【おはなしのくに】変わるボンバイエと必要のない私【小説】
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変わっていくボンバイエを邪魔したくない女子高生の話 付き合い始めたといっても変わったのは二人の関係性に付く名前が幼馴染から彼氏彼女になっただけ
他は何も変わらない 当たり前だお互いの利益のためにと聞こえのいい建前で無理矢理付き合い始めたそんな関係なのだから だから私たちはデートに行ったこともはたまたキスをしたこともない
時折一緒に登下校したり休日の少しの時間に電話をしたりお互いの誕生日にお菓子を送りあったりその程度だ しかもそのどれもが付き合う以前からしていたこと
そう考えると私たちは随分仲のいい幼馴染だったのだと思う いずれにせよ特に恋愛的に発展することはなく私とボンバイエが付き合っているという事実だけがしっかりと広まった 結果的に完全にとはいえなくてもボンバイエの女除けになったから付き合うことに意味はあったのだろうが そうして名前だけの恋愛関係は続いていき付き合い始めて二年と半年後私たちは別々の高校へ進学した 私は自分の学力に見合ったというだけの公立高校へ
ボンバイエは私立高校へ
電車の方向も真逆
私はバイトを始めてボンバイエは部活に入部した 一緒に学校へ行くことも一緒家に帰ることもなくなった
ただでさえ多いとは言えなかった一緒にいる時間はますます少なくなった 高校に入って初めてボンバイエの部活を見にいった時仲間と笑い合うボンバイエを見て愕然とした
時折見せる笑顔は私だけの特権だとずっと思っていたから そしてその時ボンバイエが前髪を切ったことに気づいた 高校に入ってしばらく経った頃ボンバイエは変わりたいと言った
このままではいけないと決意を語る目はいつになく真剣で声もはっきりとしていた そのきっかけを何がボンバイエをそう思わせたのかを私は知らない ボンバイエのことはなんでもわかっているつもりだった好きなものも嫌いなものもどうやって笑うのかもどうやって泣くのかも いつのまにか代名詞みたいなものだったパーカーのフードを被らない日が増えるようになった
長かった前髪は短くなった
感情が豊かになって笑う回数も増えた きっとボンバイエはこれからも変わっていく
そして多分その世界に私は必要ない その事実がとても悲しくてでもボンバイエの進む道の邪魔にはなりたくなくて だから私の傷がこれ以上深くなる前にボンバイエを邪魔してしまう前に 「…と言うわけで別れませんか」
そうまるで出かけの誘いをするかのような私の言葉にボンバイエはきょとんとした顔をする
その顔を相変わらず綺麗な顔だなーと眺めながらこの状況をどこか他人事のように思った 駅前のファーストフード店
窓際は寒いからと座った暖房の温風が当たる席
向かい合ってポテトをつまみながら私はボンバイエに別れ話を提案していた 理由は私自身の心の擁護のため
ただその本心は決して口に出さなかっただってそれはつまり私の想いを伝えることになってさらにいうとただのわがままであって ここで私の独りよがりな事情を曝け出すのはきっと筋が違う
綺麗なままの関係は綺麗なまま終わらせたい そうして事実を隠してあくまでボンバイエのためだと伝えたのだがボンバイエはあまり納得していないらしい
腑に落ちないと言わんばかりの顔をして口を開く 「…お前さん本気でいっちょるのか?」
