亀井勝一郎『愛の無常について』
ttp://www.amazon.co.jp/dp/4061310313/
ttp://www.fit.ac.jp/~y-tanaka/ainomujoh/aino-mujoh.htm
ttp://www2.odn.ne.jp/~cft38200/kamei.htm
ttp://genxx.com/blog3/archives/000051.html
 もし自分に巨万の富があったならば、もし自分が好む女を残らず手に入れることが
できたならば、もし自分の憎む敵を葬ることができたならば・・・要約すればこの
三つの仮定となるでしょうが、そのすべてが可能ならばと考えて、まず不可能の前に
絶望するのであります。社会道徳、理性等の名によって、この絶望を美化する場合も
あります。しかし、それは絶望的であるだけに、空想をいやが上にも刺戟し、また空想
なるがゆえに、常に一挙にそうすることを望む。危険な異常性を内部にはらんだまま
人間は生きています。
 この空想を、もし一挙に、本能のまま実現したならば、どういうことになるか。一挙に富を
入手するためには強奪、一挙に女を手に入れるためには強姦、一挙に敵を葬るためには殺人
犯罪が成立します。この種の犯罪者はゆえにすべて空想家なのです。
空想の盲目的実現者なのです。
 ところが、空想の理性的実現者は犯罪者とはみなされませぬ。合法的に他人に
搾取して金をためたもの、金銭や名声によって女を誘惑したもの、徐々に相手を
窮迫せしめ緩慢に死に至らしめたもの、これらは、犯罪者とよばれぬどころか、
逆に世の勝利者と称されているのであります。

http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/live/1228479518/80 2008/12/08(月) 01:09:39 O