神殿からガバナス大司教が走ってこちらに向かっている。

「だから言ったろ!!
命が惜しくばこの地より去るがよいと!!
うちは教団より、信者の方がおっかないのだ。」

嵐と復讐の教団は復讐を肯定する。
その為の協力もするし、心の傷を癒すケアも施す。
しかし、復讐は復讐者の身の破滅させてまで遂行させるものとは教えにはない。
また、復讐の対象者以外が迷惑を被る行為は認めていないのだ。
心理的に追い詰められ、破滅に走りやすい信者達を隔離し管理する。
帝国が教団領を認めた理由の一つである。
逆に言えばこの地に住む民衆は故郷を追われ、他に行き場の無い者達が多数居住しているのだ。
自衛隊による進軍がこの地の住民の不安を煽った形になってしまった。
暴徒となった民衆を教団軍が抑えに掛かっている。
民衆の投石を神官戦士達が盾で防ぎ、神殿騎士達が心を平静化させる神聖魔法を掛けまくっている。

「早く退いてくれ。
今宵、関所で対話の場をもつ、急いでくれ・・・」

カバナス大司教の訴えにより、杉村外務局長は事態の成り行きに頷き自衛隊の指揮官に撤収の許可を出した。
警備担当官は少女を解放して、近くにいた神殿騎士に託す。
隊員達は用意してあった手榴弾、催涙球2型を投擲する。
非致死性の催涙ガスを散乱させ、迫り来る信者達を無力化して車両に乗り込み撤退した。



夜半過ぎ
関所

カバナス大司教は僅かな護衛と共に夜遅くに関所を訪れた。
出迎えた杉村外務局長と細川二尉と挨拶をかわす。

「討議は中で・・・」
「残念だが長居する余裕は無い。
信者達は一時的に抑えたが、いつ暴発するかはわからない。
今回の件でそなたらを庇ったことで、我等に対する不満を訴える者も少数ではない。」

確かに教団のNo.2にしてはみすぼらしい格好での来訪だった。
信徒達の暴走を懸念している為だ。

「ですが我々と本気で敵対するなら・・・
総督府は泥を被る決意があることをこちらも表明しておきましょう。」

横で杉村の言葉を聞いていた細川がギョッとする。
その泥を被る実行は自分達自衛隊にやらされるのではないかという懸念の為だ。

「状況は認識している。
なにしろ王都から報告書という形の檄文が届いたからな。
我等にも蜂起せよとな。」

カバナス大司教はかつての弟子がどれほど危険な尻尾を踏んだのかに気がつき、テーベの信徒達と秤に掛ける決断に迫られたのだ。

「勘違いしないでもらいたいが、教団主流派は日本と敵対する気はない。
たが王都にいる連中は別だ。
彼等の支持基盤は日本やアメリカとの戦争で家族を失った貴族や騎士階級の者達なのだ。
なれどテーベにいる信徒の大半が平民。
王都に居を構えて、教団に寄進出来る余裕のある信徒達とは根本的に異なる点だ。
テーベの民にとってのここは最後に残された安息の地なのだ。
ゆえに我等に総督府が発行しているテーベの本領安堵の朱印状を下賜されたい。
それでこのテーベの教団、信徒は抑えて見せる。」

日本としても住民の弾圧や虐殺など望むことではない。
だがタダではダメなのだ。

「働きが無ければ無理ですな。
朱印状は安くはありませんよ?」
「王都の主だった拠点と教団幹部の情報提供。
並びに主教猊下による日本への復讐の停止命令の聖意宣言でどうかな?」
「停止?
中止では無く?」
「それ以上は教義に反する。
我々は宗教団体だからな。
信徒達には『今はまだその時では無い』と通達する。
後は時間による解決を待ってくれ。」

妥協の限界のようだった。

「わかりました。
その線で手を打ちましょう。
関所は事態解決の確認後に返還します。
ところで、聖意に従わない者はどうする気ですか?」
「好きに扱ってくれ。
彼等も自らの教義を実践できて本望なことだろう。」

大神殿ではすでに聖意の書かれた書状が用意されている。
早くて来月には王都の神殿に聖意が伝わるはずだ。
しかし、杉村の背後にいた外務局書記官が書類を渡してくる。
一読した後にカバナス大司教に書類を渡す。

