『恨みと怒りの声、手術室に響く』

引き揚げ先の博多港から「二日市保養所」に到着した女性たちは、数日間の休養の後、手術室に通された。
麻酔はない。
手術台に横たわると、目隠しをしただけで手術が始まった。
看護師として手術に立ち会った村石さんは、硬い表情で思い返す。

陣痛促進剤を飲んで分べん室にいた女性が、急に産気づいた。
食事に行く途中だった村石さんが駆けつけ、声を上げさせないために首を手で絞めながら女児を膿盆(のうぼん)に受けた。

白い肌に赤い髪、長い指――。ソ連の兵隊の子供だと一目でわかった。

医師が頭頂部にメスを突き立て、膿盆ごと分べん室の隅に置いた。
食事を終えて廊下を歩いていると、声が聞こえた。―はっと思い当たった。
分べん室のドアを開けると、メスが突き刺さったままの女児が、膿盆のなかで弱々しい泣き声をあげていた。
村石さんに呼ばれた医師は息をのみ、もう一本頭頂部にメスを突き立てた。
女児の息が止まった。

手術を終えた女性は2階の大部屋で布団を並べ、体を休めた。会話もなく、横になっている―
女性たちは1週間ほどで退院していった。
村石さんは「これから幸せになって」と願いを込めながら、薄く口紅を引いて送り出した。