よろしくお願いします。
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【板名*】学歴板
【スレ名*】日東駒専卒だが医者を目指す
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かつては京都の受験界に君臨し
京大・国公立医学部に毎年300人以上の合格者を出し
京大医・京都府立医大の3割以上を占めていた
近畿予備校は全国から学生が来ていた北は函館ラサールや室蘭栄とか南は鶴丸・ラサール
多かったのは兵庫・大阪の公立校出身者、
私立中高一貫進学校との授業進度の差を近畿で埋め合わせしていたのだろう
1981年在籍者資料によれば、
 京大 総計283人(うち 医33)  
 東大 総計15人(理Vは1人―理科クラス)
 阪大 総計119人(うち 医30)
 京府医大 38人
おそらく、86年までが近畿予備校の「栄光の時代」だと思う。
複数受験制度導入時期と没落時期が重なっている。
受験生人口バブルの勃興期とも重なっている。
駿台もクラスによってはレベル高いんだろうが、私立文系のような遊び半分の奴もいる。
1300人全員が京大コースで同じ講師から授業受けている近畿の方が一体感があるだろうな 今はもうそういう職人気質の手づくりでやるような予備校はないしなあ
SKYはどこもベルトにのっかってるものに対してパカパカと部品をはめ込んでいくようなもの
あのときの近畿組が今の予備校にいけばすごく無機的だと感じるだろう
関東にはこういう文化ってないよね