神奈川の山間にある、とある河川敷。年間の休祝日のほぼすべてをこの河原で過ごす48歳の小山仁さんは、自信の半生を「就職氷河期の最悪の世代。仕事の面では一度もいい思いをしたことのない人生だった」と振り返る。

「高校卒業後に調理師の専門学校に行って、20歳で箱根のリゾートホテルに就職したんですが、パワハラ暴力が当たり前の環境。配属初日に玉ねぎのむき方が違うと顔面をグーで殴られ、40人いた同期は1年で半分になりました。初任給は8万5000円。2年目には残業代込みで18万ぐらいになりましたが、バブル崩壊で業績悪化が止まらず、3年目には全手当一律カットでまた10万円を切るようになりました。すでに同僚だった嫁と結婚もしていたので、これでは生活していけないと退職を決意しました」

 知り合いのつてでイタリアンレストランに移るも、オーナーの赤字経営によりわずか2年で倒産。「おいしい料理を提供できても、包丁一本では食っていけない。経営を学ばないと」と痛感し、23歳で居酒屋チェーンを展開する大手企業に入社した。料理人としての経験を買われ、本社で商品開発を任されるも、待っていたのはあまりにも壮絶なブラック労働の日々だったという。