【おはなしのくに】変わるボンバイエと必要のない私【小説】
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変わっていくボンバイエを邪魔したくない女子高生の話 ボンバイエくんは高校に入ってから少しずつ明るくなった
本人の意思で本人の方法で私のいない世界で変わっていった 私と埼玉ボンバイエは幼馴染だ
同い年家は隣同士誕生日も同じ月お母さんお父さん同士も仲が良く必然的に私たちも生まれた時から一緒にいる時間が多かった 小さい頃のボンバイエはそれはもう近所では有名な美少年だった
白い肌にサラサラの黒髪瞳はガラス玉のようにキラキラしていて光の元で輝くような男の子 その姿はまるで絵本や物語の中から出てきた王子様そのもの
ママさんや井戸端おばさんたちにとどまらず小学生中学生高校生と誰からもモテる地域のアイドル的存在だった しかしここで問題が一つ
ボンバイエは生まれながら『超』のつく人見知りだった 少なくとも私が覚えている記憶の中のぼんばいえくん(4さい)は既に人の目を過剰に気にする男の子
ボンバママ曰く自我が芽生えるのと同時に人見知りも形成されていたとか そのため私の記憶の中のボンバイエは常に白いフードのパーカーを羽織っていて前髪は目元を隠すように長い 最初のうちはボンバイエの両親もどうにかしようとあれこれ試していたらしいがパーカーを脱がそうとすれば号泣し前髪を切ろうとすればこれまた号泣されてしまい諦めたのだそう その病的な程の人見知りが転じてボンバイエは人と接することが苦手で目立つことはもっと苦手な内気な性格になってしまった しかしそれに反してボンバイエは目立たずにいるのは無理のあるハイスペックの持ち主
運動神経がべらぼうによく何をやらせてもその場の誰よりも上手くこなしてみせる
おまけに負けず嫌いなため手加減はできない 運動会の徒競走は常に一番だったしたまにやるサッカーではエースストライカー夏の水泳ではトップスイマーと並外れたスポーツの才をなんでもないような顔をして見せつけていた そうして『運動のできる美少年』というボンバイエにとっては大変不本意な位置付けは着々と確立されていった 運動神経は良く顔も恐ろしいほどに美しい性格こそ内気なもののそれを微塵にも気にさせないスペックの高さそんな少女漫画にでも出てきそうな男の子が女の子にモテないわけがない 少なくとも1日に一回は女の子に絡まれていたしバレンタインになるとすごい数のチョコをもらっていた そしてその万年モテ期は成長していくのと比例的にどんどん凄みを増していく
小学生高学年の頃からちらほらと目立ち始めた女の子からの告白は中学生になると1ヶ月あたりの回数を約倍に増やした 最たる原因は先輩という小学校の頃は確立されていなかった存在 引きこもりになったりいじめられるということはなかったもののその頃のボンバイエは常に疲れているようだった その憂いを帯びた顔がまた受けてさらに告白の回数が増えるという悪循環もうどうしようもない まあ当時の先輩たちの気持ちがわからないでもない
その頃のボンバイエは本当に本当に綺麗な男の子だった ちょうど青年へと大人びていく時期だった
少しずつ骨格がたくましくなる身体幼さゆえの無垢な感情と青年期特有の複雑な感情をたたえた美しさ
ボンバイエを見慣れている私でさえ時折ハッと息を飲むような美術品と例えられてもいいようなひとりの男の子 ある時には男子が「あいつ綺麗な顔してるよな…」としみじみ呟いていたいたのを聞いたことがある そんな不可抗力によって入学してから怒涛のように押し寄せた女の子からの告白は夏休みまで衰えることはなかった 私たちが中学一年生になった夏のある日
偶然お互いの部活が同じような時間に終わって一緒に帰ったその日 ボンバイエは珍しく自分から弱音を吐いた
