インターネット上では長らく、「スポーツカー = “チー牛”ご用達」という短絡的な言説がはびこってきた。「チー牛カー」なる言葉まで存在する。ここでいう「チー牛」とは、牛丼チェーンで「チーズ牛丼の特盛・温玉付き」を注文しそうな見た目の若者、というネットスラングに由来する。

 一般的には、

・痩せ型でメガネ
・無口そうな風貌
・地味な服装
・冴えない表情

を特徴とされ、ネット文化においてはオタク的気質と結びつけて語られることが多い。

 このスラングが広まったのは、単なる容姿の揶揄ではなく、自信がないのにこだわりだけは強そうという、ある種の性格像までをも一括りに嘲笑の対象としたことにある。いい換えれば、

「社会的に承認されづらい人物が、自分の趣味や嗜好を誇示している」

という構図が、匿名的なネット空間で格好のからかいネタとして消費されているのだ。

 こうしたチー牛という記号は、ネット世代におけるある種の「弱者男性」の象徴でもある。恋愛や社交、外見といった文化資本を持たないとされる若者像が、趣味への課金や自己表現を通じて存在感を示すことに対して、

「身の程をわきまえろ」

といわんばかりの抑圧的な空気が形成されている。このようなレッテルがなぜスポーツカーという車種に貼り付けられるのか。そこには、目立つ存在への注目と反動、そして文化的無理解が交錯しているのではないか。

 スポーツカーというジャンルは、単なる交通手段ではなく、自己表現や憧れ、個性の象徴としての側面が強い。だが、その目立つ存在に対して

「見た目が釣り合っていない」

と評価する文化は、乗る人間の自由な選択を萎縮させる。本来、誰がどんな車に乗ろうと自由であるべきはずなのに、ネット空間では似合う・似合わないという価値判断が先行しやすい。