「それ今言ったでしょもう一回言えってか」
「いやお前さんの言いたいことはわかったただそのために別れる必要はあるのか?」
「あるよ存分にある…ボンバイエは変わりたいんでしょ変わるには何かに執着することは邪魔になる変わるっていうのはそれまでの自分の考えとか信念とか捨てる必要があるってことボンバイエの方がわかってるんじゃない?」
「おっといけねぇお前さんの気にさわっちょったか……」 語気を強めて何か続けようとしたらしいボンバイエはしかしうつむいて黙り込んでしまった
そしてやや間があった後「…仕方ないね」と小さい声で返ってきた いくら偽りの付き合いだったとしてもいきなり別れを告げられれば驚くし自分に対して自信を失うのかもしれないあくまで私の推測だけど 「まあ別れるっていってもただの幼馴染に戻るだけなんだからさあんま気にせずいこうよ!」 別れることが原因でボンバイエが前に進めなくならないように場を明るくするように笑い飛ばした私は残っていたポテトを全部口の中に放り込んだ
少し冷めたポテトはいつもより塩辛かった 師走の夜は早い
冬至を目の前にした街はすっかり暗く時折吹く風がひどく冷たく身に染みる 店から家までは徒歩10分
寒さに身を縮こませながら歩く静かな住宅街に響かないよう小声で話しながら
ただその間もボンバイエの返事は曖昧でその顔は久し振りにフードの中に隠れていた まさかそこまで落ち込んでしまうとは思っていなかった ごめんねと心の中で謝る
実際声に出していうのは憚れた言ってしまえば別れる口実が成り立たなくなるような気がして そうして会話とは言えない会話をしながら歩いていればあっという間に互いの家についていた じゃあねという私の声にかろうじて短く返事をしたボンバイエはさっさと家に入っていく
その背中を見送ってから私も自分の家へと入りそのまま二階の自室へと向かった 明かりをつけるのも早々にベットに飛び込む
締め切った部屋はひどく静かで目を瞑ると自分の心臓の音が響くように聞こえる沈んだ体はひどく重くてこのまま底まで落ちていきそうに感じる 流石に寝るのはいけないと上体を起こす
何気なしに視線を動かしていると不意に窓の外に見える光が気になった
ベットから立ち上がり窓際によっていく 憎いくらいに暖かい橙だったその光をどうするでもなくただ突っ立ってぼんやりと見つめた 小さい頃から内気なボンバイエが心配だった
友達と言える存在は私しかいない誰かに話しかけられるとおどおどしてうまく話すことができないそんなボンバイエを放って置けなくてずっと一緒にいていつの間にか好きになっていて いつからボンバイエは私に頼らなくなった?
いつから私はボンバイエのことがわからなくなった? ふと我に帰ると視界が滲んでいた
頬を濡らす涙に触れていつの間にか泣いていたのだと知る ああなんだ
何が綺麗なままだ自分のためだったはずじゃないか
なのになんだこの様は未練たらたらじゃないか そうだボンバイエと別れたところで特に何が起こるでもない世界は滞りなく流れていく
こうやって泣いていてももう過ぎたことなのだ
ただむなしいだけだ 聞こえていないと思ったらしい母親の二度目の呼びかけに返事をしてから目元をそっと拭う 部屋を出る前に鏡に向かい合い無理やり笑顔を作った
涙は誰にも気づかれないように心の中へしまいこんだ 快速電車が駅を突き抜けていく
周囲の空気を巻き上げるように吹く風はやはり寒くて思わず身震いをした 時刻は夜7時前
