[終戦後、昭和20年8月17日、初代大統領に就任したスカルノは独立を宣言した。]

ところが、日本軍に駆逐されたオランダは9月下旬
インドネシアの独立宣言を無視してイギリス軍とともに、再度インドネシアを 『 侵略 』 すべくスラバヤに上陸した。
(こいつら世界各地に侵略して寄生してもやる事同じだからすぐバレるよなw)

しかし、インドネシア軍はもはや従順ではなかった。
日本軍によって訓練され、日本が降伏した後、日本軍が命がけで横流しをしてくれた武器を持ったインドネシアの民衆軍に強襲され
イギリス軍はたちまち一個師団が全滅してしまう。

インドネシア独立戦争には、旧日本軍兵士 およそ2,000〜3,000名が
己の良心、生き様、そして 武士道精神 に基づき、本国の命令を無視、
脱走兵の汚名を着ることで故郷に残した家族が肩身の狭い思いをする苦悩をも乗り越え
インドネシア独立のために、命を懸けてペタの中心となって戦ったのである。

スラバヤの市街地を占領するのに100日間も費やしたイギリスは軍事制圧を断念
和平交渉に転じ、1946年11月12日、インドネシア・オランダ間で暫定的な停戦協定が成立するや軍隊を撤退させた。

しかし、スラバヤでの 『侵略戦争』 で、市街地を灰にし
【 約2万人ものインドネシア人を殺害したことに対してイギリスは、何ら謝罪も補償もしなかった 】 のである。