贅沢な悩みなのはわかっているがなぜこんなに苦労しなければいけないのかと その顔がどこか悲しそうでどうにかしてあげたくて
そう思った私はきっと暑さにやられていたのだ 「じゃあ、私と付き合わない?」
気づいたらそんなことを言っていた当然隣のボンバイエは訝しげに顔をしかめた 「お前さん何言っちょるんだ」
「だって困ってるんでしょ?誰かと付き合ってるってなれば少しはましになるんじゃない」
「そういうものか」
「そういうものなの相変わらずそういうことにはからっきしだね」
「そうだとしてお前さんになにか利点はあるか?」 「利点?」
「だからボンバイエとお前さんが付き合ったとしてお前さんになにか利点はあるのか」
「あー漫画とかドラマとか見てて誰かと付き合うってことに純粋に興味があって私とボンバイエが付き合えばウィンウィンだと思うんだけど」
だからどう? そういつもの楽観的な私に見えるようにボンバイエの顔を覗き込んだ実はその内心物凄くドキドキしていた ボンバイエに伝えた理由本当は違う
というかそれが本心なら私はだいぶおかしい 私は困っていたボンバイエに漬け込んでボンバイエの彼女になるようこじつけたのだ
私もボンバイエのことが好きだから
小学生のとき恋に落ちてから今までずっとボンバイエのことを想っているから これまでのこともありボンバイエは恋愛ごとには抵抗を持っていた
だから今までの関係が崩れるのが怖くて自分の想いを伝える気にはならない
だけどこれからもボンバイエのそばに居られる確証が欲しかった ボンバイエは私の本心など知るはずもない
あの時もこれからも
そしてきっとボンバイエも暑さにやられていたのだ あまりにも無理があるこじつけのような動機に何の疑問を抱く様子もなく
そうかと納得してしまった
よろしくそうして交わした色気も何もない握手が私たちの彼氏彼女という関係の始まりだった 付き合い始めたといっても変わったのは二人の関係性に付く名前が幼馴染から彼氏彼女になっただけ
他は何も変わらない 当たり前だお互いの利益のためにと聞こえのいい建前で無理矢理付き合い始めたそんな関係なのだから だから私たちはデートに行ったこともはたまたキスをしたこともない
時折一緒に登下校したり休日の少しの時間に電話をしたりお互いの誕生日にお菓子を送りあったりその程度だ しかもそのどれもが付き合う以前からしていたこと
そう考えると私たちは随分仲のいい幼馴染だったのだと思う いずれにせよ特に恋愛的に発展することはなく私とボンバイエが付き合っているという事実だけがしっかりと広まった 結果的に完全にとはいえなくてもボンバイエの女除けになったから付き合うことに意味はあったのだろうが そうして名前だけの恋愛関係は続いていき付き合い始めて二年と半年後私たちは別々の高校へ進学した 私は自分の学力に見合ったというだけの公立高校へ
ボンバイエは私立高校へ
電車の方向も真逆
私はバイトを始めてボンバイエは部活に入部した 一緒に学校へ行くことも一緒家に帰ることもなくなった
ただでさえ多いとは言えなかった一緒にいる時間はますます少なくなった 高校に入って初めてボンバイエの部活を見にいった時仲間と笑い合うボンバイエを見て愕然とした
時折見せる笑顔は私だけの特権だとずっと思っていたから そしてその時ボンバイエが前髪を切ったことに気づいた 高校に入ってしばらく経った頃ボンバイエは変わりたいと言った
このままではいけないと決意を語る目はいつになく真剣で声もはっきりとしていた そのきっかけを何がボンバイエをそう思わせたのかを私は知らない ボンバイエのことはなんでもわかっているつもりだった好きなものも嫌いなものもどうやって笑うのかもどうやって泣くのかも いつのまにか代名詞みたいなものだったパーカーのフードを被らない日が増えるようになった
長かった前髪は短くなった
