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そんなことをしながら三月も後半にさしかかろうという時に未来が転校した
どこに転校したのか、なんで転校したのか。そしてなにより、なんでわたしたちに
何一つ告げずにいなくなってしまったのか。どう考えてもおかしい小学二年生にだってわかる
くらいおかしいことだった。でも誰一人としてそれ以上問い詰める人はいなかった
田舎の噂は早い。なんとなく聞いてはいけないということが、子供心にもわかっていた
修了式を終えて、こころと二人で歩いていた。二年生最後の下校路を歩きながら、少しずつ
芽吹く草木の葉や小さな花を、大きく膨らんだ蕾を見ながら春の匂いに冬の終わりを感じていた
その時不意に、わたしの口から言葉が漏れ出した。「未来は今どこにいるんだろうね。」
わたしはしまったと思った。どうしてこんな言葉が出てしまったのか自分でもわからない
思わず出てしまった言葉は意図されたものではなく、冬の終わりの清々しい空気は
一瞬にして硬く気まずいものになってしまった。答えはなかった
自分で壊してしまったこの空気に何一つ言葉を出せない自分が情けない。そうこうしているうちに
沈黙を破ったのはこころだった。「なんだか最初はいっぱいいたのに、少なくなっちゃったね。」
わたしはこころに救われたのだろうか。でもわたしがぶち壊してしまったこの空気に投げ込まれた
彼女の言葉は、わたしの目を覆ってくれる優しい掌ではなくむしろわたしの手を払いのける
痛烈なものだった。何も言えなかった
分かれ道に至って、わたしは言った。「次は三年生だね。」「そうだね。」
優しい言葉のキャッチボールだった。わたしはほっとした。芽吹く新緑とこれからの春の気配に
押し出されるように去って行く冬の冷たさとともにわたしの気持ちも遠ざかっていくのがわかった
あの時の穏やかな春の寒空の下で、ふわふわと揺れる彼女の髪がスカートの端がランドセルが
何度か振り返って見た去っていく後ろ姿がわたしの記憶に焼き付いて離れない
綺麗な思い出とトラウマの一体何が違うのだろう