、マンガン、なかなか有望ですな。」

大陸最北端の北サハリン領ヴェルフネウディンスク市と王都ソファアを繋ぐ大陸鉄道北部線。
そのちょうど大陸中央と大陸北部の境界線にあるデルモンドの町の砦を接収して分屯地の建設が行われた。
まずは砦を改修し、駅の建設、インフラの確保が行われ、周辺地域の資源の調査が実施された。
調査の結果は上々で、特にクロムは日本の支配領域では初めての算出だ。
現在はサイゴンからの輸入に頼っているが、この量を減らす事が出来る。

「来年のサイゴンサミットでは議長国を困らせることになるな。」
「供与予定の船舶で我慢してもらいましょう。
すでに漁業取締船6隻や退役した巡視船を2隻供与してるのです。
呂栄に次ぐ優遇ですよ。
他の同盟都市からの需要も伸びてる筈ですから、問題は無いでしょう。」
「他都市からの依存度が減らせるのは優先すべきだな。
ここ数年は騒動続きだったからな。
そろそろ落ち着いて欲しいものだ。」

秋月総督の期待を裏切るように新たな書類が机に積み上げられた。持ってきたのは総督府で軍務を補佐する高橋陸将だ。

「何か問題が起きたか?」
「スコータイのウラン鉱山が襲撃を受けました。
スコータイの連中は秘匿していますが、警備に当たっていた軍警察の一個分隊は全滅。
鉱道が爆破され、鉱夫にも少なからず死傷者が出てるので、現地の大使館が情報を掴みました。
敵の正体は不明です。」

銃器で武装したスコータイの軍警察を全滅に出来るとはただ事では無い。
スコータイの軍警察は転移後に即席で創られた為に練度に不安があったのは間違いない。
それでも装備も軽歩兵程度の物は揃えてある。
銃火器やテクニカルで武装した分隊がムザムザとやられるだろうか?
サミット開催中であり、現地が手薄だったことも一因ではあるが、全滅の上に敵の正体もわからないとは遅れを取るにも程があった。

「おそらく奇襲だったのでしょう。
通信も出来ないほどに敵の連携も巧みだったことが予想されます。
ウラン鉱山はこの世界の住民では活用出来ないことから、狙われたのは偶然と思われます。」

高橋陸将の分析にも腑に落ちない点は拭えなかった。

「ソムチャイ市長には私が直接話を付ける。
自衛隊は調査部隊を至急派遣する準備をしておいて下さい。」
「アンフォニーの第6分遣隊から小隊を出させます。」

地図で確認すれば一番スコータイに近い部隊だ。

「物が物だけに各同盟都市にも警戒を促すようにしましょう。」




スコータイ市市営病院

同盟都市の中では比較的人口が豊かなスコータイではあるが、転移当時は医療関係者はほとんど存在しなかった。
これは他の同盟都市も同様である。
当初は在日外国人を伴侶にした日本人医療関係者とたまたま観光で来日していた外国人医療関係者を中心として各都市は病院を創設し、運営する状態となっていた。
近年では日本で学んだ外国人の医者や看護師の若者が病院に勤めだして改善の傾向はある。
しかし、その数は少なく少数の病院に集約せざるを得ないのは致しか無かった。
その為に殉職した軍警察の隊員10名達の遺体もこの病院に安置されていた。

「こちらです。」

在スコータイ日本大使館駐在武官重留康之二尉は、日本人医師福永に霊安室に案内された。
線香の匂いの強い霊安室の中には十人分の遺体がベッドに寝かされていた。

「報告書は目を通させて頂きましたが、実際にみるとひどいですなこれは・・・」

いずれの遺体も惨憺たる有り様で、通常の弓矢や銃火器、刀剣で殺されたのとは違う有り様を呈していた。

「見てください、この苦悶の表情・・・
苦しみ抜いて死亡したことが伺えます。」

福永が遺体の顔に掛ける白い布、打ち覆いを外すと夢に観そうな苦悶の顔をした軍警察隊員が現れた。
報告書には死因は溺死と書かれている。

「はい、どうも水筒の水を一気に飲んで溺死のようですが不自然すぎます。
次の遺体は焼死です。
火炎放射器でも浴びせられたのでしょうかね?
熱量は大したことは無さそうですが、全身に火傷を負って死亡しています。
魔法でも火炎球を飛ばすのが有りましたからその類いかと。
次の遺体は・・・」

シーツを剥がされた遺体は全身に湿疹が出ていた。

「これは?」
「協力な花粉症によるアレルギーによるショック死です。」
「か、花粉症・・・」

次の遺体は植物の蔓に首を巻かれた状態発見された。
鋭利な何かで全身を切り刻まれたり、石が多数飛んできて死亡した遺体もある。

「他の遺体は・・・仮眠中に同じ刃物、おそらく同一人物に殺されてます。
誰一人暴れることも起きることも出来ずに。
こんなことが訓練を受けたとはいえ、人間に可能なんですかね?」

現状では魔法による攻撃に間違いない。
それも導士級の魔術士が兵士の訓練を受け複数人。
高名な魔術士は公安調査庁を初めとする各情報機関が不完全ながら監視対象としている。
現状では有り得ないとしか、重留二尉には思えなかった。
現地に調査に向かった部隊からも鉱山の爆破も火薬が使われた形跡が無かったとの報告があった。
警戒を各方面に促す必要があった。


ガンダーラ
ウラン鉱山

ガンダーラ軍警察第一グルカ・ライフル部隊は、周辺領域を圧倒的なスピードで鎮圧したことで、近隣にその名を轟かせていた。
他の同盟都市と同様の銃火器で武装しながら、森林戦では残党軍もモンスターも歯が立たない。
そんな強者揃いの彼等だが、ガンダーラの都市建設が目処が立ち始めると、同胞となるインド、ブータン、ミャンマーの民達を兵士として鍛え上げることを新たな目標に掲げた。

「見込みが甘かったな。
ブータンの連中はともかく、ミャンマー、インドの連中は話にならん。」

そう嘆くグルカ兵の教官パン曹長の評価は些か厳しい部類にはいる。
子供の頃からスカウトされて訓練を受けていた彼には、転移に兵士として徴兵された彼等は頼りなく見えるのだ。
今日もウラン鉱山基地の施設までの山岳訓練を実施していた。
だが少し前から山道を進む自分達が追尾されているのを感じた。
しかし、何度振り返っても相手の姿が確認出来ない。

「全員に安全装置を外させろ。
そのまま音がするまで振り替えるな。」

インド人の分隊長に指示して、藪に身を潜める。
追尾者の気配は感じるが、ひどく薄い。
姿は相変わらず見えないが、パン曹長は己の勘を信じて、日本の包丁鍛冶に造って貰ったグルカナイフを藪の中から投擲した。

「きゃあ!?」

女の声がしたかと思うと、何も無い空間から血が噴き出し、金髪の小柄な少女が姿を現す。
誰何をしなかったことを責任問題として、追及されるかを考えた直後に植物の蔓がパン曹長に巻き付いた。

「ぐあっ、魔法か!?」

パン曹長の声を聞き付け、行軍を続けていた訓練部隊が少女のいる方に発砲する。
たちまち少女は銃弾の雨に曝されて血飛沫をあげるが、同時に少女の回りで姿を消していた連中にもあたり、金髪の若い男達が地面に倒れ伏す。
パン曹長も蔓に巻き付かれながらもホルスターから拳銃を取り出す。
例え魔法による攻撃でも、こちらを視界に捉えられる範囲に敵はいるはずだった。
少女の周辺、訓練部隊の火線から外れた位置に銃弾を叩き込む。
二人に当たったらしく、金髪の若い男が姿を現すが、魔法を掛けてきた当人では無いらしい。
締め付けてくる蔓に意識が朦朧としてきた頃、火線の範囲を広げた訓練部隊が術者を仕留めたことで命拾いした。

「助かったよ、やるじゃないかお前ら。」

労いの言葉に訓練部隊の兵士達はいい笑顔で応えくる。

「俺達に基地までの道案内をさせる気だったのかな?
どれ何者か顔を拝んでやるか。」

転がっている死体は4つ。
そのうちの血溜まりに伏した少女の頭を掴み、顔を確認する。
白人のようだが北欧のモデルのような美少女だったが、今は物言わぬ死体である。
武器は細剣や弓矢だけ、銃火器や爆弾の類いは持っていなかった。

「帝国の残党か、貴族の私兵か・・・」

パン曹長が思索していると、同じように倒れていた男達を調べていた訓練部隊の隊員の一人が口笛を吹いて、死体をパンの元に引き摺ってくる。

「教官、こいつらはエルフです。
見てください、この長い耳を。」

実物にお目にかかるのはパン曹長も初めてなので判断に迷った。
だが明確な敵対勢力がこの山中にいるのは確かだった。
他にも敵はいないか探るが、足跡や草木が踏まれた痕跡は一切無かった。
唯一の痕跡は数人分の負傷時に流血したと思われる血痕だけだった。

「本部に通信。
我が隊はエルフによる襲撃を受けたがこれを撃退。
なお、掃討の必要ありと認む。」

連絡を受けたガンダーラ軍警察本部は、グルカ兵による中隊をこの山に投入を決定し、エルフとグルカ兵が2日に及ぶ山岳戦に突入することになる。
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0047†Mango Mangüé(ガラプー KK53-XliH)
2018/06/25(月) 06:16:19.347219ID:2YZvgYoIK
また、アンフォニーからの調査隊がガンダーラにも派遣されることが決定していた。




大陸南部
アンフォニー男爵領

この地に駐屯する自衛隊第六分屯地司令柴田一尉は、大陸南部の同盟都市ガンダーラがエルフの小部隊と交戦したとの報告を受けていた。
ガンダーラにも自衛隊部隊の調査隊を派遣する命令を受けて苦い顔をする。

「昨日もサイゴンに小隊を派遣したばかりなんだがな・・・
ここが手薄になるぞ、全く・・・」

第六分屯地には204名の陸上自衛隊隊員が、任務に携わっている。
海自や空自の隊員もいるが、連絡官かオブザーバーの役割でしかない。
第六分屯地の任務は主に近隣の鉱山や年貢を納めてくれる農地、農民の保護である。
普通科2個小隊を送り出して、日々の任務にローテーションにも支障が出てしまう。

「司令、領主代行閣下が一連の騒動のことでお話があると・・・」

幕僚の一人が報告してくる。

「どっから掴んで来たんだその情報。
・・・応接室にお通ししろ。」

応接室に移動して待っていると、この地を治めるハイライン侯爵家令嬢兼アンフォニー男爵領主代行ヒルデガルドとアンフォニー男爵領代官斉藤光夫が入室してきた。
軽い挨拶の後に本題に入る。

「正直なところ、日本はエルフについて、どの程度ご存じで?」

ヒルダに言われて柴田一尉は考え込む。
日本はエルフとの交流はほとんど無い。
冒険者の中にはエルフやハーフエルフの存在が確認されている。
資源探索に総督府も依頼したりもするが、エルフ達が帝国に与えられていた本拠地である大陸北部にある大公領とは接触出来ていない。
だが概ね日本人達がイメージするエルフ像と大差が無いことで知られている。

「大公領は北部の大森林奥深くに有りますものね。
陸路では『迷いの結界』も張られてますから、到達はほぼ無理かと。」
「まだ、試しては無いので無理かどうかは判断は付きかねますね。
それに『帝国』はどうやってか連絡は取り合ってたのでしょう?
ジェノア事件の時のケンタウルス自治伯とシルベール子爵のような取次役がいるのかこちらも調べてはいるんですよ。」

エルフ達がケンタウルス達より高い爵位を与えられているのも気になる点だった。

「取次役はいたんですけど、帝都と一緒にふっ飛んじゃいました。
貴族では無く、皇族でしたから・・・」

公安調査庁の調査では皇族の生き残りはいない。
臣籍降下した者も含めてだ。
また、エルフ大公領が日米との戦争の際に大公領の治安組織である『森林衛士旅団』を参陣させて皇都大空襲で全滅させている。
エルフ達の帝国との連絡所たる大公屋敷も跡形も残っていない。
唯一の例外が、皇弟だった現アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスだけだが、かような些事に関わらせるわけにはいなかった。

「では、エルフとの接触方法は空路で直接乗り込むか、俗世に出ているエルフに伝言を頼むしかなさそうですな。
今回の事態の説明を求める必要が出てきました。
今回出てきた死体は何れもエルフのみ。
総督府並びに同盟都市政府は、今回の事態をエルフによる組織だったテロと見ています。
襲撃を受けた場所も些か問題があります。」

地球人達が規模は小さいがウランという鉱物に神経を尖らせている理由はヒルダも斉藤達に聞いている。
日本くらいしか使い道や活用出来ないが、莫大なエネルギーを産む鉱物とは理解している。

「そういえば、今日こちらに来たのは何か有益な情報を頂けるので?」
「人間に残る最後の取次役が出来そうな人物への紹介状をお売りしようと思いまして・・・」
「つい先ほど取次役は全員死んだとお聞きしましたが?」
「公的にはです。
現在の王家も大公領とは連絡を取り合っていません。
ですが私的には貴族にも連絡手段を持っている人物がいるのです。」

