李氏朝鮮時代の料理

(「宮本大丞朝鮮理事始末 四/1 朝鮮理事日記/1」p30) 明治9年ごろ(併合前)
「途中郡鎮にて為に設くる処の饗膳も大抵大同小異なり。時、炎暑に際するを以て腐敗し易く臭気に堪えず、速に一、二箸を下して撤去せしむ」


(宮本大丞朝鮮理事始末 朝鮮政府接遇記略及風俗概要、宮本大丞朝鮮理事始末 朝鮮理事日記、宮本大丞朝鮮理事始末 第九號
陸軍士官朝鮮紀行 作成者:陸軍大尉 勝田四方蔵、陸軍少尉 益満邦介)より

【食事のことなど】

 食事は1日2回で、たいてい10種類から17、8種に至る。三尺四方ばかりの有脚盆にうずたかく盛り上げて、倒れ落ちるのを恐れるばかりである。
 牛豚鶏魚の肉、草餅、羮汁など、みな、器、皿に堆積する。しかし臭味がひどく箸を下す者が少ない。
 ただ桃李、林檎、瓜などは臭味がないので食べられる。沙果・・林檎に似て頗る大であるが美味ではない。マクワウリ、葡萄、西瓜、梨の類が多い。
 水煮の卵、牛肉、豚肉、鶏肉、麺、カラスミ、乾し魚を削ったもの、或いは日本人のためにと焼き魚も出した。蜜を湯で溶いてミル(海草)と煮餅をあ
えたものなど。それらが、1人に対して実に10人分程もある驚くべき量であった。

 炎熱の時節でもあり、その異様の臭いに堪えきれず、胃腸も慣れないこともあって食傷を恐れて箸を下す者が稀であった。
 なお、庶民のものは不潔で食べるべからずと言う。

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それっぽい料理(韓国の儒教の節に食べる伝統料理)
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キムチなんて無い。