>>776
 イチローに対する恨み節は守備陣からだけにとどまらない。
 名門チームの走塁コーチからも嘆きの声があがる。
 「スズキのせいで何点取りそこなったかって?数えたくもないね。
 うちだけじゃなく全てのチームを合計すれば彼の打点よりもはるかに多いんじゃないか?」
 「ライト前ヒットじゃ1塁走者は3塁まで来られない。
 2塁走者も3塁でストップだ。
 普通の野手なら抜けると思う打球でも、彼の周りに上がった場合はハーフウェイで見てなきゃいけない。
 相当大きなフライじゃないとタッチアップもできない。
 八方塞がりさ。
 だいたい、マイク(キャメロン)が右中間の打球を譲るってことだけでも尋常じゃないってことがわかるだろう?
 彼の守備だってメジャーでも指折りなんだから。」
 そして最後に半ば呆れ顔でこう付け加えた。
 「捕殺(アシスト)の数がさほど多くないのは我々を含めて自重するチームが多かったからだ。
 数なんて関係ない。
 マリナーズの投手たちにとって彼の存在こそが心強い援助(アシスト)だったことだろう。」

 イチローはメジャーリーグに登場してわずか1年で多くのメジャーリーガーたちの敬意の入り混じった敵意の的になった。
 それはシアトル以外のフランチャイズのベースボールライターたちにとっても同様の感情だったようだ。
 ついに、イチローはアメリカンリーグのMVPの栄冠をその手にしたのだ。
 MVP投票でイチローに1位票を投じた記者はこう語った。
 「イチローを新人王に選んだのはメジャーリーグに携わる者たちのプライドだ。
 日本でいくら活躍していても世界の頂点であるメジャーリーグでは彼は紛れもないルーキーだ、というね。
 しかし、彼をMVPに選んだのはメジャーリーグに携わる者たちの良心だと言って良いだろう。」