終戦直後、中国大陸から引き揚げ途中に旧ソ連軍と中共軍から暴行を受け
妊娠した女性の堕胎処置が行われた福岡県筑紫野市武蔵の「旧二日市保養所」跡地で十二日、供養が行われた。
日赤看護婦だった村石さんは、四六年、同保養所で約三カ月勤務。
「堕胎は違法と知っていたが、心ならず妊娠した女性は故郷にも帰れなかった。
ただ救いたい、という一心だった」
と当時の様子を証言した。

処置後、「悔しい」という言葉を残して亡くなった十七歳の師範学校女生徒のことなどを思いだすにつけ、
村石さんは自分の過去に苦しめられたが、五十年余りがたち
「歴史の一ページとして証言しなければならない」 と思ったという。

住民グループ代表は
「万感迫るものを感じた。ほかの引き揚げ地でも同じことがあったはず」と指摘。