知り合いと極力合わないようにと選んだバイト先の最寄駅である大船は駅も小さく帰宅ラッシュ直撃の時間帯でも混雑はしていない
列の最後尾で電車を待ちながらここ一週間ですっかり見慣れてしまった単語帳をめくる ボンバイエと別れてから一週間になった
自分で作った傷はあまりにも大きくてまだ少し息が苦しい
傷から目をそらすようにいつもは頑張りもしない勉強とめんどくさいと感じるバイトに励む日々だ 何かに集中するというのはいい辛い気持ちもその時だけは軽くなるようで
そうして苦し紛れに日々を過ごしてようやく傷口が塞がってきた今日この頃 なのになぜこのタイミングで彼らにあってしまったのか 「おっボンバイエの彼女やん」
大して広くもないプラットホーム私に声をかけてきたのはボンバイエの友達二人だった
笑顔が素敵でスリムな彼がクソキモ君
一見暗そうに見える背の高い彼が陰湿実民君 クソキモ君は一見チャラそうだけど実は穴素や穴玄思いのとてもいい人
陰湿実民君はしょっちゅう素っ頓狂な発言をするけどたまに核心をついたことも言う人 文化祭に行った時ボンバイエが教えてくれた
ボンバイエが自分から友達だと紹介してくれるのは初めてで驚いたのを覚えている 思えばその頃からだったかもしれない
別れた方がいいんじゃないかと思い始めたのは 今彼らには会いたくなかった彼らはボンバイエの面影が強すぎる 私のことを「ボンバイエの彼女」といったあたりまだボンバイエは私と別れたことを言っていないらしい 確かにボンバイエが彼らに私との関係をどうやって説明していたかは知らないが彼女と別れたというそこそこ重い事実私の知る限りではボンバイエがあっさり伝えるはずない かくいう私も友人はおろか家族にさえ言えていない
泣きそうなほど痛む傷をえぐり返すほど私は強くない もちろんそんな事情など彼らが知るはずもない
クソキモは何の気なしに「最近豚元気ねーけどなんかあったんか?」と訪ねてくる
一瞬返しに迷ったが真実はボンバイエの口から伝えられた方がいいだろう 「あー今ちょっと喧嘩してて…多分それが原因じゃないかな」
嘘だとバレないようなありがちな理由を本当にあったかのようにいう
するとあっさり信じ込んでくれたらしく二人は驚いた様子で私を見る 「潮ほーんお前ら喧嘩するんか」
「そりゃまあお互いに考えてることが全く同じわけないし何考えてるのか全部わかるわけないからねそんなに意外?」
「まあそらなぁ?」
「せやろか?だって豚しょっちゅうお前のこと話しとるしお前の惚気すごいぜ?」
「…はい?」
なんだそれは 「例えばほら豚が前髪止めるのに使っとったヘアピンあるやろ?」
「ああ青いやつね」
「それや豚前髪切ってからつけてはいないがずっと胸ポケットにつけとったで彼女にもらったものやからってな」
「あのヘアピンお前があげたんやろ?」
いや本当になんだその話は! さも当然のように明かされた衝撃的な事実に叫びでそうな声を慌てて飲み込む ヘアピンをあげたのは事実である
といっても小学校低学年私がまだボンバイエを好きになる前の話だ 単に長い前髪が見てて鬱陶しいという理由でボンバイエが使いやすいように青色の10本セットをあげた価格は300円也
お得好きなボンバイエが食いつきそうだ 授業中だったり部活時間だったり人と目が会うことが少ない時はよく使っていたのを見たしかも中学卒業までずっと まあ半額惣菜が好きだし貯金の為の節約で使い続けてるのかな?
