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4.

久しぶりに地元に帰ってきた。最初の頃は年何回か顔を出していたものの、気がつけば
もう一年以上ご無沙汰であった。幸運にも就職先には恵まれ、それまで以上に忙しかったものの
それなりに充実感を得ることはあり、収入も決して悪くなかったが男運には恵まれなかった
新卒で入社してから10年ほど経ち、わたしは会社を辞めた。10年という歳月を経て、わたしたち
同期はそれなりの位置に納まりつつあったが、そこでわたしはなんとなく燃え尽きてしまった
忙しかった現場仕事が終わり気が抜けたのか、それとも自分のこの先に、この会社の中に
もう「これ以上」がないのではないかという気がしてしまったのかもしれないが、もはや理由など
どうでもよかった
学生の頃はお金がなく、最初は夜行バスで帰省していたのだが乗客とトラブルになり以来電車で
帰るようになっていた。もちろん新幹線なんてものを使えるわけがなくネットで購入した
割引切符による鈍行だった。就職してからは数えるほどしか帰っていなかったが、最低賃金の
アルバイトに比べれば収入は格段に良くなっていたのでそれ以降は新幹線を使っていた
四月の初め、空っぽになった都会のマンションの一室を後にしてわたしの都会での生活は終わった
地元を出てから十数年間楽しかったことも辛かったこともいっぱいあった都会を歩き、
わたしは駅に向かった。ところがここで思わぬ失態をおかしてしまう。新幹線に預ける荷物の
申請を忘れていたのだ。ここ数年治安維持法関連の強化により新幹線への荷物の持ち込みが
かなり厳格化されており、新しいガイドラインが施行されていたことをわたしは完全に忘れていた
近場の宅急便から送ればいいかとも思ったがそうこうしているうちに発車時刻には間に合わなく
なってしまうだろう。最後の最後でとんだ失敗をやらかしてしまった
どうしようもないので次の新幹線をとって、荷物は別送してから…と思い発券機へと向かった
わたしの指が押したのは、最低運賃の普通切符のボタンだった
少しずつ少しずつ遠ざかっていく都会。まばらになっていく人、遡っていく流行
少しずつ少しずつわたしの体はあの頃へと戻ってゆく。いろいろなことがまるで走馬灯のように
思い出されていった。結婚すると思っていた男と破局したこと、仕事で散々打ちのめされたあげく
体を壊して救急搬送されたこと、飲み屋で仲の悪い社員と大げんかになったこと、
大学での就職活動不条理の数々、あっという間に駆け抜けた高校生活、いろいろとあったものの
平和だった中学時代
大好きだったこころはその後あまり良い人生を送れなかったらしい。20いくつかの時に
交友関係のもつれで刺されて死んだと後になってから知った。刺したのは男ではなく女だった
忙しくて墓参りにも行ってない。今回こそは行けそうだな
引っ越した未来も亡くなっていたと聞いた。家族はもうすでに富山にはいなく、結局詳細は
噂の限りだがやはりそのことが原因で一家は富山を出たのだという。そのあと一家が
どこに行ったのかはわからなかった
下校時刻を過ぎ電車内には学生たちがあふれだした。都会とは打って変わって良く言えば純朴な
悪く言えば洗練されていない子供たち。少し遅くなった日没に窓に映る自分の顔をみれば
あまりにも滑稽な風貌に思わず笑ってしまった。短くなった髪はまた伸ばそう。真っ黒に染めた
髪は洗い流そう。わたしはもうあの頃の花子じゃないけれど、わたしは大室花子だ
駅に着いた時にはもう夜中だった。しかも途中で終電を迎えてしまったので、そこからは
タクシーを呼ぼうかと思ったのだが都会生活が過ぎたわたしは完全に忘れていた
こんなど田舎の終電を過ぎた駅にタクシーなど来ない。もし会社があったとしても
とっくの昔に営業など終えているどころか運転手はもう寝ているだろう。田舎の夜は早い
ここにきてつくづくわたしが地元の人間ではなくなっていることを痛感して、思わす苦笑いした
なんだかここが全く知らないところのようで、実際昔もそんなに来なかったが寂しい気分になった

「花子」