感情が豊かになって笑う回数も増えた きっとボンバイエはこれからも変わっていく
そして多分その世界に私は必要ない その事実がとても悲しくてでもボンバイエの進む道の邪魔にはなりたくなくて だから私の傷がこれ以上深くなる前にボンバイエを邪魔してしまう前に 「…と言うわけで別れませんか」
そうまるで出かけの誘いをするかのような私の言葉にボンバイエはきょとんとした顔をする
その顔を相変わらず綺麗な顔だなーと眺めながらこの状況をどこか他人事のように思った 駅前のファーストフード店
窓際は寒いからと座った暖房の温風が当たる席
向かい合ってポテトをつまみながら私はボンバイエに別れ話を提案していた 理由は私自身の心の擁護のため
ただその本心は決して口に出さなかっただってそれはつまり私の想いを伝えることになってさらにいうとただのわがままであって ここで私の独りよがりな事情を曝け出すのはきっと筋が違う
綺麗なままの関係は綺麗なまま終わらせたい そうして事実を隠してあくまでボンバイエのためだと伝えたのだがボンバイエはあまり納得していないらしい
腑に落ちないと言わんばかりの顔をして口を開く 「…お前さん本気でいっちょるのか?」
「それ今言ったでしょもう一回言えってか」
「いやお前さんの言いたいことはわかったただそのために別れる必要はあるのか?」
「あるよ存分にある…ボンバイエは変わりたいんでしょ変わるには何かに執着することは邪魔になる変わるっていうのはそれまでの自分の考えとか信念とか捨てる必要があるってことボンバイエの方がわかってるんじゃない?」
「おっといけねぇお前さんの気にさわっちょったか……」 語気を強めて何か続けようとしたらしいボンバイエはしかしうつむいて黙り込んでしまった
そしてやや間があった後「…仕方ないね」と小さい声で返ってきた いくら偽りの付き合いだったとしてもいきなり別れを告げられれば驚くし自分に対して自信を失うのかもしれないあくまで私の推測だけど 「まあ別れるっていってもただの幼馴染に戻るだけなんだからさあんま気にせずいこうよ!」 別れることが原因でボンバイエが前に進めなくならないように場を明るくするように笑い飛ばした私は残っていたポテトを全部口の中に放り込んだ
少し冷めたポテトはいつもより塩辛かった 師走の夜は早い
冬至を目の前にした街はすっかり暗く時折吹く風がひどく冷たく身に染みる 店から家までは徒歩10分
寒さに身を縮こませながら歩く静かな住宅街に響かないよう小声で話しながら
ただその間もボンバイエの返事は曖昧でその顔は久し振りにフードの中に隠れていた まさかそこまで落ち込んでしまうとは思っていなかった ごめんねと心の中で謝る
実際声に出していうのは憚れた言ってしまえば別れる口実が成り立たなくなるような気がして そうして会話とは言えない会話をしながら歩いていればあっという間に互いの家についていた じゃあねという私の声にかろうじて短く返事をしたボンバイエはさっさと家に入っていく
その背中を見送ってから私も自分の家へと入りそのまま二階の自室へと向かった 明かりをつけるのも早々にベットに飛び込む
締め切った部屋はひどく静かで目を瞑ると自分の心臓の音が響くように聞こえる沈んだ体はひどく重くてこのまま底まで落ちていきそうに感じる 流石に寝るのはいけないと上体を起こす
何気なしに視線を動かしていると不意に窓の外に見える光が気になった
ベットから立ち上がり窓際によっていく 憎いくらいに暖かい橙だったその光をどうするでもなくただ突っ立ってぼんやりと見つめた 小さい頃から内気なボンバイエが心配だった
友達と言える存在は私しかいない誰かに話しかけられるとおどおどしてうまく話すことができないそんなボンバイエを放って置けなくてずっと一緒にいていつの間にか好きになっていて いつからボンバイエは私に頼らなくなった?
