>>768
 イチロー対策に最も頭を悩ませたのは捕手たちだろう。
 「とにかくフライを打たせることを心がけたんだ。」とはインサイドワークに定評のあるベテラン捕手。
 「スズキ相手に狙って三振を取ることは極めて難しい。
 内野ゴロはつまらせればつまらせるほどヒットになる確率が上がる。
 かと言っていい当たりをさせるわけにもいかないしね。
 高めを攻めることを徹底してしばらくは成功したんだが、」顔を曇らせて続ける。
 「普通の打者なら高めが来れば長打を狙って振ってくる。
 それをスズキは“ホームプレートに叩きつける”という正反対の手段を使ってきたんだ。
 ボールが落ちてくるのを呆然と見つめるしかない俺たちの気持ちがわかるかい?本気で翼が欲しくなったよ。」

 彼はもうひとつ、イチローを抑えるために試した秘策について語ってくれた。
 「普通ならバッテリーとしては、どんな打者でもランナーがいない場面で迎えたいと思うものだが、スズキに関してはちょっと違うことに気付いてね。
 スコアリングポジションにランナーがいるというのは願い下げだが、ファーストだけにランナーがいるという状況が望ましいということがわかったんだ。
 その状況ならセカンドでフォースアウトが取れる。
 スズキが普通の3割打者に格下げになるんだ。
 特にランナーがダン(ウィルソン)やトム(ランプキン)だったら言うことは無い。
 デビッド(ベル)でも充分に対応できる。
 次のイニングの先頭打者でスズキを迎えるよりもツーアウト1塁で対戦する方が俺たちには好都合だったんだ。」
 しかし、この秘策も長くは通用しなかった。
 「早々にルー(ピネラ監督)に気付かれたみたいでね。
 打線をいじって9番にカルロス(ギーエン)やマーク(マクレモア)を据えてきた。
 それでこの作戦はパーさ。」