ヒルダは紹介状の代金代わりの利権を記した書類を柴田一尉に渡す。
目録に目を通した柴田一大尉は眉を潜めてため息を吐く。

「小官の一存では決められません。
総督府の判断待ちになりますが、よろしいですか?」
「えぇ、互いに喜ばしい判断をお待ちしておりますわ。」



ガンダーラ近郊山中

エルフのクラクフは、額に汗して山中を逃げ惑っていた。
人間達が掘り起こした醜悪な鉱山を襲撃する為に30人からなるエルフが集まり、幾つかの組に別れて目標を進んでいた。
エルフは森林では身が軽く、溶け込みやすい習性を持っている。
人種に気づかれる様な事はこれまでは無かった。
だがどこかの組がヘマをしたのか、地球人の軍と交戦したことから作戦が早められた。
鉱山に砦を築いていた地球人の兵士達は警戒を強めていたが、クラクフ達の弓矢や精霊魔法に次々と倒れていった。
森の中からの攻撃は優位に進んでいたが、砦に空飛ぶ機械が飛来してからは状況が変わった。
自衛隊のセスナ 208 キャラバンの主翼下6箇所のハードポイントから発射されたヘルファイア対戦車ミサイルが、クラクフ達の隠れていた森林を爆発させた。
無差別な爆発は数人のエルフを吹き飛ばした。
たちまち姿を隠してくれていた精霊が逃げてしまった。
もう2機、飛来したUH-60Jと旧インド海軍のウエストランド、シーキング Mk.42B哨戒ヘリコプターが着陸し、2つの軍隊の兵士達が展開した。
ウエストランド、シーキング Mk.42B哨戒ヘリコプターは、インド海軍シヴァリク級フリゲート『サハディ』に搭載されていた機体である。
ガンダーラの虎の子といえた。
鉱山基地の正面に布陣した自衛隊の隊員達は、AK-74小銃とKord重機関銃を森林に向けて無差別に掃射した。
逃げ惑うエルフ達がたちまち血飛沫を上げて薙ぎ倒されていく。

「退けぇ!!
森の奥なら我等が有利だ!!」

クラクフの張り上げた声に生き残っていたエルフ達が森の奥に退き消えていく。
しかし、森の奥にはヘリコプターから降り立ったグルカの兵士達が先回りして待ち構えていた。
森の精霊が危険を伝えてくれるが、その動きや射撃に体が着いていけない。
グルカナイフで切り裂かれ、警告の外から小銃で狙撃される。
エルフに取って有利な筈の森での戦いが一方的な殺戮の舞台と化していく。
クラクフは風の精霊の力を使い、味方と敵の位置を把握している。
しかし、敵の銃撃は把握出来る距離の外側からも行われる。
近くにいたグルカ兵を弓で射るが、肩口に刺さっただけでは怯まずに射撃してくる。
矢や王国の小銃なら反らす事が出来る風の精霊も彼等の銃弾を反らすには不十分だった。
数発の銃弾がクラクフを貫く。
自衛隊の隊員達も森に入ってきて掃討を始めている。

「捕虜になるわけにはいかない。」

クラクフは囲まれる前に自ら首をナイフで掻き切った。

「くそっ、生け捕りは無理か!!」
「スコータイの鉱山基地を襲ったのもこいつらか?」
「襲われたのは一昨日だろ?
距離的に無理だ。
別動隊がいるんだろう。」

薄れゆく意識の中で地球人達の会話から、別動隊のヴァンダ組は上手く逃げ延びたことを悟り、クラクフは息を引き取った。



アンフォニー男爵領

翌日、総督府からの解答を持って柴田一尉は領館を訪れていた。

「総督府は利権を売ることに同意しましたよ。
詳しいことはこちらの封筒に。
朱印状も入ってるからお確かめ下さい。」
「はい、確かに。
しかし、せっかくの朱印状を下賜されるとしたら堂々とした式典を開いたらよかったですね。」

礼服を着て赤絨毯の上で、ドレス姿のヒルダに朱印状を渡す自分の姿を想像して柴田一尉は頭痛を覚える。

「そ、そういうのはもう少し上の方がいる時にお願いします。
さて、本題の取次役になりうる御仁ですが・・・」
「はい、私の父のノディオン前公爵フィリップです。
若い頃は家を飛び出して冒険者として活躍していました。
そのパーティーにいたエルフの精霊使いが現大公領森林衛士旅団団長ギーセラー殿なのです。」

意外な人選に柴田一尉が感心するが疑問も残る。

「しかし、物理的な接触は不可能な筈ですが。」

ヒルダはこの質問に少し顔を赤らめながら、言いにくそうに答える。

「父はその・・・ヤドヴィガ殿と冒険者時代に肉体関係にあったらしくて・・・
パーティー解散時に個人的に通信用の水晶球を贈られて、逢瀬を重ねてたらしく、私に腹違いのハーフエルフの姉までいるらしいのです。」

ハイライン侯爵家の黒歴史らしいので、対価を得ねば割に合わないのは理解出来た。

「こちらから特使を送る旨をお伝え下さい。
詳しい日時は・・・代官殿に電話で連絡します。」



大陸東部
新京特別区大陸総督府

「そういえば疑問なんだが、ケンタウルス自治伯、エルフ大公領とか何で種族名がそのまま領地名になってるんだ?
大陸の他の地域にはかの種族達は住んでいないのか?」

秋月総督の疑問に秋山補佐官が資料をめくる。

「驚くべきことに帝国初代皇帝陛下は、大陸中の亜人を一地域に移住させて、代表者を貴族として叙勲し、領地を封じたようです。
その為に種族名がそのまま領地名となってるようです。」

なるほどと秋月総督は頷く。

「爵位の格付けは各種族の規模と帝国に対する貢献度が反映されているのか。
しかし、大公という地位はさすがに度が過ぎてないか?」
「初代大公は当初公爵だったようですが、そのまま初代皇帝の第3后妃を兼ねていたようです。
初代皇帝の崩御後に大公として陞爵した模様です。」

二人がこんな会話を続けているのは、特使として派遣される杉村外務局長に聞かせる為だ。
ジェノア事件の失態がある杉村としては、今回の会談が不首尾に終われば進退を伺う状況であった。

「デルモントの街に駐屯する蒲生一等陸尉には、全面的に協力するように言ってある。
必要なら援軍も派遣しよう。」
「はい、必ずやエルフとの会談を設けて見せます。」

杉村の熱意に秋月総督は、困ったような顔をする。

「一連の襲撃でウラン鉱山が立て続けに襲われたが、日本及び各同盟都市はこの大陸に5ヶ所のウラン鉱山を確認している。
スコータイ、サイゴン、新香港・・・・
そして日本が管理する2つのウラン鉱山、そのうちの1つがデルモントだ。
エルフの本拠地たる北部にあることもある。
安全には十分に気を付けて行ってくれ。」

少し顔をひきつらせた杉村に脅かしすぎたかと後悔した。
杉村局長が現地にヘリで向かうと同時に、新香港のウラン鉱山が襲撃を受けたとのニュースが飛び込んできた。
総督府のヘリポートで、見送りに来ていた秋月総督は顔をしかめる。

「大陸南部から西部へとか。
ずいぶん広範囲だな。
被害状況は?」
「武警の隊員が八名、鉱夫が四名死亡。
エルフの死体は13体確認。
鉱山も爆破されて、林主席は怒り心頭で机を蹴飛ばしたそうです。
常峰輝武警少将が陣頭指揮を取って、新香港から特殊警察部隊一個連隊も投入して山狩りの実施中です。」

新香港武装警察は首都の新香港と衛星都市である陽城、窮石防衛の為に、武装警察第一師団を組織した。
そして、将来的な正規軍設立の為に重武装の特殊警察部隊が政府直轄部隊として設立させた。
その新香港の最強戦力を投入していることから、怒りの本気度が理解できる。

「本気なのは新香港だけじゃないのだよな・・・」

秋月総督が頭を抱えるのを秋山補佐官は不審に思う。

「本国が何か言ってきましたか?」
「エルフ共が邪魔するなら、特戦大を派遣するか、巡航ミサイルの使用を許可しようかと乃村大臣が・・・
本国もこの件に大変関心がおありのようだ。
だが我々としては本国の介入は最低限に留めたい。」

転移後に規模を大隊にまで拡大させた特殊作戦群と在日米軍の倉庫から引っ張り出した巡航ミサイルを装備した部隊は防衛大臣の直轄部隊だ。
総督府や大陸方面隊の意向を無視する可能性があった。

「何より、大陸において3番目に人口の多い種族との戦争は避けるべきなんでしょうな。」
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0048†Mango Mangüé(ガラプー KK53-XliH)
2018/06/25(月) 06:21:07.031606ID:hBXgLU9OK
大陸北部
エルフ大公領
タージャスの森外縁

深い霧が常に森全体に立ち込め、侵入者が必ず行方不明なるタージャスの森。
森全域がエルフ大公領であり、その面積は関東平野に匹敵する。
そのエルフ大公領を求めて、侵入する者が稀にだか現れる。
商人、冒険者、密猟者・・・
後日、エルフ達に連行され、戻ってくるが全員ではない。
この霧はエルフ達が張った魔法による結界と言われている。
そんな怪しげな森に陸上自衛隊の大型ヘリコプターが接近していた。

「外務局長、見えました。」

そう声を掛けられた杉村外務局長は、CH-47J大型輸送ヘリコプターの窓から地面を眺める。
即席で造られたヘリポートには、デルモントの第6分屯地から派遣された部隊がテントや陣地を構築して展開している。
降下したCH-47Jから降りた杉村と外務局スタッフを部隊長の佐久間二等陸尉が敬礼で出迎える。

「デルモントより派遣された佐久間二等陸尉以下、隊員21名。
外務局の護衛を勤めさせていただきます。」

一応は外務局からも警備担当官を二名連れて来ているが、重武装の自衛隊の協力は有難い。

「お忙しいところお世話になります。
しかし、デルモントにもウラン鉱山はあるでしょう?
そちらは大丈夫なのですか?」

敵の目標が明確なのだから警備は厳重なのだろうが、人手をこちらに割いてしまったことに負い目を感じていた。

「以前に龍別宮捕虜収容所の襲撃時に透明化した敵を判別したサーモグラフィを投入していますので、これまでとは同じにはいかないと思います。」
「ならよいのですが・・・
こちらも『迎え』が来るまで時間はありますので、考えられる事態を想定しておきたいのですが。」

付近に駐車されている自衛隊の車両に不安を覚えた。
普通科部隊の持ち込んだ73式中型トラックと高機動車は理解できる。
問題は緑色の自衛隊カラーに塗り替えられた赤色灯が付いた車両だ。

「あれ、警察の化学防護車ですよね。」
「正確にはNBC災害対策車ですね。
我々も予算の問題で割りを食ってまして・・・
自衛隊の車両よりは入手しやすいので・・・」

佐久間二尉も苦笑しながら答える。
すでにこのNBC災害対策車で霧の解析は行ったが、何もわからなかった。
後は直接隊員かヘリコプターを突入させるくらいだが、相手が迎えに来てくれるというなら待つしかない。

「ではそろそろ連絡しますか・・・」

杉村は携帯を懐から出して、登録してある番号に掛けてみるのだった。

「杉村です・・・
はい、準備が出来ましたのでよろしくお願いいたします。」




大陸西部
ハイライン侯爵領
侯爵館

新香港や日本との商取引で多大な利益を得たハイライン侯爵は、ようやく城の建設に取り掛かることが出来た。
ハイライン侯爵ボルドーは感慨深く普請を監督していた。
縄張りを父のフィリップがしていたことは不安を覚えるが、アンフォニーから妹のヒルダから日本の技術者を呼び寄せてくれたのは助かった。
現在建築されているハイライン城は、星形城塞となる予定だ。
完成予想図を見せられた時のフィリップのはしゃぎぶりは脳裏に焼き付くほどだ。
その光景を思い浮かべてると、軽快な音楽に思索を中断される。

近くの陣幕からだ。

「父上、何か音楽が・・・」

陣幕を潜ると、フィリップが携帯電話を片手に水晶をいじっていた。
そばにはアンフォニーから派遣された黒川という言葉が右手を奇妙な形に挙げて、こちらの言葉を遮ってくる。

「妖精の森に連絡を取るところだ、邪魔をするな・・・」

仮にも侯爵である随分高圧的な言い種である。
黒川は大陸語は流暢に話せるが、同じ日本人同士で会話すると難解な論調で話すと相手を困惑させる傾向があるらしい。
何故かフィリップはあっさりと理解し、コミュニケーションはスムーズに進んでいる。
ちなみにフィリップが会話している携帯は黒川のものだ。
黒川の目にはフィリップがいじっている水晶の操作が、転移前に流行ったスマートフォンみたいに見えていた。
転移当時のスマートフォンのシェアは20パーセントに届いた程度だった。
しかし、転移後は新機種が出るわけでもない。
海外サーバーから切り離されたことにより大半のインターネットのサイトも消え去り、電池が長持ちしないスマートフォンは一気に無用の長物となり廃れてしまった。
本国では倉庫や廃棄待ちだった公衆電話や固定電話が再び普及し始め、携帯電話も通話とメールが出来ればよいとガラケーに戻っていった。
今でも本国の電力事情は良くない。
現在の電力生産量は転移前の半分程度にしか満たしていない。
転移により、輸入に頼っていた石油やLNGを使用していた火力発電所は軒並み停止してしまっていた。
石炭系の火力発電所は転移前から三割以上の電力生産を可能としており、大陸から採掘が可能になった現在は本国の電力を支える主力となっている。
水力発電も転移前から1割程度の電力生産を担っていた。
ここに北サハリンや新香港の東シナ海からの石油や天然のガスの輸入により持ち直して来たばかりなのだ。
原子力発電は、転移後に激減した電力生産を支える為に全力稼働の方向となっていた。
しかし、転移から十年以上も経つと、備蓄されていたウランやプルトニウムも枯渇し始め、再び停止する原発も増えていた。
大陸からウランが採掘出来るようになると、柏崎原子力発電所がようやく再稼働が可能になっていた。
本国も省エネやリサイクルが進み、電力消費も下がっている。
このような状況では、携帯電話の充電にも苦労する有り様だ。
根本的な問題として、電池の生産に必要なリチウムをはじめとしたレアメタル等の採掘量が需要に追い付かないのだ。
一番肝心のリチウムにしても、吹能等町近郊にしか鉱山を発見出来ていない。
現在の黒川達が使っているのは、都市鉱山で資源をリサイクルされた携帯電話ばかりだ。
年配の者達が