ただまさか本来の役目を果たさなくなった後でさえ常に持っているとは知らなかった
だってたった数回だけ見かけた制服姿のボンバイエはまだ前髪長かったし!文化祭に行った時は制服着てなかった! 衝動的な感情を二人にぶつけるわけにはいかずかといって無言でいるわけにもいかず「そそそうなんだ」と返すことしかできない いったいどういうことなのか気になって彼らに聞こうとした
がしかし私が口を開くより先に向かい側の線に電車が入ってくる
どうやら私とは行く方向が違うらしい到着した電車を見たクソキモ君が「あやべ」と声を漏らした 「ほなまたな!豚相当落ち込んどったから早く仲直りしたれよ!」
「今度は豚も一緒の時に話そうぜ!」
そう言って踵を返した彼らは反対方面の電車に飛び乗って行った 徐々に加速していく電車を見ながら私はただ呆然として衝撃の事実を理解できないままいたのである ちくしょうクソキモ君と陰湿実民君め
君らなんてタイミングでなんて事実を私に教えてくれちゃったんだよ既成事実 電車に揺られ人混みの中こっそりと心の中で悪態をつく
もちろん彼らになんら罪はないがそれでもやり場のない思いをぶつける場所が必要だった
これが怒りと驚愕に狂った私の本性だよ だって彼らの話が本当ならまるでボンバイエが私のことを好きみたいじゃないか 確かに事実そうだとすれば色々と納得がいく
ひどく落ち込んでいたのもそれを引きずってるというのも
でもだとしたら大した反論もなしにあっさり別れることを認めたのはなんでだろうか 私の言い方が反論できないほどきつかっただろうか
それとも惚気ていたというのも彼女がいるアピールで別に付き合わないならそれでもいいということなのだろうか
もう何が何だかわからない 結局混乱は解けぬまま気づかぬまにか最寄駅の東浦和に着いてしまい慌てて電車から降りる これはボンバイエ本人に問いただすべきなのだろうかしかし自分から言い出して別れた手前それはいったいいかがものなのか
そろそろ幼稚な言動から卒業するべきなのかもしれない そんなことを悶々と考えながら改札を出たその時
視線の先柱にもたれかかるフードを被った制服姿を見つけて思わず立ち止まる 周りが訝しげな目で見るのがわかったがそれでも驚かずにはいられなかった
見間違えるはずがないもう何年も見てきたのだから 「なんでこんなところにいるの?」
慌てて歩み寄っていってそう聞くと
「おっすクソキモ達からお前さんと会ったと聞いて待っちょった」
途中から近寄る私に気づいていたボンバイエはまるで聞かれることをわかってたかのようにすぐに答えた 「どうして」
「…少し話がしたい」
一つ息をついてからしっかりと目を合わせて言われるその目にその言葉に心臓がどきりとする はっきりと意志を持った言葉を私は拒むことはできなかった 人がいるところではあまり話したくないというボンバイエの意思で私たちは店には入らず住宅街の中を歩いていた 道中会話はなくただ沈黙が続く
夜の静けさも相まってその沈黙が酷く重い何か話題をと思ってもうまいように言葉が出てこない こんなことは初めてだ
いままでは私から何か話しかけてそのまま会話をすることが常だったから 不意に一週間前の自分の言葉を思い出して馬鹿らしくなって思わず笑いそうになる 何が元の関係に戻ろうだ
付き合う前よりずっと気まずくなってるじゃないか そうして会話もないまま私たちが立ち寄ったのは近所の公園
東浦和駅から家までの道の間にあるどこにでもあるような場所だ
昔はよく遊んだいつしか街の風景に溶け込んで足を運ぶことはなくなっていた こんなに小さい場所だったんだと思う
小さい頃はサッカーグラウンドのように広いところだと感じていたのに 入り口付近のベンチを素通りして毎日のように遊んでいたブランコに座る
懐かしさを感じる反面脚を伸ばさないと窮屈なほど自分の体には小さくなっているのが少し切ない 初めて眺める夜の公園は昼間にまとう賑やかさや温もりを一切感じさせないほどに静かで寒い
塗装がところどころはげた金属の遊具はひどく重そうに見える握ったブランコの鎖が恐ろしく冷たかった 「…お前さんに別れようと言われてからずっと考えちょった」
重い沈黙の中私と同じようにブランコに座ったボンバイエはついに口を開いた 「なんでお前さんが突然あんなことを言い出したのか理解に苦しんだ…理由はわかっちょる納得もしちょる
…お前さんがボンバイエのためを思ってくれちょるのはわかっちょるだけどボンバイエは…」 そうして口を噤んでしまったボンバイエを見てそういうことだったのかとさっきから引っかかっていたことに納得できた ボンバイエは伝えられた私の気持ちを尊重しすぎて自分の気持ちを挟む余裕がなかったのだ
ボンバイエは昔から優しいから 「…ごめん嘘ついた」
つぶやくような私の声にボンバイエが不思議そうに見つめ返してくる
きっと驚くんだろうなそう思いながら真実を語る ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています