ではでは
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自衛隊がファンタジー世界に召喚されました【避難板】その2
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1†Mango Mangüé ⭐ (ガラプー KK85-/v34)
2018/06/18(月) 01:38:47.283427ID:gT4H4d58K2†Mango Mangüé ⭐ (ガラプー KK85-/v34)
2018/06/18(月) 01:42:02.597042ID:j6BubtGFK Mk.82通常爆弾12発がイカ人の軍勢に降り注ぎ、焔の壁が天高く舞い上がる。
同時刻、南桃石城付近でもF−2戦闘機が到着する。
『ブラボー2、投下!!』
爆発による焔は確実にイカ人の軍勢を炙り倒していった。
百済市
エレンハフト城
珍島の作戦が上手くいったとの報告に、会場は拍手に包まれていた。
珍島ではこれ以後は掃討作戦に切り換えるらしいが、大勢は決していた。
新香港の林主席とヴェルフネウディンスク市チカチーロ市長のアンフォニーを巡る舌戦に会場が緊迫していた中で、関係者もこの空気を吹き飛ばす朗報に胸を撫で下ろしていた。
話を中断させられた林主席は、話を続けようとしたが、百済市長の白に遮られる。
「皆様、ありがとうございます。
ようやく珍島の平和を取り戻せました。
残るは南海島と首都巨済島の二つ。
引き続きの御協力をお願いいたします。
さて、我々も北サハリンの仲介の元、アンフォニーの開発に一口乗らせてもらうことにしました。」
林主席の開いた口が塞がっていない。
秋月総督も眉を潜めている。
林主席はさらに抗議を口にしようとしたが、ブリタニカの代表のダリウス・ウィルソン市長の会見が進行されて口を紡ぐしかなかった。
ウィルソン市長は転移前は高名な経済学者として名声を馳せていた。
なにより本物の子爵位を持つ英国貴族であり、王国貴族からの信任も篤い。
ブリタニカ市民は転移前は教育関係者や金融関係者だった者が多い。
転移後のこの世界では財産を失ったり、アドバンテージだった知識が無用の長物になったりと辛酸を舐めていた。
それでも白人系の容姿と一部の貴族位を持つ英国系住民が、王国貴族の相談役や地球系各都市と王国貴族の商談の仲介役として、多大な財産を築き始めていた。
平民の集まりである他の諸都市とは信頼度が違うのである。
なにより王国貴族を集めて、船舶に対する被害を受けたときにその損害を補償する代わりに、前受け金(保険料)を貰える』という契約を結ぶ、シンジケートの役割も担うようになった。
つまり異世界にロイズ保険の制度を持ち込んだのだ。
半分くらいの王国貴族は、一方的に儲かることを夢見ている。
地球系各都市の海事機関が海賊やモンスターを討伐して、被害が転移前に比べて格段に減っているのも効いている。
だがそれだけでは足りない。
「我々としても木造船舶に対する安全強化の為に、王国船舶に対しての技術提供を提案したいと思います。
これは人道的処置としても必要なことだと考えています。」
これは予定外の不意討ちだった。
本来のブリタニカの声明とは違うものだ。
このままではサミット終了後の共同声明にも支障が出る。
事態を憂慮したのはヒルダも同様だ。
「斉藤、やりすぎよ。
このままでは日本を意固地にさせかねないわ。」
技術規制派の最右翼である日本がこの事態を面白く思っている筈が無い。
だが指摘された斉藤は心外そうに答える。
「ブリタニカにはまだ接触してません。
あれは彼等の独断です。」
なんだかんだと日本が強権を奮えば、全てはひっくり返るのだ。
ここで刺激を煽るのは得策ではなかった。
こちらに便乗してくるのは構わないが、巻き添えで技術緩和の機会を棒にふるのは御免だった。
さすがに秋月総督が一言言ってやろうと立ち上がる。
「総督!!」
だが秋山補佐官に止められる。
秋月総督が振り返ると、秋山補佐官も後ろを振り返っている。
そこには高橋陸将が慌てた様子で駆けつけていた。
「『くらま』から連絡が・・・百済沖に!!」
白市長の周囲でも国防警備隊の幹部が何かを報告して慌ただしくなっている。
北サハリンやブリタニカも何かを掴んだようだ。
新香港の林主席のまわりでも常峰輝武警少将が耳打ちしている。
秋月総督は椅子に座り直して、秋山補佐官や高橋陸将に呟く。
「さすがに今回の事態には動きましたか。
だが、ここに来るなら事前に連絡が欲しかったですな。」
地球人達の慌てぶりに列席していたヒルダや国王にデウラー近衛騎士団団長も驚いている。
「まだ、地球人達は何か隠していることがあるのか?」
国王の呟きに戦慄しつつ、幾人かの地球人が城のバルコニーなら、双眼鏡や望遠鏡で、港を見ていることに気がついた。
「デウラー団長、観に行ってくれ。」
「はっ、陛下。」
デウラー団長が日本製の双眼鏡を持ってバルコニーに行くと、人々は港に入港しつつあった軍艦に注目しているのに気が付き、双眼鏡を構えた。
その軍艦には、白線と赤線の組み合わせの複数の横縞と、四角に区切った左上部の青地に一つの白い星が配置されていた。
高麗国巨済島沖
巨済島でも支援作戦が開始されていた。
阻止線を張っていた、海中のイカ人の軍勢を主砲や短魚雷、重機関銃等で蹴散らし、護衛艦『しまかぜ』、輸送艦『くにさき』、第3ミサイル艇隊の4隻は、巨斉島沖に到着した。
派遣艦隊の旗艦となった『くにさき』で、指揮を任せられた中川誠一郎海将補が巨済島の状況が映し出されたモニターを睨んでいる。
「戦場が分散してるな。
特別警備隊は徳浦(トッポ)海水浴場より上陸せよ。」
『くにさき』のウェルデッキのエレベーターランプが開き、水陸両用車AAVP7A1 RAM/RS(人員輸送車型)四両とAAVC7A1 RAM/RS(指揮車型)の1両が洋上へと乗り出した。
各車両には25名ずつの特別警備隊員が乗車している。
徳浦(トッポ)海水浴は、巨済島では珍しい白浜のビーチである。
450メートルにもなる弓形のビーチが有名だ。
その美しいビーチにイカ人の軍勢が陣を張っている。
その陣に向けて各AAV7から、12.7mm重機関銃や40mm自動擲弾銃Mk.19が発砲されて崩れ始める。
護衛艦『しまかぜ』からも主砲による対地攻撃が行われている。
イカ人の兵士も海中に飛び込み、AAV7に槍を突き立てるが40ミリを越える装甲には無力だ。
そのまま重機関銃の餌食となり、周囲は血の海になる。
高麗の国防警備隊は保有していない装甲車両はイカ人達にとって脅威だった。
砂浜に上陸したAAV7は、その重量で立ち塞がるイカ人の槍襖に突貫し、押し潰し、蹂躙していく。
互いの死角をカバーするように停車し、後部のハッチが開く。
「降車!!」
「GO!!
GO、GO!!」
AAV7のタラップから特別警備隊員達が降車して、イカ人達に向けて発砲して蹴散らしていく。
近くに最重要施設である玉浦造船所があり、そこも武装警備員達と海洋警察署の署員がイカ人の軍勢と交戦している。
隊長の長沼一佐が89式小銃を射ちながらそちらに合流することになっている。
「さあ、もう一息だ!!
全隊、進め!!」
輸送艦『くにさき』
輸送艦『くにさき』の甲板から、3機のSH-60K哨戒ヘリコプターが発艦する。
機内には特別警備隊員が10名ずつ搭乗している。
これに護衛艦『しまかぜ』から発艦したSH-60J哨戒ヘリコプターも特別警備隊員10名を乗せて後に続く。
「市庁舎と議事堂のある古県洞を奪還せよ。」
中川司令の声がヘリの中の隊員に、通信で改めて伝えられた。
新巨済大橋から国道14号はイカ人の軍勢よって制圧されている。
当初は善戦していた国防警備隊も弾薬の不足から後退を余儀無くされたのだ。
現在は巨済市の中心街と言える古県洞まで侵攻を許し、市街戦となっていたのだ。
海自の哨戒ヘリコプター部隊は、途中のイカ人の陣地や移動中の部隊にAGM-114M ヘルファイアII空対艦ミサイルを浴びせて粉砕しつつ、国防警備隊が抵抗を続けている旧巨済警察署こと、国防警備隊本部の駐車場に着陸する。
国防警備隊は周囲のビルの間を土嚢や車両で封鎖し、防御陣地として残り少ない弾丸で抵抗を続けていた。
ビルの二階、三階からも射撃をして、押し寄せるイカ人の軍勢を撃退することに成功するが、陥落は時間の問題だった。
ここに弾薬の補給と完全武装の40名の特別警備隊員の到着は大きかった。
国防警備隊第一連隊隊長の伊太鉉大佐は自ら出迎え、歓迎の意を示した。
「巨済にようこそ、よく来てくれた!!」
部下に弾薬を運び出すように命じ、特別警備隊の分隊長達に投入したいポイントの書かれた地図を渡していく。
特別警備隊の各分隊が定められたポイントに駆け出していく。
予想以上に司令部近辺まで敵に食い込まれているようで、車両も全部出払っていた。
防衛陣地に到着する前に各所で、射撃を開始する隊員が続出する始末であった。
イカ人達の占領した地域に護衛艦『しまかぜ』による艦砲射撃による砲撃が始まる。
各所で補給を終えた国防警備隊も反撃を開始した。
途絶えがちだった銃声が再び増えていく。
占拠したビルに本陣を構えていたイケバセ・グレ船長は、日本の援軍の到着に敗北を悟っていた。
弾薬の欠乏した国防警備隊を相手に市街まで押し込むことが出来たのだが、限界が来たのを認めざる得なかった。
人間達による銃声が、より多く、より近くまで接近している。
援軍の到着によって幾つかの部隊は壊滅し、前線の敵の攻撃は再び勢いを取り戻している。
「今ならまだ五千の兵を本国に還せる。
何より『荒波を丸く納めて日々豊漁』号を失うわけにはいかない。
撤退だ。
撤退の法螺貝を吹け!!」
大型の海洋生物船は今は貴重な存在だ。
あそこまで育てるのに長い年月も掛かっている。
その数も海都の消失とともに大半が失われた。
シュヴァルノヴナ海の本国にもあと一匹しか残っていないのだ。
本国防衛の為にも今は退くべき時だった。
だが彼の思惑を嘲笑うように、『荒波を丸く納めて日々豊漁』号が突然爆発した。
窓から事態を把握する為に眺めると、焔を尻から噴いて飛んでいる二本の棒が『荒波を丸く納めて日々豊漁』号に直撃して大爆発を起こしている。
空爆により脆弱になってたとはいえ、上部を固めていた岩塊や、まだ形を保っていた岩城も吹き飛ばされて崩壊している。
海上にいる日本の軍艦からの攻撃ではない。
先程の空飛ぶ棒は、日本の軍艦とは島を挟んで反対側から飛んで来たと目撃していた兵士が語っている。
撤退の方法を封じられたイケバセ・グレ船長は絶望のあまり、床に全ての触手を垂らして、倒れこんでしまった。
「ば、ば、馬鹿な。」
部下達のまえで狼狽する姿を見せてしまったが、気にしている余裕をなくしていた。
輸送艦『くにさき』
その光景は『くにさき』からも目撃されていた。
ミサイルによる攻撃は、自衛隊や高麗からの物では無い。
「今のは・・・ハープーンか?」
茫然としていた中川司令が呟く。
アンモニアガスの発生を恐れて慎重に対応していたのに、それを台無しにする攻撃だ。
この作戦に参加していた『あまぎり』や『しまかぜ』による攻撃では無い。
着弾地点には巨大なエイが、アンモニアガスによる青い炎を噴き上げながら炎上していた。
敵に押し込まれていたので、近辺に味方や民間人はいない筈だが確認が取れたわけではない。
『くにさき』の水上レーダーがようやく、ミサイルを発射したと思われる友軍艦艇の接近を捉えていた。
「司令、今の攻撃は『シャイロー』からのものです・・・
位置、南海島より北西120キロの距離を航行中!!」
「アメリカか、なぜこんなところに?」
地球に転移してきた訪日・在日系外国人達は、新たな植民都市の建設を目指して生きてきた。
住むべき大地とともに新たな政府を作った高麗、北サハリンも同様だった。
だがアメリカ人達は自分達が、アメリカ合衆国の一員であることを捨てなかった。
新天地はあくまでアメリカ51番目の州と主張した。
星が一つの星条旗はあくまで、州旗である。
日本本土から西へ約2万キロの西方大陸アガリアレプトの半島を占領し、アーカム州州都アダムズ・シティに約19万の市民とともに勢力を広げている。
日本と西方大陸アガリアレプトの中間には、日本領綏靖島が存在し、食料や燃料、武器弾薬の供与が行われていた。
代わりに日本も米軍兵器の製造の為に、ブラックボックス化させられていた技術を開示させた。
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PID: 26473
[0.553089 sec.]
Rock54ed.
同時刻、南桃石城付近でもF−2戦闘機が到着する。
『ブラボー2、投下!!』
爆発による焔は確実にイカ人の軍勢を炙り倒していった。
百済市
エレンハフト城
珍島の作戦が上手くいったとの報告に、会場は拍手に包まれていた。
珍島ではこれ以後は掃討作戦に切り換えるらしいが、大勢は決していた。
新香港の林主席とヴェルフネウディンスク市チカチーロ市長のアンフォニーを巡る舌戦に会場が緊迫していた中で、関係者もこの空気を吹き飛ばす朗報に胸を撫で下ろしていた。
話を中断させられた林主席は、話を続けようとしたが、百済市長の白に遮られる。
「皆様、ありがとうございます。
ようやく珍島の平和を取り戻せました。
残るは南海島と首都巨済島の二つ。
引き続きの御協力をお願いいたします。
さて、我々も北サハリンの仲介の元、アンフォニーの開発に一口乗らせてもらうことにしました。」
林主席の開いた口が塞がっていない。
秋月総督も眉を潜めている。
林主席はさらに抗議を口にしようとしたが、ブリタニカの代表のダリウス・ウィルソン市長の会見が進行されて口を紡ぐしかなかった。
ウィルソン市長は転移前は高名な経済学者として名声を馳せていた。
なにより本物の子爵位を持つ英国貴族であり、王国貴族からの信任も篤い。
ブリタニカ市民は転移前は教育関係者や金融関係者だった者が多い。
転移後のこの世界では財産を失ったり、アドバンテージだった知識が無用の長物になったりと辛酸を舐めていた。
それでも白人系の容姿と一部の貴族位を持つ英国系住民が、王国貴族の相談役や地球系各都市と王国貴族の商談の仲介役として、多大な財産を築き始めていた。
平民の集まりである他の諸都市とは信頼度が違うのである。
なにより王国貴族を集めて、船舶に対する被害を受けたときにその損害を補償する代わりに、前受け金(保険料)を貰える』という契約を結ぶ、シンジケートの役割も担うようになった。
つまり異世界にロイズ保険の制度を持ち込んだのだ。
半分くらいの王国貴族は、一方的に儲かることを夢見ている。
地球系各都市の海事機関が海賊やモンスターを討伐して、被害が転移前に比べて格段に減っているのも効いている。
だがそれだけでは足りない。
「我々としても木造船舶に対する安全強化の為に、王国船舶に対しての技術提供を提案したいと思います。
これは人道的処置としても必要なことだと考えています。」
これは予定外の不意討ちだった。
本来のブリタニカの声明とは違うものだ。
このままではサミット終了後の共同声明にも支障が出る。
事態を憂慮したのはヒルダも同様だ。
「斉藤、やりすぎよ。
このままでは日本を意固地にさせかねないわ。」
技術規制派の最右翼である日本がこの事態を面白く思っている筈が無い。
だが指摘された斉藤は心外そうに答える。
「ブリタニカにはまだ接触してません。
あれは彼等の独断です。」
なんだかんだと日本が強権を奮えば、全てはひっくり返るのだ。
ここで刺激を煽るのは得策ではなかった。
こちらに便乗してくるのは構わないが、巻き添えで技術緩和の機会を棒にふるのは御免だった。
さすがに秋月総督が一言言ってやろうと立ち上がる。
「総督!!」
だが秋山補佐官に止められる。
秋月総督が振り返ると、秋山補佐官も後ろを振り返っている。
そこには高橋陸将が慌てた様子で駆けつけていた。
「『くらま』から連絡が・・・百済沖に!!」
白市長の周囲でも国防警備隊の幹部が何かを報告して慌ただしくなっている。
北サハリンやブリタニカも何かを掴んだようだ。
新香港の林主席のまわりでも常峰輝武警少将が耳打ちしている。
秋月総督は椅子に座り直して、秋山補佐官や高橋陸将に呟く。
「さすがに今回の事態には動きましたか。
だが、ここに来るなら事前に連絡が欲しかったですな。」
地球人達の慌てぶりに列席していたヒルダや国王にデウラー近衛騎士団団長も驚いている。
「まだ、地球人達は何か隠していることがあるのか?」
国王の呟きに戦慄しつつ、幾人かの地球人が城のバルコニーなら、双眼鏡や望遠鏡で、港を見ていることに気がついた。
「デウラー団長、観に行ってくれ。」
「はっ、陛下。」
デウラー団長が日本製の双眼鏡を持ってバルコニーに行くと、人々は港に入港しつつあった軍艦に注目しているのに気が付き、双眼鏡を構えた。
その軍艦には、白線と赤線の組み合わせの複数の横縞と、四角に区切った左上部の青地に一つの白い星が配置されていた。
高麗国巨済島沖
巨済島でも支援作戦が開始されていた。
阻止線を張っていた、海中のイカ人の軍勢を主砲や短魚雷、重機関銃等で蹴散らし、護衛艦『しまかぜ』、輸送艦『くにさき』、第3ミサイル艇隊の4隻は、巨斉島沖に到着した。
派遣艦隊の旗艦となった『くにさき』で、指揮を任せられた中川誠一郎海将補が巨済島の状況が映し出されたモニターを睨んでいる。
「戦場が分散してるな。
特別警備隊は徳浦(トッポ)海水浴場より上陸せよ。」
『くにさき』のウェルデッキのエレベーターランプが開き、水陸両用車AAVP7A1 RAM/RS(人員輸送車型)四両とAAVC7A1 RAM/RS(指揮車型)の1両が洋上へと乗り出した。
各車両には25名ずつの特別警備隊員が乗車している。
徳浦(トッポ)海水浴は、巨済島では珍しい白浜のビーチである。
450メートルにもなる弓形のビーチが有名だ。
その美しいビーチにイカ人の軍勢が陣を張っている。
その陣に向けて各AAV7から、12.7mm重機関銃や40mm自動擲弾銃Mk.19が発砲されて崩れ始める。
護衛艦『しまかぜ』からも主砲による対地攻撃が行われている。
イカ人の兵士も海中に飛び込み、AAV7に槍を突き立てるが40ミリを越える装甲には無力だ。
そのまま重機関銃の餌食となり、周囲は血の海になる。
高麗の国防警備隊は保有していない装甲車両はイカ人達にとって脅威だった。
砂浜に上陸したAAV7は、その重量で立ち塞がるイカ人の槍襖に突貫し、押し潰し、蹂躙していく。
互いの死角をカバーするように停車し、後部のハッチが開く。
「降車!!」
「GO!!
GO、GO!!」
AAV7のタラップから特別警備隊員達が降車して、イカ人達に向けて発砲して蹴散らしていく。
近くに最重要施設である玉浦造船所があり、そこも武装警備員達と海洋警察署の署員がイカ人の軍勢と交戦している。
隊長の長沼一佐が89式小銃を射ちながらそちらに合流することになっている。
「さあ、もう一息だ!!
全隊、進め!!」
輸送艦『くにさき』
輸送艦『くにさき』の甲板から、3機のSH-60K哨戒ヘリコプターが発艦する。
機内には特別警備隊員が10名ずつ搭乗している。
これに護衛艦『しまかぜ』から発艦したSH-60J哨戒ヘリコプターも特別警備隊員10名を乗せて後に続く。
「市庁舎と議事堂のある古県洞を奪還せよ。」
中川司令の声がヘリの中の隊員に、通信で改めて伝えられた。
新巨済大橋から国道14号はイカ人の軍勢よって制圧されている。
当初は善戦していた国防警備隊も弾薬の不足から後退を余儀無くされたのだ。
現在は巨済市の中心街と言える古県洞まで侵攻を許し、市街戦となっていたのだ。
海自の哨戒ヘリコプター部隊は、途中のイカ人の陣地や移動中の部隊にAGM-114M ヘルファイアII空対艦ミサイルを浴びせて粉砕しつつ、国防警備隊が抵抗を続けている旧巨済警察署こと、国防警備隊本部の駐車場に着陸する。
国防警備隊は周囲のビルの間を土嚢や車両で封鎖し、防御陣地として残り少ない弾丸で抵抗を続けていた。
ビルの二階、三階からも射撃をして、押し寄せるイカ人の軍勢を撃退することに成功するが、陥落は時間の問題だった。
ここに弾薬の補給と完全武装の40名の特別警備隊員の到着は大きかった。
国防警備隊第一連隊隊長の伊太鉉大佐は自ら出迎え、歓迎の意を示した。
「巨済にようこそ、よく来てくれた!!」
部下に弾薬を運び出すように命じ、特別警備隊の分隊長達に投入したいポイントの書かれた地図を渡していく。
特別警備隊の各分隊が定められたポイントに駆け出していく。
予想以上に司令部近辺まで敵に食い込まれているようで、車両も全部出払っていた。
防衛陣地に到着する前に各所で、射撃を開始する隊員が続出する始末であった。
イカ人達の占領した地域に護衛艦『しまかぜ』による艦砲射撃による砲撃が始まる。
各所で補給を終えた国防警備隊も反撃を開始した。
途絶えがちだった銃声が再び増えていく。
占拠したビルに本陣を構えていたイケバセ・グレ船長は、日本の援軍の到着に敗北を悟っていた。
弾薬の欠乏した国防警備隊を相手に市街まで押し込むことが出来たのだが、限界が来たのを認めざる得なかった。
人間達による銃声が、より多く、より近くまで接近している。
援軍の到着によって幾つかの部隊は壊滅し、前線の敵の攻撃は再び勢いを取り戻している。
「今ならまだ五千の兵を本国に還せる。
何より『荒波を丸く納めて日々豊漁』号を失うわけにはいかない。
撤退だ。
撤退の法螺貝を吹け!!」
大型の海洋生物船は今は貴重な存在だ。
あそこまで育てるのに長い年月も掛かっている。
その数も海都の消失とともに大半が失われた。
シュヴァルノヴナ海の本国にもあと一匹しか残っていないのだ。
本国防衛の為にも今は退くべき時だった。
だが彼の思惑を嘲笑うように、『荒波を丸く納めて日々豊漁』号が突然爆発した。
窓から事態を把握する為に眺めると、焔を尻から噴いて飛んでいる二本の棒が『荒波を丸く納めて日々豊漁』号に直撃して大爆発を起こしている。
空爆により脆弱になってたとはいえ、上部を固めていた岩塊や、まだ形を保っていた岩城も吹き飛ばされて崩壊している。
海上にいる日本の軍艦からの攻撃ではない。
先程の空飛ぶ棒は、日本の軍艦とは島を挟んで反対側から飛んで来たと目撃していた兵士が語っている。
撤退の方法を封じられたイケバセ・グレ船長は絶望のあまり、床に全ての触手を垂らして、倒れこんでしまった。
「ば、ば、馬鹿な。」
部下達のまえで狼狽する姿を見せてしまったが、気にしている余裕をなくしていた。
輸送艦『くにさき』
その光景は『くにさき』からも目撃されていた。
ミサイルによる攻撃は、自衛隊や高麗からの物では無い。
「今のは・・・ハープーンか?」
茫然としていた中川司令が呟く。
アンモニアガスの発生を恐れて慎重に対応していたのに、それを台無しにする攻撃だ。
この作戦に参加していた『あまぎり』や『しまかぜ』による攻撃では無い。
着弾地点には巨大なエイが、アンモニアガスによる青い炎を噴き上げながら炎上していた。
敵に押し込まれていたので、近辺に味方や民間人はいない筈だが確認が取れたわけではない。
『くにさき』の水上レーダーがようやく、ミサイルを発射したと思われる友軍艦艇の接近を捉えていた。
「司令、今の攻撃は『シャイロー』からのものです・・・
位置、南海島より北西120キロの距離を航行中!!」
「アメリカか、なぜこんなところに?」
地球に転移してきた訪日・在日系外国人達は、新たな植民都市の建設を目指して生きてきた。
住むべき大地とともに新たな政府を作った高麗、北サハリンも同様だった。
だがアメリカ人達は自分達が、アメリカ合衆国の一員であることを捨てなかった。
新天地はあくまでアメリカ51番目の州と主張した。
星が一つの星条旗はあくまで、州旗である。
日本本土から西へ約2万キロの西方大陸アガリアレプトの半島を占領し、アーカム州州都アダムズ・シティに約19万の市民とともに勢力を広げている。
日本と西方大陸アガリアレプトの中間には、日本領綏靖島が存在し、食料や燃料、武器弾薬の供与が行われていた。
代わりに日本も米軍兵器の製造の為に、ブラックボックス化させられていた技術を開示させた。
BBR-MD5:bd11db887b7a03225ddf3e2ba0210d8a(360)
BBS_COPIPE=Lv:0
PID: 26473
[0.553089 sec.]
Rock54ed.
3†Mango Mangüé ⭐ (ガラプー KK85-/v34)
2018/06/18(月) 01:46:20.188417ID:5VzNQwxTK 『シャイロー』がこの戦場にいるのはただの偶然だ。
本来の目的は、日本で生産されている砲弾やミサイルの補充と、艦体を巨済島の玉浦造船所のドックでの整備点検を行うためだ。
なにより帰還時にも大事な任務を拝命している。
「『エンタープライズ』を牽引するだけの簡単な任務のつもりだったんだがな。」
タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『シャイロー』艦長、ケリー・ジンサ大佐は困ったような顔で、首を横に振っている。
玉浦造船所は、かつて世界最大級の海上石油プラットホームを建設した実績がある。
これを利用して、第二次世界大戦で建造された海上要塞のごとく配備して大陸間の中継地点にしようとする構想だ。
『エンタープライズ』はその第一号海上要塞となる。
『シャイロー』のドック入り予定の翌日には完成するはずだった。
「まあ、襲撃を見て助太刀しないのは義理に反するからな。
巨済島はもう友軍である高麗国の国防警備隊や援軍に来ている日本国自衛隊に任せればいいだろう。
本艦はトマホークで巨済島を攻撃を援護しつつ、南海島に向かう。
対地戦闘用意、面舵、標準旋回、全速前進、進路1−8―0、兵器使用自由、射程内に入りしだい発射。」
敵からの攻撃は気にする必要は無い遠距離からの攻撃だ。
こちらは南海島に向けて、前進あるのみだった。
幸いにして海兵隊1個小隊も連れてきている。
島の奪還は容易なはずだった。
輸送艦『くにさき』
「『シャイロー』からのミサイル攻撃です。
島内の七ヶ所に着弾。
現在、着弾した地点を確認させています。」
「『シャイロー』から平文で通信。
『本艦はこれより、南海島の奪還に向かう。
巨済島は任せた』以上です。」
巨済島は仮にも一国の首都である。
当然、アメリカも大使館を設置していて警備に海兵隊が常駐している。
彼等が各地に散ってレーザー目標指示装置を持ち歩き、島内を駆けずり対地攻撃目標に対して照射を続けていた。
BGM-109 トマホーク七発が着弾し、その存在を気付くことも出来なかったイカ人の軍勢に甚大な被害を与えていた。
「なんという威力の攻撃だ・・・」
イケバセ・グレ船長は、巡航ミサイル直撃を受けたビルにいたが、ビルの残骸に押し潰されていた。
残骸を押し退けて体を引きずり出すが、朦朧とする意識を保とうと必死だった。
「せ、船長・・・」
生き残った部下達が駆け寄ってくる。
軍勢に撤退の命令を出せるのは船長だけなのだ。
「全軍に各々の判断で・・・退路を切り開き、撤退を指示しろ・・・」
海にさえ入れれば、海棲亜人であるイカ人は逃げることが出来る。
本国までは遠い道のりだが、各々の努力に期待するしかない。
そう言い残して、イケバセ・グレ船長は息絶えた。
撤退の法螺貝が島内に鳴り響き、イカ人の兵士達はバラバラに海中に逃ようと動き出した。
『船』を使わず自力で泳いで本国に帰ろうとすれば半年は掛かる距離だが他に方法はない。
一匹でも逃さないとばかりに、撤退しようとするイカ人の兵士達を国防警備隊や特別警備隊の隊員達は背後から射ち捲った。
小競り合いは続き、巨済島全域に作戦終了の宣言が出されたのは翌日の昼過ぎだった。
百済市
エレンハフト城
米海軍所属タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『アンティータム』がら下船したのは、アウストラリス大陸特別大使のロバート・ラプスだった。
緊迫した空気で、各都市の代表達や国王や貴族達は会議場で彼の入室を待っていた。
だが入室して来たのはアメリカの一官僚だった。
彼は申し訳なさそうな顔で、列席者達に用件を伝える。
「申し訳ありませんが、ラプス大使は船酔いに体調不良で本日の会議への出席は無理となりました。
せっかくお集まりのところ恐縮ですが、出席は明日に見合わせて頂きたい。」
大使は割り当てられた部屋で休息を取ることになった。
待ち構えていた列席者達から微妙な空気の中で、ブーイングが会議場に鳴り響き、サミット二日目を終えることにした。
「まったく何しに来たのやら・・・」
秋山補佐官の呆れて呟いた一言が、会議場の大多数の人間の思いを体現していた。
だが代表達が休息を得られるのはもう少しあとになる。
秋月総督は割り当てられた部屋に、白市長が訪れていた。
ソファーに座っている秋月総督に対し、立ったままの白市長が互いの力関係を示している。
席に座ることを進めないのは、日本側が今回の件をどう思っているかを如実に示していた。
「なぜ、北サハリンの案に同調を?
あなた方にも技術の緩和は時期尚早だと理解してもらっていると思っていましたが?」
責める口調の秋月総督に白市長は苦渋に満ちた顔を見せている。
日本で生まれ育った白市長には、高麗本国の同胞より日本人達の考えの方が理解しやすい。
だがそれでは自分達の支持者は納得してくれないのだ。
「仰りたいことは理解しています。
ですが我々にも必要なことだったのです。
今回の紛争で、我々は主要四都市が全て戦場となってしまいました。
復興の為の資金が必要になります。
北サハリンからの資金援助とアンフォニーの開発は我々に必要なのです。
何より今回の紛争は大統領の責任問題にまで発展するでしょう。
国民感情的にもわかりやすい戦果が必要になったのです。
総督、北サハリン海軍は百済から逃亡した巨大海亀を原潜で追跡しています。
敵の本拠地攻撃に我々の参加を許可するか検討すると打診してきたのです。
我が国には選択肢などなかったのです。」
秋月総督はため息を吐き、高麗国の思惑を変えることを断念した。
「明日のアメリカが何を言い出すのか。
それを聞いてからもう一度考えてみましょう。」
横から秋山補佐官が話に割り込んでくる。
「白市長閣下、本国より我々並びに自衛隊に下された命令をお伝えします。
今回の紛争に関して、自衛隊は必要な最低限の監視の部隊を抜かして各戦線よりの撤退を命じられました。」
自衛隊の撤退は、掃討作戦の中止を意味する。
高麗国だけで勝手にやれというメッセージだ。
海棲亜人や大型海棲生物の死体の処理だけでも膨大な時間と労力が掛かるだろう。
高麗国の死傷者は、国防警備隊員、民間人合わせて三千名に及ぶ。
これは帝国崩壊後の地球系人類にとって最大の損害となった。
独力での復興は至難であり、長い道のりになる。
高麗国に対する不審を訴える保守派による圧力だった。
北サハリンやブリタニカにも何らかの制裁措置が考えられているのだろう。
消沈して退室した白市長を秋月は気の毒そうに見送った。
とにもかくにも長い二日間は終わった。
明日はサミット最終日。
官僚達が今回のサミットをどうまとめるか、徹夜で話し合っている。
早く新京に帰りたかった。
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本来の目的は、日本で生産されている砲弾やミサイルの補充と、艦体を巨済島の玉浦造船所のドックでの整備点検を行うためだ。
なにより帰還時にも大事な任務を拝命している。
「『エンタープライズ』を牽引するだけの簡単な任務のつもりだったんだがな。」
タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『シャイロー』艦長、ケリー・ジンサ大佐は困ったような顔で、首を横に振っている。
玉浦造船所は、かつて世界最大級の海上石油プラットホームを建設した実績がある。
これを利用して、第二次世界大戦で建造された海上要塞のごとく配備して大陸間の中継地点にしようとする構想だ。
『エンタープライズ』はその第一号海上要塞となる。
『シャイロー』のドック入り予定の翌日には完成するはずだった。
「まあ、襲撃を見て助太刀しないのは義理に反するからな。
巨済島はもう友軍である高麗国の国防警備隊や援軍に来ている日本国自衛隊に任せればいいだろう。
本艦はトマホークで巨済島を攻撃を援護しつつ、南海島に向かう。
対地戦闘用意、面舵、標準旋回、全速前進、進路1−8―0、兵器使用自由、射程内に入りしだい発射。」
敵からの攻撃は気にする必要は無い遠距離からの攻撃だ。
こちらは南海島に向けて、前進あるのみだった。
幸いにして海兵隊1個小隊も連れてきている。
島の奪還は容易なはずだった。
輸送艦『くにさき』
「『シャイロー』からのミサイル攻撃です。
島内の七ヶ所に着弾。
現在、着弾した地点を確認させています。」
「『シャイロー』から平文で通信。
『本艦はこれより、南海島の奪還に向かう。
巨済島は任せた』以上です。」
巨済島は仮にも一国の首都である。
当然、アメリカも大使館を設置していて警備に海兵隊が常駐している。
彼等が各地に散ってレーザー目標指示装置を持ち歩き、島内を駆けずり対地攻撃目標に対して照射を続けていた。
BGM-109 トマホーク七発が着弾し、その存在を気付くことも出来なかったイカ人の軍勢に甚大な被害を与えていた。
「なんという威力の攻撃だ・・・」
イケバセ・グレ船長は、巡航ミサイル直撃を受けたビルにいたが、ビルの残骸に押し潰されていた。
残骸を押し退けて体を引きずり出すが、朦朧とする意識を保とうと必死だった。
「せ、船長・・・」
生き残った部下達が駆け寄ってくる。
軍勢に撤退の命令を出せるのは船長だけなのだ。
「全軍に各々の判断で・・・退路を切り開き、撤退を指示しろ・・・」
海にさえ入れれば、海棲亜人であるイカ人は逃げることが出来る。
本国までは遠い道のりだが、各々の努力に期待するしかない。
そう言い残して、イケバセ・グレ船長は息絶えた。
撤退の法螺貝が島内に鳴り響き、イカ人の兵士達はバラバラに海中に逃ようと動き出した。
『船』を使わず自力で泳いで本国に帰ろうとすれば半年は掛かる距離だが他に方法はない。
一匹でも逃さないとばかりに、撤退しようとするイカ人の兵士達を国防警備隊や特別警備隊の隊員達は背後から射ち捲った。
小競り合いは続き、巨済島全域に作戦終了の宣言が出されたのは翌日の昼過ぎだった。
百済市
エレンハフト城
米海軍所属タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『アンティータム』がら下船したのは、アウストラリス大陸特別大使のロバート・ラプスだった。
緊迫した空気で、各都市の代表達や国王や貴族達は会議場で彼の入室を待っていた。
だが入室して来たのはアメリカの一官僚だった。
彼は申し訳なさそうな顔で、列席者達に用件を伝える。
「申し訳ありませんが、ラプス大使は船酔いに体調不良で本日の会議への出席は無理となりました。
せっかくお集まりのところ恐縮ですが、出席は明日に見合わせて頂きたい。」
大使は割り当てられた部屋で休息を取ることになった。
待ち構えていた列席者達から微妙な空気の中で、ブーイングが会議場に鳴り響き、サミット二日目を終えることにした。
「まったく何しに来たのやら・・・」
秋山補佐官の呆れて呟いた一言が、会議場の大多数の人間の思いを体現していた。
だが代表達が休息を得られるのはもう少しあとになる。
秋月総督は割り当てられた部屋に、白市長が訪れていた。
ソファーに座っている秋月総督に対し、立ったままの白市長が互いの力関係を示している。
席に座ることを進めないのは、日本側が今回の件をどう思っているかを如実に示していた。
「なぜ、北サハリンの案に同調を?
あなた方にも技術の緩和は時期尚早だと理解してもらっていると思っていましたが?」
責める口調の秋月総督に白市長は苦渋に満ちた顔を見せている。
日本で生まれ育った白市長には、高麗本国の同胞より日本人達の考えの方が理解しやすい。
だがそれでは自分達の支持者は納得してくれないのだ。
「仰りたいことは理解しています。
ですが我々にも必要なことだったのです。
今回の紛争で、我々は主要四都市が全て戦場となってしまいました。
復興の為の資金が必要になります。
北サハリンからの資金援助とアンフォニーの開発は我々に必要なのです。
何より今回の紛争は大統領の責任問題にまで発展するでしょう。
国民感情的にもわかりやすい戦果が必要になったのです。
総督、北サハリン海軍は百済から逃亡した巨大海亀を原潜で追跡しています。
敵の本拠地攻撃に我々の参加を許可するか検討すると打診してきたのです。
我が国には選択肢などなかったのです。」
秋月総督はため息を吐き、高麗国の思惑を変えることを断念した。
「明日のアメリカが何を言い出すのか。
それを聞いてからもう一度考えてみましょう。」
横から秋山補佐官が話に割り込んでくる。
「白市長閣下、本国より我々並びに自衛隊に下された命令をお伝えします。
今回の紛争に関して、自衛隊は必要な最低限の監視の部隊を抜かして各戦線よりの撤退を命じられました。」
自衛隊の撤退は、掃討作戦の中止を意味する。
高麗国だけで勝手にやれというメッセージだ。
海棲亜人や大型海棲生物の死体の処理だけでも膨大な時間と労力が掛かるだろう。
高麗国の死傷者は、国防警備隊員、民間人合わせて三千名に及ぶ。
これは帝国崩壊後の地球系人類にとって最大の損害となった。
独力での復興は至難であり、長い道のりになる。
高麗国に対する不審を訴える保守派による圧力だった。
北サハリンやブリタニカにも何らかの制裁措置が考えられているのだろう。
消沈して退室した白市長を秋月は気の毒そうに見送った。
とにもかくにも長い二日間は終わった。
明日はサミット最終日。
官僚達が今回のサミットをどうまとめるか、徹夜で話し合っている。
早く新京に帰りたかった。
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4†Mango Mangüé ⭐ (ガラプー KK85-/v34)
2018/06/18(月) 02:44:26.872306ID:0/SfNqMfK サミット三日目
百済港
戦いを終えた護衛艦『くらま』は、百済の港に錨を降ろし補給や整備を行っていた。
『くらま』と同じ桟橋に艦を横付けさせて、潜水艦『みちしお』の艦長佐々木二等海佐が乗艦して来た。
『くらま』艦長の佐野二等海佐は飛行甲板で、高麗国国防警備隊からの補給を監督しながら出迎えた。
二人は同期であり階級が同じなので、気安い会話が出来るのはありがたいことだった。
「うちは後三時間くらいはかかりそうだ。
そっちはどうだ?」
『みちしお』の補給は燃料だけだった。
消耗した魚雷はさすがに調達は出来ない。
「砲弾や魚雷を結構使ったからな、半日は動けん。」
『くらま』は機銃弾や砲弾、燃料などを高麗国に請求して補充させていた。
新京から補給を届けさせるのは時間が掛かるし、総督の帰路にも支障が出るからだ。
規格の問題もあるが、燃料くらいは問題はないので、他の都市の艦船も補給を高麗国に要求して実施している。
「北サハリンの原潜、やはりいたのか?」
「ああ、我々が戦っている間に高見の見物を気取っていたようだ、忌々しい。
アクラ級のK−391『ブラーツク』だな。」
転移当時、ロシア太平洋艦隊に所属していた艦艇のほとんどが転移に巻き込まれていた。
活動範囲が日本海やオホーツク海だったから仕方がない。
しかし、その数は自衛隊側が把握していたよりも多かった。
自衛隊側の記録では、母港に停泊していた艦艇や別の海域で活動していた筈の艦艇が見受けられた。
乗員達はいずれの艦でも日本海やオホーツク海で航行中だったと主張したのだ。
さらに船舶に限らず、航空機や観光客、在日米軍を含む各国の軍人や兵器等、転移時に日本にいたはずがない存在が転移していた。
そこで判明したのが彼等の主張する転移の日時がバラバラだったことだ。
これには海外にいた筈の日本人も含まれる。
ほとんどの日本人や高麗三島、樺太や千島列島の住民の認識は共通だった。
年が明けたと同時の転移という認識である。
その時に転移の範囲にいるはずが無かった人間の認識は、転移の範囲に到着して5日後という認識なのだ。
現に佐々木二佐も当時は、ジプチの駐屯地に赴任していた筈だが、気がついたら他の隊員や大使館職員とともに尖閣諸島で突っ立っていた。
休暇などで7日は日本に帰国していた為に転移出来たのだろう。
転移した人間に共通するのは、転移の範囲に5日以上いたという記憶と、その時期が2015年の後半ということまでに絞りこまれている。
この件は現在も調査は続けられている。
北サハリンの行為は忌々しいが、佐々木二佐も佐野二佐も明日には秋月総督御一行を『くらま』に乗せて、百済を出港し新京に帰投しなければならない。
その準備で今日は徹夜になりそうだった。
「そういえばお前、カミさんへの土産買ったのか?」
奥さんの尻に敷かれている佐々木二佐は冷や汗を垂らす。
そんな暇はなかったからだ。
付近に転がっている亀人の遺体を見て呟く。
「鼈甲とかどうだろう?」
「今となっては悪趣味と怒られるだけだろう。
だいいち明日までは間に合わないぞ。」
一連の戦いのせいで商店も開いていない。
土産探しは困難を極めることとなった。
さて、前述した通り、ロシア海軍の艦艇の多数が転移していた。
大半が太平洋艦隊所属の艦艇である。
その中には原子力潜水艦13隻、キロ型潜水艦3隻も含まれている。
北サハリンにオスカー級原子力潜水艦4隻。
西方大陸アガリアレプトにアクラ級潜水艦5隻。
ヴェルフネウディンスク市にはキロ型潜水艦3隻とアクラ級1隻が配備されている。
デルタV型原子力潜水艦は各々の港に1隻ずつ配備されている。
現在逃走中の巨大海亀を追跡しているのは、ヴェルフネウディンスク市に配備されていたアクラ級原子力潜水艦『ブラーツク』しかないのだ。
その『ブラーツク』の艦内では乗員一同が困り果てていた。
敵を追跡し、の本拠地を探る任務を拝命したのはいいが、いつまで追跡すればいいのか不明なのだ。
いつ終わるか不明な任務は通常の任務より乗員に負担を強いる。
幸い大型海亀の速度は遅い。
最大でも15ノット程度なら振りきられることはない。
遠距離からソナーで捕捉しているので、こちらに気がついていない。
「食料の備蓄ですが、往復で35日分が限度です。」
燃料や水、空気は心配ないが、食料だけはどうにもならない。
サミットに対応して、バレないように先月から百済沖の海底に潜伏していたのが祟ったのだ。
出港前に艦の食糧庫を満載に出来るほど、北サハリンの食糧事情は豊かではないのだ。
「早く目的地にたどり着いてくれといいのだが・・・」
乗員達は半年でも一年でも海底に潜伏しても士気は落ちないが、それも十分な食料があればこそだ。
この際、本拠地でなく中継地でもよかった。
いざとなれば同盟国や都市に補給や交代の艦を要請する必要がありそうだった。
「通信ブイを揚げて、本国に本艦の位置と十分な食料を積んだ艦を準備しろと伝えておけ。」
「日本に傍受される恐れがありますが?
本国はこの任務を高麗との取引に繋げたいから、日本に関わらせたくないのでは?」
「政治のことは政治家に任せておけ。
それに・・・原潜の無い日本に長期の追跡は出来ない。
結局、我々かアメリカを頼らざるを得ないさ。」
食料自給が低くかった為に日本には大幅な譲歩を強いられた。
これだけの大戦力があるにも関わらずに、南サハリンやクリル諸島を明け渡さなければなかったのはロシア人達には屈辱であった。
日本に頼らない、或いは日本が頼ってくる国を造るのは北サハリンの悲願である。
今回は北サハリンが地球系国家・都市の中で優位に立った行動をしている。
それだけでも彼等の矜持を満足させた。
日本に主導権を奪われるのは御免であった。
百済港
国防警備隊の中隊長の柳基宗大尉は、あの乱戦の中を生き抜いていていた。
空を乱舞するハンマーや岩球を転がりながらも避けまくり、多くの同僚、部下、民間人達が死傷する中生き抜いたのだ。
だが彼には休む暇は与えられなかった。
彼の目前には今回の戦いでも無傷か、軽傷の隊員を集めた二百名が整列している。
国防警備隊の百済市での死傷者は四百名に及ぶ。
柳基宗大尉は用意した木箱の上に乗って語り始める。
「諸君、昨日の戦いは御苦労だった。
すぐにでも諸君に休暇を与えたいところだが、本国も海の化け物相手に攻撃を受けてひどいことになっている。
幸いにも撃退には成功したが、残党がまだ残っている。
負傷者は第二連隊で預かり治療に当たるが、諸君には本国での掃討作戦に参加してもらう。」
隊員達の士気は低い。
この百済の市民でもある彼等は、転移当時、日本に旅行や仕事で訪れて巻き込まれた者達が主流だ。
高麗本国を故郷に持つ者は皆無に近い。
本国の三島はもうほとんど敵の姿が無いらしいが、周辺の小島にはまだ敵が陣取っているらしい。
日本が撤収を決定した以上、国民を鎮撫する為に彼等の力がまだ必要なのだ。
補給中の李舜臣級駆逐艦『大祚栄』に柳基宗大尉は先発隊と乗り込み先行する。
主力は客船をチャーターしてから出港となる。
彼等の戦いはまだ終わらなかった。
巨済島
巨済島の鎮圧を終えた日本からの派遣部隊は撤収の準備を整えていた。
輸送艦『くにさき』に特別警備隊の水陸両用車や哨戒ヘリの収用が始まっている。
中川海将補も荒廃した巨済市を眺めながら、些か中途半端差を感じていた。
日本から見れば市街や市民がどうなろうと、玉浦造船所とそこの技術者達さえ無事なら任務は成功なのだ。
だが特別警備隊隊長の長沼一佐が上機嫌な様子に首を傾げる。
「帰国したら今回の作戦の実績を評価されて、三菱重工が開発したまま凍結していた試作水陸両用車を一両だけですが配備してもらえることになりました。
もう冷飯食らいなどとは呼ばせませんよ。」
三菱試作水陸両用車は、尖閣諸島有事等の離島奪還や対ゲリラ戦や市街戦を考慮して開発されたものだ。
現行のAAV7の3倍以上の高速航行が可能である。
米国は新型の水陸両用車を開発し配備寸前まで行ったが、余りに高額で計画は破棄されていた。
AAV7は試作1号車の開発から50年以上経過し、さすがに古臭さが目立っていた。
歩くより遅い水上速度と防弾性能の不足が現場から不満をもたらしていた。
米海兵隊は1300両のAAV7を運用していたが、実際の運用では「水陸両用車」としては使わず、もっぱら市街戦での輸送車やバリケードとして使用された。
それだけに三菱との共同開発を期待していた矢先での転移である。
水陸両用団の創設と同様、水陸両用車の開発も凍結され、試作車両は保管処置とされた。
しかし、特別警備隊は相手が銃火器こそ使用しなかったが、水陸両用車の実用性を実戦で証明したのだ。
水陸両用団創設や水陸両用車の開発計画が再び議論されるのは間違いなかった。
いや、長沼を始めとする自衛官や官僚、財界が議論を煽るのだ。 すでに国会議員の北村代議士からも接触を受けており、意気揚々となるのも当然だった。
「まあ、程々にな。」
中川海将補はどうせ自分が現役の間には関わることはないだろうと醒めている。
浮かれている長沼一佐を放置して、国防警備隊第一連隊隊長伊太鉉大佐が訪問に来たと伝えられてその場を後にした。
伊太鉉大佐は首都である巨済島防衛の責任者である。
当然、今回の事件による損害の責任を問われる立場であり、気分は憂鬱だった。
さりとて任務を放棄するわけにもいかず、残党の掃討や民間人の救助を指揮していた。
「日本にはもう少し御協力頂きたかったのですが、百済の連中が貴国を怒らせたようですな。
まったくあいつらは何もわかっていない。」
挨拶に訪れた輸送艦『くにさき』で、中川海将補に愚痴をぶちまけている。
聞かされている中川海将補は早く帰って欲しい気分になっていた。
「現在、こちらから逃亡したイカ人は約6千程度。
第6飛行隊のF−2が空中から追跡しています。
さすがにあれだけの数が泳いでいると空中からでも確認出来るようですな。
ですが燃料の問題からいつまでも追跡を続けることは出来ません。
まもなく、水産庁の漁業調査船『開洋丸』が引き継ぎます。」
「水産庁ですか?」
「海自では魚介類の追跡は本業では無いので、あまり向いてないのですよ。
舞鶴から出港した護衛艦や巡視船の護衛のもと、追跡を続けます。
あなた方も知りたいでしょう?
連中の本拠地。
亀の方は北サハリンに出し抜かれましたが、イカの方は逃がしませんよ。」
水産庁の漁業調査船『開洋丸』は、あらゆる海域での活動を前提とした大型漁業調査船である。
各調査機器と大型表中層トロール網により、水産生物や有用生物の発掘及び資源調査と、その動向に影響を与える海洋環境調査等の基礎的研究を行う事が可能である。
海棲亜人の群れの追跡にこれほど適した船は無い。
『開洋丸』には武装した漁業監督官が六名乗り込んでいる。
転移前には禁止されていた拳銃と小銃を装備することを許可されている。
本来は東京港を母港としている船だが、一連の襲撃に合わせて調査の為に高麗に向かわせていたのが幸いした。
現在は対馬の基地で燃料や食料を補給しているところだ。
舞鶴の部隊と合流するまでは、高麗にいる護衛艦『しまかぜ』や『あまぎり』に護衛をさせる。
「さて、我々はそろそろお暇させて頂きます。
後は『シャイロー』がいれば大丈夫でしょう。」
タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『シャイロー』は現在も南海島を中心に、掃討作戦の支援を続けている。
自衛隊が軍事的には出来る支援はここまでだった。
あとは政治的決着だろうが、中川海将補には預かり知らぬことだった。
今回の事件は地球系国家・都市間に対立の種を蒔かれてしまった。
せいぜい拗れないよう政治家や官僚達の奮闘を期待するのみだった。
百済市
エレンハフト城
城内では最後の折衝が幾つかの部屋で行われていた。
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百済港
戦いを終えた護衛艦『くらま』は、百済の港に錨を降ろし補給や整備を行っていた。
『くらま』と同じ桟橋に艦を横付けさせて、潜水艦『みちしお』の艦長佐々木二等海佐が乗艦して来た。
『くらま』艦長の佐野二等海佐は飛行甲板で、高麗国国防警備隊からの補給を監督しながら出迎えた。
二人は同期であり階級が同じなので、気安い会話が出来るのはありがたいことだった。
「うちは後三時間くらいはかかりそうだ。
そっちはどうだ?」
『みちしお』の補給は燃料だけだった。
消耗した魚雷はさすがに調達は出来ない。
「砲弾や魚雷を結構使ったからな、半日は動けん。」
『くらま』は機銃弾や砲弾、燃料などを高麗国に請求して補充させていた。
新京から補給を届けさせるのは時間が掛かるし、総督の帰路にも支障が出るからだ。
規格の問題もあるが、燃料くらいは問題はないので、他の都市の艦船も補給を高麗国に要求して実施している。
「北サハリンの原潜、やはりいたのか?」
「ああ、我々が戦っている間に高見の見物を気取っていたようだ、忌々しい。
アクラ級のK−391『ブラーツク』だな。」
転移当時、ロシア太平洋艦隊に所属していた艦艇のほとんどが転移に巻き込まれていた。
活動範囲が日本海やオホーツク海だったから仕方がない。
しかし、その数は自衛隊側が把握していたよりも多かった。
自衛隊側の記録では、母港に停泊していた艦艇や別の海域で活動していた筈の艦艇が見受けられた。
乗員達はいずれの艦でも日本海やオホーツク海で航行中だったと主張したのだ。
さらに船舶に限らず、航空機や観光客、在日米軍を含む各国の軍人や兵器等、転移時に日本にいたはずがない存在が転移していた。
そこで判明したのが彼等の主張する転移の日時がバラバラだったことだ。
これには海外にいた筈の日本人も含まれる。
ほとんどの日本人や高麗三島、樺太や千島列島の住民の認識は共通だった。
年が明けたと同時の転移という認識である。
その時に転移の範囲にいるはずが無かった人間の認識は、転移の範囲に到着して5日後という認識なのだ。
現に佐々木二佐も当時は、ジプチの駐屯地に赴任していた筈だが、気がついたら他の隊員や大使館職員とともに尖閣諸島で突っ立っていた。
休暇などで7日は日本に帰国していた為に転移出来たのだろう。
転移した人間に共通するのは、転移の範囲に5日以上いたという記憶と、その時期が2015年の後半ということまでに絞りこまれている。
この件は現在も調査は続けられている。
北サハリンの行為は忌々しいが、佐々木二佐も佐野二佐も明日には秋月総督御一行を『くらま』に乗せて、百済を出港し新京に帰投しなければならない。
その準備で今日は徹夜になりそうだった。
「そういえばお前、カミさんへの土産買ったのか?」
奥さんの尻に敷かれている佐々木二佐は冷や汗を垂らす。
そんな暇はなかったからだ。
付近に転がっている亀人の遺体を見て呟く。
「鼈甲とかどうだろう?」
「今となっては悪趣味と怒られるだけだろう。
だいいち明日までは間に合わないぞ。」
一連の戦いのせいで商店も開いていない。
土産探しは困難を極めることとなった。
さて、前述した通り、ロシア海軍の艦艇の多数が転移していた。
大半が太平洋艦隊所属の艦艇である。
その中には原子力潜水艦13隻、キロ型潜水艦3隻も含まれている。
北サハリンにオスカー級原子力潜水艦4隻。
西方大陸アガリアレプトにアクラ級潜水艦5隻。
ヴェルフネウディンスク市にはキロ型潜水艦3隻とアクラ級1隻が配備されている。
デルタV型原子力潜水艦は各々の港に1隻ずつ配備されている。
現在逃走中の巨大海亀を追跡しているのは、ヴェルフネウディンスク市に配備されていたアクラ級原子力潜水艦『ブラーツク』しかないのだ。
その『ブラーツク』の艦内では乗員一同が困り果てていた。
敵を追跡し、の本拠地を探る任務を拝命したのはいいが、いつまで追跡すればいいのか不明なのだ。
いつ終わるか不明な任務は通常の任務より乗員に負担を強いる。
幸い大型海亀の速度は遅い。
最大でも15ノット程度なら振りきられることはない。
遠距離からソナーで捕捉しているので、こちらに気がついていない。
「食料の備蓄ですが、往復で35日分が限度です。」
燃料や水、空気は心配ないが、食料だけはどうにもならない。
サミットに対応して、バレないように先月から百済沖の海底に潜伏していたのが祟ったのだ。
出港前に艦の食糧庫を満載に出来るほど、北サハリンの食糧事情は豊かではないのだ。
「早く目的地にたどり着いてくれといいのだが・・・」
乗員達は半年でも一年でも海底に潜伏しても士気は落ちないが、それも十分な食料があればこそだ。
この際、本拠地でなく中継地でもよかった。
いざとなれば同盟国や都市に補給や交代の艦を要請する必要がありそうだった。
「通信ブイを揚げて、本国に本艦の位置と十分な食料を積んだ艦を準備しろと伝えておけ。」
「日本に傍受される恐れがありますが?
本国はこの任務を高麗との取引に繋げたいから、日本に関わらせたくないのでは?」
「政治のことは政治家に任せておけ。
それに・・・原潜の無い日本に長期の追跡は出来ない。
結局、我々かアメリカを頼らざるを得ないさ。」
食料自給が低くかった為に日本には大幅な譲歩を強いられた。
これだけの大戦力があるにも関わらずに、南サハリンやクリル諸島を明け渡さなければなかったのはロシア人達には屈辱であった。
日本に頼らない、或いは日本が頼ってくる国を造るのは北サハリンの悲願である。
今回は北サハリンが地球系国家・都市の中で優位に立った行動をしている。
それだけでも彼等の矜持を満足させた。
日本に主導権を奪われるのは御免であった。
百済港
国防警備隊の中隊長の柳基宗大尉は、あの乱戦の中を生き抜いていていた。
空を乱舞するハンマーや岩球を転がりながらも避けまくり、多くの同僚、部下、民間人達が死傷する中生き抜いたのだ。
だが彼には休む暇は与えられなかった。
彼の目前には今回の戦いでも無傷か、軽傷の隊員を集めた二百名が整列している。
国防警備隊の百済市での死傷者は四百名に及ぶ。
柳基宗大尉は用意した木箱の上に乗って語り始める。
「諸君、昨日の戦いは御苦労だった。
すぐにでも諸君に休暇を与えたいところだが、本国も海の化け物相手に攻撃を受けてひどいことになっている。
幸いにも撃退には成功したが、残党がまだ残っている。
負傷者は第二連隊で預かり治療に当たるが、諸君には本国での掃討作戦に参加してもらう。」
隊員達の士気は低い。
この百済の市民でもある彼等は、転移当時、日本に旅行や仕事で訪れて巻き込まれた者達が主流だ。
高麗本国を故郷に持つ者は皆無に近い。
本国の三島はもうほとんど敵の姿が無いらしいが、周辺の小島にはまだ敵が陣取っているらしい。
日本が撤収を決定した以上、国民を鎮撫する為に彼等の力がまだ必要なのだ。
補給中の李舜臣級駆逐艦『大祚栄』に柳基宗大尉は先発隊と乗り込み先行する。
主力は客船をチャーターしてから出港となる。
彼等の戦いはまだ終わらなかった。
巨済島
巨済島の鎮圧を終えた日本からの派遣部隊は撤収の準備を整えていた。
輸送艦『くにさき』に特別警備隊の水陸両用車や哨戒ヘリの収用が始まっている。
中川海将補も荒廃した巨済市を眺めながら、些か中途半端差を感じていた。
日本から見れば市街や市民がどうなろうと、玉浦造船所とそこの技術者達さえ無事なら任務は成功なのだ。
だが特別警備隊隊長の長沼一佐が上機嫌な様子に首を傾げる。
「帰国したら今回の作戦の実績を評価されて、三菱重工が開発したまま凍結していた試作水陸両用車を一両だけですが配備してもらえることになりました。
もう冷飯食らいなどとは呼ばせませんよ。」
三菱試作水陸両用車は、尖閣諸島有事等の離島奪還や対ゲリラ戦や市街戦を考慮して開発されたものだ。
現行のAAV7の3倍以上の高速航行が可能である。
米国は新型の水陸両用車を開発し配備寸前まで行ったが、余りに高額で計画は破棄されていた。
AAV7は試作1号車の開発から50年以上経過し、さすがに古臭さが目立っていた。
歩くより遅い水上速度と防弾性能の不足が現場から不満をもたらしていた。
米海兵隊は1300両のAAV7を運用していたが、実際の運用では「水陸両用車」としては使わず、もっぱら市街戦での輸送車やバリケードとして使用された。
それだけに三菱との共同開発を期待していた矢先での転移である。
水陸両用団の創設と同様、水陸両用車の開発も凍結され、試作車両は保管処置とされた。
しかし、特別警備隊は相手が銃火器こそ使用しなかったが、水陸両用車の実用性を実戦で証明したのだ。
水陸両用団創設や水陸両用車の開発計画が再び議論されるのは間違いなかった。
いや、長沼を始めとする自衛官や官僚、財界が議論を煽るのだ。 すでに国会議員の北村代議士からも接触を受けており、意気揚々となるのも当然だった。
「まあ、程々にな。」
中川海将補はどうせ自分が現役の間には関わることはないだろうと醒めている。
浮かれている長沼一佐を放置して、国防警備隊第一連隊隊長伊太鉉大佐が訪問に来たと伝えられてその場を後にした。
伊太鉉大佐は首都である巨済島防衛の責任者である。
当然、今回の事件による損害の責任を問われる立場であり、気分は憂鬱だった。
さりとて任務を放棄するわけにもいかず、残党の掃討や民間人の救助を指揮していた。
「日本にはもう少し御協力頂きたかったのですが、百済の連中が貴国を怒らせたようですな。
まったくあいつらは何もわかっていない。」
挨拶に訪れた輸送艦『くにさき』で、中川海将補に愚痴をぶちまけている。
聞かされている中川海将補は早く帰って欲しい気分になっていた。
「現在、こちらから逃亡したイカ人は約6千程度。
第6飛行隊のF−2が空中から追跡しています。
さすがにあれだけの数が泳いでいると空中からでも確認出来るようですな。
ですが燃料の問題からいつまでも追跡を続けることは出来ません。
まもなく、水産庁の漁業調査船『開洋丸』が引き継ぎます。」
「水産庁ですか?」
「海自では魚介類の追跡は本業では無いので、あまり向いてないのですよ。
舞鶴から出港した護衛艦や巡視船の護衛のもと、追跡を続けます。
あなた方も知りたいでしょう?
連中の本拠地。
亀の方は北サハリンに出し抜かれましたが、イカの方は逃がしませんよ。」
水産庁の漁業調査船『開洋丸』は、あらゆる海域での活動を前提とした大型漁業調査船である。
各調査機器と大型表中層トロール網により、水産生物や有用生物の発掘及び資源調査と、その動向に影響を与える海洋環境調査等の基礎的研究を行う事が可能である。
海棲亜人の群れの追跡にこれほど適した船は無い。
『開洋丸』には武装した漁業監督官が六名乗り込んでいる。
転移前には禁止されていた拳銃と小銃を装備することを許可されている。
本来は東京港を母港としている船だが、一連の襲撃に合わせて調査の為に高麗に向かわせていたのが幸いした。
現在は対馬の基地で燃料や食料を補給しているところだ。
舞鶴の部隊と合流するまでは、高麗にいる護衛艦『しまかぜ』や『あまぎり』に護衛をさせる。
「さて、我々はそろそろお暇させて頂きます。
後は『シャイロー』がいれば大丈夫でしょう。」
タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『シャイロー』は現在も南海島を中心に、掃討作戦の支援を続けている。
自衛隊が軍事的には出来る支援はここまでだった。
あとは政治的決着だろうが、中川海将補には預かり知らぬことだった。
今回の事件は地球系国家・都市間に対立の種を蒔かれてしまった。
せいぜい拗れないよう政治家や官僚達の奮闘を期待するのみだった。
百済市
エレンハフト城
城内では最後の折衝が幾つかの部屋で行われていた。
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2018/06/18(月) 02:58:50.379955ID:25QhRcQoK そのうちの一室でヒルダと斉藤は、新香港の林主席、北サハリンのチカローニ市長、高麗の白市長を招いていた。
アンフォニー開発の利害調整の為である。
「よくも私をこのような部屋に呼べたものだ。」
利権に紛れ込まれた林主席は不機嫌な顔を隠しもしない。
「申し訳ないが、新香港だけでは領内の開発に遅延が出そうなので、商売敵を用意させて頂きました。
まあ、ハイラインの利権はそのままですので御安心下さい。」
「安心出来るか!!」
斉藤は嘯いてるが、亀人達の襲撃が無ければここまで話は進まなかっただろう。
林主席は強がっているが、現在の新香港の立場は北サハリンや高麗より序列は下なのだ。
決定された事項は覆らないのは理解していた。
そんな林主席の思いを切り捨てるように斉藤は話を進めていく。
「鉄道開発は新香港に、炭鉱開発は北サハリンに、高麗国には街道整備を担当をお願いします。
お代は炭鉱の石炭を売却した利益からでます。
その為にも輸送路の早期の拡充が至上の命題になります。
よろしくお願いしますね。」
あまりな林主席の消沈した様子にヒルダが助け船を出す。
「林主席、ハイライン開発の独占事業は私が保障しますわ。
斉藤は胡散臭くても私ならば貴族の誇りにかけて他の参入を阻みますから。」
ヒルダの言葉に多少の安堵を覚えた林主席だが、チカローニ市長の言葉に驚かされる。
「林主席、よろしければ和解の印として、『長征07』の修理を我々が承わろう。
我が国が管理する原子力潜水艦用のドックがあるから、それなりに修理は可能だろう。
まあ、日本と共用の施設だからバレバレになるが不都合はあるまい。」
確かに『長征07』が戦力化できれば、新香港にとってメリットは大きい。
チカローニ市長はこれで手打ちにしろと言っているのだ。
「わかった。
だがついでに乗員の教育もセットでよろしくな。」
本格的な訓練施設は日本にしかないのだが、実習ぐらいなら問題はないだろうとチカローニ市長は頷く。
話がまとまったので、白市長が全員に語りかける。
「みなさん、そろそろ時間なので、大広間までお願いします。」
先程まで得意気な顔をしていたチカローニ市長の顔が曇る。
「あのヤンキーが今さら割り込んで何を言い出すかと思うと、憂鬱になるな。」
「どうせまた、ロクでも無い話に違いない。」
林主席もその件だけは同意件だった。
各地から自衛隊の撤収と残党の殲滅が報告される中、昼食の後で、エレンハフト城の大広間で開かれていた会議室にサミット参加者達が集まっていた。
さすがに最終日の午後には討議は行われず、共同声明の発表と首脳陣の写真撮影が行われるだけの予定だった。
予定が変わったのは、最終日にも関わらず新たな参加者が現われたからだ。
「ご紹介に預かりましたアメリカ合衆国、アウストラリス大陸特別大使のロバート・ラプスです。」
その挨拶に各首脳陣のほとんどが、明後日の方向に顔を向けて目を合わせようとしない。
参列している貴族や護衛の騎士からは憎々しい視線を浴びせられている。
例外は日本国の秋月総督と、アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスの二人だけだ。
「久しいな大使。
即位式から六年、姿を見せないから死んだかと思っていたぞ。」
「これは陛下、遅ればせながら御即位おめでとうございます。
我々も骨を折った甲斐があったというものです。
まあ、実際昨日までは船酔いで死にかけてたのですが、ハッハハ!!」
ロプス大使以外、誰も笑っていない。
大使自身の目も笑っておらず、とても親交を温めあっている空気では無い。
言葉は続かず、沈黙が続く。
「ああ、それで大使は今回は何の御用ですかな?
一向に表舞台には出て来なかったのに。」
その空気を壊すべく、秋月総督が話に割って入る。
このまま話が進まなくても困るからだ。
本来の議長役で進行しなければならない白市長が頼もしそうにこちらを見ているので舌打ちしそうになる。
さて、先の戦争で帝室、貴族、騎士団、聖職者、魔術師、一般庶民を分け隔てること無く、僅か三時間で焼き払った帝都大空襲の記憶は大陸の民の間では新しい。
帝国は解体され、王国が和平という名の降伏を受け入れたがアメリカが大陸に拠点を持つことを許さなかった。
勝者の論理でゴリ押ししようと考えたアメリカ人達だったが、想像以上に自分達が大陸で増悪されていることに辟易して退いたくらいだ。
現在のアメリカ大使館は新京の沖合にある離島アミティに存在する。
小規模ながら米軍基地が存在し、アウストラリス大陸に進出するアメリカ人の唯一のコミュニティとなっている。
アメリカ人達は西方大陸アガリアレプトに注力することにして、アウストラリス大陸の進出には消極的になった。
「今回はさすがに見る見かねてね。
高麗本国も酷い有様だそうじゃないか。
それといい機会だから、ちょっとパパにおねだりに来たのさ。」
秋月の顔が引きつる。
現状でも日本はアメリカに燃料や弾薬、食料を都合して提供しているのだ。
共用する為に在日米軍の使用する兵器の技術も公開させたが、割に合っているかといえば微妙である。
強力過ぎて使い道が無い兵器も多い。
その支援を自分達に回して欲しいと思っている独立都市も多い。
「独立都市も増えてきて、多国籍軍も弱体化が激しいからね。
そろそろ自衛隊からの援軍が欲しいんだ。」
「生憎だが、一連の海棲亜人の襲撃で長い海岸線を持つ我が国は危機感を覚えている。
これ以上兵力を派遣する余裕はない。
むしろ派遣部隊から撤収を命じたいくらいだよ。
それにそういう提案は本国政府にしてくれ。
大陸総督府の管轄外だ。」
現在も西方大陸アガリアレプトには自衛隊の部隊が派遣されている。
旅団化した第一空挺旅団、中央即応旅団、富士教導旅団、第一特科旅団を含む約二万の陸自部隊。
海自の護衛艦隊に所属する半数の護衛艦。
転移後に重犯罪を犯した者達を徴用して組織された第二更正師団。
日本にいた訪日外国人達も徴用されて戦いに加わっている。
生活の基盤の無い彼等に選択肢はほぼ無かった。
彼等が独立都市の建設を求めるのもその戦争から手を引く為だ。
独立都市が建設される度に多国籍軍から市民となる兵士が抜けていく。
そして、アメリカが主導する西方大陸アガリアレプトの戦争には、本国や独立都市でも厭戦気分が広がっていた。
「まあ、君達にそこまで期待はしていないよ。
日本の工業力の防衛は確かに大事だからね。
高麗も復興に手一杯だろうし、北サハリンも要求を聞く気は無いだろう?」
「当然だ。
我々に何もメリットは無いからな。」
チカローニ市長が平然と肯定する。
確かに北サハリンは強力な軍事力とエネルギー資源の供給という強いカードを持っているので、アメリカの風下には立っていない。
しかし、他の独立都市はそうではない。
安全保障の問題から米軍は自衛隊に次ぐ、軍事力の傘を彼等に提供しているからだ。
それだけに食料や資源の提供などで、対価を支払っているが彼等に取っては負担が大きいと感じていた。
ましてや再び参戦しろなどと言われたら政権が潰れてしまう。
「ふむ、面白いな。
その援軍とやらは地球人で無くてはならないのかね?」
国王モルデールの言葉に会場がどよめき立つ。
意表を突かれた顔をしたラプス大使は顔をにやつかせて答える。
「いえいえ、我々は大変興味があります。
後日、詳細をお詰めしたいのですが、アテはあるのですか?」
「王都での謁見を許す、近いうちに来るが良い。
なあに、貴族や騎士の部屋住みの三男、四男。
帝国残党の捕虜に志願者を加えれば万の兵団くらいはすぐに集まるさ。
待遇次第ではあるがな。
それに・・・帝国亡きあと、この王国こそがこの世界唯一の人種の国家であるからな。
人種の守護こそが帝国並びに王国の理念であるからな。」
どの程度の戦力として強化するつもりなのか、秋月総督は監視を強めるつもりだった。
無造作に技術を流出されても困るのだ。
そして何より、アメリカに日本は今回のような侵攻可能な地域の特定が推測出来ていることを悟られる訳にはいかなかった。
実証は出来ていないが、今回の侵攻された場所がある程度、推測を裏付ける結果となっていた。
現在、本国で危険地帯と思われる南樺太の国境警察隊や占守島の第304沿岸監視隊が哨戒を強化している。
王国とアメリカ、日本が睨み合う中、他の首脳陣達は矛先が変わって安心した反面、誰もが帰りたい気分を高らませていた。
その後、首脳一行はエレンハフト城が背景に写る場所に移動する。
首脳陣の記念撮影の為だ。
議長役である百済市長白泰英を中央に立たせ、モルデール王が右側に、秋月総督が左側に立つ。
後は建設された独立都市の順番に右、左と並んでいく。
しれっとラプス大使まで端っこに並んでいるのはご愛嬌だ。
秋月総督は次回サミット開催都市ルソン市長ニーナ・タカヤマ女史に腕を組まれて戸惑っている。
「総督、ルソンに『トゥバタハ』が到着した模様です。
日本政府に感謝の意を御伝えください。」
『トゥバタハ』は日本がルソンに供与した40m型多目的即応巡視船である。
転移前の日本とフィリピンとの南シナ海への国際貢献として供与が決まっていた十隻の巡視船の1隻である。
「転移のゴタゴタで十年も遅らせてしまったことを総理が詫びてました。」
「海からの侵略が現実化した現状、このタイミングでの配備に感謝こそすれ、非難するこどありえませんわよ。」
カメラマンに離れるように言われて体を離す。
タカヤマ女史は残念そうにしていたが、あのまま写真を撮られても色々とまずいのでホッとしている。
ふと城壁に目をやると、ハンマーや岩球をぶつけられて所々穴が空いてたり崩壊している部分がある。
エレンハフト城も戦場となったが、敵兵を城壁で食い止めることに成功している。
国防警備隊の隊員達は、この城壁から敵の突破を許さなかった。
「意外に城の防衛拠点としての機能も馬鹿には出来ませんな。」
秋月の感想に白市長も納得する。
「そうですね。
巨斉島でも、珍島でも観光用に復元した城が役に立ったようです。
要塞としても避難所としても有用でした。
日本も皇居や大阪城御所以外の城の要塞化を考えてみてもいいのでは無いのでしょうか?」
観光用に創られた復元城ばかりだが、今の時代は観光客など激減していて商売にはなっていない。
大半がコンクリート建築になっており、重火器や航空攻撃が可能な近代軍隊ならともかく、この世界の軍隊やモンスター相手なら十分に有効だ。
何より人員を大幅に増員した各地の自衛隊の駐屯地や準軍事組織の基地が手狭になっている事情もある。
「まあ、地域のランドマークになってるのも多いですから、自治体が反対するかも知れませんな。
遺構とかの保存に学会も煩いでしょうな。」
アイデアとしては面白いかも知れないが問題も多い。
ようやく整列が終わり、カメラマンから視線を求められる。
「それじゃ〜撮りますよ〜、1+1は?」
誰も笑ってくれない重苦しい空気の中、シャッターが切られた。
次回のサミットはルソンで開かれる。
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利権に紛れ込まれた林主席は不機嫌な顔を隠しもしない。
「申し訳ないが、新香港だけでは領内の開発に遅延が出そうなので、商売敵を用意させて頂きました。
まあ、ハイラインの利権はそのままですので御安心下さい。」
「安心出来るか!!」
斉藤は嘯いてるが、亀人達の襲撃が無ければここまで話は進まなかっただろう。
林主席は強がっているが、現在の新香港の立場は北サハリンや高麗より序列は下なのだ。
決定された事項は覆らないのは理解していた。
そんな林主席の思いを切り捨てるように斉藤は話を進めていく。
「鉄道開発は新香港に、炭鉱開発は北サハリンに、高麗国には街道整備を担当をお願いします。
お代は炭鉱の石炭を売却した利益からでます。
その為にも輸送路の早期の拡充が至上の命題になります。
よろしくお願いしますね。」
あまりな林主席の消沈した様子にヒルダが助け船を出す。
「林主席、ハイライン開発の独占事業は私が保障しますわ。
斉藤は胡散臭くても私ならば貴族の誇りにかけて他の参入を阻みますから。」
ヒルダの言葉に多少の安堵を覚えた林主席だが、チカローニ市長の言葉に驚かされる。
「林主席、よろしければ和解の印として、『長征07』の修理を我々が承わろう。
我が国が管理する原子力潜水艦用のドックがあるから、それなりに修理は可能だろう。
まあ、日本と共用の施設だからバレバレになるが不都合はあるまい。」
確かに『長征07』が戦力化できれば、新香港にとってメリットは大きい。
チカローニ市長はこれで手打ちにしろと言っているのだ。
「わかった。
だがついでに乗員の教育もセットでよろしくな。」
本格的な訓練施設は日本にしかないのだが、実習ぐらいなら問題はないだろうとチカローニ市長は頷く。
話がまとまったので、白市長が全員に語りかける。
「みなさん、そろそろ時間なので、大広間までお願いします。」
先程まで得意気な顔をしていたチカローニ市長の顔が曇る。
「あのヤンキーが今さら割り込んで何を言い出すかと思うと、憂鬱になるな。」
「どうせまた、ロクでも無い話に違いない。」
林主席もその件だけは同意件だった。
各地から自衛隊の撤収と残党の殲滅が報告される中、昼食の後で、エレンハフト城の大広間で開かれていた会議室にサミット参加者達が集まっていた。
さすがに最終日の午後には討議は行われず、共同声明の発表と首脳陣の写真撮影が行われるだけの予定だった。
予定が変わったのは、最終日にも関わらず新たな参加者が現われたからだ。
「ご紹介に預かりましたアメリカ合衆国、アウストラリス大陸特別大使のロバート・ラプスです。」
その挨拶に各首脳陣のほとんどが、明後日の方向に顔を向けて目を合わせようとしない。
参列している貴族や護衛の騎士からは憎々しい視線を浴びせられている。
例外は日本国の秋月総督と、アウストラリス王国国王モルデール・ソフィア・アウストラリスの二人だけだ。
「久しいな大使。
即位式から六年、姿を見せないから死んだかと思っていたぞ。」
「これは陛下、遅ればせながら御即位おめでとうございます。
我々も骨を折った甲斐があったというものです。
まあ、実際昨日までは船酔いで死にかけてたのですが、ハッハハ!!」
ロプス大使以外、誰も笑っていない。
大使自身の目も笑っておらず、とても親交を温めあっている空気では無い。
言葉は続かず、沈黙が続く。
「ああ、それで大使は今回は何の御用ですかな?
一向に表舞台には出て来なかったのに。」
その空気を壊すべく、秋月総督が話に割って入る。
このまま話が進まなくても困るからだ。
本来の議長役で進行しなければならない白市長が頼もしそうにこちらを見ているので舌打ちしそうになる。
さて、先の戦争で帝室、貴族、騎士団、聖職者、魔術師、一般庶民を分け隔てること無く、僅か三時間で焼き払った帝都大空襲の記憶は大陸の民の間では新しい。
帝国は解体され、王国が和平という名の降伏を受け入れたがアメリカが大陸に拠点を持つことを許さなかった。
勝者の論理でゴリ押ししようと考えたアメリカ人達だったが、想像以上に自分達が大陸で増悪されていることに辟易して退いたくらいだ。
現在のアメリカ大使館は新京の沖合にある離島アミティに存在する。
小規模ながら米軍基地が存在し、アウストラリス大陸に進出するアメリカ人の唯一のコミュニティとなっている。
アメリカ人達は西方大陸アガリアレプトに注力することにして、アウストラリス大陸の進出には消極的になった。
「今回はさすがに見る見かねてね。
高麗本国も酷い有様だそうじゃないか。
それといい機会だから、ちょっとパパにおねだりに来たのさ。」
秋月の顔が引きつる。
現状でも日本はアメリカに燃料や弾薬、食料を都合して提供しているのだ。
共用する為に在日米軍の使用する兵器の技術も公開させたが、割に合っているかといえば微妙である。
強力過ぎて使い道が無い兵器も多い。
その支援を自分達に回して欲しいと思っている独立都市も多い。
「独立都市も増えてきて、多国籍軍も弱体化が激しいからね。
そろそろ自衛隊からの援軍が欲しいんだ。」
「生憎だが、一連の海棲亜人の襲撃で長い海岸線を持つ我が国は危機感を覚えている。
これ以上兵力を派遣する余裕はない。
むしろ派遣部隊から撤収を命じたいくらいだよ。
それにそういう提案は本国政府にしてくれ。
大陸総督府の管轄外だ。」
現在も西方大陸アガリアレプトには自衛隊の部隊が派遣されている。
旅団化した第一空挺旅団、中央即応旅団、富士教導旅団、第一特科旅団を含む約二万の陸自部隊。
海自の護衛艦隊に所属する半数の護衛艦。
転移後に重犯罪を犯した者達を徴用して組織された第二更正師団。
日本にいた訪日外国人達も徴用されて戦いに加わっている。
生活の基盤の無い彼等に選択肢はほぼ無かった。
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独立都市が建設される度に多国籍軍から市民となる兵士が抜けていく。
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「まあ、君達にそこまで期待はしていないよ。
日本の工業力の防衛は確かに大事だからね。
高麗も復興に手一杯だろうし、北サハリンも要求を聞く気は無いだろう?」
「当然だ。
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チカローニ市長が平然と肯定する。
確かに北サハリンは強力な軍事力とエネルギー資源の供給という強いカードを持っているので、アメリカの風下には立っていない。
しかし、他の独立都市はそうではない。
安全保障の問題から米軍は自衛隊に次ぐ、軍事力の傘を彼等に提供しているからだ。
それだけに食料や資源の提供などで、対価を支払っているが彼等に取っては負担が大きいと感じていた。
ましてや再び参戦しろなどと言われたら政権が潰れてしまう。
「ふむ、面白いな。
その援軍とやらは地球人で無くてはならないのかね?」
国王モルデールの言葉に会場がどよめき立つ。
意表を突かれた顔をしたラプス大使は顔をにやつかせて答える。
「いえいえ、我々は大変興味があります。
後日、詳細をお詰めしたいのですが、アテはあるのですか?」
「王都での謁見を許す、近いうちに来るが良い。
なあに、貴族や騎士の部屋住みの三男、四男。
帝国残党の捕虜に志願者を加えれば万の兵団くらいはすぐに集まるさ。
待遇次第ではあるがな。
それに・・・帝国亡きあと、この王国こそがこの世界唯一の人種の国家であるからな。
人種の守護こそが帝国並びに王国の理念であるからな。」
どの程度の戦力として強化するつもりなのか、秋月総督は監視を強めるつもりだった。
無造作に技術を流出されても困るのだ。
そして何より、アメリカに日本は今回のような侵攻可能な地域の特定が推測出来ていることを悟られる訳にはいかなかった。
実証は出来ていないが、今回の侵攻された場所がある程度、推測を裏付ける結果となっていた。
現在、本国で危険地帯と思われる南樺太の国境警察隊や占守島の第304沿岸監視隊が哨戒を強化している。
王国とアメリカ、日本が睨み合う中、他の首脳陣達は矛先が変わって安心した反面、誰もが帰りたい気分を高らませていた。
その後、首脳一行はエレンハフト城が背景に写る場所に移動する。
首脳陣の記念撮影の為だ。
議長役である百済市長白泰英を中央に立たせ、モルデール王が右側に、秋月総督が左側に立つ。
後は建設された独立都市の順番に右、左と並んでいく。
しれっとラプス大使まで端っこに並んでいるのはご愛嬌だ。
秋月総督は次回サミット開催都市ルソン市長ニーナ・タカヤマ女史に腕を組まれて戸惑っている。
「総督、ルソンに『トゥバタハ』が到着した模様です。
日本政府に感謝の意を御伝えください。」
『トゥバタハ』は日本がルソンに供与した40m型多目的即応巡視船である。
転移前の日本とフィリピンとの南シナ海への国際貢献として供与が決まっていた十隻の巡視船の1隻である。
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タカヤマ女史は残念そうにしていたが、あのまま写真を撮られても色々とまずいのでホッとしている。
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秋月の感想に白市長も納得する。
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巨斉島でも、珍島でも観光用に復元した城が役に立ったようです。
要塞としても避難所としても有用でした。
日本も皇居や大阪城御所以外の城の要塞化を考えてみてもいいのでは無いのでしょうか?」
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何より人員を大幅に増員した各地の自衛隊の駐屯地や準軍事組織の基地が手狭になっている事情もある。
「まあ、地域のランドマークになってるのも多いですから、自治体が反対するかも知れませんな。
遺構とかの保存に学会も煩いでしょうな。」
アイデアとしては面白いかも知れないが問題も多い。
ようやく整列が終わり、カメラマンから視線を求められる。
「それじゃ〜撮りますよ〜、1+1は?」
誰も笑ってくれない重苦しい空気の中、シャッターが切られた。
次回のサミットはルソンで開かれる。
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6†Mango Mangüé ⭐ (ガラプー KK85-/v34)
2018/06/18(月) 22:51:42.181481ID:ujP5b1l6K 再録12話
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7†Mango Mangüé ⭐ (ガラプー KK85-/v34)
2018/06/18(月) 22:53:44.079073ID:aZSRoXVEK サミットより一ヶ月後
大陸北部天領ラゼント
トレス砦
帝国残党軍は、この放棄された砦を根拠地の一つとして抵抗活動を続けていた。
大森林に囲まれたトレス砦は、地球系多国籍軍との戦いからも破壊を免れた場所だった。
だが主力の兵員は近隣で大量発生したモンスターの退治に出撃しており、最低限の人員しか残っていなかった。
「ふわ〜・・・、暑さもだいぶおさまったな。」
見張りの兵士が欠伸をしつつ警戒に当たっているが、首に矢を射られて倒れふした。
静粛性に優れたクロスボウによる狙撃だ。
同僚が倒れたのに驚いたもう一人も複数の矢に射ぬかれて息絶える。
矢の飛んで来た方角の森林から60名ほどの軽装だか仕立てのよい甲冑を来た騎士達が姿を現す。
「目標を探せ!!
抵抗する者は斬って棄てろ!!」
砦に突入した騎士達は抵抗する兵士達と斬り結び、実力を持って命を断っていく。
砦の中には兵士達の他に近隣の村から集められた職人や工員が無抵抗で床に伏せられている。
残党軍の兵士二人を斬り捨てたレディンは、砦の中を進んでいた。
「隊長、こちらです。」
部下達に案内され、隊長であるレディンは工場で生産された品が保管された倉庫に入る。
「ふむ、これがピョートル砲か。」
「はい、油断していたいえ、日本の護衛艦に一撃与えた砲であります。
ここが帝国残党軍の武器の密造工場であることは間違いなさそうです。」
帝国軍残党が造り上げた施条後装砲ピョートル砲。
射程が3キロにも及ぶ、大陸人が使える最新鋭の大砲である。
「まあ、成果は小さな穴を僅かに開けた程度らしいが。」
射程がバレたのならさらに安全距離を広めればいいだけなので、今となっては対して意味は無い。
ただ現状の王国軍のどの砲よりも高性能なのは間違いない。
王国はここにピョートル砲の現物と生産設備とそれを造る職人や工員を手に入れたのだ。
「本隊に連絡して、ここに駐留させる部隊を入城させろ。」
レディンは王都への連絡、接収した物資、人員の目録作り、近隣に配備した部隊による帝国残党への制圧作戦を指示して回る。
近衛騎士団第10大隊隊長のレディン自らが精鋭を率いての制圧任務だ。
約千名の第10大隊の隊員から選ばれた精鋭60名は、見事に犠牲者を出さずに任務を達成して満足感を得られていた。
だが部下に呼び止められて足を止める。
「隊長、よろしいでしょうか?
設計の為と思われる部屋を発見しました。
図面とおぼしき書類を多数発見しましたが、大陸の言語では無いらしく読むことが出来ません。」
そのうちの何枚かを渡されて目を通してみる。
紙は大陸で流通している羊皮紙でなく、各領土で雇われた日本人の内政顧問が生産を奨励している植物紙だ。
冬の間や手の空いた時間に小銭を稼げる手仕事として、農民の間で流行している。
また、安価な紙の普及により読み書きや数の数え方などの教育も行われているらしい。
他ならぬレディンの実家の領内でも行われており、ついつい手触りを実家の領内で造られている物と比べてしまう。
そして、実家のより手触りがよい植物紙に書かれた文字に目をやり眉を潜める。
「日本語では無いな、確か英語とかいう言語だ。
残念ながら私にも読めぬ。」
新京の大学で留学中に勉強したレディンだが、その際に見た書物に書かれていた文字に間違いなかった。
「何者かが残党軍に技術を流出させていたのか?
ふむ、結果として我々が知ってしまったの仕方がないよな、不可抗力である。」
だが技術流出の上前を跳ねるのは、王国にとっても都合がよかった。
文字は理解できないが図面だけでもわかることがある。
生き残った者達から尋問をして、技術流出者の情報も得ないといけない。
櫓まで移動して、駐留の為の兵士達が入城してくるのを視察する。
だが轟音とともに城壁が崩れて、隠し通路と思われる内部から肌の色が黒い大男が現れる。
迷彩柄の服装は大陸の者とは違う出で立ちた。
皮膚が黒い男は体が腐っているのか悪臭がひどい。
顔も腐り崩れていて判別しずらい。
兵士達に取り囲まれるが怯む様子は見えない。
「ガ・・・ガア・・・」
声にならない声をあげた男は、体にM134 ミニガンの給弾ベルトを巻いていた。
M134 ミニガンの銃弾から毎秒百発の銃弾が発砲されて、たちまち砦に入城してきた数十人の近衛騎士や近衛兵を射ち抜いていく。
通常の騎士達や兵士達よりは固い甲冑や盾を装備した彼等だが、自慢の甲冑や盾を切り裂かれ、凪ぎ払われていく。
壁や通路に逃げ惑う近衛兵達だが、石で造られた壁ごと粉砕されて血の海を造る。
「貴様!!」
近衛騎士の一人が斬りつけて、給弾ベルトを断ち切る。
そのまま残った弾丸で蜂の巣にされるが、M134 ミニガンの弾丸が無くなり空しく回るだけになった。
続いて何人もの近衛騎士や近衛兵士が斬りつけ、刺し貫く。
「突き立てい!!」
とどめとばかりに槍を持った近衛兵五人が黒い大男の腹や胸に突き刺す。
「ガハッ・・・!!」
全身から腐った血を噴き出しながらもM134 ミニガンの銃身で近衛兵達を殴り倒す。
「砦の守護者か?
迂闊に近づくな、槍で突いて距離を取れ!!
銃士隊と弓矢隊が狙い射て!!」
だが駐留部隊の後列にいた銃士隊や弓隊は未だに大半が砦の外だ。
近衛騎士が装備している短銃を撃つが、アンデットナイトには効果が薄く怯む様子も見せない。
「レディン隊長、あれはアンデットナイトです!!」
櫓を移動しながら現場に向かうレディンに、従軍司祭である緑の司祭な服を纏った森と狩猟の司祭アルテナが進言してくる。
「そいつは普通のグールとどう違う!!」
「戦う『任務』を与えられ、武装しています!!」
「それは別にナイトと呼ばなくてもいいんじゃないか?
浄化しろ・・・」
アルテナが祈りの言葉を唱えるなると、緑の光が宿った矢を階段から放つ。
M134 ミニガンの銃身は、近衛騎士の固い鎧に何度も打ち据えられて、破損して役にたっていない。
アンデットナイトは倒した兵士の剣を奪って暴れまわるが、右手に矢が刺さり、傷口から緑の発光体が右腕を包む。
浄化の光で力が弱まったのか、右手は腐り落ちて剣を落としていた。
「やったか?」
「思ったより浄化の光が消えるのが早いです。
術者はかなりの遣い手です。
ですが、もう浄化の矢を3本ばかり当てれば・・・」
「待ってられんな。
撃ち方やめ、突っ込む!!」
レディンは動きが鈍くなったアンデットナイトを階段から飛び降り、盾で殴り飛ばす。
そのまま盾を放り投げ、両手で剣を持って、アンデットナイト首を跳ねた。
ようやく動きを止めたアンデットナイトを部下達に処理を任せ、被害を確認する。
「たった一体相手に24名死亡、69名負傷とはな。」
遺体も浄化せねばアンデット化してしまう。
負傷者には従軍司祭達が治癒魔法を掛けている。
だが重傷者が多く魔力が足りなくなりそうなので、優先順位に従い身分の高い者から治癒魔法が掛けられていく。
「肌が黒かったがダークエルフの一種か?」
「小型のオーガじゃないのか?」
「地球人じゃないか?
確か、様々な肌の色を持った人種が存在するというじゃないか。
それにあの銃の威力はまさにそれだろう。」
部下達が口々に敵の正体について話し合っている。
「レディン隊長、これを・・・」
アンデットナイトの首からぶら下げられた金属製のプレートのペンダントをアルテナが持ってくる。
何やら文字が刻印されているが、英語なのでさっぱり読めない。
「機会があれば日本人に見せてみよう。
何かわかるかも知れない。
だがあのアンデットナイトに『任務』を与えた術者がいるかと思うと、迂闊にここを離れられんな。」
さらに貴族の子弟で構成される近衛騎士団の近衛騎士に戦死者を出してしまったことで、責任を追及されるかもしれなかった。
戦死者を多数出せば、団員募集の集まりも少なくなる。
今は部隊の立て直しと、減った人員での王都へのピョートル砲の移送だけで頭が痛かった。
王都ソフィア
「と、言うわけで何て書いてるか、教えて欲しいのだが?」
レディンの邸宅に呼び出された石和黒駒一家の荒木は、豪華なテーブルで居心地が悪そうに座っていた。
レディンはバルディス子爵家の三男であり、本来は部屋住みの身であるが近衛騎士として立身出世したので王都のバルディス家屋敷を任せられていた。
広い邸宅をもて余していたが、来客を密かに呼ぶには便利だと思っていた。
レディンはトレス砦で見つけた金属板を日本人に検証させたかったが、いきなり公的機関に持ち込んでは問題が大きくなる可能性が高い。
まずは脛に傷持つ身の荒木に金属板を見せて、検証と反応を伺うことにしたのだ。
荒木は農民に紙を作る道具と初期費用の貸出しを行う仕事でレディンに知己を得ていた。
「これは認識票ですね。
将兵の遺体が原形を留めてなくてもこれがあれば認識を可能にします。
或いは遺体を持ち帰れない場合はこの認識票だけを持ち帰るとか聞いたことがあります。
私も軍属とかじゃないので詳しいことは知りませんよ。」
「それは興味深い。
だが書いてある文字は判るのだろう?」
荒木はメモ帳に書きながらブツブツと呟き始める。
「ジェイコブ・M・ノートン、B型。
『US MARINE』ということは米海兵隊か。
『USMC』は何だろうな?
数字は認識番号かな?
レディン殿、この認識票はどうしたのですか。
まさか、殺ったんじゃないですよね?
米軍は自衛隊ほど、甘い連中じゃないですよ。」
「ああ、それは問題無い。
持ち主はすでに死んでいた。
そこは嘘じゃない。
北部の演習中に見つけて遺体は荼毘に伏した。」
近衛騎士団第10大隊が多大な損害を出したのは荒木も聞いている。
詳細は知りたくもなかった。
「むしろ、大陸にはいないはずの米軍が王国領内で何をしていたのか説明が欲しいくらいだ。
下手人も上手く捕まってくれればいいのだが。」
日本側に話しても問題はなさそうだと判断し、レディンは少し気が楽になった。
トレス砦近辺
元アメリカ空軍中佐チャールズ・L ・ホワイトはトレス砦の近辺の森林に潜み、双眼鏡で様子を伺っていた。
海兵隊の脱走兵ノートン軍曹のアンデットを武装させ、砦に仕込んでいたのだが、その反応が途切れたので戻ってきたのだ。
「なかなか上手くいかないものだな。」
砦は無人に思えた。
すでに王国軍が奇襲を掛けて、制圧したことはわかっている。
技術を提供して強化した帝国残党と自衛隊を戦わせて消耗を狙ったのに、王国軍と戦ったのでは本末転倒だった。
警戒をしつつ、黒いローブと黒い司祭服で砦に近付く。
帝国残党軍どころか、行員、職人の誰もいない。
生産していたピョートル砲や研究段階の図面も全て持ち去られていた。
「そして、残っていたのは刺客だけか。」
猟師の格好に扮した十数人の小銃や弓矢、剣で武装した男達が砦の通路で囲むように現れた。
「小官を殺すには少々人数が足りないのではないか?」
祈りの言葉を唱えると、皆殺しにされて砦の外にまとめて埋められていた帝国残党軍将兵の遺体がグールとして土の中から現れていた。
アルテナ達、従軍司祭によって清められた筈の遺体があっさりとアンデット化して、砦の中に入っていく。
チャールズはM67破片手榴弾を放り投げて、外側に通じる通路の刺客を爆発で吹き飛ばして突破すると、招き入れたグール達に刺客達の始末を命じてそのまま逃走した。
刺客達が命じられていたのは、チャールズの暗殺ではなく捕縛だった為に誰も発砲や矢を射るという行動を躊躇った隙を突かれたのだ。
チャールズにとってもせっかく稼働させた武器の密造工場と研究室を失うのは手痛い損失だった。
「まあ、工場はここだけじゃないからな。」
すでに大陸各地で密造工場が完成している。
問題は工員の確保だがそれも目処が立ったところだった。
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大陸北部天領ラゼント
トレス砦
帝国残党軍は、この放棄された砦を根拠地の一つとして抵抗活動を続けていた。
大森林に囲まれたトレス砦は、地球系多国籍軍との戦いからも破壊を免れた場所だった。
だが主力の兵員は近隣で大量発生したモンスターの退治に出撃しており、最低限の人員しか残っていなかった。
「ふわ〜・・・、暑さもだいぶおさまったな。」
見張りの兵士が欠伸をしつつ警戒に当たっているが、首に矢を射られて倒れふした。
静粛性に優れたクロスボウによる狙撃だ。
同僚が倒れたのに驚いたもう一人も複数の矢に射ぬかれて息絶える。
矢の飛んで来た方角の森林から60名ほどの軽装だか仕立てのよい甲冑を来た騎士達が姿を現す。
「目標を探せ!!
抵抗する者は斬って棄てろ!!」
砦に突入した騎士達は抵抗する兵士達と斬り結び、実力を持って命を断っていく。
砦の中には兵士達の他に近隣の村から集められた職人や工員が無抵抗で床に伏せられている。
残党軍の兵士二人を斬り捨てたレディンは、砦の中を進んでいた。
「隊長、こちらです。」
部下達に案内され、隊長であるレディンは工場で生産された品が保管された倉庫に入る。
「ふむ、これがピョートル砲か。」
「はい、油断していたいえ、日本の護衛艦に一撃与えた砲であります。
ここが帝国残党軍の武器の密造工場であることは間違いなさそうです。」
帝国軍残党が造り上げた施条後装砲ピョートル砲。
射程が3キロにも及ぶ、大陸人が使える最新鋭の大砲である。
「まあ、成果は小さな穴を僅かに開けた程度らしいが。」
射程がバレたのならさらに安全距離を広めればいいだけなので、今となっては対して意味は無い。
ただ現状の王国軍のどの砲よりも高性能なのは間違いない。
王国はここにピョートル砲の現物と生産設備とそれを造る職人や工員を手に入れたのだ。
「本隊に連絡して、ここに駐留させる部隊を入城させろ。」
レディンは王都への連絡、接収した物資、人員の目録作り、近隣に配備した部隊による帝国残党への制圧作戦を指示して回る。
近衛騎士団第10大隊隊長のレディン自らが精鋭を率いての制圧任務だ。
約千名の第10大隊の隊員から選ばれた精鋭60名は、見事に犠牲者を出さずに任務を達成して満足感を得られていた。
だが部下に呼び止められて足を止める。
「隊長、よろしいでしょうか?
設計の為と思われる部屋を発見しました。
図面とおぼしき書類を多数発見しましたが、大陸の言語では無いらしく読むことが出来ません。」
そのうちの何枚かを渡されて目を通してみる。
紙は大陸で流通している羊皮紙でなく、各領土で雇われた日本人の内政顧問が生産を奨励している植物紙だ。
冬の間や手の空いた時間に小銭を稼げる手仕事として、農民の間で流行している。
また、安価な紙の普及により読み書きや数の数え方などの教育も行われているらしい。
他ならぬレディンの実家の領内でも行われており、ついつい手触りを実家の領内で造られている物と比べてしまう。
そして、実家のより手触りがよい植物紙に書かれた文字に目をやり眉を潜める。
「日本語では無いな、確か英語とかいう言語だ。
残念ながら私にも読めぬ。」
新京の大学で留学中に勉強したレディンだが、その際に見た書物に書かれていた文字に間違いなかった。
「何者かが残党軍に技術を流出させていたのか?
ふむ、結果として我々が知ってしまったの仕方がないよな、不可抗力である。」
だが技術流出の上前を跳ねるのは、王国にとっても都合がよかった。
文字は理解できないが図面だけでもわかることがある。
生き残った者達から尋問をして、技術流出者の情報も得ないといけない。
櫓まで移動して、駐留の為の兵士達が入城してくるのを視察する。
だが轟音とともに城壁が崩れて、隠し通路と思われる内部から肌の色が黒い大男が現れる。
迷彩柄の服装は大陸の者とは違う出で立ちた。
皮膚が黒い男は体が腐っているのか悪臭がひどい。
顔も腐り崩れていて判別しずらい。
兵士達に取り囲まれるが怯む様子は見えない。
「ガ・・・ガア・・・」
声にならない声をあげた男は、体にM134 ミニガンの給弾ベルトを巻いていた。
M134 ミニガンの銃弾から毎秒百発の銃弾が発砲されて、たちまち砦に入城してきた数十人の近衛騎士や近衛兵を射ち抜いていく。
通常の騎士達や兵士達よりは固い甲冑や盾を装備した彼等だが、自慢の甲冑や盾を切り裂かれ、凪ぎ払われていく。
壁や通路に逃げ惑う近衛兵達だが、石で造られた壁ごと粉砕されて血の海を造る。
「貴様!!」
近衛騎士の一人が斬りつけて、給弾ベルトを断ち切る。
そのまま残った弾丸で蜂の巣にされるが、M134 ミニガンの弾丸が無くなり空しく回るだけになった。
続いて何人もの近衛騎士や近衛兵士が斬りつけ、刺し貫く。
「突き立てい!!」
とどめとばかりに槍を持った近衛兵五人が黒い大男の腹や胸に突き刺す。
「ガハッ・・・!!」
全身から腐った血を噴き出しながらもM134 ミニガンの銃身で近衛兵達を殴り倒す。
「砦の守護者か?
迂闊に近づくな、槍で突いて距離を取れ!!
銃士隊と弓矢隊が狙い射て!!」
だが駐留部隊の後列にいた銃士隊や弓隊は未だに大半が砦の外だ。
近衛騎士が装備している短銃を撃つが、アンデットナイトには効果が薄く怯む様子も見せない。
「レディン隊長、あれはアンデットナイトです!!」
櫓を移動しながら現場に向かうレディンに、従軍司祭である緑の司祭な服を纏った森と狩猟の司祭アルテナが進言してくる。
「そいつは普通のグールとどう違う!!」
「戦う『任務』を与えられ、武装しています!!」
「それは別にナイトと呼ばなくてもいいんじゃないか?
浄化しろ・・・」
アルテナが祈りの言葉を唱えるなると、緑の光が宿った矢を階段から放つ。
M134 ミニガンの銃身は、近衛騎士の固い鎧に何度も打ち据えられて、破損して役にたっていない。
アンデットナイトは倒した兵士の剣を奪って暴れまわるが、右手に矢が刺さり、傷口から緑の発光体が右腕を包む。
浄化の光で力が弱まったのか、右手は腐り落ちて剣を落としていた。
「やったか?」
「思ったより浄化の光が消えるのが早いです。
術者はかなりの遣い手です。
ですが、もう浄化の矢を3本ばかり当てれば・・・」
「待ってられんな。
撃ち方やめ、突っ込む!!」
レディンは動きが鈍くなったアンデットナイトを階段から飛び降り、盾で殴り飛ばす。
そのまま盾を放り投げ、両手で剣を持って、アンデットナイト首を跳ねた。
ようやく動きを止めたアンデットナイトを部下達に処理を任せ、被害を確認する。
「たった一体相手に24名死亡、69名負傷とはな。」
遺体も浄化せねばアンデット化してしまう。
負傷者には従軍司祭達が治癒魔法を掛けている。
だが重傷者が多く魔力が足りなくなりそうなので、優先順位に従い身分の高い者から治癒魔法が掛けられていく。
「肌が黒かったがダークエルフの一種か?」
「小型のオーガじゃないのか?」
「地球人じゃないか?
確か、様々な肌の色を持った人種が存在するというじゃないか。
それにあの銃の威力はまさにそれだろう。」
部下達が口々に敵の正体について話し合っている。
「レディン隊長、これを・・・」
アンデットナイトの首からぶら下げられた金属製のプレートのペンダントをアルテナが持ってくる。
何やら文字が刻印されているが、英語なのでさっぱり読めない。
「機会があれば日本人に見せてみよう。
何かわかるかも知れない。
だがあのアンデットナイトに『任務』を与えた術者がいるかと思うと、迂闊にここを離れられんな。」
さらに貴族の子弟で構成される近衛騎士団の近衛騎士に戦死者を出してしまったことで、責任を追及されるかもしれなかった。
戦死者を多数出せば、団員募集の集まりも少なくなる。
今は部隊の立て直しと、減った人員での王都へのピョートル砲の移送だけで頭が痛かった。
王都ソフィア
「と、言うわけで何て書いてるか、教えて欲しいのだが?」
レディンの邸宅に呼び出された石和黒駒一家の荒木は、豪華なテーブルで居心地が悪そうに座っていた。
レディンはバルディス子爵家の三男であり、本来は部屋住みの身であるが近衛騎士として立身出世したので王都のバルディス家屋敷を任せられていた。
広い邸宅をもて余していたが、来客を密かに呼ぶには便利だと思っていた。
レディンはトレス砦で見つけた金属板を日本人に検証させたかったが、いきなり公的機関に持ち込んでは問題が大きくなる可能性が高い。
まずは脛に傷持つ身の荒木に金属板を見せて、検証と反応を伺うことにしたのだ。
荒木は農民に紙を作る道具と初期費用の貸出しを行う仕事でレディンに知己を得ていた。
「これは認識票ですね。
将兵の遺体が原形を留めてなくてもこれがあれば認識を可能にします。
或いは遺体を持ち帰れない場合はこの認識票だけを持ち帰るとか聞いたことがあります。
私も軍属とかじゃないので詳しいことは知りませんよ。」
「それは興味深い。
だが書いてある文字は判るのだろう?」
荒木はメモ帳に書きながらブツブツと呟き始める。
「ジェイコブ・M・ノートン、B型。
『US MARINE』ということは米海兵隊か。
『USMC』は何だろうな?
数字は認識番号かな?
レディン殿、この認識票はどうしたのですか。
まさか、殺ったんじゃないですよね?
米軍は自衛隊ほど、甘い連中じゃないですよ。」
「ああ、それは問題無い。
持ち主はすでに死んでいた。
そこは嘘じゃない。
北部の演習中に見つけて遺体は荼毘に伏した。」
近衛騎士団第10大隊が多大な損害を出したのは荒木も聞いている。
詳細は知りたくもなかった。
「むしろ、大陸にはいないはずの米軍が王国領内で何をしていたのか説明が欲しいくらいだ。
下手人も上手く捕まってくれればいいのだが。」
日本側に話しても問題はなさそうだと判断し、レディンは少し気が楽になった。
トレス砦近辺
元アメリカ空軍中佐チャールズ・L ・ホワイトはトレス砦の近辺の森林に潜み、双眼鏡で様子を伺っていた。
海兵隊の脱走兵ノートン軍曹のアンデットを武装させ、砦に仕込んでいたのだが、その反応が途切れたので戻ってきたのだ。
「なかなか上手くいかないものだな。」
砦は無人に思えた。
すでに王国軍が奇襲を掛けて、制圧したことはわかっている。
技術を提供して強化した帝国残党と自衛隊を戦わせて消耗を狙ったのに、王国軍と戦ったのでは本末転倒だった。
警戒をしつつ、黒いローブと黒い司祭服で砦に近付く。
帝国残党軍どころか、行員、職人の誰もいない。
生産していたピョートル砲や研究段階の図面も全て持ち去られていた。
「そして、残っていたのは刺客だけか。」
猟師の格好に扮した十数人の小銃や弓矢、剣で武装した男達が砦の通路で囲むように現れた。
「小官を殺すには少々人数が足りないのではないか?」
祈りの言葉を唱えると、皆殺しにされて砦の外にまとめて埋められていた帝国残党軍将兵の遺体がグールとして土の中から現れていた。
アルテナ達、従軍司祭によって清められた筈の遺体があっさりとアンデット化して、砦の中に入っていく。
チャールズはM67破片手榴弾を放り投げて、外側に通じる通路の刺客を爆発で吹き飛ばして突破すると、招き入れたグール達に刺客達の始末を命じてそのまま逃走した。
刺客達が命じられていたのは、チャールズの暗殺ではなく捕縛だった為に誰も発砲や矢を射るという行動を躊躇った隙を突かれたのだ。
チャールズにとってもせっかく稼働させた武器の密造工場と研究室を失うのは手痛い損失だった。
「まあ、工場はここだけじゃないからな。」
すでに大陸各地で密造工場が完成している。
問題は工員の確保だがそれも目処が立ったところだった。
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8†Mango Mangüé ⭐ (ガラプー KK85-/v34)
2018/06/18(月) 22:55:44.183139ID:60TI841LK ひとまずは商人が運営する自由都市シュコルダ、通称『奴隷特区』に向かうことにした。
大陸西部
新香港領内大森林地帯
夜が明ける頃、近隣の住民を襲撃していた吸血大蝙蝠の巣穴にである洞窟を、新香港武装警察隊の湯正宇大尉が率いる部隊が包囲する。
周辺の獲物を狩っていた吸血大蝙蝠の全長は一メートルを越える大きさだ。
確認出来ただけで約90匹相当。
先日も一家11人の家族と30匹の家畜の豚が血を全て吸い付くされて発見された。
村の自警団が銃を撃って退治しようとするが、超音波で自警団の位置を把握したのか早々に逃げられてしまっていた。
それは駐在所の武装警察の隊員達と対しても同様であり、被害が拡大していた。
連絡を受けて、新香港武装警察隊でも半魚人の軍団やシーサペントと戦った実績を持つ湯大尉の部隊が派遣されてきたのだ。
「報告書は呼んだ。
こんな化け物とまともに戦ってられるか!!
巣穴を特定して爆破しろ。」
被害の範囲と吸血大蝙蝠の巨体を収容出来る洞窟などそう多くは無く、捜索初日で発見された。
軍用に改造した観光バスやトラックに隊員の身を隠して、群れが夜明けと共に洞窟に入っていくのを確認してからの包囲だった。
すでに巣穴にはセムテックス、プラスチック爆弾を多数設置している。
「爆破!!」
一斉に爆破したが、なおも生き残った吸血大蝙蝠達は火だるまに成りつつも洞窟から脱出しようとしていた。
飛んでくる吸血大蝙蝠に隊員達は日本製カラシニコフの5.45mm弾の裁きを浴びせ続ける。
ようやくヤクザからの押収品でない制式な装備を支給されて、湯大尉も上機嫌だった。
「日本製なのが皮肉だかな・・・」
北サハリンが発注した兵器のおこぼれだから仕方がない。
だがこの調子なら昼には本部に掃討の報告が出来そうだった。
新香港
新香港の軍港に北サハリン海軍のオホーツク型航洋曳船『アレクサンデル・ピスクノフ』が朝早く入港してくる。
桟橋には応急的な修理が施されただけの094型原子力潜水艦『長征7号』が停泊している。『アレクサンデル・ピスクノフ』は曳航作業の為に航海してきたのだ。
港では視察に来た新香港主席の林修光が『長征7号』の乗員が整列する壮行会会場である広場に到着していた。
艦長代理である呉定発大尉が乗員に号令を掛けて敬礼をする。
「御苦労だった呉艦長代理。
その後、体の調子は如何かな?」
「はい、おかげさまを持ちまして万全の体調を取り戻すことが出来ました。」
『長征7号』は日本を含む地球系連合との合流や連絡を取れないままにこの世界に転移してしまった。
艱難辛苦の異世界サバイバルのあげくに乗員達は次々と死亡し、最後の生き残りだった呉大尉が新香港に逃げ込むことに成功した。
当局に保護された時には精根尽き果てて憔悴しきっており、入院による静養を余儀なくされた。
その後は『長征7号』奪還作戦に参加し、新香港武装警察海警局に編入された。
そして、現役で唯一の潜水艦乗員の士官として『長征7号』の艦長代理に任じられた。
その後は潜水艦乗務経験者や志願者を集めて乗員としての訓練を施す毎日だった。
「ようやく34名か・・・
十分な人数を集めることが出来ず申し訳無く思っている。」
「時間がありませんでした致し方ありません。
ようやく艦体の修理の目処がたったのです。
これからであります。」
本来なら094型原子力潜水艦の乗員は140名である。
せめて半分でも集めないとまともに航行も出来ない。
今は新香港近海を申し訳程度に洋上航行が可能なだけだ。
「人員の都合がつき次第、そちらに送り込むから鍛えてやってくれ。」
「はい、おまかせ下さい主席閣下!!」
訓練に関しては日本と北サハリンから協力をして貰えることになっている。
また、今回の修理先が日本と北サハリンの共用の施設ではあるが、日本領になるので海上自衛隊の護衛艦『いそゆき』がエスコート艦として同行する。
その為に『いそゆき』艦長の石塚二佐も壮行会に参列していた。
「大湊で我々の分も含めたの防寒具を補給することになっています。
あの島は冬には海も氷で覆われる場所ですからな。
覚悟はしといて下さい。
しかし、異世界に来たと言うのに気候は地球と変わらないというのは不思議なものですな。」
ずっと南方大陸に住んでいた為に新香港武装警察隊は適切な防寒具を保有していない。
石塚に脅かされて呉大尉は少し憂鬱になるが、今さら計画に変更はない。
今はまだ秋だが修理期間中には冬がやってくる。
よくもあんな流氷に覆われる地にソ連は潜水艦の基地を築いたものである。
壮行会を終えた呉艦長と乗員達は、『長征7号』を『アレクサンデル・ピスクノフ』に曳航する作業に戻っていった。
それを見送る林主席は昨晩遅くまで新任のガンダーラ大使との会談を行っており、寝過ごして朝食を食べ損ねていたのだ。
新興の都市であるガンダーラの建設の利権にはなんとしても食い込む必要があったからだ。
壮行会会場には立食形式での食事も用意されていたが、次から次へと挨拶にやってくる客人の為に食べ物を口に含む暇が与えてもらえなかった。
昼過ぎに壮行会会場を後にした林主席だが、官邸であるノディオン城にはまだ帰る事が出来ない。
その足で新香港港湾局のビルに入っていく。
お腹が空いたのだが秘書官達は林主席が朝食は城内で取っており、壮行会会場でもそれなりに食していただろうと思い込み誰も気にしていなかった。
仮にも新香港主席がお腹が空いたなどとは、言い出しずらかった林主席にも問題がある。
応接室には既に日本の相合元徳大使が案内されており、軽く挨拶をかわして着席する。
「今回はお互いに災難でしたな。」
「いや、まったくで・・・、本国のお偉方も頭を抱えていますよ。」
同意する相合大使に親近感を覚えつつ港湾局局長に見せられた資料に目を通し、港湾局局長の説明に聞き入る。
話が長くなりそうで林主席は早くも憂鬱な気分に陥っていた。
先月のサミットでの米国からの援軍の要請に王国が名乗りを上げたことがこの問題の発端であった。
王国が動員すると豪語した兵員の数は十万人に及ぶ。
問題はそれだけの兵員と物資をどう輸送するかなのだが、肝心の船団が新香港とルソンに存在したので押し付けられる羽目になったのだ。
「我が新香港が動員できるクルーズ船は約40隻になります。
乗船する兵員は約四万五千人を想定しています。
また、車両の格納庫に馬や竜の為の厩舎を仮設します。
他にも食料や水も現地で確保出来るまでは、こちらから持ち出さないといけません。
船上ではともかく、上陸後も約1ヶ月は活動できる分の糧食や水も同船団で運びます。
しかし、一番の問題点は作業の開始をいつから始めればいいかです。」
「えぇ、困ったものです。
いつになったら集まるのですかね、援軍とやらは・・・」
港湾局長の言葉に相合大使も困った顔で相槌を打つ。
計画だけは立てたのだか、船団をいつ召集すべきか目処が立っていないのだ。
どの船も現在はそれぞれの仕事を抱えていて、大半は新香港にいない。
米軍の要請に対し、王国側はようやく志願者を募集する立札を半月ほど掛けて各領地に設置したと誇らしく連絡してきたばかりなのだ。
この迅速な立札の設置は王国の統治機構が意外に優れていたことを示していた。
しかし、米軍の考えるスピーディーな展開を期待していたラプス米国大使は、タイムスパンのギャップを聞かされてショックで寝込んでしまったらしい。
「普段からアミティ島に閉じ籠ってコミュニケーションを取らないから、いざというとき文化の違いに困惑させられるのだ。」
「全くです。
普段、我々がどれだけ王国や貴族達との折衝に苦労してると思ってるのか。」
林主席と相合大使は米軍の悪口で意気投合し、後日この日の打ち合わせは『日本と新香港の認識は一致している』 と公式には発表されている。
議事録を修正する秘書官達の苦労が偲ばれる。
さて、この打ち合わせに何故日本側が参加したのかだが、現在のクルーズ船団の雇い主が日本国政府だからだ。
「クルーズ船には我が国が王国からの賠償として納められている食料を日本列島に輸送する仕事を割り振っています。
新香港船団とルソン船団、他の船団合わせて70隻が往復の航海で半年も抜けるのは問題があります。
食料輸送が滞って損害を蒙る我が国としても遺憾を表面したいくらいですよ。」
転移前の日本は中国人の爆買いツアーの大ブームの真っ最中であった。
彼らが利用したのがクルーズ客船という旅客船である。
飛行機に比べて船による運送可能な荷物の量は大幅に増え、宿泊施設としても利用できるクルーズ船は人気の的であった。
2015年に日本に寄港したクルーズ船は千隻に迫る勢いだった。
転移後に大量に巻き込まれた中国人観光客の住居としても利用された。
外国人観光客最大勢力である中国人に船舶だが、住居を与えることは治安面から大きいメリットとなった。
想定された外国人観光客によるデモや暴動も小規模となり、警察による対処の範囲で収まっている。
また、大半の船舶は税制等の処置で、パナマやリベリアといった小国の船籍で登録されていた。
しかし、船舶を所有する船会社は転移に伴い簡易的な事務所か、支社しか日本には設置しておらず給与も出ないことから真っ先に日本人社員は離脱して会社としての機能を消失させた。
船員達もほとんどが外国人であり船籍と船員の国籍もバラバラで混乱を招いた。
国土交通省と外務省が音頭を取り、各船ごとの船員の国籍を統一させ国籍に船籍を合わせる調整が行われて現在に至る。
現在のクルーズ船の業務の半分が、大陸からの日本に向けての食料輸送だ。
1億を越える国民を食わせる食料は莫大だ。
とても輸送船だけで賄える量ではなくクルーズ船も動員されているのだ。
「本国でもの輸送船の建造は進んでますが、高麗に依頼していた巨済島の造船所の襲撃は打撃でした。
まあ、間に合ってても穴埋めには全然足りないのですがね。
護衛の艦隊は米国が空母を出すと言ってるから問題は無いでしょう。」
イカ人の襲撃から守りきった玉浦造船所だが、工員や運送業者に少なからず死傷者が出てた為に建造に遅延が出ていた。
何より転移してきた船はどれも建造後、最低でも12年は経過している船が多い。
一般的な旅客船の耐用年数は11〜15年と見られている。
老朽化が著しい反面、ドック入り等のメンテは遅々として進んでいない。
事故やモンスターの襲撃で沈んだ船も1隻や2隻ではない。
船の数が減れば、日本に輸送出来る食料や資源も減るのだ。
日本本土でも未だに食料不足による餓死や栄養失調による衰弱死、医薬品の欠如による死亡は年々高まりを見せている。
物資輸送の遅延は文字通りに致命的な事態を招くのだ。
高齢者を中心とする死亡者数は、転移後のベビーブームで産まれてきた『地球を知らない世代』を上回る速度で増加しており、大陸への移民の増加に合わせて日本本土人口の減少に歯止めが効かない状態になっている。
今回の事態はそれに加速を掛ける恐れが高い。
色々激論やら米国への悪口で盛り上った打ち合わせであったが、林主席も昼食を食べ損ねて半死人の気分でノディオン城に帰宅することなった。
ようやくノディオン城に帰ってきた林主席であるが、かつての地球時代の共産党幹部の贅を凝らした生活とのギャップにため息が出る。
ようやく夕食が取れると、城内に入る。
執務室のバルコニーに夕食を運ぶよう城付きの職員に命じようとすると、制服を着た武装警察の将官に声を掛けられる。
「お待ちしておりました主席閣下。」
新香港武装警察隊総監常峰輝武警少将が、城のロビーで待ち構えていたのだ。
思わず身構えた林主席は咳払いで誤魔化す。
「まだ、何かあったかな?」
「はい、領内におけるスタンピート現象のより発生した吸血大蝙蝠討伐結果と、周辺地域被害の定期報告です。
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PID: 17670
[2.001392 sec.]
This is Original
大陸西部
新香港領内大森林地帯
夜が明ける頃、近隣の住民を襲撃していた吸血大蝙蝠の巣穴にである洞窟を、新香港武装警察隊の湯正宇大尉が率いる部隊が包囲する。
周辺の獲物を狩っていた吸血大蝙蝠の全長は一メートルを越える大きさだ。
確認出来ただけで約90匹相当。
先日も一家11人の家族と30匹の家畜の豚が血を全て吸い付くされて発見された。
村の自警団が銃を撃って退治しようとするが、超音波で自警団の位置を把握したのか早々に逃げられてしまっていた。
それは駐在所の武装警察の隊員達と対しても同様であり、被害が拡大していた。
連絡を受けて、新香港武装警察隊でも半魚人の軍団やシーサペントと戦った実績を持つ湯大尉の部隊が派遣されてきたのだ。
「報告書は呼んだ。
こんな化け物とまともに戦ってられるか!!
巣穴を特定して爆破しろ。」
被害の範囲と吸血大蝙蝠の巨体を収容出来る洞窟などそう多くは無く、捜索初日で発見された。
軍用に改造した観光バスやトラックに隊員の身を隠して、群れが夜明けと共に洞窟に入っていくのを確認してからの包囲だった。
すでに巣穴にはセムテックス、プラスチック爆弾を多数設置している。
「爆破!!」
一斉に爆破したが、なおも生き残った吸血大蝙蝠達は火だるまに成りつつも洞窟から脱出しようとしていた。
飛んでくる吸血大蝙蝠に隊員達は日本製カラシニコフの5.45mm弾の裁きを浴びせ続ける。
ようやくヤクザからの押収品でない制式な装備を支給されて、湯大尉も上機嫌だった。
「日本製なのが皮肉だかな・・・」
北サハリンが発注した兵器のおこぼれだから仕方がない。
だがこの調子なら昼には本部に掃討の報告が出来そうだった。
新香港
新香港の軍港に北サハリン海軍のオホーツク型航洋曳船『アレクサンデル・ピスクノフ』が朝早く入港してくる。
桟橋には応急的な修理が施されただけの094型原子力潜水艦『長征7号』が停泊している。『アレクサンデル・ピスクノフ』は曳航作業の為に航海してきたのだ。
港では視察に来た新香港主席の林修光が『長征7号』の乗員が整列する壮行会会場である広場に到着していた。
艦長代理である呉定発大尉が乗員に号令を掛けて敬礼をする。
「御苦労だった呉艦長代理。
その後、体の調子は如何かな?」
「はい、おかげさまを持ちまして万全の体調を取り戻すことが出来ました。」
『長征7号』は日本を含む地球系連合との合流や連絡を取れないままにこの世界に転移してしまった。
艱難辛苦の異世界サバイバルのあげくに乗員達は次々と死亡し、最後の生き残りだった呉大尉が新香港に逃げ込むことに成功した。
当局に保護された時には精根尽き果てて憔悴しきっており、入院による静養を余儀なくされた。
その後は『長征7号』奪還作戦に参加し、新香港武装警察海警局に編入された。
そして、現役で唯一の潜水艦乗員の士官として『長征7号』の艦長代理に任じられた。
その後は潜水艦乗務経験者や志願者を集めて乗員としての訓練を施す毎日だった。
「ようやく34名か・・・
十分な人数を集めることが出来ず申し訳無く思っている。」
「時間がありませんでした致し方ありません。
ようやく艦体の修理の目処がたったのです。
これからであります。」
本来なら094型原子力潜水艦の乗員は140名である。
せめて半分でも集めないとまともに航行も出来ない。
今は新香港近海を申し訳程度に洋上航行が可能なだけだ。
「人員の都合がつき次第、そちらに送り込むから鍛えてやってくれ。」
「はい、おまかせ下さい主席閣下!!」
訓練に関しては日本と北サハリンから協力をして貰えることになっている。
また、今回の修理先が日本と北サハリンの共用の施設ではあるが、日本領になるので海上自衛隊の護衛艦『いそゆき』がエスコート艦として同行する。
その為に『いそゆき』艦長の石塚二佐も壮行会に参列していた。
「大湊で我々の分も含めたの防寒具を補給することになっています。
あの島は冬には海も氷で覆われる場所ですからな。
覚悟はしといて下さい。
しかし、異世界に来たと言うのに気候は地球と変わらないというのは不思議なものですな。」
ずっと南方大陸に住んでいた為に新香港武装警察隊は適切な防寒具を保有していない。
石塚に脅かされて呉大尉は少し憂鬱になるが、今さら計画に変更はない。
今はまだ秋だが修理期間中には冬がやってくる。
よくもあんな流氷に覆われる地にソ連は潜水艦の基地を築いたものである。
壮行会を終えた呉艦長と乗員達は、『長征7号』を『アレクサンデル・ピスクノフ』に曳航する作業に戻っていった。
それを見送る林主席は昨晩遅くまで新任のガンダーラ大使との会談を行っており、寝過ごして朝食を食べ損ねていたのだ。
新興の都市であるガンダーラの建設の利権にはなんとしても食い込む必要があったからだ。
壮行会会場には立食形式での食事も用意されていたが、次から次へと挨拶にやってくる客人の為に食べ物を口に含む暇が与えてもらえなかった。
昼過ぎに壮行会会場を後にした林主席だが、官邸であるノディオン城にはまだ帰る事が出来ない。
その足で新香港港湾局のビルに入っていく。
お腹が空いたのだが秘書官達は林主席が朝食は城内で取っており、壮行会会場でもそれなりに食していただろうと思い込み誰も気にしていなかった。
仮にも新香港主席がお腹が空いたなどとは、言い出しずらかった林主席にも問題がある。
応接室には既に日本の相合元徳大使が案内されており、軽く挨拶をかわして着席する。
「今回はお互いに災難でしたな。」
「いや、まったくで・・・、本国のお偉方も頭を抱えていますよ。」
同意する相合大使に親近感を覚えつつ港湾局局長に見せられた資料に目を通し、港湾局局長の説明に聞き入る。
話が長くなりそうで林主席は早くも憂鬱な気分に陥っていた。
先月のサミットでの米国からの援軍の要請に王国が名乗りを上げたことがこの問題の発端であった。
王国が動員すると豪語した兵員の数は十万人に及ぶ。
問題はそれだけの兵員と物資をどう輸送するかなのだが、肝心の船団が新香港とルソンに存在したので押し付けられる羽目になったのだ。
「我が新香港が動員できるクルーズ船は約40隻になります。
乗船する兵員は約四万五千人を想定しています。
また、車両の格納庫に馬や竜の為の厩舎を仮設します。
他にも食料や水も現地で確保出来るまでは、こちらから持ち出さないといけません。
船上ではともかく、上陸後も約1ヶ月は活動できる分の糧食や水も同船団で運びます。
しかし、一番の問題点は作業の開始をいつから始めればいいかです。」
「えぇ、困ったものです。
いつになったら集まるのですかね、援軍とやらは・・・」
港湾局長の言葉に相合大使も困った顔で相槌を打つ。
計画だけは立てたのだか、船団をいつ召集すべきか目処が立っていないのだ。
どの船も現在はそれぞれの仕事を抱えていて、大半は新香港にいない。
米軍の要請に対し、王国側はようやく志願者を募集する立札を半月ほど掛けて各領地に設置したと誇らしく連絡してきたばかりなのだ。
この迅速な立札の設置は王国の統治機構が意外に優れていたことを示していた。
しかし、米軍の考えるスピーディーな展開を期待していたラプス米国大使は、タイムスパンのギャップを聞かされてショックで寝込んでしまったらしい。
「普段からアミティ島に閉じ籠ってコミュニケーションを取らないから、いざというとき文化の違いに困惑させられるのだ。」
「全くです。
普段、我々がどれだけ王国や貴族達との折衝に苦労してると思ってるのか。」
林主席と相合大使は米軍の悪口で意気投合し、後日この日の打ち合わせは『日本と新香港の認識は一致している』 と公式には発表されている。
議事録を修正する秘書官達の苦労が偲ばれる。
さて、この打ち合わせに何故日本側が参加したのかだが、現在のクルーズ船団の雇い主が日本国政府だからだ。
「クルーズ船には我が国が王国からの賠償として納められている食料を日本列島に輸送する仕事を割り振っています。
新香港船団とルソン船団、他の船団合わせて70隻が往復の航海で半年も抜けるのは問題があります。
食料輸送が滞って損害を蒙る我が国としても遺憾を表面したいくらいですよ。」
転移前の日本は中国人の爆買いツアーの大ブームの真っ最中であった。
彼らが利用したのがクルーズ客船という旅客船である。
飛行機に比べて船による運送可能な荷物の量は大幅に増え、宿泊施設としても利用できるクルーズ船は人気の的であった。
2015年に日本に寄港したクルーズ船は千隻に迫る勢いだった。
転移後に大量に巻き込まれた中国人観光客の住居としても利用された。
外国人観光客最大勢力である中国人に船舶だが、住居を与えることは治安面から大きいメリットとなった。
想定された外国人観光客によるデモや暴動も小規模となり、警察による対処の範囲で収まっている。
また、大半の船舶は税制等の処置で、パナマやリベリアといった小国の船籍で登録されていた。
しかし、船舶を所有する船会社は転移に伴い簡易的な事務所か、支社しか日本には設置しておらず給与も出ないことから真っ先に日本人社員は離脱して会社としての機能を消失させた。
船員達もほとんどが外国人であり船籍と船員の国籍もバラバラで混乱を招いた。
国土交通省と外務省が音頭を取り、各船ごとの船員の国籍を統一させ国籍に船籍を合わせる調整が行われて現在に至る。
現在のクルーズ船の業務の半分が、大陸からの日本に向けての食料輸送だ。
1億を越える国民を食わせる食料は莫大だ。
とても輸送船だけで賄える量ではなくクルーズ船も動員されているのだ。
「本国でもの輸送船の建造は進んでますが、高麗に依頼していた巨済島の造船所の襲撃は打撃でした。
まあ、間に合ってても穴埋めには全然足りないのですがね。
護衛の艦隊は米国が空母を出すと言ってるから問題は無いでしょう。」
イカ人の襲撃から守りきった玉浦造船所だが、工員や運送業者に少なからず死傷者が出てた為に建造に遅延が出ていた。
何より転移してきた船はどれも建造後、最低でも12年は経過している船が多い。
一般的な旅客船の耐用年数は11〜15年と見られている。
老朽化が著しい反面、ドック入り等のメンテは遅々として進んでいない。
事故やモンスターの襲撃で沈んだ船も1隻や2隻ではない。
船の数が減れば、日本に輸送出来る食料や資源も減るのだ。
日本本土でも未だに食料不足による餓死や栄養失調による衰弱死、医薬品の欠如による死亡は年々高まりを見せている。
物資輸送の遅延は文字通りに致命的な事態を招くのだ。
高齢者を中心とする死亡者数は、転移後のベビーブームで産まれてきた『地球を知らない世代』を上回る速度で増加しており、大陸への移民の増加に合わせて日本本土人口の減少に歯止めが効かない状態になっている。
今回の事態はそれに加速を掛ける恐れが高い。
色々激論やら米国への悪口で盛り上った打ち合わせであったが、林主席も昼食を食べ損ねて半死人の気分でノディオン城に帰宅することなった。
ようやくノディオン城に帰ってきた林主席であるが、かつての地球時代の共産党幹部の贅を凝らした生活とのギャップにため息が出る。
ようやく夕食が取れると、城内に入る。
執務室のバルコニーに夕食を運ぶよう城付きの職員に命じようとすると、制服を着た武装警察の将官に声を掛けられる。
「お待ちしておりました主席閣下。」
新香港武装警察隊総監常峰輝武警少将が、城のロビーで待ち構えていたのだ。
思わず身構えた林主席は咳払いで誤魔化す。
「まだ、何かあったかな?」
「はい、領内におけるスタンピート現象のより発生した吸血大蝙蝠討伐結果と、周辺地域被害の定期報告です。
BBR-MD5:CoPiPe-7496cdae13e0433e6bab149d905b9af0(NEW)
BBS_COPIPE=Lv:0
PID: 17670
[2.001392 sec.]
This is Original
9†Mango Mangüé ⭐ (ガラプー KK85-/v34)
2018/06/18(月) 22:58:16.576384ID:ZlP29F+uK 少し早いのですが、幾つか問題点が発覚しましたので至急お耳に入れようかと馳せ参じた次第にございます。」
「ああそうだな。
まだ、それがあったか・・・
ふう、たまには問題は何も無い、と言う言葉が聞きたいな。
・・・始めてくれ。」
空腹はもう少し我慢する必要がありそうだった。
日本本土から西へ15,000キロ
米国海上要塞『エンタープライズ』
米国海上要塞『エンタープライズ』は、高麗国で建造されていた半潜水式プラットフォームを流用して造られている。
全体としては海に浮いている構造であり、脚部は海中にある。
構造物を浮かばす浮力を保ち錨を入れて固定するが、場所を移動させることが可能で浮力タンクに水を入れることで上下させることも可能である。
もともとは石油や天然ガスを採掘する為のプラットホームであり、大型タンカーの寄港も可能である。
問題としてはいまだに完成に至っていない点である。
現在も高麗国巨済島の玉浦造船所で残りのブロックが建設中なのである。
イカの軍勢の襲撃中に建造していたのはブロックBにあたる。
現在の大きさはサッカー場の面積よりやや広い8,000平方メートル程度である。
その『エンタープライズ』に3隻の艦が寄港していた。
海上自衛隊の砕氷艦『しらせ』、護衛艦『あさひ』、潜水艦救難艦『ちよだ』である。
『あさひ』も『ちよだ』も転移前に起工が始まっており、転移後もそのまま建造が進められて就役した艦だ。
「あれでまだ4分の1なのか?」
『エンタープライズ』の巨大さに艦長の野宮敬紀一等海佐は感嘆の声をあげている。
『しらせ』は南極観測船としての任務は無くなったが、調査や輸送の任務に使用されている。
任務の為に立入検査隊が一個分隊が乗り込んでおり、艦内に常駐するようになっている。
この11年の歳月の間に改修も受け、JM61-RFS 20mm機銃が2基設置されている。
北サハリンのアクラ型原子力潜水艦K-391『ブラーツク』への食料補給の任務を終えた『しらせ』は、給油の為に『エンタープライズ』に立ち寄ったのだ。
長距離の航海が可能な『しらせ』は給油の必要はないが、『あさひ』や『ちよだ』はそうもいかない。
両艦の航続距離では、『しらせ』の半分も着いていけないからだ。
途中の綏靖島まででも燃料の九割近くを消費してしまう。
これは燃費向上を目指したあさひ型護衛艦や他艦に給油能力を有するちよだ型潜水艦救難艦も例外ではない。
綏靖島で給油が出来てもほぼ同距離にある西方大陸アガリアレプトの米国の拠点、アーカム州アダムズ・シティに到着する頃には、再び燃料のほとんど消費してしまう。
これではいざというときに迅速な作戦展開には支障を来す恐れがあった。
「米軍が中継地点として、『エンタープライズ』を欲しがったのは理解できるな。
作戦範囲が広がって、我々には迷惑な話なんだけどな。」
野宮艦長の言葉にブリッジは笑いに包まれる。
実際に呼び出されて長い航海を強いられる海上自衛隊からは
「ミサイルぶちこんでいいかな?」
が、流行りのジョークになっている。
今回は僚艦の給油に付き合っての寄港だか、念のために『しらせ』も『エンタープライズ』から食料や水の補給を受けることにした。
暇そうな乗員達に仕事を与えて、気を引き締める必要もある為だ。
「しかし、『ブラーツク』の連中・・・、食料の備蓄の少なさを理由に追跡を断念する口実が無くなったと嘆いていたな。」
「あての無い航海ですからね。
3ヶ月も追跡を続けて疲労も溜まっているのでしょう。」
「水産庁の追跡もまだ続いているんだろ?