「時代は30年は後退したな。」

と、ボヤいていたのが印象的だ。

「ギーセラーの奴が出てくれればいいんだが・・・
向こう側の水晶球の側に誰かいてくれないと気がついてもらえないのだ。」

ギーセラーというのが冒険者時代のフィリップが浮き名を流したエルフの女性の名であることに、ボルドーは頭痛を感じていた。
ハーフエルフの姉サルロタまでいるという話も昨夜に聞かされたばかりで、心の整理が追い付いていないのだ。
すでに一昨日に連絡が取れているので、向こうも水晶球の側にいるはずだった。

「おっ、繋がった!?
ギーセラーか、一昨日に話した件だが、日本側の準備が整ったそうだから回廊を開いてくやってくれ。
ああ、何か不自由は無いか?
必要な物があれば送るが・・・
ワシも行きたかったのだが、離れられなくてなあ・・・」

フィリップの喜色を隠そうともしない姿にボルドーも黒川も苦笑する。
ボルドーもまだ会ったことが無い姉とやらに会って見たかった。

「いずれ客人として呼べばいい。
その為にもこの城の完成を急がせねばな。」

珍しく黒川の言うことにボルドーは頷き、その日が来ることを楽しみに思えていた。



エルフ大公領
タージャスの森付近

「霧のトンネル?」

杉村局長の言葉に誰しもが納得していた。
深い霧に包まれたタージャスの森に、ぽっかりと回廊のように霧が晴れていく。

「ここを通れと?
車両では無理ですな・・・」

回廊の広さは車両でも十分に通れる。
問題は獣道に毛が生えた程度の道だ。
普通科部隊なら問題は無いが、杉村達をはじめとする官僚達にはきついだろうと、佐久間二尉達は眉をしかめる。
杉村達もある程度の徒歩は覚悟しており、全員が登山ルックだ。

「佐久間二尉、とにかく行くしかない。
途中のポイントに発信器を置いて、ヘリにフォローしてもらいながらマッピングして行こう。」

霧の回廊に自衛隊の隊員15名と官僚5名が霧の回廊を進む。

「霧を操ることが出来る。
魔法なのか、魔道具なのか・・・
これは脅威ですね。」

杉村はキョロキョロと警戒しながら歩くが、佐久間二尉は前だけを見ていた。

「普通科部隊には脅威ですが、いざとなれば特科で吹き飛ばせば問題はありません。
空爆という手段があります。」

自衛隊だって煙幕くらいは使う。
対抗策は幾らでもある。

「それでも気象兵器なのか、自然現象なのか区別がつかないのかわらかないのは問題ですね。
初動が遅れそうだ・・・」

一見すると真っ直ぐ歩いているようだが、微妙に方向がずらされてるのがわかる。
時間の感覚もわからなくなってきた。
コンパスも狂わされてるのか、回転している。
マッピングしずらくてしょうがない。
森林の木も一本一本の樹齢が想定出来ないくらいの巨木なのも距離感を狂わせる。
それら巨木から伸びた枝葉が日の光を遮り、昼間なのに明け方くらいの暗さになっている。
訓練を積んだ隊員なら惑わされることもないが、同行している官僚達はつらいだろうと佐久間二尉は気になりはじめた。

「二時間で4キロですか、あんまり進めてないですね。」

驚いたことに佐久間二尉に指摘されて柴田は驚く。
よく見てみれば官僚達は平気な顔で隊員達に着いてきており、疲れや焦りの顔も見せていない。

「意外に元気そうなので驚きました。」
「もう慣れましたよ。
交渉の度に大陸各地に派遣されました。
航空機は燃料が高いのと滑走路の問題で余程の有事でなければ使わせてもらえない。
車両だって舗装された道ばかりじゃないですからね。
最近は鉄道である程度は近場まで移動出来るだけ楽になりました。」
「なるほど・・・新人とか来たら大変そうですな。」

足手まといにはならそうだと安堵していると、霧の彼方から蹄の音が聞こえてくる。

「どうやらお出迎えのようです。」

隊員達が互いの姿を見失わない範囲で散開して警戒にあたる。
官僚達に同行している外務省警備対策官の二人は、ホルスターに手を掛けながら杉村を護るべく前後に立ち塞がる。
現れたのはユニコーンに美形の妖精族だった。
足手まといにはならそうだと安堵していると、霧の彼方から蹄の音が聞こえてくる。

「どうやらお出迎えのようです。」

隊員達が互いの姿を見失わない範囲で散開して警戒にあたる。
官僚達に同行している外務省警備対策官の二人は、ホルスターに手を掛けながら杉村を護るべく前後に立ち塞がる。
現れたのはユニコーンに美形の妖精族だった。

「エルフ大公領森林衛士隊所属のサルロタと申します。
日本の使節団のお出迎えにあがりました。」

責任者とおぼしきハーフエルフの少女に一行は戸惑いを覚えるが、他種族は見た目で年齢を判断してはならないと肝に命じているので顔には出さない。
人数は30人程度。
騎乗しているのは六人。
平兵士と思われるエルフは軽鎧だけを纏い、頭部には縁の周りの広い鍔と円形かつ浅いクラウン部が特徴の地球側がブロディヘルメットと呼ぶ物を被っていた。
武器もレイピアこそ腰に挿しているが、全員が小銃を肩に担いでいる。
明らかに大陸の王国軍が制式採用しているものより先進的だ。

「リー・エンフィールド・・・?」

背後で隊員が呟くのが聞こえたが、杉村も佐久間も今は挨拶と相手の観察に重点をおいていた。
エルフの森林衛士を率いていたサルロタに若い隊員達は笑顔を隠しきれていない。
だが彼女の着ている服装に違和感を覚えて笑顔も消えていく。
全員がズボンを穿いているのは理解できる。
しかし、上着はブルゾンっぽい服でネクタイが首に巻かれている。
また、頭部はベレー帽を被っている。
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0049†Mango Mangüé(ガラプー KK53-XliH)
2018/06/25(月) 06:29:20.001629ID:4C1qmoAXK
「礼服なのです。
あまり見たことが無い格好でびっくりしますよね。
私もあまり着ないのですが・・・」

サルロタも照れ臭そうに言ってくれるが、現在のブリタニアの軍服に酷似している為に自衛隊側は困惑を深めるだけだった。


「ようこそエルフ大公領へ。
すでに貴方達は『街』の中に踏み込んでいます。」

よく見てみれば巨大樹の幹や枝に、鳥の巣箱のような家が多数見受けられる。
枝から枝には橋も掛けられている。
身軽なエルフ達には、木の上での生活も苦労はしないようだ。
しかし、もっと森の奥深くに町なり拠点があると思っていた日本人一同は、森の外縁から約二時間程度で目的地についてしまった事に拍子抜けしてしまっていた。。

「遠いと何かと不便じゃないですか。」

エルフ達に対するイメージはあまり変えて欲しくは無かったゆえにサルロタの答えにどこか釈然としないものを感じていた。





大陸北部
エルフ大公領
リグザの町

日本の使節一行が案内されたリグザの町は、基本的には鎖国体制を取るエルフ大公領の唯一の開かれた町である。
何百年も霧に包まれた大森林ではあるが、かつての帝国の領邦となってからは、儀礼的に帝国の使者を受け入れる拠点が必要があって作られた。
最も帝国が崩壊し、新たに勃興した王国は一度もこの地に使節を派遣していないし、大公領からも忠誠を誓う為に王都に出向いたりはしていない。
最早、実質的な独立国と言ってよかった。

「王国などと言っても、帝国時代は我らと同じ大公領に過ぎなかったソフィアの軍門に下る必要は感じなかっただけです。
ソフィアにもこちらに討伐軍を派遣する余裕は無かったでしょう。」

そう説明してくれるのは、森林衛士旅団で、小隊を預かるサルロタであった。
彼女はハーフエルフでありながら、エルフの高官の娘という立場から外から来る招かぜらる来客を迎え討つ、もしくは保護する部隊の指揮官となっている。
ユニコーンから降りて、杉村や佐久間達にと共に徒歩で案内してくれている。
人間種だからと高貴なエルフに見下されるのでは無いかと懸念していた杉村達は、内心で反省を試みていた。
町の建物の大半は木の上に小屋が建てられ、大樹と大樹を繋ぐ縄橋が掛けられている。
佐久間達は不安定で脆そうな縄橋に不安を覚えるが、身軽で小柄なエルフ達は問題なく渡っている姿を見て、種族的特性を感じずにはいられなかった。
しかし、それ以上に気になる点があった。

「あのサルロタ殿。
エルフの皆さんはその・・・、随分好奇心が旺盛のようですな。」

杉村が他の官僚や自衛隊隊員の疑問を代表して質問する。
小屋という小屋の窓、縄橋、大樹の陰から無数のエルフがこちらの様子を伺っているのだ。
その問いにサルロタも些か困った顔をする。

「え〜と、皆さんがエルフをどのように考えているかは、理解しているつもりです。
ですが、おそらく彼等彼女等は、あなた方の想像より、好奇心が旺盛で、奔放なのです。」

明らかに言葉を選んでいるサルロタに、杉村も佐久間も先が思いやられる気がした。
エルフ達は何れも妖精的な美しさであり、大森林の外の人間に比べれば小綺麗にしているので、魅力的に見える。

『日本人は女に興味が無いのか?』

と、言われるほどに大陸の日本人は大陸の人間と性的なトラブルは少ない。
それどころか、娼館にも行く者は少ない有り様だ。
それは大変な偏見であるが、日本人から見れば大陸の平民の小汚ない格好や臭いは、マイナスのイメージとなっていることは間違いない。
また、栄養に問題があるのか肉体的魅力にも乏しさを感じている。
未知の風土病や性病の恐れもあり、二の足を踏むのは十分とも言える。
現に日本の統治地域に来た良家の女性はこの問題からは、解放されており、アイドルのように扱われている大陸人女性も多数存在するのだ。
しかし、エルフ達は痩身だが栄養には問題の無い生活を送っているようであり、花の香りがして若たい隊員達を魅了している。
やがて一行の前に地上に建てられた迎賓館が現れた。
帝国の施設一行が宿泊する為に建てられたもので、歴代皇帝も宿泊した由緒正しい建物らしい。
出迎えてくれたのはこれまた20代後半に見える美人な女性エルフだった。

「この町の町長ユシュトーに御座います。
使節御一行の御世話を任されております。
部屋は有り余っていますのでそれぞれ個室を用意しております。
長旅お疲れでしょう。
先にお食事にしますか?
湯編みにしますか?
それとも・・・」

急にユシュトーが流し目で杉村を見つめてきた。
見れば隊員達にもメイド姿のエルフ達が、色目を使っている。

「さ、先に広間をお借りしたい。
こちらも話し合うことがあるので、軽食を用意して頂くとありがたい。
アルコールは無しで・・・」

ユシュトーは残念そうに頷くと、メイド達に目配せして準備をさせる。
長年の外交官人生で遭遇したハニートラップに誘われた状況と同じだった。
あんな失敗は三度で十分である。
広間に集まった日本人一同は、美しいエルフ達に完全に舞い上がっていた。
佐久間二尉を除いて。
杉村が泰然としている佐久間に感心していた。

「さすがですな佐久間二尉。」
「いや、私に色目を使ってきたのが執事のエルフだったので・・・」

ゲンなりした声で言われて杉村も肩を落とす。
サルロタが退室する前に一つ忠告してくれた。

「明日にはこの大公領を取り仕切っている公子殿下が到着します。
正式な会談はその時に・・・
それと、御家庭に不和を招きたくなければ
彼女等の誘いを受けないでください。
大公領のエルフはこの十年男日照りなので・・・」
「じゃあ、あの執事は何なんだ・・・」

佐久間二尉は自分に熱い視線を送ってくる執事エルフに体を身震いさせている。
いつまでも消沈してもいられないので、状況を整理することにする。

「まずあのエルフ達の格好はなんだ?
昔の英国軍みたいだったぞ。」

窓から外を見ていた上坂三尉がそれに付け足す。

「ここの警備の兵もです。
赤い上着に熊の毛皮の帽子、まるでバッキンガム宮殿の近衛兵です。
メイド達もヴィクトリアンメイドとか言ったかな?」
「ふむ、毛受一曹。
先ほど連中の銃について何か言ってたな。」

毛受一曹は転移前から自衛隊に所属していたベテランだ。
古い銃器についても含蓄がある。

「はい、エルフの兵士達の兵装は第一次世界大戦の時の大英帝国のものに酷似しています。
銃もリー・エンフィールド小銃に似ていますね。
手に持たせて検分させて貰ったわけでは無いので、はっきりとは言えませんがあれがリー・エンフィールド小銃と同じなら、10発入りの着脱式弾倉。
これだけで大陸の王国軍の小銃を遥かに凌駕しています。
独自のボルトアクションによる素早い再装填が可能です。
有効射程も900メートル以上もあります。」

色々と説明されたが、杉村にはエルフ達は王国軍や帝国残党より厄介なことは理解できた。

「ブリタニカの連中が密かに供与したのか・・・
いや、不可能か。」

如何にブリタニカとはいえ、そこまでの生産力は無い。
各同盟都市の兵器の生産は、公安調査庁の監視下にもある。
しかも、森の外のエルフ達からはそのような武器を持っていると報告されたことはない。
今回の一連の事件でも使用されていない。
エルフ達が鍛冶に長けているようにも見えない。。
ここのエルフ達は明らかにおかしい。
それと気がついたが、エルフ達の男女比率も女性に片寄ってる気がする。
公式記録によると、エルフ大公領の人口は55万人。
全部の人口がエルフでは無く、半数以上がハーフエルフとのことです。
まあ、実際にはかなりの領民が領地から出て旅をしたりしてるらしいですが・・・」

それには佐久間二尉が答える。

「杉村局長。
その記録は帝国が十年前に取った戸籍のものです。
皇都大空襲のおりにエルフ大公領は五個の森林衛士旅団を派遣しており、約二万人のエルフが灰となりました。
男女比率の歪さはそこから来てるのでは無いでしょうか。」
「だとすると寿命の長いエルフは遺族として我々を恨んでるかもしれません。
寝首を掻かれないようベッドに彼女等を招き入れることは勘弁して下さいよ。」

杉村の言葉に舞い上がっていた隊員達の顔は引き締まる。
相手は敵かも知れないとわかれば彼等には十分だった。
しかし、情報が不足していた。
もう少しエルフのことを知る必要がありそうだった。



サルロタは仲間達の色情ぶりにうんざりしていた。
長い寿命を持つエルフにとって、退屈は天敵だった。
概ね六百年ほど生きるが、三百年も生きてくると、何事にも無感動になってくるのだ。
そのうち考えるのも面倒になり、瞑想に耽りながら朽ちていく。
初代皇帝の孫娘である現大公もそうであり、この百年は眠ってばかりいる。
退屈をまぎらわす為に執着するものの探求はエルフにとっての課題になっている。
冒険や研究に走る者はよい方で、性的に倒錯に走る者も少なくない。
そのくせ出生率は高くないのだが、長い寿命の中で他種族との子供を宿す者も出てきた。
だが帝国と日本、アメリカとの戦争で年長で能力のある男性エルフは多数戦死する事態に陥った。
エルフは基本的に年功序列であり、年長の者が大公軍に所属していた。
その穴を埋めるべく女性エルフが大公領の要職を占めるようになった。
サルロタも再建された大公軍だからこそ、隊長までに昇進出来たのだ。
そうでなければ大公家に血が連なるとはいえ、年若いハーフエルフの自分は昇進などは無縁だったろう。

「余計なことを言ってくれたわね。
おかげで彼等は私達を警戒して廊下に見張りを着けたわよ。
近よれはしない。」

ユシュトーの抗議にもうんざりしてきた。
彼女達にとっては一連の騒動も刺激的な娯楽に過ぎないのだ。

「少しは自重してください。
日本とのトラブルは起こさないように大公家からも元老院からも指示が来ていたでしょう!!」
「自由を愛するエルフを縛るには、どっちも物足りないわね。
まあ、いいわ。
機会は今夜だけではないから・・・、それよりどう?
今夜一緒に寝ない?」
「結構です!!」

そのまま自室に戻ることにした。
明日にはアールモシュ公子殿下が母のギーセラーとともにリグザの町にやって来る。
日本の使節達を例の場所に案内する役目があるのだ。
アールモシュはサルロタの従兄にあたる。
今夜はゆっくりと湯船に浸かり眠りたかった。



大陸北部
南北鉄道
よさこい11号

黒煙を上げながら、多数の貨車を牽引して汽車は進んでいた。
線路の脇には、日本管理するデルモントの町を経由し、北サハリン領ヴェルフネウディンスク市に続く街道が存在する。
機関車に乗車していた機関士達が前方の街道に不穏な土煙を発見した。
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0050†Mango Mangüé(ガラプー KK53-XliH)
2018/06/25(月) 06:39:47.362203ID:yVLpbJOzK
「あれは自動車が何台も走っている土煙だな。
自衛隊かな?」

北部地域で車両を何台も走らせることが出来るのは、自衛隊か北サハリン軍だけだ。
接近してみればわかるが、日本製の車両ばかりだ。
問題は車両に『新香港武装警察』と書かれていることだろう。
三菱パジェロ4両、トヨタ・コースターGX、三菱キャンターの一団だ。
キャンターが牽引するトレーラーの屋根には銃座が2基設置されている。
パジェロにもサンルーフから銃架が設置されている。
よさこい11号はその一団を追い抜いていくと、30分後に同じ編成の一団と遭遇する。
よさこい11号の車掌と鉄道公安官が対応を話し合っている。

「分屯地に通報は?」
「出来ました。
こちらからは刺激するなと・・・」

新香港武装警察の部隊を追い抜き、距離を取るしか無かった。


デルモントの町
陸上自衛隊第10分屯地

「よさこい11号からの通報により、三個小隊規模を確認!!」
「デルモントの北部の街道、オーロフ男爵領近辺の線路補修中の工員が四個小隊規模の新香港武装警察部隊を確認。」

報告を聞いて分屯地司令の蒲生一尉は困惑を深めている。

「海路でヴェルフネウディンスクから来たな?」

デルモントにいる第10分遣隊も中隊規模の約200名の隊員がいるが、先日1個小隊をタージャスの森に派遣している。
さらにウラン鉱山の警備とパトロールに2個小隊割かれている。
分屯地の防衛を考えれば動かせるのは1個小隊しかなく、南北から接近する新香港武装警察を食い止めるのは論外である。

「だが新香港も我々と事を構えるのは本意では無いだろう。
総督府を通じて止めてもらうしかない。」

政治的圧力で止められなければなす術が無い。
大陸中央からの援軍はまず間に合わない。
だが新香港の目的地はデルモントでは無いだろう。

「第5小隊をタージャスの森に派遣して合流させろ。
対応は追って沙汰する。
ここの警備には海と空の連中にも手伝ってもらう。」

戦力をここに置いて置いても今がない。
連絡官として来ている海自や空自の隊員が少数だがいる。
彼等にも小銃でも持たせておけば飾りにはなる。
事態をややこしくすることは避けて欲しかったな。




大陸北部
タージャスの森南側外縁
自衛隊キャンプ

大森林に向かった部隊の留守部隊として、陸上自衛隊の隊員六名が自衛隊キャンプに残っていた。
彼等は留守番の最中も陣地構築を行っていた。
問題は陣地が森側からの攻撃を想定されていて造られていることだ。
これから迎え撃たないといけない相手は街道からやって来るのだから意味が無い。

「新香港の部隊が?」
「やりあわずに足留めってどうしろというんだ。」
「無理に決まってんだろ!!」

連絡と命令を受けた隊員達は頭を抱える他無い。
まともに使える車両はNBC災害対策車と高機動車くらいだ。
銃火器も小銃や拳銃くらいしか残っていない。
こんな装備で二百名近い新香港武装警察とやりあえる筈もない。
ましてや地球人同士の交戦は、神戸条約により禁止されている。
地球人による植民都市が増えた結果に結ばれた条約だ。
逆に言えば彼等自身が人間の盾になれるのだが、そんな立場は御免蒙りたかった。

「森の中の佐久間二尉との通信はまだ取れないか・・・」

どのような作用か、電波による通信は本隊が町に入るとの通信を最後に取れなくなっていた。
増援の第5小隊の到着も3日は掛かる見通しだ。
彼等留守部隊六人がとれる選択肢は少ない。

「森の中に隠れよう、車両もテントも全部だ。
痕跡を残すな。」
「命令は足止めでは?」
「ようするにここを通すなという意味だろ?
見つからなければ時間も稼げる。」

反対する者はいなかった。

「森の奥まで行かなければ迷うことはないはずだ。
後は霧が隠してくれる。」

幸いなのは新香港も森の入り口はわかっていないことだ。
関東平野に匹敵する広さの森の周囲探索に時間が掛かるのを望むしかなかった。

「隠せるかな・・・」

今さら造り続けていた塹壕を埋め戻したり、鉄条網の撤去など6人で出来る時間があるのかは疑問だった。
結局のところ、彼等は盛大に霧の中を迷子となった。
そして、新香港武装警察の部隊は自衛隊が構築していた陣地跡まで来ることは無かった。
森の中に隠れた彼等がエルフ達に発見され、保護されて解放されたのは一ヶ月後の話になる。



大陸西部
新香港
主席官邸『ノディオン城』

日本大使相合元徳と駐在武官である渡辺始一等海佐は、大陸北部に部隊を進めた新香港に事態の説明を求めに訪れていた。
ノディオン城は主席官邸と同時に新香港政府の政府庁舎を兼ねている。


「説明も何も事態は明白でしょう。
我々はウラン鉱山の被害と死者を出しているんですよ。
報復か謝罪を要求するのは当然では無いですか。
そして、我々にはエルフとの外交チャンネルを持っていない。
わかりやすい示威的行動或いは実力行使が今回の動員の理由です。
貴国が対応したケンタウルスの時と何ら変わらない。」

武装警察の常峰輝武警少将が応対に出て会談に応じている。
普段は友好的な対話をしてくる常武警少将の高圧的な態度に、二人は顔には出さないが動揺していた。

「ケンタウルスの時は明確な敵対勢力による攻撃でした。」
「今回は違うと?」

そう言われると些か苦しいが、ここで退く訳にもいかなかった。

「詳しいことはまだ何もわかっていない。
現在、我々がエルフとの外交交渉を行っています。
今少し御待ちいただけませんか?」
「失礼ながら、我々は全て日本に任せている現状を憂いている。
貴国には、同盟都市としてこれまでの援助は感謝している。
それゆえに我々は日本の負担を分かち合う準備がある。」

常武警少将の言葉に二人は身構えて聞く羽目になっていた。

「それはどういう意味で?」
「地球人による五番目の国家の建国ですよ、大使。
これからも友好国としてよろしくお願いします。」

現状は日本、アメリカ、北サハリン、高麗の他は国ではなく、独立都市の扱いだ。
所謂、保護国のような扱いだ。
新香港は人口も北サハリンやアメリカよりも多く、石油の採掘や独自の軍事力、衛星都市の建設など他を凌駕している。
武器も銃火器程度なら生産も可能となった。
そろそろ自分達の国を建設してもいい頃だと常武警少将も信じていた。
これこそが新香港に住む民の総意であると。


大陸北部
エルフ大公領
リグザの町迎賓館

早朝、大公公子アールモシュとその叔母で大公領の軍事を司るサルロタの母のギーセラーが町に到着した。
驚いたことに二人は飛竜に乗って現れたのだ。
大公領でも八匹しか飼い慣らせていない貴重な生き物だ。
アールモシュは、颯爽と飛竜から飛び降りると、出迎えの為に待機していた杉村達に爽やかに微笑み挨拶をしてきた。

「お待たせしました。
大公領公子アールモシュです。
大公の代理として全権を委任されています。
日本とは実りある交渉を期待しています。」

意外に低い物腰のアールモシュに杉村外交局長達は気圧される。

「こちらこそ、貴方方との交流は我々も夢見ていました。
今後の友好関係の構築に向けて問題点の解決に努力したいと思っています。」

互いに握手を交わす。
第一印象はまずまずだったが、エルフは何の躊躇いもせずに握手を交わしてきた。
これまでの大陸人には無かったことだった。
エルフ達との交流を夢見ていたことも嘘では無い。
地球から転移して、エルフが実在したことに日本人達が如何に歓喜していたことか。
実に妄想を昂らせたりしていたものだった。
だが接触の機会は少なく冒険者として現れるエルフに依頼をする時くらいに限定されていたのだ。
杉村達が軽く興奮していたことも仕方がないことだろう。
さて、軽く互いを紹介し、親好を温めた一行は飛竜が降り立った広場から迎賓館へと移動する。
会談に用意された部屋に入室すると、会談に携わる者達が席に着いた。
会談はアールモシュが口火を切り始まった。

「まず最初に疑問に思われるでしょうが、我が母であり現大公ピロシュカのことです。
彼女は現在長い眠りに付いていて、もう30年ばかり起きてきていません。」
「30年!?」

思わず叫んでしまった。
エルフは長い寿命の中で、やりたいことや考えることが無くなると、眠りに付いたまま起きてこなくなるらしい。
野外で寝ていて何十年も放置され、大樹と一体化してしまう者までいるらしい。

「なんとも凄まじい話ですな。」
「はい、母は初代皇帝の孫にあたります。
その初代皇帝の教えが、貴方方の鉱山が襲撃された原因です。
初代皇帝はあの悪魔の石を病気をもたらす危険な物と考えていました。
学術都市が採掘して研究中に多くの研究者が健康を害し、原因不明のまま死亡したことに端を発しています。
その結果、採掘場所を隠蔽しそれを暴く者を討伐せよ、と。」

悪魔の石とはウランのことだとは理解は出来る。
地球でもウラン鉱山による環境、健康被害は問題となっていた。
ウランを採掘する際に、放射能を含んだ残土がむき出しになっていた。
これが乾いて埃となり、周辺に飛散して大雨が降ると川に流れ込み、放射能による深刻な環境汚染が引き起こされたのだ。
ウランを含む土には他にも放射性物質が含まれ、肺癌や骨肉腫などの原因になっている。
鉱夫のなかにもこれらの埃や水を体内に取り込み、肺癌になった者が多数存在する。

「なるほど悪魔の石ですか・・・、その為に兵を派遣したと?」
「時代は変わるものです。
長い年月を生きてきた我々にはそれが判る。
貴君等があの悪魔の石を利用する術を持っていることも把握している。
だが若者は原則に拘り、教えを守ろうとした。
それが今回の事件の発端です。」

千年も昔の教えに引っ掻きまわされていたとは、襲撃された同盟都市は納得はしないだろう。
だが事態を終息させる必要はある。

「公子閣下から、外界のエルフに襲撃を辞めるよう命令を下して頂けませんでしょうか。」
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0051†Mango Mangüé(ガラプー KK43-XliH)
2018/06/26(火) 23:42:09.833348ID:BBN1aGa/K
「宣言は出しましょう。
ですが彼等が言うことを聞くかは別の問題です。
勿論、彼等を諌める使者も出しましょう。
それでも手を引かない者達に付いては・・・、大公領としては追放処分とします。」

煮るなり焼くなり好きにしろということだ。
現状ではこれ以上は大公領からは望めそうも無かった。
大公領は現時点では誠意は見せている。
エルフ個人によるテロならば、責任は問えそうにも無い。

「もう一つ疑問があるのですが、大公領軍の兵装は我々に取って見覚えがあるものなのですが・・・」
「はっきり言って貰って大丈夫ですよ。
我々の兵装は地球の第一次世界大戦時の大英帝国軍のものを模倣しています。」

あまりにあっさりと言われたので、杉村をはじめとした日本側は誰もが言葉を失っていた。

「ち、地球の歴史をご存知で?」
「貴殿方は最初の転移者と言うわけでは無いのです。
まあ、貴殿方ほど大規模な転移は初めてだが、過去にも何度か転移してきた者達がいました。
最初の頃はこちらと技術や文化の差はそこまでなかったのです。
1200年くらい前から産業革命とかいうのを体験してきた転移者から状況が変わってきましてね。」
「1200年前?」
「そちらとは時間の流れが多少ズレがあるようです。
彼等の知識は当時はほとんどが再現不可能でした。
しかし、時の流れが少しずつ問題を解決し、大陸の発展に寄与してきました。
初代皇帝は我等に彼等の保護と知識の調査を命じました。
我々は長命の種族だから、そういった活動は我々の退屈を解消させる格好の役割となりました。
そして、そちらの暦で1915年に転移してきた者達がこちらの世界で500年ほど前に転移してきましてた。
彼等は大英帝国軍、ノーフォーク連隊と名乗っていました。
彼等の装備や知識を模倣し、エルフ大公領軍は再編されて今に至るわけです。」

突然のことに杉村も佐久間も理解が出来ない。

「一度、総督府に問い合わせる必要がいりそうです。
事実ならノーフォーク連隊とやらの同胞もこの大陸に来ています。
彼等にも話を聞く必要があるでしょう。
森の外に一度、出たいのですが?」

ノーフォーク連隊についてはオカルト関連ではそれなりに知られた話だ。
だがこの場の日本側の人間には、それを知っている人間はいなかった。
問題は外部との連絡が取れなくなっていることだった。

「ご案内しましょう。
私も久しぶりに森の外に出たい気分ですから」

日本とエルフ大公領との最初の接触は、好感触のうちに終わった。


タージャスの森
西側外縁
新香港武装警察部隊

新香港武装警察派遣部隊の指揮官劉文哲武警少佐は、いつまでも続く森の入り口の探索にうんざりしていた。
そして、部隊を牽制するように周辺貴族が私兵を差し向けて来ていた。

「少佐、また貴族共の軍勢が・・・」

周辺貴族が私軍は距離を取りながら、代わる代わる接近と離脱を繰り返してくるのだ。

「うっかり蹴散らす訳にもいかないからな。
うっとおしい・・・」

警戒の為に部隊の一部を割けざるを得ないのも癪に障る。
私兵軍もそうだが、自衛隊とも遭遇しても厄介なのだ。
地球人同士の不戦を誓った神戸条約に抵触して、責任問題となってしまう。
それなりの規模の部隊を用意してもらったのはいいが、食料や燃料、弾薬といった物資も手持ち分だけで補給は要請出来ない。

「まだ、我々には遠征は早いんじゃないかな・・・」

だんだんイライラしてきた劉武警少佐は、目の前の大森林を見渡して暗い衝動的な作戦を思い付く。

「よし、燃やそう。」

エルフどもが出てこないなら引きずり出すのに、これほど効果的な手は無いだろう。
焚き火をしている隊員達から燃えた薪木で、大森林の樹木していく。

「今晩は放火に徹するぞ。
薪になる木をたくさん持ってこい。
街道沿いに移動して、火を着けながら拡大していく。」

複数の箇所から引火させた炎は燃え繋がり、森林火災を拡大させていく。
この規模の大火災は日本の消防隊でも鎮火は難しいだろう。

「あとで問題になりませんかねぇ?」

部下に言われて冷や汗を掻き始めるが、今さら退くに退けなかった。

「け、結果さえ出せば問題は無い。」

貧乏クジを引いた気分を劉武警少佐は味わっていた。



タージャスの森

リグザの街を出発した日本特使一行と同行するエルフ大公領公子アールモシュの元には、次々と伝令が舞い込んでいた。
おかげで一行の歩みは遅々として進まない。

「申し訳ない。
また、火事のようだ。」

アールモシュが申し訳なさそうに杉村達に陳謝してくる。

「こうも複数の箇所での火災が起きるなど、明らかに人為的なものです。
兵を派遣したりはしないのですか?」
「森を焼いて、我らを誘い出す。
この数千年の間に何度も使われた手ですからね。
姿を消させての偵察は出してますよ。」

どうやら想定内の出来事らしい。
「敵の戦力や位置が把握出来次第、包囲して殲滅するつもりです。
それに森の権益は我々の物だけでは無いですからね。」

タージャスの森周辺の貴族達にはエルフの愛人を代々送り込んである。
いざというとき時に様々な便宜を計らせる為だ。
今回、新香港武装警察部隊を牽制しているのも、そういった貴族達だ。
日本人やその同盟国・同盟都市に送る必要があるなと、アールモシュは考えていた。



タージャスの森外縁

新香港武装警察部隊
派遣部隊本部

「ポイントBに貴族の私兵軍が押し寄せ、書簡と口頭による厳重な抗議を受けているそうです。」
「ポイントDからもです。」

派遣部隊の指揮官劉少佐は、手回しのいい貴族達の行動に頭を悩ませていた。
大森林から漏れでる恵みを受けとる権益を持った彼等と領民からみれば、大森林が焼けて無くなることは死活問題なのだ。
私兵軍だけで無く、武装した民衆が殺到している場所もある。
彼等の抗議は正当なものだけに、その声を無視することも出来ない。
劉少佐に出来ることは、相手をたらい回しにして時間を稼ぐことだけだ。

「抗議は新香港の外務局が取り扱うので、そちらに回してくれと伝えろ。」

それでも対応に人が割かれるのは痛い。
早くエルフに出てきて貰わないと、受け取った書簡だけで司令部に使っている車の車内が埋まりそうだった。

「劉少佐、ポイントCの森から動きが。」
「ようやく出てきたか・・・
2個小隊を増援に・・・」

敵の出現を懇願している自分が笑えてくる。
だが無線から声が悲鳴に変わり、劉少佐の希望を打ち砕く。

『少佐、こいつはエルフじゃありません。
モンスターです!!』




タージャスの森
放火ポイントC

ポイントCで森に火を付けていた新香港武装警察の分隊は、森の奥から出てきた巨大な青黒いビーバーの群れに襲われていた。

「アーヴァンクだ!!
近寄られたらひとたまりも無いぞ!!」
「手榴弾を使え!!」

エルフ達を引きずり出す前にとんでも無いモノを引き当ててしまい、弾薬を消費する羽目になっていた。
それでも分隊だけでは支えきれなくなる寸前、本部から派遣された小隊が戦闘に加わってくれる。
現在の新香港武装警察が使用しているのは、日本が北サハリン向けに製造していたAK−74だ。
小規模だが中国人第二の植民都市陽城市で生産工場の建設も完了している。
車両を盾にして射撃を続けて撃退したが、アーヴァンクの体当たりに些かの損壊が生じていた。
部隊を直接率いてきた劉少佐は疲れた顔でため息を吐く。

「走行には支障は無いと思いますが・・・」
「武警の虎の子だぞ?
始末書は確実だよ、参ったなあ・・・、誰か変わってくれよこの任務・・・」

最悪戦争して来いと言われてるのに、車両の傷やへこみで責められる未来図に劉少佐もへこみそうになる。
大森林の火災は尚も拡大しつつあった。



そのエルフ達は、初代皇帝の教えを守る皇帝派の面々である。
だがそれ以上に人々や自然に呪いを振り撒く悪魔の石と、それを採掘しようとする者達が許せない正義感に溢れる男女だった。
そんな彼等が、地球人の手によって燃え盛る大森林を見て憤りを感じるのは当然の帰結といえた。

「大公軍は何をしているんだ。
大森林が燃えてるんだぞ!!」
「日本と交渉中だから、放って置けとのお達しが届いてるようだ。」
「あの臆病者共め!!
仲間を集めろ。
あの地球人共を皆殺しにする。」
「もう大森林にはほとんど残っていない。
50人がいいところだ・・・」

大公軍で無い彼等は銃器等は持っていない。
さすがに弓矢と細剣、精霊魔法だけでは勝てないのは理解は出来ている。

「大公軍にも同志はいる。
彼等に武器庫の鍵を一つ閉め忘れて貰えばいい。」
「なるほど、それなら奴等に一矢を報いれるかもしれん。」

大公軍の保有する武器は、かつての帝国軍の武具を遥かに凌駕する性能を持っている。
さすがに地球人達が使う武器程では無いが、最初の一撃くらいは大きなダメージを与えれことが可能な筈だ。

「一撃加えて、大森林に退く。
追ってくればしめたもの。
留まるなら時間を置いて、もう一撃して退く。
あわよくば、仕留めた敵の武器も奪う。
この作戦でいくぞ。」

森の中では風のように動ける彼等は、さらに精霊魔法の風の声で遠距離の仲間と連絡を取り合い準備を進めていく。
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0052†Mango Mangüé(ガラプー KK43-XliH)
2018/06/26(火) 23:47:48.910642ID:dVfLRymzK
その迅速な動きは、無線や携帯電話で連絡を取り合う地球系の武装組織を凌駕していた。
彼等は大公軍の同志が、うっかり閉め忘れた武器庫の前に集まり、小銃や弾薬を持ち出していく。
持ち出される武器は、かつてのこの地に転移してきた英国軍の装備を500年近い歳月を掛けて複製したものだ。
転移してきた英国軍兵士や将校から原理を学び、ドワーフの協力を得てそれなりのものが出来上がり、大公軍だけの制式装備として数も揃えられた。
持ち出された武器は、廃棄された筈の武器とすり替えられて、書類上の帳尻を合わせていく。
複製された銃火器のうち、リー・エンフィールド小銃はほぼ完全な再現を達成した。
ルイス軽機関銃はいまだにエルフが持てる重量に軽量化が果たせず、車輪つきの砲架や三脚に固定せざるを得ないのが現状だ。
No 1手榴弾はオリジナル程の爆発の威力を出せていない。
火薬の精製に難があるようだ。
拳銃のウェブリーMk IVも、構造が簡単なことからドワーフの職人が再現に成功した。
火薬を造る為の硝石も大規模な鉱床でドワーフ達が採掘している。
帝国でも歴代皇帝と一部皇族しかこのことは知らない。
今の王国では知る者はいないだろう。
生産された武器は、タージャスの森の各地に点在する町の武器庫に大公軍の管理のもとに保管されている。
この武器庫のある町は、住民や町長、大公軍には皇帝派の支持者も多い。

「地球から来た軍隊は自らの兵器の質が大陸とは何百年も先をいっていることに驕っている。
その差をせいぜい百年程度に縮めてやるのだ。」
「しかし、勝てるのは最初の一回だけだ。
いま、こんな小競り合いで使うのは正しいのか・・・」

それは今は亡き帝国に固執したエルフ達にもわかっていた。

「今、燃えているのは我らの森なんだぞ!!
今、使わなくていつ使うのだ!!」

激論が彼等の間でもかわされている。
納得できない者は協力はするが、戦いには参加しない。
戦闘に参加する者達の数はみるみる減っていた。
彼等の間に明確な指導者がいない為である。
自由な気風を大事にするエルフならではではある。
最終的に新香港武装警察を相手に集まった皇帝派のエルフ達は街からの志願者も集まり、80人ほどの男女に減っていた。



新香港武装警察の派遣部隊は、小隊規模の部隊を、大森林から時計回り、逆時計回りに移動させて放火作業を行わせていた。
火災がモンスターを発生させたことから、部隊を小隊規模にまで拡大させた。
同時に五つの分隊に貴族の私兵軍とそれぞれ対陣させている。
本隊も放火を続けつつ、陣地構築を続けていた。
前方には焔が大森林を侵食している。
こちらから敵が来ることは無い。
街道は三菱キャンター2両を使って封鎖した。
キャンターが牽引するトレーラーの屋根に設置された銃座が2基、目を光らせている。
敵が透明化してくる事も予想の範囲内で、各種センサーも張り巡らせている。
例えエルフだろうと、王国の銃火器を使用しても突破出来るものではない。
だがトレーラーに刺さった矢を見て、銃座に座っていた武警の隊員は叫びながらトレーラーから飛び降りた。

「敵襲!!」

隊員が飛び降りた瞬間、トレーラーの屋根で爆発が起こり、もう1基の銃座に座った隊員が爆風と破片に巻き込まれて負傷してトレーラーから転げ落ちる。

劉武警少佐がパジェロから出てきて、地面に転がった隊員に駆け寄る。

「何があった、報告しろ!!」
「矢に手榴弾が・・・」

劉武警少佐の頭が些か混乱する。
矢に手榴弾を括りつけて放つ等可能なのかと。
実際に第一次世界大戦では、クロスボウを使用した実例があるのだが、劉武警少佐にはそこまでの知識は無い。
続けざまにキャンターに、手榴弾が括り付けられた矢が複数命中し、キャンターは大爆発を起こして吹き飛んでいった。
ここまで来ると、武警側も小銃を構えて、塹壕や車の陰に隠れて応射を始める。
街道の誰もいないはずの場所から悲鳴が上がり、蜂の巣にされたエルフが三人、地に伏したまま姿を現す。
その途端、大森林の火災が所々消火される。
エルフ達の水の精霊魔法による消火だ。
消火された焼け跡の向こうから、銃弾の雨が武警隊員達を襲う。
この奇襲に幾人かの武警隊員達が倒れるが、回避した武警隊員達も応戦し、たちまち銃撃戦が巻き起こる。
双方に被弾して倒れる者が続出して、距離がとられはじめて膠着状態となっていく。

「おかしい、大陸の連中の火力じゃない。」

劉武警少佐の疑問は最もで、小銃の練射速度がこれまでと段違いだ。
さらに森の中から機関銃のような銃撃が武警隊員達を襲う。

「いや、これ機関銃だろ!!」

先程の手榴弾らしき爆弾もそうだが、大陸の住民が機関銃を使うのは衝撃的な事実だった。

「こっちも撃ち負けるな。」

反対側の街道を封鎖するキャンターのトレーラーの屋根に設置された重座から機関砲が森の中に隠れたエルフ達を凪ぎ払う。、
武警本隊の半数が既に地面に倒れている。
また複数の手榴弾が投げ込まれて、キャンターのトレーラーが爆発に巻き込まれて銃座も傾いて使えなくなる。

「後退、後退!!
別動隊に本隊に合流するように連絡しろ。」

負傷者をパジェロやトヨタ・コースターGXに乗せて応戦しながら後退する。



大森林とクロチェフ男爵領は街道を挟んで境としている。
近隣の村の住民が集まり、大森林に放火している新香港武装警察の分隊と対時していた。
住民達に取っては、大森林は獣の狩猟や森の恵みをもたらす神聖な場所であった。
また、住民達のまとめ役はエルフ達に肉体的に懐柔されている。
ほとんどは大公家の紐付きだが、例外的に皇帝派のエルフにまとめ役が懐柔されたのがこの男爵領だった。

「お願い、森を守って・・・」

涙目の美しいエルフに懇願されて、まとめ役の男は奮い立ち、周囲にいる民衆を煽動する。

「まかせておけ・・・
おい、みんな!!
余所者に好きにさせていいのか!!
大森林をみんなの手で守るんだ!!」

その言葉に憤りを感じていた民衆が呼応してしまう。

「大森林の火を消すんだ!!」
「神聖なる森に火を着けた連中を許すな!!」

農具や自衛用の武器を持って、武警隊員達に民衆が殺到する。
10人程度の分隊ではもうどうすることも出来ない。
また、この分隊は本隊に一番近い距離に有り、本隊からの増援要請に焦っていたことも災いした。

「蹴散らせ!!」

武警隊員達の小銃が民衆に向けられて発砲し、民衆が凪ぎ払われる最悪の事態に発展した。
領民を守る為にクロチェフ男爵領軍が両者の間に割り込んで終息したが、分隊は暫くこの場に拘束されることとなった。




偵察に出した兵から報告を聞いたアールモシュ公子は、眉をしかめ杉村や佐久間二尉に一つの提案を行った。

「我々は事態の鎮静化の為に、王国傘下からの離脱と日本との同盟を提案させてもらいたい。」




クロチェフ男爵領との境にいた分隊からの通信を受けた劉武警少佐は、一つの決断を下した。

「近くに自衛隊の部隊がいる筈だ。
同盟の規約に則り、我々の撤退支援を要請しろ。」



タージャスの森外縁

ようやく通信が出来る場所に辿り着いた日本の外交官と自衛隊の特使一行は、デルモントの分屯地や新京の総督府への通信を試みていた。
すでに大森林外縁で、民衆や皇帝派エルフは、新香港武装警察と交戦状態に入っている。
アールモシュ公子からの同盟の提案は、ようするに日本の保護下に入ることを意味しているようだった。
一介の外務官僚に判断できる内容では無い。

「まあ、説得出来る材料はあるか・・・」

エルフ達は異世界転移に関する情報を持っていた。
これは地球系国家・独立都市が喉から手が出るほど欲しい情報のはずだった。



佐久間二等陸尉が指揮する自衛隊隊員達は、大森林に出発前に設営した自衛隊野営地に赴いた。
しかし、留守を任せた部隊はおらず、杜撰だが野営地を撤去した跡が残されている。

「よほど慌てて離脱する事態に遭遇したか・・・」

周辺を捜索していた毛受一等陸曹が戻ってくる。

「車両のタイヤの跡が綺麗に残されていました。
跡を辿ると、事前に取り決めていた場所に車両は隠されてました。
ですが、肝心の留守部隊六名がいません。」

毛受一曹からの報告に苦虫を潰したような顔をしてしまう。
だがようやく繋がったデルモントの分屯地との通信から状況は理解できた。
案内として、同行していたサルロタが口を挟んで来た。

「おそらく留守居の方々は、迷いの霧に囚われて大森林をさ迷っているのでしょう。
我々エルフの血をひく者には効果の無い霧なので、捜索は我々が引き受けましょう。」

これ以上の捜索は二次災害を引き起こす可能性があると判断し、佐久間二尉は、彼女達に任せることにした。

「ならば我々は大森林の消火活動に参加しましょう。」
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This is Original

0054†Mango Mangüé(ガラプー KK8b-E+4s)
2018/07/05(木) 03:56:26.591048ID:kKvx84KrK
NBC災害対策車や73式中型トラック、高機動車はいずれも問題無く動く。
隊員達が車両に乗り込み、近隣の火災現場に向かった。




野営地に戻った杉村外務局長は、総督府と連絡を取り、エルフ大公領の事情やノーフォーク連隊についてを報告したことをアールモシュ公子に伝えた。

「新香港にはエウロペやアメリカ、ブリタニカが圧力を掛けてくれることが決まりました。
特にブリタニカはあなた方に興味津々のようです。
総督府もテロリストによる事件を地方の自治体に責任を負わせる行為については疑問に思っているようです。
何より我々はエルフ大公領との交流を望んでいます。」

北サハリンもだ。
今回は新香港の顔を立てて協力してきたようだが、日本とエルフが交流を持ちそうだとわかると、手のひらを返してきた。


「それは我々もです。
若者達に外の世界との交流は必要だと思っていました。
しかし、外の世界との交流の再開は、再び王国との軋轢を産み出します。
日本さえよろしければ、我々を日本傘下の公国として認めて頂けませんか?
確か、海棲亜人達にはそれを認めた前例がある筈ですよね。」

どこまでこちらの事情を察しているのか、油断がならないと杉村は思わず舌打ちしそうになる。
確かに日本は海棲亜人達を傘下に治めて東京に大使館まで作らせたが、アールモシュ公子提案は総督府の権限を超えているので即答は出来ない。

「本国に御意向は迅速に伝えさせて頂きます。
それと事態の沈静化の為にソフィアに駐屯していた日本国陸上自衛隊第34普通科連隊1200名がこちらに派遣されています。
三日後には到着する見込みです。」

援軍の到着は嬉しい限りだが、エルフ大公領の同盟締結と新香港からの同盟による支援要請という難題は頭の痛い話だ。
車両を回収して戻ってきた佐久間二尉も同じ様に頭痛を感じた。

「撤退の支援自体は問題ありません。
ですがエルフ大公領と同盟を結ぶか微妙な時期に、テロリストとはいえエルフと交戦してよいのか御墨付きが欲しいです。」

責任問題になることは御免被りたい佐久間二尉だが、一応は出来ることを考えてはいる。
今、出来ることは新香港武装警察の部隊を大森林から引き離すことと火災の消火活動だけだ。

「アールモシュ閣下、出来れば大公領の旗をお借りしたいのですが・・・」




新香港武装警察本隊

元々、新香港武装警察隊は人数と武器の質で皇帝派エルフに勝っている。
最初の奇襲を凌げれば、徐々に火力で皇帝派エルフを圧倒しつつあった。
機関銃を掃射して来る射手は一人で厄介なことこのうえなかった。
しかしそれもトレーラーに設置した銃座からの機関銃による制圧射撃で圧倒して沈黙させた。
指揮を取る劉武警少佐は、好転する状況に胸を撫で下ろしていた。

「援軍はいらなかったか?
いや・・・」

戦死した隊員が12名、負傷者は20名を越えている。
まともに応戦しているのは二個小隊程度にまで落ち込んでいる。
エルフ達の抵抗は弱まりつつあるが、実数がわからないので判断がつかない。

「少佐、エルフ達が火蜥蜴(サラマンダー)とか、ノームとかいった精霊を使った魔法で抵抗を始めてきました。
射程は短いので、問題はありませんがおそらくは・・・」
「なるほど、連中弾が尽きたか。
これ以上の犠牲は出したくないから、前線には近距離を避けて術者を仕留めるように指示しろ。」


地球のような大規模生産工場の無いこの世界では、大抵の物は職人が生産していた。
それでは大量消費が行われた場合に補充が間に合うものではない。
大自然を武器に変える精霊魔法は確かに厄介だ。
だがその精霊魔法により、発生した風や炎の効果範囲はせいぜい術者を中心に数メートル程度とは研究結果が出ていた。
上位の術者なら数十メートルを効果範囲にすることも可能なようだが、近寄らなければどうということは無い。
一度に複数の精霊魔法は使えないらしく、精霊魔法による攻撃に切り換えて来たということは姿を消す魔法は使えなくなるということだ。
銃弾で実態の無い精霊は倒せないが、突き抜けることは可能だ。
精霊のいる範囲に弾丸をばら蒔けば、高確率で後方にいる術者にも当たる。
また、手榴弾などの爆風で吹き散らすことは可能だ。
再生するまで時間が掛かるので、その間に術者を撃てばいい。
日本の囚人を使った第一更正師団が多大な犠牲を払って得た戦訓の一つだった。

「連中の底が見えたな。
いっそ姿を消されたまま刃物で襲われた方が厄介だったな。
慎重に片付けていけよ。」

一時の混乱から立ち直った武装警察隊は、皇帝派エルフを次々銃弾で容赦無く排除していった。



召喚されたサラマンダーのサイズは二メートル程度。
今回の襲撃に参加した皇帝派エルフ一番の腕利き術者が召喚した者だ。
サラマンダーが吐く炎の吐息は、数メートル先の武警隊員を一撃で消し炭に変えた。
武警隊員達は木々を盾にしながら、サラマンダーや術者を遠巻きに半包囲しながら射撃をしていく。
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0055†Mango Mangüé(ガラプー KK8b-E+4s)
2018/07/05(木) 03:58:52.086626ID:AnIC4cZVK
サラマンダーの熱気と体内の熱が、銃弾が突き抜ける際に、大幅に速度を減速させてしまう。
それでも後方の術者を蜂の巣に変えるには十分な威力だった。





タージャスの森外縁
ビィルクス伯爵領境の街道

タージャスの森とビィルクス伯爵領の境界線もこの大森林を囲む街道となっている。
燃える大森林を背景に、新香港武装警察の小隊と押し掛けてきた民衆が睨み合い、伯爵領軍が間に入って民衆を押し留めていた。

「とにかく、火災を直ちに消させて頂きたい。
これ以上はエルフどころか、我が領の民衆を煽る行為だ!!」

伯爵領軍の使者の剣幕に、武装警察隊の小隊長も困り果てていた。
伯爵領軍は街道を越えての活動は基本的に出来ない。
だが民衆はタージャスの森の恵みを生活の糧にしている。
関所等で遮られていないので、民衆からすれば森の恵みが得られないのは死活問題なので、殺気だっているのだ。
しかし、このまま暴動となれば、民衆は新香港武装警察隊の銃弾の前に屍を晒すことになる。
それだけは絶対に避けねばならないのが伯爵領軍の思いであった。
睨み合いが続くなか、大森林の火災は拡大していく。
焦燥に駆られた一人の木こりが、斧を両手に持った時、水の塊が一本の線になって大森林の消火を始めたことに誰もが驚いていた。
それは街道の先から新香港武装警察隊とは趣きが違う車両から放たれていた。
誰しもがポカーンとするなか、新香港武装警察の隊員達だけがその車両の正体に悔しそうな顔を見せる。
元は日本国警察のNBC災害対策車 の陸自仕様車は、屋根に設置されている放水銃から放たれた水が、大火災の火勢を幾分か和らげていく。