いつから私はボンバイエのことがわからなくなった? ふと我に帰ると視界が滲んでいた
頬を濡らす涙に触れていつの間にか泣いていたのだと知る ああなんだ
何が綺麗なままだ自分のためだったはずじゃないか
なのになんだこの様は未練たらたらじゃないか そうだボンバイエと別れたところで特に何が起こるでもない世界は滞りなく流れていく
こうやって泣いていてももう過ぎたことなのだ
ただむなしいだけだ 聞こえていないと思ったらしい母親の二度目の呼びかけに返事をしてから目元をそっと拭う 部屋を出る前に鏡に向かい合い無理やり笑顔を作った
涙は誰にも気づかれないように心の中へしまいこんだ 快速電車が駅を突き抜けていく
周囲の空気を巻き上げるように吹く風はやはり寒くて思わず身震いをした 時刻は夜7時前
知り合いと極力合わないようにと選んだバイト先の最寄駅である大船は駅も小さく帰宅ラッシュ直撃の時間帯でも混雑はしていない
列の最後尾で電車を待ちながらここ一週間ですっかり見慣れてしまった単語帳をめくる ボンバイエと別れてから一週間になった
自分で作った傷はあまりにも大きくてまだ少し息が苦しい
傷から目をそらすようにいつもは頑張りもしない勉強とめんどくさいと感じるバイトに励む日々だ 何かに集中するというのはいい辛い気持ちもその時だけは軽くなるようで
そうして苦し紛れに日々を過ごしてようやく傷口が塞がってきた今日この頃 なのになぜこのタイミングで彼らにあってしまったのか 「おっボンバイエの彼女やん」
大して広くもないプラットホーム私に声をかけてきたのはボンバイエの友達二人だった
笑顔が素敵でスリムな彼がクソキモ君
一見暗そうに見える背の高い彼が陰湿実民君 クソキモ君は一見チャラそうだけど実は穴素や穴玄思いのとてもいい人
陰湿実民君はしょっちゅう素っ頓狂な発言をするけどたまに核心をついたことも言う人 文化祭に行った時ボンバイエが教えてくれた
ボンバイエが自分から友達だと紹介してくれるのは初めてで驚いたのを覚えている 思えばその頃からだったかもしれない
別れた方がいいんじゃないかと思い始めたのは 今彼らには会いたくなかった彼らはボンバイエの面影が強すぎる 私のことを「ボンバイエの彼女」といったあたりまだボンバイエは私と別れたことを言っていないらしい 確かにボンバイエが彼らに私との関係をどうやって説明していたかは知らないが彼女と別れたというそこそこ重い事実私の知る限りではボンバイエがあっさり伝えるはずない かくいう私も友人はおろか家族にさえ言えていない
泣きそうなほど痛む傷をえぐり返すほど私は強くない もちろんそんな事情など彼らが知るはずもない
クソキモは何の気なしに「最近豚元気ねーけどなんかあったんか?」と訪ねてくる
一瞬返しに迷ったが真実はボンバイエの口から伝えられた方がいいだろう 「あー今ちょっと喧嘩してて…多分それが原因じゃないかな」
嘘だとバレないようなありがちな理由を本当にあったかのようにいう
するとあっさり信じ込んでくれたらしく二人は驚いた様子で私を見る 「潮ほーんお前ら喧嘩するんか」
「そりゃまあお互いに考えてることが全く同じわけないし何考えてるのか全部わかるわけないからねそんなに意外?」
「まあそらなぁ?」
「せやろか?だって豚しょっちゅうお前のこと話しとるしお前の惚気すごいぜ?」
「…はい?」
なんだそれは 「例えばほら豚が前髪止めるのに使っとったヘアピンあるやろ?」
「ああ青いやつね」
「それや豚前髪切ってからつけてはいないがずっと胸ポケットにつけとったで彼女にもらったものやからってな」
「あのヘアピンお前があげたんやろ?」
いや本当になんだその話は! ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています