――12月24日21時。
 女性が電気の消えた部屋のドアを少しだけ開ける。廊下側から漏れ差す明かりを頼りに、部屋の中をそっと窺った。
 部屋の中央に敷かれた布団の上では、彼女の幼い息子が目をつむって横になっていた。それを見て安心した母親は、一つ頷くと、パタンとドアを閉める。
 ……十秒、二十秒、布団の上の男の子はばちりと目を開いた。そう彼は、母親が様子を見に来たのを悟り、寝たふりをしたのだ。夜9時を過ぎてまだ起きていたら、母親にこっぴどく叱られることが分かっていたから。
 とはいえ、何も男の子は、望んで言いつけを破ろうとしたのではなかった。一時間後か、二時間後か、サンタクロースが寝ている自分の枕元にプレゼントを置くのだと思うと、興奮して眠れないでいたのだ。
 ――サンタさんはどんな人なのかな?
 男の子は想像を働かせる。幼稚園の先生や両親の話によれば、全身真っ赤な恰好をしたお爺さんで、世界中の子供にプレゼントを配るために、空飛ぶトナカイにソリを引かせているのだという。
 ――きっと優しいお爺さんだ。だって、とーっても寒い冬の夜に、僕たちのためにプレゼントを配ってくれているのだもの。
 そのように想像していると、男の子は無性に落ち着かない心地になる。一目、サンタを見てみたいという欲求が、むくむくと湧いてきたのだ。
 ――コッソリと家を出て、夜空を見上げれば、ひょっとするとソリに乗ったサンタさんをチラリと見かけたりして?
 その想像は、男の子にとって魅力的に思われた。抗し難く、やがて男の子は布団を抜け出して廊下に出る。リビングに通じるドアからはテレビの音が漏れ聞こえてくる。その手前の浴室からは、シャワーの流れる音がした。
 男の子の父はリビングでテレビ鑑賞を。母はお風呂に入っているのであった。男の子もそれを理解すると、急ぎパジャマの上からジャンパーを着込み、もこもこの手袋をはめる。
 そうしてついに、玄関の鍵を開けると、夜の家の外へと踏み出していった。
 本来寝ている筈の時間に一人外に飛び出したこと。その初めての冒険と、サンタを見られるかもしれないという思い。この二つから、男の子は意気揚々と夜の住宅街を進んでいく。
 しかし、次第に昂揚が落ち着いてくると、真っ暗な夜が急におっかなくなってきた。
 ――家に戻ろうかな? でも、サンタさんを見てみたい。
 男の子はおろおろと視線を彷徨わせている内に、ずっと向こうの夜空が煌々と明るいことに気付く。繁華街の灯だ。
 ――あそこなら、怖くないかもしれない。
 そう思って、男の子はなけなしの勇気を振り絞る。繁華街の灯に吸い寄せられるように歩いていく。歩いていく。
 あと少しで繁華街に出る。その時であった。繁華街の灯に背を向けるように、一人の男が立っていることに男の子は気付いた。
 ――サンタさんだ!
 瞬間、男の子は確信する。何せ、その男は全身が真っ赤であった。しかし、その確信も時間と共に揺らいでいく。というのも、男の傍にはトナカイがいないし、ソリもない。そもそも、男はお爺さんではなくお兄さんであった。
「あの……お兄さんはサンタさんですか?」
 それでも男の子が確認してみると、男はにかりと笑った。
「応とも! 俺こそがリア充共に制裁を下す、ブラッディ・サンタだ!」
 リア充、制裁、ブラッディと、男の子には理解できない言葉だらけであったが、男が肯定したことに、男の子は喜色を露わにする。
「本当にサンタさんなの!?」
「ああ。この釘バットに賭けて、俺は間違いなくブラッディ・サンタだ。……そんなことより、ちびっ子がこんな時間に何してるんだ? しかもこの先は繁華街だぞ。その年で夜の繁華街デビューとか、リア充道に堕ちるのが早すぎるだろうが」
「えっと……」
「悪いことは言わねえ。リア充にならねえよう、引き返しな」
 男の子はコテンと小首を傾げる。
「りあじゅうになるのは、悪いことなの?」
「ああ、悪い。リア充はそこにあるだけで、非リア充を苦しめる悪者だ。悪者にはなりたくねえだろ?」
「う、うん。ママは良い子になりなさいって言うもの」
「そうか。なら、回れ右して、家に帰りな」
「分かった。ボク、サンタさんの言う通り家に帰るよ」
 男の子の返事を聞いた男は、身を屈めると男の子の背に手を回し、ポンポンと軽く二度叩いてやる。
「良い子だ。お前は将来、絶対にリア充になるんじゃねえぞ」
「うん! ボク、リア充にならないよ!」
 そう言って男から離れると、男の子は元来た道を引き返していく。
「じゃあな! よし、俺はもう一仕事だ! メリー苦しみます!」
 男は釘バットを掲げながら、男の子とは真逆の繁華街のネオンの中に消えていったのだった。
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Rock54ed.