あっちも大丈夫なのかな?」
砕氷艦である『しらせ』が補給任務を命じられたのは約1,100トンに及ぶ物資輸送の能力と長距離の航海が可能な航行能力があった為だ。
主に補給されたのは新鮮な野菜や肉に缶詰といった食糧とウォッカだ。
飲料水は原潜ならなんとか自給出来るが、ウォッカはそうはいかない。
差し入れというレベルの量ではなかった。
補給に大量の酒とは、自衛隊からみれば度が過ぎている気がするが、北サハリンの大使にほっとくと反乱か、原潜内で密造をしかねないと訴えられての処置だった。
北サハリン新興の酒造メ―カー『ヴェルフネウディンスク』のウォッカは、大陸から徴収した年貢の小麦をふんだんに使い、安価なウォッカの製造に成功している。
補給を受け取った『ブラーツク』の乗員は歓喜の声をあげていた。
また、艦内には複数の医師が乗艦しているので、『ブラーツク』の乗員の健康診断が行われた。
航海長の能登孝光三等海佐は健康診断に立ち会い、深刻な顔をしていた『ブラーツク』乗員の顔を思い浮かべて答える。
単なる哨戒任務とは訳が違い、敵に付かず離れず気取られず。
神経を磨り減らす任務なのは想像に難くない。
だがウォッカを受け取った後の彼等の顔色の変化は見ものだった。
「青くなったり、赤くなったり忙しい連中だったな。」
野宮一佐も苦笑するしかなかった。
補給の間も対象の追跡は続行されていた。
『しらせ』に搭載された掃海・輸送ヘリコプターMCH-101と、対潜能力に優れた護衛艦『あさひ』や潜水艦救難艦『ちよだ』の深海救難艇(DSRV)を使用して行われのだ。
幸いなことに追跡対象は低速で海中を移動していた。
そのおかげで『しらせ』は『ブラーツク』と合流でき、補給を行うことが可能だったのだ。
束の間の休息だが、『ブラーツク』乗員に他艦との交流が精神の安定に役立てればよいなと能登三佐は考えていた。
アルコールはほどほどにした方が良いとも思えた。
当直と交代した野宮と能登の二人は、暫くは仕事が無いので食堂に入った。
食事中の乗員達は野宮に敬礼し、食堂に備え付けられたテレビに釘付けになる。
この海域は『エンタープライズ』の電波搭が、日本のテレビ放送の受信を可能にしていた。
誰もが日本のニュースに飢えていたのだ。
ニュースの内容は政局の話題だった。
「与党が補欠選挙で負けたのか。
これで過半数を割り込んだとは大事だな。」
野宮はトレイにカレーを載せて、席に着席しながらニュースの感想を述べる。
元々、与党と野党第一党が鍔競り合いを続けてきた国会であるが、第二の野党である日本国民戦線が、大陸に対する強行な路線を主張して議席を伸ばしていた。
無策な最大野党と温和路線をとる与党の議席を食いまくった結果である。
その声望は与党も無視できず、主張の被ることが多い与党に対して、連立を組むことを打診している。
能登も同席して食事を始めながらぼやくように呟く。
「国民戦線は自衛隊に好意的ですからね。
我々としては都合がいいのですが、主張が過激過ぎて自衛隊をより危険な任務に投入しかねないところが怖いですね。」
「何事もバランスは大事だよな。」
日本国民戦線が要求した閣僚の座席は次期大陸総督の椅子である。
与党も副総理と同格に位置ずけられている大陸総督の座を簡単に明け渡すわけにいかず、両党の間では折衝が続けられている。
次のニュースは人口が110万人に減少し、8月に東京市となった首都のものだった。
ニュース自体は他愛の無いもので、皇居外苑の北の丸公園の封鎖と城塞としての工事が開始されたとの報道だった。
予定では北の丸公園内に10式戦車の車体を拡大した新造車体の20式自走高射機関砲が設置されることが決まっている。
つまり小規模だが皇居に自衛隊が駐屯するのだ。
旧近衛師団司令部庁舎だった東京国立近代美術館が、隊庁舎として割り当てられている。
「そういえば練馬の駐屯地の拡張工事も終わったそうですよ。
あそこも手狭になってましたからね。」
「本当に東京から人がいなくなったんだな。
嘘みたいだな・・・」
第一普通科連隊の増強とともに手狭になっていた練馬駐屯地は、住民がいなくなった旧練馬区北町全域を整地してほぼ駐屯地として工事をした。
例外は氷川神社と第一普連が協力して拡張した畑を持つ農家くらいである。
この畑には第一普連の隊員や家族も開墾や収穫に参加する共同農場も含まれる。
敷地の確保は予想以上にスムーズだった。
食糧を確保する為に大半の住民は地方に脱出するか、大陸に移民するか、死ぬかの三択を迫られた後だったからだ。
食糧自給率が1%の東京に留まるなど自殺行為でしかない。
大半の住民は転移により仕事が無くなったこともあって、地方への移住を選択した。
これは他の大都市圏でも同様の動きをみせていた。
転移による混乱の状況が少し落ち着くと、政府は食糧の自給を国策として奨励することになった。
公務員の副業としても法改正で、第一次産業には許可されるようにる。
第一普連は隊員達の出資と労働力の提供で、放棄された土地を買い叩き、駐屯地近辺の住宅地等を整地をして農地に変えていった。
食糧の配給を優先される自衛隊隊員を頼って集まった親族も参加し、地元に残った農家の指導のもとに共同農場を造り上げたのだ。
この第一普通科連隊練馬共同農場をモデルケースとして、各地の自衛隊や警察も倣い始めた。
かくも日本本国の食糧事情は厳しい証明ともいえた。
「効率的な大根の生産に対しての研究会に横須賀も参加しないかと、練馬からオファーが来ているらしい。」
「それは是非、参加するべきですね。」
『しらせ』の乗員や家族も母港としている横須賀に大根やカボチャの共同農場や漁船を運営している。
横須賀では隊員の家族も大根飯で、1日の糧を賄っている。
カレーという贅沢をしているのが後ろめたくはあるが、航海の士気を保つ為にも必要だった。
「しかし、横須賀でカレーが食えないなんて、嫌な時代になったものだ。」
野宮は転移の前年に、護衛艦カレーを食う為に万の単位の行列が基地に並んだ光景を思い出していた。
補給を終えた『しらせ』と僚艦2隻は、翌日の朝には『エンタープライズ』の東方約5,000キロの距離にある日本領綏靖島に向かう為に出港する。
一週間ほどの航海で綏靖島の港に入港する。
綏靖島は日本やアメリカを含むいまだに独立都市建設に至っていない訪日外国人の居住区や多国籍軍の拠点が置かれている。
一応は日本の領土扱いだが、日本政府は統治にあまり積極的ではない。
申し訳程度に役場と警察署と自衛隊の駐屯地、空港と港が置かれている。
民間人も名物である果実農園の一家が数件居住している程度だ。
この島の海上の防衛を請け負うフランス海軍のフロレアル級フリゲート『ヴァンデミエール』の姿が港に見受けられる。
「多国籍軍160ヶ国の国民に残された最後の軍艦になるな。」
上陸して桟橋を歩く野宮一佐の言葉に能登三佐は首をかしげる。
「最後なんですか?
確か、マレーシアの哨戒艦があったはずですが?」
「先日、東南アジア六か国による独立都市の建設が合意に至ったそうだ。
その中にマレーシアが加わっているからな。」
サミット中も行われていた運動が行われていた、マレーシア、インドネシア、バングラデシュ、ブルネイ、モルディブ、パキスタンのイスラム諸国による独立都市であった。
約7万人の人口の街となる予定だ。
この世界では初のイスラム系自治体の誕生となる。
「次期独立都市の選定の筆頭がフランスだからな。
フランスが抜けたら多国籍軍は海上戦力が無くなるな。
どうするつもりなんだろうな?」
だがどうやら他国のことを論じている場合では無かったことを彼等は知ることになる。
島内で購入した新聞の見出しに、政府与党が野党日本国民戦線が連立を組むことが書かれていたのだ。
日本国民戦線は大臣の席一つと引き換えに、次期大陸総督の要求を緩和したのだ。
南方大陸アウストラリス
新京特別行政区
大陸総督府
総督執務室で、秋月総督と秋山補佐官は渇いた笑顔で来客に応対していた。
「はっはは、この度アウストラリス大陸総督府、副総督を拝命した北村大地です。
やっとこの大陸の仕組みを理解しだした若輩者だが、慣れるまで色々なご迷惑をおかけると思いが、ご指導とご鞭撻の程よろしく頼みますよ。」
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「ああそうだな。
まだ、それがあったか・・・
ふう、たまには問題は何も無い、と言う言葉が聞きたいな。
・・・始めてくれ。」
空腹はもう少し我慢する必要がありそうだった。
日本本土から西へ15,000キロ
米国海上要塞『エンタープライズ』
米国海上要塞『エンタープライズ』は、高麗国で建造されていた半潜水式プラットフォームを流用して造られている。
全体としては海に浮いている構造であり、脚部は海中にある。
構造物を浮かばす浮力を保ち錨を入れて固定するが、場所を移動させることが可能で浮力タンクに水を入れることで上下させることも可能である。
もともとは石油や天然ガスを採掘する為のプラットホームであり、大型タンカーの寄港も可能である。
問題としてはいまだに完成に至っていない点である。
現在も高麗国巨済島の玉浦造船所で残りのブロックが建設中なのである。
イカの軍勢の襲撃中に建造していたのはブロックBにあたる。
現在の大きさはサッカー場の面積よりやや広い8,000平方メートル程度である。
その『エンタープライズ』に3隻の艦が寄港していた。
海上自衛隊の砕氷艦『しらせ』、護衛艦『あさひ』、潜水艦救難艦『ちよだ』である。
『あさひ』も『ちよだ』も転移前に起工が始まっており、転移後もそのまま建造が進められて就役した艦だ。
「あれでまだ4分の1なのか?」
『エンタープライズ』の巨大さに艦長の野宮敬紀一等海佐は感嘆の声をあげている。
『しらせ』は南極観測船としての任務は無くなったが、調査や輸送の任務に使用されている。
任務の為に立入検査隊が一個分隊が乗り込んでおり、艦内に常駐するようになっている。
この11年の歳月の間に改修も受け、JM61-RFS 20mm機銃が2基設置されている。
北サハリンのアクラ型原子力潜水艦K-391『ブラーツク』への食料補給の任務を終えた『しらせ』は、給油の為に『エンタープライズ』に立ち寄ったのだ。
長距離の航海が可能な『しらせ』は給油の必要はないが、『あさひ』や『ちよだ』はそうもいかない。
両艦の航続距離では、『しらせ』の半分も着いていけないからだ。
途中の綏靖島まででも燃料の九割近くを消費してしまう。
これは燃費向上を目指したあさひ型護衛艦や他艦に給油能力を有するちよだ型潜水艦救難艦も例外ではない。
綏靖島で給油が出来てもほぼ同距離にある西方大陸アガリアレプトの米国の拠点、アーカム州アダムズ・シティに到着する頃には、再び燃料のほとんど消費してしまう。
これではいざというときに迅速な作戦展開には支障を来す恐れがあった。
「米軍が中継地点として、『エンタープライズ』を欲しがったのは理解できるな。
作戦範囲が広がって、我々には迷惑な話なんだけどな。」
野宮艦長の言葉にブリッジは笑いに包まれる。
実際に呼び出されて長い航海を強いられる海上自衛隊からは
「ミサイルぶちこんでいいかな?」
が、流行りのジョークになっている。
今回は僚艦の給油に付き合っての寄港だか、念のために『しらせ』も『エンタープライズ』から食料や水の補給を受けることにした。
暇そうな乗員達に仕事を与えて、気を引き締める必要もある為だ。
「しかし、『ブラーツク』の連中・・・、食料の備蓄の少なさを理由に追跡を断念する口実が無くなったと嘆いていたな。」
「あての無い航海ですからね。
3ヶ月も追跡を続けて疲労も溜まっているのでしょう。」
「水産庁の追跡もまだ続いているんだろ?
あっちも大丈夫なのかな?」
砕氷艦である『しらせ』が補給任務を命じられたのは約1,100トンに及ぶ物資輸送の能力と長距離の航海が可能な航行能力があった為だ。
主に補給されたのは新鮮な野菜や肉に缶詰といった食糧とウォッカだ。
飲料水は原潜ならなんとか自給出来るが、ウォッカはそうはいかない。
差し入れというレベルの量ではなかった。
補給に大量の酒とは、自衛隊からみれば度が過ぎている気がするが、北サハリンの大使にほっとくと反乱か、原潜内で密造をしかねないと訴えられての処置だった。
北サハリン新興の酒造メ―カー『ヴェルフネウディンスク』のウォッカは、大陸から徴収した年貢の小麦をふんだんに使い、安価なウォッカの製造に成功している。
補給を受け取った『ブラーツク』の乗員は歓喜の声をあげていた。
また、艦内には複数の医師が乗艦しているので、『ブラーツク』の乗員の健康診断が行われた。
航海長の能登孝光三等海佐は健康診断に立ち会い、深刻な顔をしていた『ブラーツク』乗員の顔を思い浮かべて答える。
単なる哨戒任務とは訳が違い、敵に付かず離れず気取られず。
神経を磨り減らす任務なのは想像に難くない。
だがウォッカを受け取った後の彼等の顔色の変化は見ものだった。
「青くなったり、赤くなったり忙しい連中だったな。」
野宮一佐も苦笑するしかなかった。
補給の間も対象の追跡は続行されていた。
『しらせ』に搭載された掃海・輸送ヘリコプターMCH-101と、対潜能力に優れた護衛艦『あさひ』や潜水艦救難艦『ちよだ』の深海救難艇(DSRV)を使用して行われのだ。
幸いなことに追跡対象は低速で海中を移動していた。
そのおかげで『しらせ』は『ブラーツク』と合流でき、補給を行うことが可能だったのだ。
束の間の休息だが、『ブラーツク』乗員に他艦との交流が精神の安定に役立てればよいなと能登三佐は考えていた。
アルコールはほどほどにした方が良いとも思えた。
当直と交代した野宮と能登の二人は、暫くは仕事が無いので食堂に入った。
食事中の乗員達は野宮に敬礼し、食堂に備え付けられたテレビに釘付けになる。
この海域は『エンタープライズ』の電波搭が、日本のテレビ放送の受信を可能にしていた。
誰もが日本のニュースに飢えていたのだ。
ニュースの内容は政局の話題だった。
「与党が補欠選挙で負けたのか。
これで過半数を割り込んだとは大事だな。」
野宮はトレイにカレーを載せて、席に着席しながらニュースの感想を述べる。
元々、与党と野党第一党が鍔競り合いを続けてきた国会であるが、第二の野党である日本国民戦線が、大陸に対する強行な路線を主張して議席を伸ばしていた。
無策な最大野党と温和路線をとる与党の議席を食いまくった結果である。
その声望は与党も無視できず、主張の被ることが多い与党に対して、連立を組むことを打診している。
能登も同席して食事を始めながらぼやくように呟く。
「国民戦線は自衛隊に好意的ですからね。
我々としては都合がいいのですが、主張が過激過ぎて自衛隊をより危険な任務に投入しかねないところが怖いですね。」
「何事もバランスは大事だよな。」
日本国民戦線が要求した閣僚の座席は次期大陸総督の椅子である。
与党も副総理と同格に位置ずけられている大陸総督の座を簡単に明け渡すわけにいかず、両党の間では折衝が続けられている。
次のニュースは人口が110万人に減少し、8月に東京市となった首都のものだった。
ニュース自体は他愛の無いもので、皇居外苑の北の丸公園の封鎖と城塞としての工事が開始されたとの報道だった。
予定では北の丸公園内に10式戦車の車体を拡大した新造車体の20式自走高射機関砲が設置されることが決まっている。
つまり小規模だが皇居に自衛隊が駐屯するのだ。
旧近衛師団司令部庁舎だった東京国立近代美術館が、隊庁舎として割り当てられている。
「そういえば練馬の駐屯地の拡張工事も終わったそうですよ。
あそこも手狭になってましたからね。」
「本当に東京から人がいなくなったんだな。
嘘みたいだな・・・」
第一普通科連隊の増強とともに手狭になっていた練馬駐屯地は、住民がいなくなった旧練馬区北町全域を整地してほぼ駐屯地として工事をした。
例外は氷川神社と第一普連が協力して拡張した畑を持つ農家くらいである。
この畑には第一普連の隊員や家族も開墾や収穫に参加する共同農場も含まれる。
敷地の確保は予想以上にスムーズだった。
食糧を確保する為に大半の住民は地方に脱出するか、大陸に移民するか、死ぬかの三択を迫られた後だったからだ。
食糧自給率が1%の東京に留まるなど自殺行為でしかない。
大半の住民は転移により仕事が無くなったこともあって、地方への移住を選択した。
これは他の大都市圏でも同様の動きをみせていた。
転移による混乱の状況が少し落ち着くと、政府は食糧の自給を国策として奨励することになった。
公務員の副業としても法改正で、第一次産業には許可されるようにる。
第一普連は隊員達の出資と労働力の提供で、放棄された土地を買い叩き、駐屯地近辺の住宅地等を整地をして農地に変えていった。
食糧の配給を優先される自衛隊隊員を頼って集まった親族も参加し、地元に残った農家の指導のもとに共同農場を造り上げたのだ。
この第一普通科連隊練馬共同農場をモデルケースとして、各地の自衛隊や警察も倣い始めた。
かくも日本本国の食糧事情は厳しい証明ともいえた。
「効率的な大根の生産に対しての研究会に横須賀も参加しないかと、練馬からオファーが来ているらしい。」
「それは是非、参加するべきですね。」
『しらせ』の乗員や家族も母港としている横須賀に大根やカボチャの共同農場や漁船を運営している。
横須賀では隊員の家族も大根飯で、1日の糧を賄っている。
カレーという贅沢をしているのが後ろめたくはあるが、航海の士気を保つ為にも必要だった。
「しかし、横須賀でカレーが食えないなんて、嫌な時代になったものだ。」
野宮は転移の前年に、護衛艦カレーを食う為に万の単位の行列が基地に並んだ光景を思い出していた。
補給を終えた『しらせ』と僚艦2隻は、翌日の朝には『エンタープライズ』の東方約5,000キロの距離にある日本領綏靖島に向かう為に出港する。
一週間ほどの航海で綏靖島の港に入港する。
綏靖島は日本やアメリカを含むいまだに独立都市建設に至っていない訪日外国人の居住区や多国籍軍の拠点が置かれている。
一応は日本の領土扱いだが、日本政府は統治にあまり積極的ではない。
申し訳程度に役場と警察署と自衛隊の駐屯地、空港と港が置かれている。
民間人も名物である果実農園の一家が数件居住している程度だ。
この島の海上の防衛を請け負うフランス海軍のフロレアル級フリゲート『ヴァンデミエール』の姿が港に見受けられる。
「多国籍軍160ヶ国の国民に残された最後の軍艦になるな。」
上陸して桟橋を歩く野宮一佐の言葉に能登三佐は首をかしげる。
「最後なんですか?
確か、マレーシアの哨戒艦があったはずですが?」
「先日、東南アジア六か国による独立都市の建設が合意に至ったそうだ。
その中にマレーシアが加わっているからな。」
サミット中も行われていた運動が行われていた、マレーシア、インドネシア、バングラデシュ、ブルネイ、モルディブ、パキスタンのイスラム諸国による独立都市であった。
約7万人の人口の街となる予定だ。
この世界では初のイスラム系自治体の誕生となる。
「次期独立都市の選定の筆頭がフランスだからな。
フランスが抜けたら多国籍軍は海上戦力が無くなるな。
どうするつもりなんだろうな?」
だがどうやら他国のことを論じている場合では無かったことを彼等は知ることになる。
島内で購入した新聞の見出しに、政府与党が野党日本国民戦線が連立を組むことが書かれていたのだ。
日本国民戦線は大臣の席一つと引き換えに、次期大陸総督の要求を緩和したのだ。
南方大陸アウストラリス
新京特別行政区
大陸総督府
総督執務室で、秋月総督と秋山補佐官は渇いた笑顔で来客に応対していた。
「はっはは、この度アウストラリス大陸総督府、副総督を拝命した北村大地です。
やっとこの大陸の仕組みを理解しだした若輩者だが、慣れるまで色々なご迷惑をおかけると思いが、ご指導とご鞭撻の程よろしく頼みますよ。」
BBR-MD5:bd11db887b7a03225ddf3e2ba0210d8a(360)
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