日本の委任統治となったパラオを含む南洋諸島は未曾有の経済的発展をした。

400年におよぶ植民地化の歴史の中、たった30年間に過ぎない日本統治時代が一番良かったと、
今も現地の人たちが回顧するパラオ共和国は、世界一の親日国家だと言っても過言ではない。
もっともパラオのみならず、台湾、朝鮮半島、満州、南洋諸島と、
日本が戦前に統治したすべての地域において、このように「内地」の日本と同じ社会基盤を築くことに、
何と日本の国家予算の三分の一が贈与されている。
欧米列強による植民地政策、つまり「現地からの資源搾取」とは、その様相が全く逆だったわけだ。

終戦後、米国の信託統治が始まるが、彼らが最初にやったことは 日本がパラオに残したものをすべて破壊することだった。
米国は、徹底した反日教育を行った。
歴史の授業では米国製の教科書を使い、「日本人によるパラオ人虐殺事件」があった等と記載して広めようとしたが
パラオの年長者が「そんな事実は全くない」と完全否定したため、歪曲されたその情報がパラオで浸透することはなかった。

1994年10月、パラオは米国から独立した。
その独立式典でパラオの国家斉唱の後に流れたのは、日本の国歌「君が代」だった。
パラオの長老たちは、今でも日本のことを「内地」と呼ぶ。
「日本人は厳しかった。しかし我々に農業とまじめに働くこと、そして嘘をつかないことを教えてくれた」  《池田整治 「マインドコントロール(2)」》