黒田勝弘の「韓国人の歴史観」(1999年発行) より(続き)



 したがってこの5億ドルについて、韓国側は「対日請求権資金」として賠償・補償的な
意味合いを重視したのに対し、日本側は国交正常化に対する「祝賀金」的な意味で
経済協力資金と位置付けた。国交正常化に対して両国間で交わされた文書には補償、
賠償の文字はない。
 金正廉の回顧録は、韓国の要人としてはきわめて率直な内容のものである。氏は、
当時の政治家やマスコミ、知識人、学生指導者らは、日本に対する補償要求の根拠
についての論理的難しさなどの「事情」を国民に説明すべきだった、とも語っているが、
正常化から30年以上も経った今なお、日韓の間で補償論議が続いていることを見る
とき、その主張は今一度、顧みられるべきものであろう。
以上のように韓国側でさえ「過去」をめぐって補償の論拠に難しさを感じていたにも
関わらず、日本は経済協力の形でそれに応じ、しかも周知のように、その後謝罪と反省
まで繰り返し表明してきた。しかしそれでも駄目だと言うのである。その結果、韓国の
歴代大統領は日本を訪問するたびに謝罪と反省を求め、さらに、日本の歴代首相は
韓国を訪問するたびに同じく謝罪と反省を語ってきた。異様と言うしかない。