「総督府から発行された朱印状の写しです。
正式な物は明後日には届くでしょう。
契約の早期履行をお願いします。」

ファックスで送信された朱印状にカバナス大司教は仰天する。

「は、早すぎるだろう!!
関所に総督閣下でもいらっしゃるのか?」
「いえ、会談の最中に送って貰いました。
聖意とやらはいつまでに用意できますか?
準備ができ次第、王都に然るべき人間に送ってもらいます。」

カバナス大司教は密談を終えると早々に帰還した。
明日の朝には王都に迎える人間を用意すると言わされていた。

「自衛隊並びに近隣の騎士団にテーベの封鎖を解除するよう伝えて下さい。
それと、ヘリの準備をよろしくお願いいたします。」

杉村外務局長の指示に細川二尉は部下達に命令を下す。

「仮設のヘリポートを造る。
今晩は眠れると思うな!!」



テーベ大神殿

早朝早く、旅支度を整えて呼び出された神殿騎士団団長のジモンはカバナス大司教のに膝まづいた。

「お召しにより参上つか奉りました。」
「御苦労だった。
これより王都に赴き、主教猊下の聖意を信徒達に伝える任に就いてもらう。」
「畏まりました。
しかし、騎竜はおろか、馬も用意しなくよいとは?」
「日本が乗り物を用意してくれるようだ。
荷物も最低限でよいと」

ちょうどそこに大神殿の上空から轟音が聞こえてきた。
神官戦士達により封鎖された大神殿の中庭に陸上自衛隊のUH-60JA 多用途ヘリコプターが着陸してくる。
あまりの風圧に神官達が顔を手で多い、巫女達がローブや髪を抑えている。
ヘリの横扉が開き、同行を命じられた細川二尉が降りてくる。

「準備はいいですか?
これからイッキに王都まで飛びます。
トイレに行くなら今のうちに!!」

ローターの回転音があまりに轟音な為に細川二尉は大声を張り上げている。
陸上自衛隊は大陸で任務遂行に脆弱な街道は任務の妨げになると判断していた。
その為に鉄道を整備していたのだが小回りが利かないのが問題がある。
そこで転移により仕事を無くした民間人への公共事業を兼ねて、愛知県小牧市の工場を大幅に拡充した。
海自は全艦艇に哨戒ヘリコプターの搭載を目標とし、陸自も大陸の駐留部隊への充足を行っている。
機体だけあってもパイロットがいなくては話にならない。
国際線が来なくなった中部国際空港が、パイロット養成学校になっていた。

大神殿中庭のあまりの光景にジモン団長はちょっとビビっていた。
躊躇う足取りに背中から神官戦士達に背中を押されて、UH-60JAに乗せられる。
ジモン団長は不安そうな顔で座席に座らされシートベルトを細川二尉に装着してもらう。

「あの・・・これ乗らないと駄目なのかな?」

ジモンも飛行機械の存在は知っていたが、自分が乗る羽目になるとは考えてもみなかった。

「明日の朝には王都に到着するにはこれしか無いので我慢して下さい。
いいぞ、やってくれ。」

無慈悲な細川二尉の合図で、UH-60JAのローターは回り出す。
体が浮き上がる感覚にジモン団長の悲鳴を上げるが、ローターの回転音に掻き消された。


正午
大陸東部
マディノ
陸上自衛隊第9分屯地

分屯地司令の浅井治久一等陸尉は連絡のあった時間に分屯地に併設された空港のプレハブで造られたロビーにいた。
窓際では事態を見届けるべく新京から派遣された吉田香織一等陸尉がヘリの到着を待っている。

「来ました。」

双眼鏡から観ていた吉田一尉の言葉に浅井はロビーから外に出る。
この官民共用の空港は、プロペラ機用滑走路一本と二つのヘリパッドがあるだけの小規模な施設だ。
だが、航空機による機動力の充実や補給の充実化などの大きな役割を担っていた。

「来たか。」

テーベから飛来したUH-60JAがヘリパッドに着陸する。
ヘリから降りた細川二尉が、ふらつくジモン団長を引きずり降ろす。

「お世話になります。
34普連の細川二尉です!!」
「分屯地司令の浅井一尉だ。
連絡は受けている、あれに乗ってくれ。」

滑走路ではセスナ 208 キャラバン、単発ターボプロップ汎用輸送機がいつでも発進出来るように待機している。
元々は民間の所有機だったが、転移の混乱で維持できなくなったところを国で買い上げたのだ。
陸自用に改修され、胴体下に1箇所、主翼下6箇所のハードポイントが設置された。
ヘルファイア対戦車ミサイルの運用を可能としている。

「その前にトイレに・・・大丈夫ですか、ジモン団長・・・」

顔面蒼白で足元をふらつかせていたジモンは口元を手で抑えながら涙目で、細川二尉にトイレに連れて行ってもらう。
15分ほど掛かってトイレから出てきたジモンは、今度はセスナに乗せられると聞かされて卒倒仕掛けている。

「同行する第16師団司令部の吉田一尉です。
よろしくお願いします。」

卒倒仕掛けていたが、女性が同行すると聞いて気を持ち直す。
そして、膝まづいて祈りの言葉を唱え始めた。

「『神聖なる嵐と復讐の神よ。
我が願いを叶える為に平静な心を我に与えん。』」

突然の神聖魔法にジモンの体が紫に発光する。
心に平穏を与える魔法だが、ヘリコプター酔いには十数回使用された。
光が消えると、元気な顔をしたジモンが出てきた。

「いや、心配掛けた。
さあ、次はあの飛行機かね?
参ろうじゃないか」

浅井は魔法便利だなと思った。
細川はこの場に置いていきたい気分に駆られた。
吉田はエスコートすると差し出された腕の扱いに困っていた。

「いいから早く乗って下さいよ。
スケジュールが推してるんですから!!」

パイロットの奥村一曹の抗議の声に全員、慌てて動き始めた。
滑走路から飛び立ったセスナは一路、王都ソフィアに向けて飛び立った。



王都ソフィア
ソフィア駐屯地

テーベから送られた情報を元に駐屯地から第17普通科連隊の車両が次々と出ていく光景が見られた。

「和解だと?
やられっ放しでいられるか。
使者が聖意を持ってくるまではこちらのターンだ。」

第17普通科連隊隊長碓井一等陸佐は憤りを隠せない。
自分のお膝元で好き勝手にやられていたと思うと腹立たしくて仕方がなかった。
王国における自衛隊の顔である自分達の顔に泥を塗られた形だ。
幸いなことに第17普通科連隊は、傀儡国の首都に駐屯しているだけあって、かなりの武断的処理を行う権限を有している。
この機会に王都の反日勢力に対する見せしめを行うことにしたのだ。
総督府からは教団への包囲のみを命じられていたが、偶発的な戦闘に関しては問題はなかった。

「最前線の俺達は舐められたら終わりなんだ。
誰も彼も穏便に終わらそうなんて考えてると思ったら大間違いだと教えてやろう。」

そう呟く碓井一大佐の視線の先には、北サハリンから購入したMi-24、ハインドのローターが回り始めていた。



王都ソフィア

とある王国騎士の邸宅

王国騎士シエリは、ケイオン男爵家の次男として産まれた。
本来なら嫡男の控えとして、部屋住みの身分に甘んじ、飼い殺しの一生を送る筈だった。
転機は七年前の帝都大空襲。
皇帝陛下の御親征ともあり、父である当主や嫡男たる長兄が一族をあげてケイオン家の兵団を組織して参陣することとなった。
農家や町民も三男以降が褒美や出世を夢見て兵団の募集に応じている。
その結果、たかが一騎士家としてあり得ない四百にもおけるケイオン兵団が誕生した。
だが肝心の自分は留守居として、小規模な町がある領地の城に留め置かれた。
ケイオン兵団は勇壮に帝都に参陣し、誰も帰ってこなかった。
帝国が解体され、王国が誕生し、ケイオン男爵家の王国騎士家の降格が申し渡された。
シエリは一族男子の筆頭として、家督の継承と王国騎士としての出仕を命じられた。
それからは順風満帆な6年だった。
王国は騎士団の再編成を行ったが、経験ある先輩や上司は軒並み戦死しており、若輩者な自分が騎士隊長に任じられる始末である。
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Rock54ed.