「日本・・・、自衛隊か・・・」
伯爵領軍や民衆も新香港武装警察の援軍かと警戒するが、車両にはためく日の丸とエルフ大公領の旗を見て安堵する。

「道を開けろ!!
あの水を放つ車を通すんだ!!」

伯爵領の騎士達が民衆や車両を誘導する。

「水だあ!!
タンクに水を片っ端から持ってこい!!」

NBC災害対策車から出てきた上坂三等陸尉の声に、消火をしてくれると希望を持った民衆が家に戻り、井戸や川から桶やバケツに入れた水を持ってくる。
隊員はバケツリレーの要領を民衆に教えながら効率化をはかる。
数人の隊員は、車両から持ち出した消火器を噴霧して消火にあたっている。
正直なところ高圧放水でも無いので、たいした水量を搭載も放つことも出来ない。
巨大な火勢にたいして、焼け石に水もいいところだ。
火勢の反対側でもエルフ大公領軍が、水の精霊を召喚して消火にあたっている。
しかし、各勢力の衝突が避けられたことを伯爵領軍も胸を撫で下ろして消火に参加している。
自衛隊の車両や隊員は、自然と伯爵領軍と民衆を新香港武装警察を引き離す形になっていく。
お互いの問題が物理的に遠ざかっていくはずだったが、新香港武装警察の隊員が上坂三尉に抗議の声をあげる。

「これは対エルフの作戦行動だ!!
作戦の妨害は同盟の規約に対する違反行為だ!!」
「そのことだが・・・
先ほど自衛隊の無線機を通じて、今回のテロ行為に対して大公領は一部暴徒による被害を受けた都市に対しての謝罪が通達された。
事情と事実の確認の為に我々はまだ残るが、事態の沈静化の為に貴官等はお引き取り願いたい。
正式な謝罪が行われるまでは、我々が停戦を監視する。」




新香港武装警察本隊

各都市からの圧力を受けた新香港は停戦に合意した。
派遣部隊を率いていた劉武警少佐は、無線機を叩き付けて撤収を部下に命じる。

「戦死15名、負傷者42名。
車両四両大破。
これだけの損害を出してこのざまか・・・」

攻撃してきた皇帝派エルフは殲滅したが被害も甚大だ。
陸上自衛隊の部隊が停戦の監視のために到着した頃には、本隊を攻撃してきた皇帝派エルフは皆殺しにしたところだった。
このまま部隊を集結させて、エルフ大公領軍も撃破するはずが、中途半端な結果に終わってしまった。
さすがに自衛隊が日本国旗とエルフ大公領旗を掲げて来た時は驚きを隠せなかった。
日本が交渉をまとめて来るとは、夢にも思わなかったからだ。
停戦の為に新香港武装警察の本隊を訪れていた陸自の高機動車を忌々しげに見つめる。
負傷した武装警察隊員は自衛隊の衛生科の隊員に治療を施して貰っている。
だがそれでも悪態をつかずにはいられなかった。

「くそったれ・・・」

大森林の火災は停戦後の10日後まで続いた。
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0056†Mango Mangüé(ガラプー KK8b-E+4s)
2018/07/05(木) 03:59:50.708740ID:BR6eOc0jK
大陸東部
新京特別行政区
大陸総督府

年の暮れにエルフ大公領は、正式にエルフ公国としてアウストラリス王国からの独立を宣言した。
同時にエルフ公国の西側の山脈に領地を持つドワーフも独立を宣言し、日本の傘下に治まることとなった。

「ノーフォーク連隊の武器を模倣、量産する為にドワーフも多大に貢献していたようですね。
エルフ達の皇帝派は今回の件で掃討、或いは捕縛されたようですがドワーフにも皇帝派はいるようです。」

秋山補佐官の説明に秋月総督はうんざりした顔をする。

「初代皇帝は厄介な種を遺してくれたものだ。
千年も前から我々に祟ってくるとわな。」
「幸い、ドワーフはエルフほど行動的では無く、精霊魔法も使えないので脅威とはならないというのが公安調査庁の分析です。」

その分析に安堵しつつ、同席していた北村副総督が語りだした。

「ところで、ノーフォーク連隊とやらはこちらでも調べてみた。
第1次世界大戦のオスマン・トルコとの戦いで行方不明になったとされる270名余りの英国兵のことなんだな。」
「はい、英国軍がその後の調査で実はオスマン帝国の攻撃にあって戦死していたり、捕虜になっていたと報告書を出されてはいます。」

その調査報告が正確なものであったかは今となっては調べようがない。

第一次大戦中の1915年8月28日、オスマン帝国の首都イスタンブールを制圧すべく、ガリポリ半島に連合軍を展開した。
その最中、英国陸軍ノーフォーク連隊三百余名が、通称アンザック軍団の目の前で、奇妙な雲の塊の中に将兵が消えていくのを目撃したのだ。
雲が晴れ、アンザック軍団の前には、無人の丘陵地帯があるだけだった。
戦後、英国はオスマン帝国に将兵の返還を要求するが、そのような部隊との交戦記録は無いと要求を否定した。

これが事件の顛末である。

「他にも都市伝説として語られている失踪事件も見直す必要がありそうだな。
えっと・・・バミューダトライアングルとか・・・」

さすがに北村副総督はそこまでは詳しくないらしい。

「3000人中国兵士集団失踪事件、フライング・タイガー・ライン739便失踪事件などは注目に値しますが、正直なところ資料も現地調査も出来ないのでどうしようも無いというのが本音です。」

都市伝説やオカルトの類いの話を公的に調べないといけないとは冗談が過ぎる話だった。
秋山補佐官の言葉に秋月総督も北村副総督もお手上げのポーズを取る。

「ドワーフとエルフは例によって東京に大使館を設置してもらうが・・・、エルフの方が揉めてるんだって?」

秋月総督の質問に秋山補佐官も眉を潜める。

「大使に相応しいエルフで、性的に倫理観に問題の無いエルフの選定に手間取っているようです。
エルフの社会問題になっている性の乱れが酷いらしくて・・・
どうも我々が考えていたエルフのイメージとは些か違うようです。」

エルフにあった高慢で閉鎖的なイメージは想定していたが、奔放で淫蕩で存外に交渉がうまいとは想定出来なかった。


「我々の幻想を打ち砕かないで欲しいな・・・」

北村副総督も呆れ顔だ。

「それでドワーフ侯国大使館は、旧カナダ大使館が用意してくれるとして・・・エルフ公国大使館はどうなった?」
「旧シンガポール大使館が売却を予定しています。
宝石や宝物を大量に呈示されて担当者はひっくり返ってましたよ。」
「そして、シンガポールはそのまま新香港に合流か・・・
売却利益はそのままエルフ大公国の賠償金も含まれていると・・・」

在日シンガポール人は七割以上が華人であることから、在日シンガポール人約八千人が新香港に合流することになった。
その際の旧シンガポール大使館の膨大な売却利益が、新香港への賠償金になる。
日本が仲介した新香港とエルフの落とし所である。

「よく王国の連中が黙ってるな。」

北村副総督の指摘通り、エルフとドワーフの独立は宗主国であった帝国の後継を名乗るアウストラリス王国の面子も潰す行為である。
最もエルフもドワーフも王国を帝国の後継国家として認めていない。
王国の宗主国となった日本に遠慮して文句を言ってこないだけである。

「文句を言ってしまうと、統治の為に軍を送らないといけないらな。
連中も余裕が無いのだろう。
渋々認めざるを得ないから無視を決め込んでる。」

北村副総督の言葉に二人は頷く。
そこに青塚副総督補佐官が部屋に飛び込んでくる。

「そろそろお時間です。」

言いながらリモコンを操作すると、画面には新香港主席林修光の顔が映し出される。
林主席は壇上で演説をしている。

『我々は今回の自体に独立都市としての権限の弱さを痛感した。
新香港に移民して丸七年。
植民都市も陽城、窮石と建設は順調で、第四都市の建設も来年には始まる。
シンガポールの民が我々に合流するかはすでに皆も知っていると思うが、このほどモンゴルの民八千人も合流することになったことをここに報告させて頂く。
我々は十分に力を付けた。
日本、米国、北サハリン、高麗に続く第5の国家として、我々はここに華西民国の建国を宣言する!!』


秋月総督も北村副総督も新香港政府からの予め通達を聞いてはいたが、面白くなさそうな顔を浮かべている。
予定通りとも言えるので、総督府に動揺している者はいなかった。
問題が無いわけではない。
残っている在日外国人最大多数のモンゴル人を持っていかれたことで、新独立都市の建設が困難になったのだ。

「独立都市は残った在日外国人をまとめて放り込むべきでしたかな?」
「争いの火種を撒くだけですよ。
他の独立都市に草刈りの規制緩和に動くべきでしょう。」

華西にしても第四植民都市の建設には日本の協力が必要なのは理解しているから、停戦に応じたのだ。
しかし、相当な不満を溜め込んだことは間違い無さそうだった。


その日の夜。
総督府幹部職員や自衛隊の将官の邸宅にエルフの女性たちが全裸で現れて騒動となったことは、厳重に箝口令が敷かれて隠蔽された。

ただある写真週刊誌が『秋月総督は、総督府にエルフのハーレムを作る』との見出しの記事を載せて、総督府が数日昨日停止に陥った。
だが世間の反応は、

「また総督がコレクションを増やしたらしい」

と、薄い反応しか示さなかった。
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0058†Mango Mangüé(ガラプー KK8b-E+4s)
2018/07/05(木) 04:06:31.100434ID:5DqFBrTSK
日本国
府中刑務所

日本が転移して13年目の年が明けていた頃、マディノ元子爵ベッセンは新たに立川市からも魔力と才能のある子供達を招聘し、魔術について教えていた。
立川市から招聘されたのは仏教系一人、神道系が二人、大陸魔術系が1人。
弟子の数は36人となった。
パソコンを打ちながら作製した弟子達への教科書を読み上げながら思いに吹ける。

「日本人もこの世界に馴染んできたかな?」

それが喜ばしいことかベッセンにはわからない。
移民の増加のせいもあるが、日本本国の人口は1億1500万人を割り込んだ。
その反面、転移後に産まれた日本人は1284万人を越える。
日本本国の死者の増大は、大陸に移民した者達には影響は及んでいない。
日本本国を守っている海の結界が、転移してきた日本人達に悪影響を与えているのではとベッセンは考えている。
日本人が転移後の世代に入れ替わる頃には、自分の生徒たちが指導者層になれると確信もあった。
最低でもあと10年、いや20年は必要だった。

「そうなると大陸の日本人達が邪魔だな。
まあ、今は出来ることも無いか。」

日本人達には海の結界の悪影響を秘密にしておきたいが、海棲亜人やエルフやドワーフが旧港区に大使館を構えて居住を始めた。
彼等も魔術に精通した者を連れて来ている筈だから、日本人にバレるのは時間の問題と言えた。
また、日本自体が魔術に関する知識を蓄積すれば、相対的に自分の価値も低下、弟子たちを増やすことも出来ない。

「今は余計な戦力の浪費だけは控えてくれるといいな。」

帝国の残党や日本を面白く思っていない貴族や教団、亜人達が日本の技術を学び、力を付けてくれるのがベストだ。
ベッセン自身は戦犯の汚名を着せられ、主君、地位、爵位、領地、一族、家臣、名誉、財産、自由全てを奪われた。
だが持って産まれた魔力と知識は残っている。
今は大人しく日本に従ってはいるが、何時かは全てを取り戻してみせる。
ベッセンの中の野望と復讐の炎は消えていなかった。
その為には時間が必要だった。
弟子達の教育や必要な栄養等を摂る時間以外はほぼ肉体を凍結させて寿命と若さを稼いでいる。
問題は他にもある。
弟子達の教育に人手が足りないのだ。
年長の弟子達が弟弟子達の教育を幾らか携わってくれるので、今はどうにかなっているが、そろそろ限界だとは感じていた。

「と、言うわけで優秀な魔術師で導士級の者をここに派遣してもらえいかな?」

相談を受けたベッセン担当の公安調査官の福沢は、眉を潜めて聞き返してくる。

「導士級じゃないとダメなのか?」
「もうすぐ二クラス分になりそうだしね。
年齢も修行期間もバラバラだから効率は良くないのは理解できるだろ?
それに私自身が自由に動けない身だから、スカウトに使える人材が欲しい。
導士級が欲しいのは、簡単に言うと魔術を使う為には肉体にある魔力の扉を開く必要があるんだ。
前に私が大月市の僧侶にやったようにね。
まあ、あの時はうっかり仏の力をこの世界に招いてしまったのは誤算だったけど。」

嬉しい誤算であった。
あれでこの日本人にも魔術が使えると、よいデモンストレーションになったし、弟子の増大にも繋がった。

「その扉を開くことが出来るのが、導士というわけさ。
まあ、30年くらいの修行が必要だけど。」

ベッセンは十年くらいだった。
代々宮廷魔術師の家系で貴族だったことが大きい。
一族の理解と蓄積された血統による才能と蓄積された知識による効率的な英才教育。
それらを可能とする資産と地位があったことが大きい。
通常は30年以上の修行をしてからなるものだから、老齢の者が多いのが実情だ。

「魔術師達が我々に非協力的なことは知ってるだろ。
それにそれだけの実力者達なら当然・・・」
「ああ、大半が灰になったろうね。
弟子達も含めて。」

導士やそれになれる実力のある者達は、そのほとんどが帝国の支援を受けていたので有事の際には宮廷魔術師団に召集される。
その閲兵式の最中に空襲を受けたのだ。
生き残っている者などはそれほどいないだろう。
期待できるのは、遠方や任務の為に閲兵式に参加していなかった者や独自の結社にいた者達だがどれほどいるかはさすがに把握出来ていない。

