「ちゃんとした仏教」と「仏教影響圏の風習」
これらは別物
もし、 東洋史にも仏典にも疎い、地球の裏側の外人がいて
「日本は仏教国だ」と思い込んで、来日したとすると
「仏教は、肉を食べて神社へ初詣に行く」と思うはず
これは誤解ですよね
「仏教影響圏の一部における風習」

同様の勘違いが、イスラム圏から遠い(つもりの)国でもあって
「ちゃんとしたイスラム教」と「イスラム圏の風習」
これらも全くの別物
例えば、オスマン帝国
最盛期の皇帝に、アル中のセリム二世がいた
「イスラム教は、美酒を嗜む」こうした誤解が可能ですね
支配階級だったトルコ人は、トルコ語で意思疎通をし
イスラムの宗教書は、伝統的に
啓示原語であるアラビア語から訳さない
その為、帝王でもイスラムの本義を知らなかったと

だだし
純正アラブでも、更に昔は飲酒が当たり前で
アッバース反乱軍が
ウマイヤ朝の帝都ダマスカスを陥れた際
「和解の酒宴を開きますので、遺臣の皆様、一献いかがでしょうか」
と宣伝して
のこのこやってきたウマイヤ貴族を、一網打尽に37564
血みどろの床に絨毯敷いて、そこで乾杯。残党一掃を祝って

こんな状況を一変させた、決定的契機が、十九世紀にあったんですよ
中東発の活版実用が、エジプトのブーラーク印刷所で始まってしまったと

結果、宗教書、原典がバンバン刷られ
アラブ人イスラム信者の平民庶民にまで知れ渡って
トルコ人がつゆ知らない間に
「あの糞皇帝、トルカスの植民地なんてウンザリだ!」
と攘夷に熱り立つアラブ人が雨後の筍

エジプトでは特に、同胞団という
ワッハーブ運動(所謂、原理主義)組織が結成