>>266 (続き)

世界の世論に訴える

 安倍談話を世界に打ち出すときは、その舞台設定が重要だった。
 意識していたのは、安倍首相が2015年4月に計画していたワシン トンでの演説だった。それは安全保障を中心とする予定だった
が、歴史問題も関係してくる話である。
 私は前から、安倍首相の祖父である岸信介の事例に学ぶべきだと考えていた。岸首相は1957年に3度、海外に行っている。当時
としては非常に多い。まず南アジアと東南アジア、そしてアメリカ、3度目がオーストラリアとニュージーランドとインドネシアとフィリ
ピンなどだった。このうちオーストラリアでは反日の世論が強く、岸の訪問についても反対論があった。しかし岸はキャンペラの議会
で率直に謝罪し、最後はスタンディング・オヴェイションとなったと言われる。私は第1次安倍政権時代、これを読売新聞1面コラムの
「地球を読む」に書いた。この例に学んで、まずオーストラリアで成功を収め、それを踏まえてからワシントンに行ったらいいと思っ
ていた。
 実際、安倍首相は14年7月のキャンベラのスピーチで成功を収め、続いてアメリカ議会の演説で成功を収めた。私はこのアプロー
チを安倍首相に話したことはないが、誰か耳に入れた人がいたのだろうと思っている。
 私自身、世界とくにアメリカの反応を探り、好意的反応を受けるために努力した。
        ・・・(略)・・・
 こういうことを書くのも、アメリカの大学の日本研究者は、日本に対して決して好意的ではなかったからである。
        ・・・(略)・・・

「侵略」をめぐって

 この間、世間では、70年談話に「侵略」「植民地支配」「反省」「お詫び」という言葉が入るかどうかに注目が集まった。
        ・・・(略)・・・
 よく引き合いに出される村山談話(1995年)がいいとは私は思っていなかった。「遠くない過去の一時期」という表現が、そもそも気
に入らなかった。そんな抽象的な表現では、日本が何に対して責任があるかわからないではないか。
 私は責任というのは、最終的には個人が負うべきものだと思う。あの戦争に関して、近衛文麿や東条英機など、多くの情報を持ち、
日本の進路を左右できる地位にあったにもかかわらず、誤った決定をしたり、必要な決定をしなかった人物が、最も重い責任を負う
べきである。
 これに比べ、一般国民は、そうした政府を積極的・消極的に支持したり、戦場で他国の国民を傷つけたりしたことはあっても、その
責任は東条や近衛の比ではない。こうした観点から、私は、「戦後70年もたって日本はさらに謝り続ける必要はなく、ましてや
一般国民が謝り続ける必要はない。ただ、ああした戦争があったことは記憶に留める必要、義務がある」と論じたのである。シンガ
ポールのリー・クアンユー首相が、Forgive, but do not forget.(許そう、しかし忘れない)と言ったのと、ちょうど対になるかと思う。
 これが懇談会の報告書にも取り入れられ、のちに、世界史と日本史を一体にして近代から教える「歴史総合」という科目が生まれ
ることとなった。日本史で近代を教えることが少ないのを補うようにと考えたわけである。
 2015年4月頃のあるシンポジウムで、私は「歴史学者に聞けば、99%は日本が侵略したと言うだろう。当たり前のことである。安倍
首相には侵略したと言ってほしい」と述べた。
 これは、安倍首相があるところで、「私は日本が侵略をしていないなどとは一度も言っていない」と言ったので、それなら二重否定
ではなく、はっきりと日本が侵略したと言ってほしいと述べた次第である。
 しかしこの頃から、ずいぶん私への風当たりが強くなった。身辺の警護も強化された。
        ・・・(略)・・・
 一連の批判の論拠の一つは、侵略について定義がない、したがって侵略という言葉は使うべきではないという説である。しかし、
侵略には定義があるのである。1974年12月14日の国連決議3314、いわゆる「侵略の定義に関する決議」がそれである。・・・(略)・・・
 この決議は拘束力があるわけではないし、この決議だけで、ある行為が侵略であるかどうかを判断するのは難しいこともある。
しかし、満洲事変において、日本は満洲に特殊権益を持っていたが、それは南満洲および東部内蒙古における「点と線」ともいうべ
きもので、南満洲および東部内蒙古全域に及ぶものではなかった。ましてや、北満洲には日本の権益は及んでいなかった。しかし
日本は満洲事変後に満洲国を樹立した。それは現在の日本の3倍以上の面積を持つものである。これが侵略でなくて何だろうか。
        ・・・(略)・・・

(続く)
BBR-MD5:CoPiPe-2d9018089304cb4817da08dfdef1080d(NEW)
BBS_COPIPE=Lv:0
PID: 85965
Inq-ID: agr/90dc8eacfd0f8d04
Proc: 0.483387 sec.
This is Original