「エルフ達では駄目なのか?
彼等なら高い魔力と長い寿命で期待できるのでは無いか?」
「種族が違うと相性が悪くて危ないんだよね。
それに彼等は産まれながらに扉を開いてるから、その方面の修行はしてなかったりする。
ん〜、そうなると各教団の司祭長級の人間か・・・
まず地元を離れたがらないな。」
「総督府に一応は問い合わせてみる。
期待はしないでくれ。」

やはり10年、20年は待たないとダメだなと、ベッセンは落胆する気持ちを抑えられなかった。
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0059†Mango Mangüé(ガラプー KK8b-E+4s)
2018/07/05(木) 04:07:45.638988ID:FYdolP5QK
東京市市ヶ谷
防衛省

旧東京都の住民が移動したあと、防衛省も施設の大拡充をおこなっていた。
寺社と警視庁第四方面本部以外の東京都新宿区市谷本村町全域にまで拡がっている。
その中には防衛大臣官邸も建築され、大臣のオフィスも官邸内に存在する。

「これが元子爵様の御要望かい?」

防衛大臣乃村利正は秘書の白戸昭美から、公安調査庁から届いたベッセンの報告書を読み漁っている。
日本政府はベッセンは有用だが危険人物と見ており、心理学者やプロファイラーなども動員して監視を怠っていない。
まだ、彼の弟子達にも後援者たる寺社を通じて紐付きにする計画も進行している。

「魔術には精通していても、我々のことを甘くみてもらっては困るな。」

監視者達の報告は、ベッセンに反抗の心と能力は決して衰えていないというものだった。
こちらもいつでも府中刑務所ごと破壊できるように戦闘機やミサイルも配備済みなのだ。
刑務所内にも公安調査庁の実働部隊が配備されているし、警視庁も調布や立川の機動隊並びにSATの任務にベッセン排除を加えている。
神奈川県警SAT1個小隊を全滅にしたベッセンの実力は決して低くは見積もっていない。
唯一の問題は、ベッセンが外部と連絡を取ることを防ぐ手段が無いことだった。

「総督府に奴の要望を聞かせよう。
なるべく裏切らない導士や司祭長をな。
単身赴任してくれる家族持ちが最適だ。」

白戸が頷くと、関係各所に送る書類の作成に取りかかる。
その間に乃村は他の報告書にも目を通す。
防衛装備庁からは、転移後の装備の一新が第9師団まで完了の報告書が来ている。
従来の第9師団の装備は老朽化されていない物が厳選されて第11師団に移管された。
今年は第10師団から第12師団に装備が引き渡される予定だ。

「第16師団は・・・、前線は消耗が激しいな。
高価な在日米軍の武器ではもう限界か。」
「現米軍も自衛隊と同じ装備に移管しつつあります。
安価で工場が完成したロシア系とは比べられません。」

大陸における日本の権益を守る主力であった第16師団の活躍の程が知れる話である。

「あと四年持ちこたえてくれれば自衛隊装備を回せるんだが・・・。」

そこに入室を知らせるインターホンが鳴り、白戸が受話器を手に話し出す。

「大臣、第17旅団長久田正志陸将補がおいでになりました。」
「通してくれ。」

久田陸将補は入室とともに敬礼をしつつ、着席を勧められて席に着く。

「久田陸将補、これは内示だが貴官が大陸に帰還後に三等陸将の辞令が総督府から発令される。
現在、訓練中の第17後方支援連隊とともに帰還して貰い、第17師団が正式に発足する。
今後の第17師団の展開予定を聞かせてくれ。」
「はい、現在王都を中心に展開している各普通科連隊を各分屯地の3領に移動、駐屯させます。
まずは南部アンフォニーに第17普通科連隊。
西部エジンバラに第34普通科連隊。
北部デルモントに第51普通科連隊。
各分屯地の分屯隊は各連隊に復帰させます。
また、王都ソフィアの駐屯地には、第17師団本隊並びに第17特科連隊、第17後方支援連隊が駐屯します。」

王国や貴族に対する布陣だが、同時に地球系同盟国や同盟都市に対抗する為のものだ。
特に建国宣言したばかりの華西民国や北サハリン共和国は警戒が必要だった。

「政府もようやく重い腰をあげて、海自の新造艦や空自のF−35の生産の予算が降りたばかりだ。
陸自がその恩恵に預かれるのはまだ数年先だが耐えてくれ。」

政府が重い腰を上げた理由はそれだけではない。
エルフ達からの情報により、今後も地球からの転移が有り得ることが否定できなくなったからだ。
しかもこの世界では一年でも地球では五年経過した対象の転移だ。
個人や小規模な転移ならいいが、国単位で未来技術を持ってくる対象が転移してきたらどうなるか?
答えは日本自身がこの世界に証明してみせてしまった。
多少はその差を補うべく、停滞させていた新兵器の開発に動き出したのだ。
久田陸将補が退出したあと、現在は第一師団の所属となっている第18普通科連隊の連隊長上田翔大一等陸佐が訪ねてきた。

「現在、我が連隊と各陸自部隊からの異動希望ならびに志願者のリストです。」

第18普通科連隊も現在の任地から二年後に大陸に進駐する。
トラブルを少なくする為に隊員の希望を聞いてやる為のリストだった。

「予想通りだな。
年内に大阪市の移民が開始されるから、それを見越した志願者が多いな。
まあ、こちらにも都合がよいから無理の無い範囲で配慮してくれたまえ。」

移民庁からの報告書によると、横浜市民による六浦市民の移民は6月後半に終了する見通しだった。
その後は、大阪市平野区、東淀川区の住民の移民をもって六浦市への移民が完了する。
そして、大阪市民が中心となる第4植民都市の移民が始まることになる。

「六浦の港も開港すれば、送り出せる移民の数も増える。
現地ではすでにインフラの工事も始まっている。
ゼネコンの連中は仕事が無くならないと左団扇だ。
羨ましい限りだ。」

都市建設や街道の整備、鉄道の敷設。
材木や鉱物による資源の採掘など、日本や地球系同盟国や都市の労働力だけでは人員を賄うことが出来ない。
住民にとって何より大事なことは食料の確保だ。
都市の外での活動にはあまり積極的ではないのが現実だ。
代わりの人材として、各領地から派遣された賦役の領民が動員されている。
王国や貴族に日本に対する敗戦賠償として年貢の半分や採掘された鉱物を差し出す政策が大陸全土で行われている。
最も輸送や保存の問題もあり、辺境の領土では、現金で日本の輸送ルート沿いの領地から作物を買い取り、支払うことも認められている。
問題は現金で支払うことも出来ない貴族達で、彼等は農村や町から余剰の労働力を賦役として差し出してきた。
奴隷扱いは流石に不味いと、最低賃金で雇用したが、大いに活用されることとなった。
労働力の低下は食料の生産やや鉱物の採掘に響くのではと懸念はされた。
しかし、農村や鉱山には日本の指導のもとに知識や技術の提供が施されて、生産量は寧ろ増加の傾向にある。
しかし、日本や華西によるインフラバブルが終われば大量の失業者が大陸に溢れることになる。
もちろん日本の支配領域からは、物理的に叩き出すのは大前提だ。
それ以前に遠方に『最後の餌』が用意されて釣りだす計画となっている。

「閣下、外務省からです。旧南米、中南米諸国18ヵ国が、アルベルト市への合流を決定しました。
日本人等の外国籍配偶者も含めて、約二万人。
スペイン語圏でほとんどがカトリック教徒という共通点を持っています。」

秘書の白戸の報告に乃村は口笛を吹いて答える。
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0060†Mango Mangüé(ガラプー KK8b-E+4s)
2018/07/05(木) 04:10:09.269830ID:BMEGGeB8K
「独立都市の建設はもう無いとみて諦めたか。
ここまで粘ってた連中にもこの風を感じてくれると助かるな。」

昨年の独立都市の建設を決める調整会議の惨憺たる有り様を浮かべて、乃村は肩を竦める。
ペルー人を主体とするアルベルト市の規模ならば二万人程度含めても新たな植民都市が造られる可能性はほぼ無いと言っていい。

「もう13年も立つのに定住先を得られなかった者達への草刈りが始まったな。」



大陸北部
呂栄市
アキノビーチ

フィリピン系を中心とする呂栄市の郊外にある海岸、通称アキノビーチでは、呂栄軍警察隊と日本国自衛隊による合同演習が行われていた。
敵の対象が大型モンスターであり、呂栄軍警察が重火器をあまり持っていないことを前提とした演習だ。
呂栄軍警察のテクニカルやパトカーといった車両から、拳銃や小銃を発砲しながらモンスターを海岸に誘導する。
海上には沿岸警備隊の日本から供与されたパローラ級巡視船七番船『ケープ サン アグスティン』と八番船『カブラ』が待ち受けていて、JM61-RFS 20mm多銃身機銃の掃射で退治を完了する。
モンスター役は、海上自衛隊特別警備大隊隷下の水陸機動中隊であった。

「なかなか様になって来たじゃないか。
そろそろ人数も増えてきたし、陸自に戻った暁には駐屯地でも欲しいところだな。」

感慨深げに自らの部隊の連度を演習本部から語るのは陸自から海自に出向させられている長沼一等陸佐だった。
ようやく政府から水陸両用車の増産を受けて、原隊に戻れそうだと機嫌も良いのだ。
水陸両用車もAAV−7水陸両用強襲車の人員輸送型4両、指揮通信型1両、水陸両用車回収型1両に増え、国産試作車両と合わせて8両になった。
隊員も225名と大所帯になってきた。
転移前の計画と比べれば一割にも満たない人員だ。
先の海棲亜人との戦いで『叡智の甲羅』なる者を確保する突入作戦で高評価を受けたのも大きい。
長い年月を生きてきた海亀人数万年の歴史と技術の記録の保管庫らしい。
幾つかの者は機密扱いを受けて、在日米軍から返還された旧横須賀海軍施設内に密かに造られた研究所で保管、研究されてるという。
転移の謎についても解明されるか期待されている。

「そういえば連中と海保の共同調査が実行中だったな。
うまくいってるのかな・・・」



対馬海峡

海上保安庁と新たに日本と国交を結び、傘下に入った栄螺伯国は共同で、日本本土周辺海域の海洋結界の範囲調査が行われていた。
派遣された巡視船『やしま』のブリッジで、船長の河野は双眼鏡を片手に目標海域を視界に納めていた。
共同で作業に当たっていた『食材の使者の息子』号が掲げた鋏が摘まんだ旗を確認し、微妙な感覚を覚えつつ船員に指示を出す。

「『食材の使者の息子』号の調査が完了した。
ブイの設置の準備をせよ。」

ここが最後の調査対象だった。
地図にブイの設置場所を書き込み、定規で地球時代の地図と照らし合わせる。

「やはり地球の大陸陸地から26キロ地点までは海洋結界の効果範囲外となってるな。」

対馬はまだ大丈夫だが、高麗主要3島や北サハリン西海岸の旧間宮海峡沿岸の一部はほぼ効果範囲となることになる。
対馬までは約26キロまでは安全圏だがそれも何年保つかは今後の調査次第となるだろう。

「あとは我々の作業になります。
『食材の使者の息子』号には浮上航行の指示を。」

同乗していた大使館付き連絡官である栄螺の女騎士ミドーリ(日本名)が頷く。

「心得た。」

彼女がブリッジから甲板にでて、法螺貝を服出すと、『食材の使者の息子』号が浮上してくる。
ヤドカリ型水陸両用艦と日本では呼称される『食材の使者の息子』号は、先年日本の客船『いしかり』を襲撃した『食材の使者』号の子供であるらしい。
船体というか、身体や宿の栄螺殻も『食材の使者』号より一回り小さい。
栄螺伯国は巨大ヤドカリを艦船として利用しているが、遠洋での活動は向いていない。
『食材の使者の息子』号も大使館付きの艦として、小さいことを生かして途中から日本の艦船に牽引して貰ったくらいだ。
この対馬沖にもその低速ぶりから、海自や海保の艦船に牽引されて来たのだ。
栄螺伯国は、先年の襲撃と百済サミット襲撃事件の顛末を知り、日本とは対立よりも国交を結ぶことが得策とし、巻貝系諸部族を統一して使節団を派遣していた。
日本で捕虜になっていた女騎士ミドーリ(日本名)が両国の橋渡しになり、その地位と所領は安堵されることになった。
『いしかり襲撃事件』で日本側に死者が出なかったことは幸運と言えたろう。
栄螺伯国は旧オランダ大使館に居を構えて、活動を初めてこの共同調査に参加した。

「そういや、あの坊主の親御さんは今はどうしてるので?」

ミドーリ(日本名)はいったい誰のことが理解できなかったが、河野船長が『食材の使者の息子』号を指さす方を見て合点がいった。
『食材の使者の息子』号の親である『食材の使者』号は、護衛艦『いそゆき』の97式短魚雷を三発も食らって宿の貝殻部と鋏を破壊されている。
本体も衝撃で幾分か傷付いていた。
それでも本国まで辿り着いたのはたいしたものだった。

「本体が入れる殻がまだ育ってないので、現在は専用の入江で療養中です。」

艦船に対しての言葉とは思えないなと、話を振った自分のことを棚に上げて河野船長は考えていた。
設置されたブイは、海上保安署がある港を基準に設置されている。
一年後にもう一度を観測を行い、『海洋結界』の縮小範囲を調べることになっている。

「日本はこの世界に同化しつつあるか・・・
誰が言ったか知らないが、」
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